ゆみのり

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#3 平凡なシナリオ

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「あぁ、そのシナリオなら没にしたよ」

 上司の神尾さんは淡々とした口調でそう言った。

「え?何でですか?凄く良かったと思ったのに……」

 僕は納得がいかないので神尾さんに理由を訊ねる。すると、神尾さんは「いやぁ……盛り上がりに欠けるでしょ?」とシナリオを書いた紙を見せてくる。

「ほら、どこに見どころがあるの?これ?」

 こうなると神尾さんは面倒くさい。僕を言い負かすために必死に食らいついてくる。でも、今回の僕はここで引き下がるわけにはいかない。

「いや、いいじゃないですか!こういうシナリオも!」

「良くないよ~。こんなんじゃ、売れないよ」

「売れなくてもいいじゃないですか……!」

 神尾さんはため息をつき、「とにかく没だから、新しいシナリオよろしくです」と自身の仕事に戻った。結局上司の許可が無いと僕のシナリオは現実のものとならない……僕は諦めて部屋を後にした。

 僕は休憩室に入り、自動販売機で缶コーヒーを出す。そして、椅子に座りコーヒーを開けずにボーっと座っていた。すると、別の部署の平目木が横に座る。

「品川くん、ずいぶん参ってるようだね」

「んー?」と僕は平目木を見る。「また没くらった」

「シナリオ部門は厳しいねぇ」

「平目木は楽でいいなぁ」

 そう言うと、平目木は天井を見て「そうでもないよ」と言う。「そりゃあ、うちはわりと楽だけど、その分お給料は少ない」

 どこにもそれなりに悩みがあるものなんだな……と僕は缶コーヒーを開ける。そしてズズズと茶色い液体をすすった。

「奢るよ」と僕が言うと、平目木は目を輝かせる。

「いいの?頼んます!ありがとう!」

 たかがコーヒーでそんなに喜ぶものかな?そんなにアイデア部門はお給料が少ないのかな?とか思いつつ、僕は自動販売機の前まで行く。そして缶コーヒーを買った。その缶コーヒーを平目木に向かって投げると、平目木は「おっとっと!」と何とか缶コーヒーをキャッチする。

「サンキュー!」

「どういたしまして」

「んで、今回没を喰らったシナリオってどんなの?」

「んー?」と僕はシナリオを思い出し、そしてシンプルにまとめて口に出す。

「田舎に産まれた少年が主人公で……周りの人に支えられて何となく人生が終わるってシナリオ」

「盛り上がりポイントは?」

「ない」

「あぁ、そういうことね」と平目木は察する。「だから没になったわけだ」

「そんなに、盛り上げる必要あるかな?」

「まぁ……俺はそういうの好きだけどさ。んーー……でもここの事を考えたら、売れないからなぁ……」

「そんなに売れる事が大事かな?」

 その質問に、平目木は答える。

「そりゃあ、大事でしょ。そうしないと、ここが成り立たない」

「まぁな……」と僕は肩を落として再び椅子に座る。「でも……なんか嫌なんだよ」

「何が嫌なの?」

「ほら、市村さんのシナリオあったじゃん」

「あぁ、めちゃくちゃ売れたやつだね」

 市村さんとは、数年前にめちゃくちゃ売れたシナリオを書いた人だ。

「あのシナリオ、確かに凄いんだけど、主人公が苦しんで苦しんで……結局得られたのは細やかな幸せだけだったじゃん」

 その主人公は貧乏な家庭に産まれ、両親は主人公を虐待して兄は主人公を見捨てて失踪する。主人公は学校でも虐められて、先生にも助けてもらえず友達も出来ず、高校にも通えなかった。定職につけなかった主人公は日雇い労働者となり、そこでも苛めを受ける。主人公が30を過ぎたころ両親は二人とも他界して、ようやく親の呪縛から解放されたと思っていたら、失踪していた兄が戻ってきて主人公に金を無心に来た。主人公は何度も死のうと思ったが、自殺は失敗に終わり、中途半端に自殺しようとしたから身体に障害が残り、最後は病院で寝たきりになる。
 だが、主人公の事を診てくれた看護師の女性がとても優しい人で、主人公の話を嫌がる事なく聞いてくれて涙を流し、励まし、そして主人公の最後を見届けてくれた。

「あぁ」と平目木は言う。「だいたいそんな感じだったな」

「そこまで苦しめる必要があったのかなって……ただ平凡に生きたらダメだったのかなって……幸せと不幸のバランスがめちゃくちゃだろ」

「そうだな。でも、そのほうが売れた」

「何でこんなのが売れるんだ……」

「幸せとか不幸とか、どうでもいいんだよ。ただ、どれだけ魂の質を上げられるか?その主人公は苦しんだ事で魂の質を上げた。そして、主人公が死んだあと、魂は高値で天界で売れたわけだ」

 僕は悔しくて、一気に缶コーヒーを飲み干す。

「その缶コーヒーを飲めているのも、魂が売れたおかげだよな」

「奢られてるくせにうるせぇな」

「あ」と平目木は頭を下げる。「ごめん。また奢ってください」

「それでも僕は……」と缶コーヒーをゴミ箱に捨てた。「平凡な人生を書き続けるよ」

 平目木は笑顔になり、「そうか」と漏らす。「通るといいな」

「応援よろしく」と言って、僕は休憩室をあとにした。

【#3】平凡なシナリオ【没】
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