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第六話
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その問いかけに、件の少女はたちまち色めき立ちました。
「コラ。何を言い出しおるのか。そんなの絶句一択じゃろうに。律詩なんぞ決まりだらけで肩が凝るわ。ふん、じゃから、そなたは憂鬱詩人などと評価されるのよ。それで嬉しいか? 嬉しいのかっ?」
再び口論が巻き起こりそうになりました。子柳はまたしても目を白黒させてしまいます。何とか話題を逸らそうと、
――これは申し遅れました。わたくしは姓を盧、名を廣、字を子柳と申すもの。不躾とは存じますが、ぜひお二方のご尊名をお聞かせ下さいませ。この盧子柳、ご先輩方に巡り会えた奇縁に感謝を捧げたく存じます。
こう思ったものの、声は心の中でくるくると回るばかり。ふがいなさに唇を噛んでしまいます。ところが、子柳にとって信じられないことが起こりました。
「おお、盧子柳か。雅やかではないか」
「子柳君ね。姉さま、あたしたちも」
「おっと、そうであったな。ふむ、何がよいかのう」
少女はその小さな指をあごに当てて、しばらく考えておりましたが、
「よし決めた。ワシはな、すももという」
白い八重歯がチラリとのぞきます。
「えっ? 姉さま、何ですかそれ。じゃあ、あたしは」
すももと名乗った少女は電光石火で遮るや、
「ふはは、こやつはな、しびっちというのよ。今後はそう呼ぶがよい」
やや「びっち」を強調しながら、そう子柳に告げました。
「ちょっ……! なんでまたそれなんですか? 蔑まれてる感がすごいのでやめて下さいって何度言ったら」
「ええじゃろ、別に。こやつにはどうせわからぬことじゃ」
「それは確かにそうでしょうが、あたしだって女子ですからね?」
「全く、笑いのわからぬヤツがうるさいのう。だからそなたは陰キャと陰口をたたかれるのよ」
「ひどい! いくら姉さまでもそれは言い過ぎですよ! 陰キャだのビッチだの、いい加減に」
「あーもー、めんどくさい。これだから努力しか能のない秀才は困る。せせこましくていかん。勘定も細かいし。ドバッと払えばよいであろうが、ドバッと。ワシは天才じゃからのう、こせこせともがく秀才の気持ちなどはとんとわからぬのよ。はは、すまんすまん」
しびっちと呼ばれた女性は、拳を振るわせながら黙り込んでしまいました。その顔は土気色、微かに青筋も浮かんでいるのですが、すももはまるで意に解することなく、手にした杯をくいっとあおります。無造作に袖で拭うと、袖口には紫色のしみがつきました。
「心配するな、子柳とやら。葡萄酒ではない。この姿での飲酒が背徳的だということは、さしものワシも理解しておるゆえ。酒精を飛ばした、いうなれば清涼飲料水じゃ。簡単に申せば葡萄の……そうジュースであるな」
子柳は驚きを隠せません。今、まさに、心の中で――葡萄酒では? と思ったのですから。先ほどもそうでした。名乗ってもいないのに、名前を知られている。子柳はただ目を泳がせるばかりでしたが、おもむろに携帯用の筆墨と懐紙を取り出しました。
そして二人が交わしていた言葉を書き記したのです。子柳の記憶力は生半ではありません。すらすらと筆を走らせました。そこには、
須莫莫(すもも)
匹痴(びっち)
陰伽(いんきゃ)
充洲(じゅうす)
と四つの言葉。意味がわからなかったので、音のみ拾って漢字に置き換えただけですが、見れば見るほど何のことやらわかりません。しばらく沈思黙考しておりました。
「確かに不思議であろうな。はは、幼い姿のワシが、ワシなどと言っておるし」
「ですね。あたしが姉さまって呼ぶのも、そうだものね」
二人が使う聞いたことのない言葉。そして、まるで心の中をのぞいたかのような言動。
子柳はぐいっと顔を上げると、
――ご先輩方、どうか憐憫を賜りまして、この若輩者の蒙を啓いて下さいますよう。ご無礼なのは重々承知ではありますが、海よりも深きお心でもって、わたくしの問いにお答え頂けないでしょうか。
そう念じてみました。すると、
「ふむ。何じゃ? 何でも答えてつかわすゆえ、遠慮なく申してみよ」
「コラ。何を言い出しおるのか。そんなの絶句一択じゃろうに。律詩なんぞ決まりだらけで肩が凝るわ。ふん、じゃから、そなたは憂鬱詩人などと評価されるのよ。それで嬉しいか? 嬉しいのかっ?」
再び口論が巻き起こりそうになりました。子柳はまたしても目を白黒させてしまいます。何とか話題を逸らそうと、
――これは申し遅れました。わたくしは姓を盧、名を廣、字を子柳と申すもの。不躾とは存じますが、ぜひお二方のご尊名をお聞かせ下さいませ。この盧子柳、ご先輩方に巡り会えた奇縁に感謝を捧げたく存じます。
こう思ったものの、声は心の中でくるくると回るばかり。ふがいなさに唇を噛んでしまいます。ところが、子柳にとって信じられないことが起こりました。
「おお、盧子柳か。雅やかではないか」
「子柳君ね。姉さま、あたしたちも」
「おっと、そうであったな。ふむ、何がよいかのう」
少女はその小さな指をあごに当てて、しばらく考えておりましたが、
「よし決めた。ワシはな、すももという」
白い八重歯がチラリとのぞきます。
「えっ? 姉さま、何ですかそれ。じゃあ、あたしは」
すももと名乗った少女は電光石火で遮るや、
「ふはは、こやつはな、しびっちというのよ。今後はそう呼ぶがよい」
やや「びっち」を強調しながら、そう子柳に告げました。
「ちょっ……! なんでまたそれなんですか? 蔑まれてる感がすごいのでやめて下さいって何度言ったら」
「ええじゃろ、別に。こやつにはどうせわからぬことじゃ」
「それは確かにそうでしょうが、あたしだって女子ですからね?」
「全く、笑いのわからぬヤツがうるさいのう。だからそなたは陰キャと陰口をたたかれるのよ」
「ひどい! いくら姉さまでもそれは言い過ぎですよ! 陰キャだのビッチだの、いい加減に」
「あーもー、めんどくさい。これだから努力しか能のない秀才は困る。せせこましくていかん。勘定も細かいし。ドバッと払えばよいであろうが、ドバッと。ワシは天才じゃからのう、こせこせともがく秀才の気持ちなどはとんとわからぬのよ。はは、すまんすまん」
しびっちと呼ばれた女性は、拳を振るわせながら黙り込んでしまいました。その顔は土気色、微かに青筋も浮かんでいるのですが、すももはまるで意に解することなく、手にした杯をくいっとあおります。無造作に袖で拭うと、袖口には紫色のしみがつきました。
「心配するな、子柳とやら。葡萄酒ではない。この姿での飲酒が背徳的だということは、さしものワシも理解しておるゆえ。酒精を飛ばした、いうなれば清涼飲料水じゃ。簡単に申せば葡萄の……そうジュースであるな」
子柳は驚きを隠せません。今、まさに、心の中で――葡萄酒では? と思ったのですから。先ほどもそうでした。名乗ってもいないのに、名前を知られている。子柳はただ目を泳がせるばかりでしたが、おもむろに携帯用の筆墨と懐紙を取り出しました。
そして二人が交わしていた言葉を書き記したのです。子柳の記憶力は生半ではありません。すらすらと筆を走らせました。そこには、
須莫莫(すもも)
匹痴(びっち)
陰伽(いんきゃ)
充洲(じゅうす)
と四つの言葉。意味がわからなかったので、音のみ拾って漢字に置き換えただけですが、見れば見るほど何のことやらわかりません。しばらく沈思黙考しておりました。
「確かに不思議であろうな。はは、幼い姿のワシが、ワシなどと言っておるし」
「ですね。あたしが姉さまって呼ぶのも、そうだものね」
二人が使う聞いたことのない言葉。そして、まるで心の中をのぞいたかのような言動。
子柳はぐいっと顔を上げると、
――ご先輩方、どうか憐憫を賜りまして、この若輩者の蒙を啓いて下さいますよう。ご無礼なのは重々承知ではありますが、海よりも深きお心でもって、わたくしの問いにお答え頂けないでしょうか。
そう念じてみました。すると、
「ふむ。何じゃ? 何でも答えてつかわすゆえ、遠慮なく申してみよ」
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