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第32話 傾国の薔薇と、起死回生のボーンチャイナ
学園祭での騒動から数ヶ月。
王立学院は冬の休暇を終え、雪解けと共に後期の授業が始まろうとしていた。
放課後の生徒会室。
かつてはオスカーたちによる浪費の象徴だったこの部屋も、マイルズの「改革」により、無駄な装飾が排除され、機能的なオフィスへと生まれ変わっていた。
「……ため息ですか、会長」
マイルズが、書類の山に埋もれているエレオノーラに声をかけた。
彼女は窓の外、まだ雪の残る中庭を眺めながら、深い溜息をついていたのだ。
「……マイルズ。また貴方なの」
エレオノーラは気だるげに振り返った。
以前のような刺々しさは消え、今はどこか疲れ切った表情をしている。
「生徒会の予算なら順調よ。貴方の入れた『複式簿記』のおかげで、一ゴールドの無駄も見逃さなくなったわ」
「ええ。学園の懐は温かい。……ですが」
マイルズは、彼女の机の上に置かれた一通の手紙に視線をやった。
封蝋には、ローズベルク公爵家の紋章。
「ご実家の懐は、いまだ真冬のようですね」
「ッ……!?」
エレオノーラが慌てて手紙を隠す。
「……盗み見たのですか!?」
「いいえ。……貴女のドレス、袖口の直し跡が増えています。それに、最近食堂で一番安いランチしか頼んでいない」
マイルズは、彼女の前に座った。
「隠しても無駄です。……ローズベルク公爵家の鉱山が枯渇し、借金が膨れ上がっていることは、貴族の間では公然の秘密ですよ」
エレオノーラは唇を噛み締め、俯いた。
プライドの高い彼女にとって、貧困を悟られることは死ぬより辛い屈辱だ。
「……笑いなさいよ。名門の没落なんて、いい見世物でしょう?」
「笑いませんよ」
マイルズは真剣な眼差しで言った。
「私は『もったいない』と思っているだけです」
「もったいない?」
「ええ。ローズベルク領には、まだ『宝』が眠っているのに、それに気づかず座して死を待つなんて」
エレオノーラが顔を上げた。
「宝……? 鉱山はもう空っぽよ。出るのは……使い道のない白い粘土だけ」
「その粘土(カオリン)です」
マイルズは立ち上がった。
「会長。今度の週末、貴女の領地へ招待していただけませんか? ……私がその粘土を『白い黄金』に変えてみせます」
◇
週末。
マイルズは、シャルロットとシンシアを連れて、ローズベルク公爵領を訪れた。
かつては栄華を極めた領地だが、今は活気がなく、領民たちの服も綻んでいる。
「……何もない場所でしょう?」
案内するエレオノーラが自嘲する。
「いいえ。素晴らしい土だ」
マイルズは川沿いの崖を削り、白い粘土を手に取った。
キメが細かく、純度が高い。最高級の磁器の原料だ。
「ですが、この土で焼いた皿は脆くて、安値でしか売れませんわ」
「焼き方と、混ぜ物が足りないのです」
マイルズは、持参した袋から白い粉を取り出した。
「これは?」
「『牛骨粉』です。牛の骨を焼いて粉にしたもの」
「骨ぅ!?」
エレオノーラが悲鳴を上げる。
「穢らわしい! そんなものを食器に混ぜるなんて!」
「騙されたと思って見ていてください」
マイルズは、粘土に牛骨粉を混ぜ、ろくろを回して優美なティーカップの形を作った。
そして、シャルロットが用意した高温焼成用の実験窯に入れる。
「通常の陶器は千度前後で焼きますが、これは千三百度まで上げます。……シャルロット、頼む」
「了解! ファイア・ブースト!」
シャルロットが魔力を込め、窯の温度を一気に上げる。
数時間後。
窯が冷やされ、中から取り出されたカップを見た瞬間、エレオノーラは息を呑んだ。
「……きれい」
それは、今まで見たどの陶器よりも白く、滑らかだった。
光に透かすと、半透明に輝き、まるで宝石のようだ。
マイルズが指で弾くと、チーン……と、澄んだ金属のような音が響く。
「『ボーンチャイナ(骨灰磁器)』です」
マイルズは、そのカップをエレオノーラに捧げた。
「牛の骨灰に含まれるリン酸カルシウムが、粘土の粒子を繋ぎ、透光性と強度を与えます。……これなら、王都の貴族たちが喜んで高値を出すでしょう」
エレオノーラは、震える手でカップを受け取った。
その白さは、雪解けの季節に咲く白薔薇のように美しかった。
「これが……ただの泥と骨から……?」
「ええ。ローズベルク家の新しい特産品です」
マイルズは微笑んだ。
「デザインは貴女が監修してください。貴女の美的センスがあれば、王家御用達も夢じゃない」
エレオノーラの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
家の借金、領民の生活、そして押し潰されそうだったプレッシャー。
それらが、この小さなカップの輝きによって救われたのだ。
「……ありがとう」
彼女はカップを抱きしめ、初めて年相応の少女の顔で泣いた。
「ありがとう、マイルズ……!」
「お礼なら、事業が成功してからで構いませんよ。……出世払いで」
マイルズがハンカチを差し出すと、彼女はそれを掴み、涙を拭きながら睨んだ。
「……馬鹿。出世払いなんて安すぎるわ」
彼女は顔を赤くして、そっぽを向いた。
「……私の『名前』を使いなさい。ローズベルク家の全てを賭けて、このカップを売り広めるわ。……貴方と、共に」
それは、彼女がマイルズに心を開き、運命共同体(パートナー)となることを選んだ瞬間だった。
後ろで見ていたシャルロットが、シンシアに耳打ちする。
「ねえ、なんかいい雰囲気じゃない?」
「……計算通りです。これで公爵家の政治力も味方につけました。」
ボーンチャイナの誕生。
それはローズベルク家を救い、マイルズの学園での地位を不動のものにする。
だが、季節は春へと進み、新たなイベント――「春季野外演習」が近づいていた。
そこには、王子の命を狙う黒い影が待ち受けている。
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