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第12話 驚愕の決算と、エルガレア商会の設立
しおりを挟む夜市から一夜明けた、領主館の執務室。
父ロイドは、デスクの上に積み上げられた金貨と銀貨の山を、呆然と見つめていた。
その横には、俺とセバスが集計した「第一回・光の夜市」の収支報告書(PL:損益計算書)がある。
「……リック。計算間違いではないのか?」
「三回検算しました。間違いありません」
ロイドは震える手で報告書を手に取った。
「たった一晩……。わずか数時間の開催で、過去の『収穫祭』3日分の税収を超えているだと……?」
「はい。これが『夜の経済(ナイトエコノミー)』の威力です」
俺は淡々と解説を加えた。
要因は大きく二つ。
一つは、圧倒的な集客数による出店者からの売上税。
そしてもう一つは、我が家が直営した「焼きそば屋台」の異常な利益率だ。
「特に焼きそばの利益が凄まじいです。小麦粉、キャベツ、豚の端肉。原価は安いのに、付加価値(味と匂い)をつけることで飛ぶように売れました。利益率は約70%です」
「ななじゅ……っ!?」
ロイドが絶句する。
通常の食品販売では考えられない数字だ。
だが、これは単なる金儲けではない。
「父上。重要なのは、このお金が『回った』ことです。儲かった商人は次の仕入れを行い、美味しいものを食べた労働者は明日も働こうと思う。この好循環こそが、領地を豊かにします」
俺は一歩前に出た。
ここからが本題だ。
「ですが、夜市はあくまでイベントです。毎日お祭り騒ぎをするわけにはいきません。しかし、夜の需要があることは証明されました」
「……うむ。この火を消すのは惜しいな」
「そこで、提案があります」
俺は新しい企画書をテーブルに広げた。
「領主としての『公務』とは別に、我々で『商会』を作りましょう。名付けて――『エルガレア商会』です」
***
俺の構想はこうだ。
エルガレア子爵家の私財を投じて商会を設立し、夜市で好評だった「飲食事業」を恒久的な店舗として運営する。
具体的には、メインストリートに「大衆食堂」「居酒屋」、そして旅人向けの「高級カフェ」をオープンさせる。
「領主が直接商売をすることに抵抗があるなら、商会というクッションを挟めばいいんです。それに、商会なら利益を柔軟に再投資できます」
ロイドは腕組みをして考え込み、やがて力強く頷いた。
「分かった。お前の言う通りだ。既存の商人たちに任せていては、このスピード感で改革はできん。我々が先頭に立って『夜の商売』のモデルケースを作るべきだな」
「ありがとうございます! では、人事は以下の通りで」
俺はさらさらと組織図を書き込んだ。
* 商会長:ロイド・フォン・エルガレア(最高責任者・対外的な信用担当)
* 副商会長:リック・フォン・エルガレア(実質的な経営・戦略担当)
* 事務総長:セバス(実務・現場指揮担当)
「私が商会長か。……ふっ、商務次官が商会のトップとは、忙しくなりそうだな」
「名前だけで大丈夫ですよ。実務は僕とセバスで回しますから」
「……お前、本当に10歳か?」
こうして、後に大陸全土に名を轟かせることになる巨大コングロマリット、『エルガレア商会』が産声を上げた。
***
その日の午後。
俺とセバスは、別室にこもって具体的な「経営計画(ビジネスプラン)」の策定に入った。
机の上には、領都の地図と、近隣の農村の生産データが広げられている。
「さて、セバス事務総長。まずは店舗展開だ。夜市の焼きそば屋台をベースに、常設店『鉄板亭』を一号店として出す」
「場所はメインストリートの一等地、元倉庫の物件を押さえてあります。改装工事は土魔法を使えば3日で終わるでしょう」
さすが元宮廷魔法師、仕事が早い。
だが、俺の視点は「店」だけではない。
「問題は食材の供給ライン(サプライチェーン)だ。店が増えれば、キャベツや小麦が大量に必要になる。……レストバレイクのカブとマメは順調か?」
「はい。先日、魔法で発芽を促進させましたので、あと2週間ほどで初期ロットが収穫可能です。あの痩せた土地から、丸々と太ったカブが取れそうですぞ」
「よし。それを全量買い取る。農民たちに現金を渡して、次の生産意欲を刺激するんだ」
俺は地図上の「レストバレイク(生産地)」と「エルガレア(消費地)」を赤い線で結んだ。
「レストバレイクで作った作物を、整備した道路を使って高速輸送し、エルガレアの商会店舗で調理して売る。……この『生産・物流・販売』の一貫体制こそが、エルガレア商会の強みになる」
セバスが感嘆のため息をつきながら、羽ペンを走らせる。
「……恐れ入りました。単に店を出すだけでなく、領地全体の産業をリンクさせるとは。これでは、他の商人は太刀打ちできませんな」
「独占するつもりはないよ。俺たちが流行れば、真似する店も出てくる。それでいいんだ。市場全体が大きくなればね」
俺はニヤリと笑った。
前世では競合他社を叩き潰すことに必死だったが、今は「領主」の視点がある。
民が真似をして、民が豊かになるなら、それが一番の利益だ。
「さて、次は『人材採用』だ。店を回すスタッフが必要だ。給料は相場の2割増し。賄い付き。これで募集をかけよう」
「承知いたしました。……リック様、この商会は、どこまで大きくなるおつもりで?」
セバスの問いに、俺は窓の外、遠く東に見える国境の空を見据えて答えた。
「まずは領内。次は王都。そしていずれは――帝国にも支店を出してやるさ」
机上の空論ではない。
確かな勝算と数字に裏打ちされた野望。
元IT社長と最強執事のタッグによる、快進撃が始まろうとしていた。
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