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第16話 開店狂騒曲と、魔法の早採れカブ
しおりを挟む決戦の朝が来た。
午前8時。
エルガレア商会本部の最上階にある執務室から、俺は眼下の広場を見下ろしていた。
そこには、俺の予想を遥かに超える光景が広がっていた。
「……なんてこった。コミケの始発組かよ」
メインストリートを埋め尽くす、人の海。
その列は広場を突き抜け、城門の外まで続いている。
先頭集団には、徹夜で並んでいたと思われる冒険者や近隣の若者たち。
そしてその後方には、王都や他領から馬車で駆けつけた貴族たちの優雅な(しかし殺気立った)行列ができている。
「リック様。最後尾の確認が取れません。現在、推計で5000人を超えています」
「5000……! 領都の人口の1割じゃないか」
控えていたセバスも、さすがに冷や汗を流している。
父ロイドに至っては、窓に張り付いたまま「こんなの、王都の祝賀パレードでも見たことがないぞ……」と震えていた。
「父上、怯んでいる場合じゃありません。これは『戦争』です。お客様という名の軍勢を、いかに捌(さバ)き、満足させて帰すか。総力戦ですよ!」
「あ、ああ! わかっている! 全従業員、配置につけ! 開門だ!」
午前9時。
鐘の音と共に、エルガレアの歴史が変わる1日が始まった。
***
まずは大衆向けの第1号店『鉄板亭』だ。
オープンと同時に、雪崩のように客が押し寄せる。
「いらっしゃいませー! 食券を先に買ってください!」
「並盛3丁! 大盛り5丁!」
「あいよっ!!」
活気ある掛け声と共に、巨大な鉄板の上で麺が踊る。
今回導入した「食券システム(木札を購入してカウンターで交換)」のおかげで、金銭授受の手間がなくなり、驚異的な回転率を実現していた。
客たちは出来たての焼きそばを受け取ると、フードコート形式の席でハフハフと頬張る。
「うめえええ! これだよ、この味!」
「朝から並んだ甲斐があったぜ!」
「持ち帰り(テイクアウト)! 家族の分も頼む!」
ソースの香ばしい匂いが換気ダクトから通りへ吹き出し、それがさらなる客を呼び込む永久機関となっていた。
***
一方、メイン会場である『エルガレア百貨店』の前には、1台の豪華絢爛な馬車が到着していた。
王家の紋章に次ぐ権威を持つ、カーラ侯爵家の馬車だ。
扉が開き、バーノンお祖父様が降り立つ。
そして彼のエスコートで現れたのは、深紅のドレスを纏った美しい女性――祖母のスーナだ。
55歳とは思えないハリのある肌と、貴族然とした優雅な佇まい。社交界の重鎮である彼女の登場に、周囲の貴族たちが一斉に頭を下げる。
「お祖父様、お祖母様! ようこそおいでくださいました!」
「おお、リック! 来たぞ!」
俺が出迎えると、バーノンは満面の笑みで俺を抱き上げた。
そしてスーナは、扇子で口元を隠しながら、目の前の建物を見上げた。
「……まあ。聞いてはいましたけれど、これほどとは」
彼女が見つめる先には、朝日に輝く巨大なガラスの壁(ショーウィンドウ)。
透明な壁の向こうに、高級な商品が宝石のように陳列されているのが見える。
「壁がないみたい……。まるで夢の中のお城ね。これが『ガラス』というものなの?」
「はい、お祖母様。中へどうぞ。最高の席をご用意してあります」
俺が自動ドア(風魔法で開閉)を開くと、スーナは少女のように目を輝かせて中へ入った。
1階の物販フロアは、すでに貴族のご婦人方で戦場と化していた。
ガラス越しに商品を見ていた彼女たちの購買意欲は、実物を手にした瞬間に爆発していた。
俺たちはその喧騒を抜け、2階の『カフェ・ラウンジ』へ。
ここは会員制の特別席。ふかふかのソファに座ると、メイド服の店員が恭しくメニューを差し出す。
「本日のスペシャルメニュー、『レストバレイク産・早採れカブの冷製ポタージュ』と『特製フルーツサンド』でございます」
「カブ……? あの泥臭い野菜?」
スーナが少し眉をひそめた。
無理もない。カブは貧民の食べ物という認識だ。
だが、俺には自信があった。
セバスの成長魔法と俺の土壌改良で、通常の倍の速度で育て上げた「ベビーカブ」。
繊維が柔らかく、フルーツのように甘いのが特徴だ。
「騙されたと思って一口どうぞ」
スーナがおそるおそるスプーンを運び――その瞬間、表情が蕩(とろ)けた。
「……甘い! これがカブ? まるで桃のように甘くて、クリーミーだわ!」
「フルーツサンドも絶品だぞ、スーナ。このパンの白さと柔らかさはどうだ」
バーノンも生クリームとイチゴを挟んだサンドイッチを頬張り、子供のように笑っている。
「……信じられないわ」
スーナはスープを飲み干し、ため息をついた。
「こんな辺境で、王都の宮廷料理よりも洗練された味に出会えるなんて。それに、この建物、このサービス……。リック、あなたは本当に魔法使いね」
「ありがとうございます。でも、これは魔法じゃありません」
俺は窓の外、眼下に広がる賑わいを指差した。
「みんなが『豊かになりたい』と願った結果です。僕はその手伝いをしただけですよ」
「ふふ、謙虚ね。でも――」
スーナは真剣な眼差しで俺と、そして隣のロイドを見た。
「今日で決まったわね。この国の流行の中心(トレンドセンター)は、今日からここ、エルガレアよ。来週の王都のお茶会は、きっとあなたの店の話題で持ちきりになるわ」
社交界の女王の宣言。
それは、エルガレア商会の勝利確定のアナウンスでもあった。
***
日が暮れても、街の熱気は冷めなかった。
いや、街灯が灯り、ガラス張りの百貨店がライトアップされたことで、その美しさはさらに増していた。
光る城と、賑わう人々。
執務室で売上集計を見ていたロイドが、ガクリと膝をついた。
「……1、10、100……。1日の売上が、昨年の年間予算を超えた……だと……?」
「父上、しっかりしてください。これはまだ『初日』ですよ?」
俺は笑って父の背中を叩いた。
そう、まだ始まったばかりだ。
農業、インフラ、商業。土台はできた。
金も人も集まった。
なら、次はどうする?
教育か、医療か、それとも新たな産業か。
10歳の少年実業家の瞳には、無限の可能性が映っていた。
エルガレアの奇跡は、まだ始まったばかりなのだ。
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