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第55話 黄金の海を征く暴食の巨人――魔導コンバイン
しおりを挟む季節は巡り、アリアの大地は黄金色に染まっていた。
地平線まで続く小麦畑。
風が吹けば、さわさわと音を立てて金色の波が立つ。
美しい光景だ。だが、農民たちの顔には焦りの色が見えた。
「……こいつはまずいぞ」
「ああ。量が多すぎる。鎌で刈っていたら、端まで行く頃には最初の方が雨で腐っちまう」
豊作は喜ばしいが、収穫のタイミングは待ってくれない。
彼らは手に持った鎌を見つめ、途方に暮れていた。
この広大すぎる海を、スプーンで掬うような作業が待っているのだから。
「鎌など捨てろ。……今日は『怪獣』の食事会だ」
市長である俺の声が響いた。
俺は畑の入り口に、ドワーフたちが徹夜で組み上げた巨大な機械を並べていた。
***
それは、トラクターよりもさらに大きく、威圧感のあるシルエットをしていた。
最大の特徴は、機体の前面に取り付けられた、幅5メートルにも及ぶ巨大な回転リールと、バリカン状の刈り刃だ。
「こいつの名は『魔導コンバイン(複合収穫機)』。刈り取り、脱穀、選別……収穫に必要な全てを一台でこなす、農業機械の王だ」
俺は機体の構造を解説した。
【工程1:刈り取り(リーピング)】
「まず、前のリールが小麦を掻き込み、下の刃が茎を切断する。倒れた小麦も逃さない」
【工程2:脱穀(スレッシング)】
「取り込まれた小麦は、内部の『扱胴(こきどう)』というドラムで叩かれ、実と茎に分けられる」
【工程3:選別(ウィノイング)】
「そしてここが肝だ。バラバラになった実と殻(もみがら)を、風魔法のファンで吹き飛ばして選別する。……重い実はタンクへ、軽い殻は外へ排出だ」
これまでの農民は、刈り取った後に天日で干し、それを棒で叩いて脱穀し、さらに風のある日に箕(み)で煽って殻を飛ばしていた。
その数週間かかる重労働を、こいつは「走りながら」やってのける。
「……信じられん。そんな魔法みたいなことが……」
「走りながら脱穀までするのか!?」
「見ればわかる。……セバス、ガラン、『暴食』の時間だ!」
***
ゴォォォォォォッ……!!
俺の合図と共に、数台のコンバインが一斉にエンジンを吹かした。
前面の巨大なリールが回転を始める。
キュルキュルと刃が擦れる音が響く。
「進めぇぇッ!!」
コンバインが黄金の海へ突撃した。
ガガガガガガガッ!!
凄まじい音と共に、小麦が次々と飲み込まれていく。
まるで巨大な鯨がプランクトンを食べるように、コンバインが通った跡には、綺麗に刈り取られた切株だけが残されていく。
そして、機体の後部からは――。
ブワァァァァッ!!
粉砕された茎や殻(わら)が、粉雪のように排出され、畑に撒き散らされていく。
これはそのまま土に還り、来年の肥料となる。
「速い……! 人が走るより速いぞ!」
「あんなにあった小麦が、どんどん消えていく!」
だが、真の衝撃はこれからだ。
畑の端まで往復したコンバインが、待機していた輸送トラック(荷台付きトラクター)の横に止まる。
「排出(アンロード)!」
コンバインから長いパイプが伸び、トラックの荷台へ向けられた。
ザララララララッ!!
パイプから吐き出されたのは、茎でも殻でもない。
太陽の光を浴びて輝く、純度100%の「小麦の粒」だ。
黄金の滝となって荷台に降り注ぎ、あっという間に山を作る。
「……実だ! もう脱穀されてる!」
「手も触れずに……袋詰めもせずに……!」
農民たちは歓声を上げるのも忘れ、ただ涙を流してその光景を見つめていた。
腰を曲げて鎌を振るい、手の皮が剥けるまで麦を叩いた日々。
それが今、過去の伝説になったのだ。
「これだ……俺たちが夢見たのは、これだったんだ!」
「ありがとう、市長! ありがとう、ドワーフの旦那たち!」
トラックの荷台がいっぱいになると、すぐに次のトラックが来る。
満載の小麦を積んだトラックは、そのまま先月完成したばかりの「食品工場」へと直行する。
そこで即座に製粉され、明日の朝には真っ白な小麦粉となって出荷されるのだ。
「ふぅ……。壮観だな」
俺は運転席から降り、夕日に染まるアリアを見渡した。
数ヶ月前には荒野だった場所が、今は豊かな実りを生み出し、それを最新鋭の機械が収穫している。
アリアの農業革命は成った。
だが、これで終わりではない。
俺の視線は、トラックが向かう先――領都、そして王都へと向けられていた。
これだけの小麦と砂糖、そして乳製品。
これらを「どう売るか」。
次は、この大量の食材を使った、新たな「食のブーム」を仕掛ける番だ。
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