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第67話 氷の独占崩壊――『クリスタル・アイス』の衝撃
しおりを挟むヴェネル共和国の経済を牛耳るベルナルド議員の屋敷。
その執務室で、ベルナルドは不快そうにグラスを揺らしていた。
中に入っているのは、白く濁り、どこか藁(わら)の臭いがする氷だ。
「……小僧が生意気な。私の氷利権を溶かすだと?」
彼は鼻で笑った。
この世界の氷は、冬の間に山から切り出し、おがくずや藁に包んで「氷室(ひむろ)」で保存した『天然氷』だ。
夏を越え、秋になる頃にはその量は激減し、価格は金貨に匹敵するほど高騰する。
当然、庶民には手が届かず、魚市場でも腐る魚を指をくわえて見ているしかないのが現状だ。
「氷は神が冬に与える奇跡だ。……人間が秋に作れるものかよ」
彼はグラスの氷を噛み砕いた。
その時、部屋に秘書が血相を変えて飛び込んできた。
「ぎ、議員! 大変です! 中央市場(メルカート)に、見たこともない店が……!」
「騒ぐな。……エルガレアの小僧が店でも出したか?」
「は、はい! ですが、売っているものが……!」
***
ヴェネルの台所、中央市場。
魚や野菜が並ぶその一角に、人だかりができていた。
看板には『エルガレア製氷直売所』の文字。
ベルナルドが馬車で駆けつけると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「いらっしゃい! 新鮮な氷だよ! 透き通るような『クリスタル・アイス』だ!」
店頭に並んでいたのは、ベルナルドが飲んでいたような濁った氷ではない。
不純物が一切なく、向こう側が透けて見えるほど透明で、ダイヤモンドのように輝く巨大な氷のブロックだ。
「な、なんだあの透明度は……!?」
ベルナルドは息を呑んだ。
リックは、昨日確保した倉庫に、大型の魔導冷凍ユニットを並列接続し、一晩で大量の水を凍らせたのだ。
しかも、ゆっくりと攪拌しながら凍らせることで、空気や不純物を追い出した「純氷」である。
リックが店頭に立ち、集まった群衆――特に魚屋や飲食店主たちに声を張り上げた。
「みなさん、今までの氷は泥臭かったでしょう? すぐに溶けたでしょう? ……ですが、このクリスタル・アイスは違います!」
リックは氷の塊をハンマーで叩いた。
カーン!!
金属のような澄んだ音が響く。
「密度が高いから溶けにくい! そして何より、このまま砕いてお酒に入れても美味しい! 完全無欠の氷です!」
群衆がざわめく。
品質は一目瞭然だ。だが、問題は価格だ。
ベルナルドは心の中で叫んだ。(質が良くても、魔法で作るならコストがかかるはずだ! 庶民に買えるわけがない!)
「さて、お値段ですが……」
リックが値札を掲げた。
そこに書かれていた数字を見て、ベルナルドの目が飛び出そうになった。
「ベルナルド商会の『天然氷』の、10分の1です」
一瞬の静寂。
そして、爆発のような歓声が上がった。
「じゅ、十分の一!?」
「嘘だろ! 水より安いじゃねえか!」
「これなら! これなら毎日魚を冷やせるぞ!」
魚屋たちが我先にと銀貨を握りしめて殺到する。
「馬鹿な……!」
ベルナルドはその場に膝をついた。
勝負にならない。
冬から半年以上も保管コストがかかる天然氷と、その場で水と魔力(しかも高効率)から生み出される製氷。
生産コストの次元が違うのだ。
リックが、群衆の隙間からベルナルドを見つけ、ニコリと笑って手を振った。
そして、わざとらしく大きな声で言った。
「ああ、そこの議員さん! あなたの倉庫にある、藁くさい溶けかけの氷……早く売らないと、ただの水になっちゃいますよ? 買い取りましょうか? ……二束三文で!」
ドッッ!!
群衆から笑いが起きた。
ヴェネルの商売人たちは、長年ベルナルドの暴利に苦しめられてきたのだ。彼がやり込められる姿は、最高の見世物だった。
「お、おのれぇぇぇッ!!」
ベルナルドは顔を真っ赤にして逃げ出した。
だが、これで終わりではない。
氷の価格破壊は、ヴェネルの食文化を一変させる。
冷えたワイン、鮮度の良い魚、そして冷たいデザート。
これらが庶民のものとなり、エルガレアの冷蔵庫需要はさらに加速する。
俺は売れ行きを見守るセバスに言った。
「第一段階完了だ。……これでベルナルドの資金源の一つを絶った」
「鮮やかなお手並みです。……ですが若様、窮鼠(きゅうそ)猫を噛むと申します。追い詰められた彼は、なりふり構わぬ手に出てくるかと」
「ああ、待っているさ」
俺は氷を一つ口に放り込み、カリリと噛み砕いた。
「次は『塩』だ。……彼が持っている岩塩の独占権。これも、科学の力でひっくり返す」
ヴェネル経済戦争、第2ラウンド。
次は「製塩革命」だ。
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