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第4話 男爵令嬢の嗅覚
凍土の改良から一週間。アインハルト領の屋敷には、珍しい客が訪れていた。
「へえ……これが、噂の『燃える土』で作った作物ですか?」
応接室のソファに深々と腰掛け、興味深そうに声を上げたのは、豪奢な毛皮のコートを纏(まと)った少女だった。
ミレーヌ・ド・ラ・ヴァリエール。
弱冠十八歳にして、大陸有数の巨大商会「銀の翼」を率いる男爵令嬢だ。
波打つような亜麻色の髪に、計算高さを隠そうともしない翡翠(ひすい)色の瞳。その指先には、先日アレクが試作農地で育てたばかりの「冬野菜の苗」が摘まれている。
「『燃える土』は大げさだな。地熱を利用して温室栽培に近い環境を作っただけだ」
アレクは対面の席で、シルヴィアが淹れた紅茶を一口啜(すす)った。
この一週間で、アレクは領内の一部農地を改良し、成長促進の魔法実験を行っていた。その噂を聞きつけたミレーヌが、わざわざ帝都から飛んできたのだ。
「謙遜は不要ですわ、アインハルト伯爵。真冬の北部で、これほど青々とした葉野菜が育つなんて、常識ではあり得ません」
ミレーヌは苗をテーブルに戻すと、蠱惑(こわく)的な笑みを浮かべて身を乗り出した。
「単刀直入に申し上げます。この『温熱農法』の技術、および生産される全作物の独占販売権を、我が『銀の翼』商会にいただきたいのです」
「……ほう?」
「北部の冬は、生鮮食品が極端に不足します。貴族たちは干し肉と根菜のスープに飽き飽きしている。そこに、新鮮なサラダや果物が提供できれば……値段は言い値で売れますわ。利益は折半、いえ、伯爵家に六割を差し上げても構いません」
破格の条件だ。
通常の商慣習であれば、生産者の取り分など二割あれば良い方だろう。それを六割と言うのだから、彼女がいかにこの技術を高く評価しているかが分かる。
だが、アレクは静かに首を横に振った。
「悪いが、独占契約は結べない」
「……あら。もっと良い条件を出す相手がいると?」
ミレーヌの目がすっと細められる。商人の目から、捕食者の目への変化。
「いや、そうじゃない。俺が売りたいのは『野菜』じゃないんだ」
「野菜ではない? では何を?」
「『冬の快適さ』そのものだ」
アレクは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、テーブルに広げた。
そこに描かれていたのは、複雑な幾何学模様と魔法陣が組み込まれた、見たこともない機械の設計図だった。
「これは……?」
「【魔導温風機(ヒーター)】だ」
アレクは説明を始めた。
「地熱で土を温める原理を応用し、魔石のエネルギーを熱変換してファンで送り出す。これ一台あれば、暖炉の薪をくべる手間もなく、部屋全体を春のように暖かくできる。煤(すす)も煙も出ない」
ミレーヌが設計図を食い入るように見つめる。
「さらに、こっちは【魔導冷蔵庫】。夏場、食料を腐らせないための低温保存庫だ。氷魔法使いを常駐させるより遥かに安上がりで、氷室(ひむろ)を持たない中級貴族や商家でも導入できる」
アレクは言葉を切ると、ミレーヌの目を真っ直ぐに見据えた。
「俺が作りたいのは、農作物という『消耗品』じゃない。人々の生活様式を一変させる『インフラ』だ。ミレーヌ嬢、君にはこの魔導機器の、帝国全土への流通網を担ってほしい」
室内に沈黙が落ちた。
ミレーヌは口元に手を当て、高速で思考を巡らせているようだった。
野菜の独占販売も魅力的だ。だが、この魔導機器が実用化されれば……その市場規模は桁が違う。帝国の、いや大陸中の家庭が顧客になり得るのだ。
「……恐ろしい方ですわね、伯爵は」
やがて、ミレーヌはふぅ、と色っぽい溜息をついた。
「ただの貧乏貴族だと思っていたのに、まさか産業革命の旗手だったとは。……ゾクゾクしますわ」
彼女は立ち上がり、ゆっくりとアレクの側に回り込んだ。
甘い香水の匂いが鼻をくすぐる。
ミレーヌはアレクの耳元に唇を寄せ、囁(ささや)くように言った。
「いいでしょう。その話、乗ります。ただし……条件がございます」
「条件?」
「契約の証として、私個人をあなたの『パートナー』に加えてくださいませ」
ミレーヌの指先が、アレクの肩から胸元へと這う。
「ビジネスパートナーとしてだけではありません。……女性としても、です。これほどの金の卵を産むガチョウ、他の誰にも取られたくありませんもの」
控えていたシルヴィアの眉がピクリと跳ね上がったのが見えたが、ミレーヌは意に介さない。
彼女にとって、自身の身体もまた、商談における最大の武器なのだ。
「それに、あなたのような野心的な男性、嫌いではありませんの。どうかしら、私の『投資』、受け入れてくださいます?」
アレクは苦笑しつつも、彼女の手をそっと握り返した。
拒絶ではない。この貪欲さこそが、今の自分には必要だと判断したからだ。
「……謹んでお受けしよう、ミレーヌ嬢。ただし、俺は強欲だぞ。君の商会も、君自身も、骨の髄までこき使わせてもらう」
「ふふっ、望むところですわ。たっぷりと搾り取ってくださいませ、私の愛しい旦那様(オーナー)」
こうして、アインハルト領は最強の「販売網」と「資金源」を手に入れた。
魔導技術と商業の悪魔合体。
その衝撃が世界を揺るがすのは、もう少し先の話である。
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