11 / 35
第11話 泥濘(ぬかるみ)の街道と光る夜
ローゼンバーグ侯爵領からの鉄の供給が安定し、アインハルト領の工業化は加速していた。
だが、急速な発展は新たな問題を引き起こす。
それは「物流の足元」だ。
昼下がりのメインストリート。
視察に出たアレクの隣で、エレノアが不快そうにドレスの裾(すそ)を持ち上げた。
「……最悪だわ。この泥、なんとかならないの?」
彼女が指差した先では、荷馬車や通行人たちが、雪解け水と土が混ざり合った茶色い粘土質の泥に足を取られ、難儀していた。
工場が稼働し、人の往来が激増したことで、未舗装の地面が悲鳴を上げているのだ。
「雪上車(クローラー)なら走れるが、一般の商人の馬車や領民の足には厳しいな。……よし、直すか」
「直すって、まさか道の一本一本に板でも敷く気?」
「いいや。もっと恒久的で、頑丈な『舗装道路(アスファルト)』を作る」
アレクは工場の裏手に集められていた、製鉄の過程で出る大量の「鉱石のカス(スラグ)」と、川砂利の山に向かった。
通常、これらは産業廃棄物として捨てられるものだ。
「シルヴィア、通りを一時通行止めにしてくれ。一気にやるぞ」
アレクは道の真ん中に立つと、両手を地面につけた。
まず行うのは【地盤硬化】。
泥状になった表層の水分を魔法で強制的に抜き取り、さらに地下の土を圧縮して、石のように硬い土台を作る。
次に、その上にスラグと砂利を均一に敷き詰める。
そして、ここからが「構造解析」の真骨頂だ。
「――結合剤生成(バインダー・クリエイト)」
アレクは、森で採取できる粘性のある樹液と、魔獣(スライム種)の体液を混ぜ合わせた「黒いタール状の液体」を錬成し、砂利の上にぶちまけた。
さらに、火属性の魔力を注ぎ込む。
ジュワアアアア……ッ!
黒い液体が高温で沸騰し、砂利やスラグの隙間に溶け込んでいく。
冷えて固まれば、それは岩盤以上の強度を持つ「魔導アスファルト」となる。
「――敷設、平滑化(フラットニング)!」
アレクが手を水平に薙(な)ぐと、黒い混合物が生き物のように通りを這い進み、デコボコだった地面を埋め尽くしていく。
わずか三十分後。
そこには、鏡のように平らで、継ぎ目のないダークグレーの道が完成していた。泥一つない、完全な舗装道路だ。
「嘘……馬車の轍(わだち)がつかないわ」
エレノアが恐る恐る新しい道を踏む。カツン、カツンと、ヒールの音が心地よく響く。
「これなら雨が降っても泥にならないし、馬車もスムーズに走れる。物流スピードは三倍になるぞ」
アレクは額の汗を拭った。
だが、改革はこれで終わらない。
日が暮れ、夕闇が領地を包み始めると、町は漆黒の闇に沈む――はずだった。
「さて、次は『明かり』だ」
アレクが指を鳴らすと、通りの両脇に等間隔で設置された、高さ三メートルほどの鉄柱が一斉に輝き始めた。
ポウッ……。
それは、焚き火の揺れるような明かりではない。青白く、透き通るような静謐(せいひつ)な光だ。
「な、何ですのこれは!? 夜なのに、昼間のように明るいですわ!」
駆けつけたミレーヌが、眩しそうに目を細める。
「【魔導街灯(マナ・ランプ)】だ」
アレクは鉄柱の一つを叩いた。
ガラスの覆いの中にあるのは、火ではなく、光を放つ石だ。
「魔石の加工くず(粉末)と、洞窟に生える『光苔(ヒカリゴケ)』の成分を融合させて結晶化した。昼間に太陽光と大気中のマナを吸収し、夜になると自動で発光する」
燃料いらずの半永久機関。
真っ直ぐに伸びた舗装道路と、それを照らす青白い街灯の列。
その光景は、中世レベルの文明しかないこの世界において、あまりにも異質で、あまりにも美しい「近未来」の景色だった。
「綺麗……。まるで、星空が地上に降りてきたみたい」
エレノアがうっとりと呟く。
泥と闇に支配されていた辺境の村は、今や「北の不夜城」へと変貌を遂げていた。
その時だった。
夜空を切り裂くような、轟音と衝撃音が遠くの森から響いたのは。
ズガアアアアンッ!
地面が揺れ、鳥たちが一斉に飛び立つ。
「な、何事!?」
「方向は北の森……国境付近か?」
アレクの表情が引き締まる。
直後、シルヴィアが血相を変えて走ってきた。
「旦那様! 結界石に反応がありました! 大型の飛行物体が、制御を失って森に墜落した模様です!」
「飛行物体? ワイバーンか?」
「いえ、魔力波形が違います。あれは……人工物です!」
アレクは即座に決断した。
「雪上車(クローラー)を出す! 生存者がいるかもしれない。エレノア、シルヴィア、ついてこい!」
吹雪が吹き荒れる夜の森を、ヘッドライトの光が切り裂いていく。
スノー・クローラーは倒木を乗り越え、墜落現場へと急行した。
現場の惨状は酷いものだった。
木々がなぎ倒された先に、黒煙を上げる巨大な残骸があった。
それは、翼を持った豪華な馬車――【飛竜船(ワイバーン・キャリッジ)】だった。
帝国の王族や高位貴族だけが所有を許される、空飛ぶ馬車だ。
「王家の紋章……!? まさか!」
エレノアが紋章を見て絶句する。
アレクはクローラーを飛び降り、半壊したキャビンへと駆け寄った。
護衛の騎士たちはすでに息絶えているか、重傷で意識がない。
「おい! 誰かいるか!」
ひしゃげた扉を「身体強化」の魔法で無理やりこじ開ける。
中は氷のように冷え切っていた。
その奥、壊れた座席の隙間に、一人の少女がうずくまっていた。
透き通るようなプラチナブロンドの髪。雪のように白い肌。
年齢は十九歳ほどか。豪華なドレスはボロボロで、額からは血が流れている。
「……う、うぅ……」
少女は苦しげにうめき声を上げていたが、寒さで震えているのではない。
彼女の身体からは、目に見えるほどの凄まじい「冷気」が噴き出していたのだ。
触れた座席が瞬時に凍りつき、吐く息がダイヤモンドダストとなって舞う。
「――解析(アナライズ)」
アレクの瞳が青く光る。
視界に表示された情報は、致命的なものだった。
【対象:セシリア・アイリス・エンパイア(第三王女)】
【状態:魔力暴走(オーバーロード)末期。心拍低下。生命維持限界まであと一時間】
体内にある膨大な氷属性の魔力が、制御を失って肉体を内側から侵食している。いわゆる「魔力過多症」の発作だ。
「馬鹿な……こんな状態で、なぜ空の旅を?」
理由は分からないが、今は考える時間がない。
このままでは、彼女は自身の魔力で凍りついて死ぬ。
「エレノア! 毛布だ! 急いで屋敷へ運ぶぞ!」
アレクは自分のコートを脱ぐと、凍てつく王女の身体を躊躇(ためら)いなく抱き上げた。
ジジッ……!
触れた腕の皮膚が凍傷になりかけるが、魔力防御で耐える。
「シルヴィア、クローラーの暖房を最大にしろ! ……死なせはしない。この俺の領地で、王女を死なせてたまるか!」
アレクの腕の中で、帝国の至宝と呼ばれる第三王女セシリアは、うわ言のように小さく呟いた。
「……あった……かい……?」
それは、アレクの体温か、それとも彼がまとう希望の光を感じ取ってのことか。
鉄の車列は、瀕死の王女を乗せ、不夜城と化したアインハルト領へと全速力で走り出した。
あなたにおすすめの小説
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
貞操逆転世界の「内助の功」~掃除と料理を極めた俺が、脳筋幼馴染を女王にするまで~
ありゃくね
ファンタジー
前世の記憶が目覚めたそこは、男女の貞操が逆転した異世界だった。
彼が繰り出すのは、現代知識を活かした「お掃除アイテム」、そして胃袋を掴む「絶品手料理」。 ただ快適に暮らしたいだけのマシロの行動は、男に飢えた女騎士たちを狂わせ、国の常識さえも変える一大革命へと繋がっていく。
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜
まさき
ファンタジー
異世界転生した最強の金持ち嫡男、
専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活
現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。
しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。
彼は大陸一の富を誇る名門貴族――
ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。
カイルに与えられたのは
・世界一とも言える圧倒的な財力
・財力に比例して増大する規格外の魔力
そして何より彼を驚かせたのは――
彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。
献身的なエルフのメイド長リリア。
護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。
さらに個性豊かな巨乳メイドたち。
カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。
すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――
「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」
領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、
時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、
最強の御曹司カイルは
世界一幸せなハーレムを築いていく。
最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
没落港の整備士男爵 ~「構造解析」スキルで古代設備を修理(レストア)したら、大陸一の物流拠点になり、王家も公爵家も頭が上がらなくなった件~
namisan
ファンタジー
大陸の南西端に位置するベルナ子爵領。
かつては貿易で栄えたこの港町も、今は見る影もない。
海底には土砂が堆積して大型船は入港できず、倉庫街は老朽化し、特産品もない。借金まみれの父と、諦めきった家臣たち。そこにあるのは、緩やかな「死」だけだった。
そんな没落寸前の領地の嫡男、アレン(16歳)に転生した主人公には、前世の記憶があった。
それは、日本で港湾管理者兼エンジニアとして働き、現場で散った「整備士」としての知識。
そして、彼にはもう一つ、この世界で目覚めた特異な能力があった。
対象の構造や欠陥、魔力の流れが設計図のように視えるスキル――【構造解析】。
「壊れているなら、直せばいい。詰まっているなら、通せばいい」
アレンは錆びついた古代の「浚渫(しゅんせつ)ゴーレム」を修理して港を深く掘り直し、魔導冷却庫を「熱交換の最適化」で復活させて、腐るだけだった魚を「最高級の輸出品」へと変えていく。
ドケチな家令ガルシアと予算を巡って戦い、荒くれ者の港湾長ゲンと共に泥にまみれ、没落商会の女主人メリッサと手を組んで販路を開拓する。
やがてその港には、陸・海・空の物流革命が巻き起こる。
揺れない「サスペンション馬車」が貴族の移動を変え、「鮮度抜群の魚介グルメ」が王族の胃袋を掴み、気性の荒いワイバーンを手懐けた「空輸便」が世界を結ぶ。
趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた
歩く魚
ファンタジー
働きたくない元社畜、異世界で見つけた最適解は――「助成金で生きる」ことだった。
剣と魔法の世界に転生したシンは、冒険者として下積みを積み、ついに夢を叶える。
それは、国家公認の助成金付き制度――ギルド経営によって、働かずに暮らすこと。
そして、その傍で自らの歪んだ性癖を満たすため、誰に頼まれたわけでもない人助けを続けていたがーー
「ご命令と解釈しました、シン様」
「……あなたの命、私に預けてくれるんでしょ?」
次第にギルドには、主人公に執着するメンバーたちが集まり始め、気がつけばギルドは、愛の重い最強集団になっていた。
魔力0の貴族次男に転生しましたが、気功スキルで補った魔力で強い魔法を使い無双します
burazu
ファンタジー
事故で命を落とした青年はジュン・ラオールという貴族の次男として生まれ変わるが魔力0という鑑定を受け次男であるにもかかわらず継承権最下位へと降格してしまう。事実上継承権を失ったジュンは騎士団長メイルより剣の指導を受け、剣に気を込める気功スキルを学ぶ。
その気功スキルの才能が開花し、自然界より魔力を吸収し強力な魔法のような力を次から次へと使用し父達を驚愕させる。