戦国時代【神に選ばれた人間/能力者】達が存在し、その者達は【神に授かった業/能力】を使えた。

最上川太郎

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二、松平元康【神業名:葵紋】

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 松平家の家紋『葵紋』。
 恐らく、日本で最も有名な家紋。
 松平元康が征夷大将軍として江戸幕府を開いてからは、権威ある家紋として、将軍家と一部の関係者のみにしか使用を許さなかった。
 そのため、三百年続いた江戸時代においては、葵紋を身に着けている人物は将軍家の一員であり、葵紋を見た平民はひざまずき、道を開けた。
 松平家に伝わる【神業:葵紋】こそが、結果的には戦国最強の神業なのかもしれない。
 松平元康はこの【神業:葵紋】があったからこそ、征夷大将軍まで昇りつめ、江戸幕府を開けたのだから。

 松平元康の「元」の字は今川義元の「元」を拝領している。
 元康は一五四二年十二月に三河の岡崎城で生まれた。
 桶狭間の戦いの時はまだ十七歳の若者だった。
 元康が生まれた頃、三河を支配していたのは元康の父、松平広忠だった。
 松平広忠の領地は、今川家の西に位置し、今川家の盾として、西の織田家からの攻撃を防いでいた。
 一五四七年、西の織田信秀が攻めてくるという情報を察知すると、松平広忠は今川義元に援軍を求めた。
 今川義元はその見返りとして広忠に人質を要求、広忠は自分の息子である六歳の竹千代(松平元康)を義元の元に送った。
 しかし竹千代を送り届ける役を請け負っていた今川家家臣、田原城城主の戸田宗光が竹千代を義元の所に送らずに、織田信秀に銭千貫文で売り飛ばしてしまった。
 織田信秀は当時から熱田、津島という二大商業拠点を支配しており、千貫文という大金も都合できた。
 ちなみに当時の一貫文は現在の価値で十万円。
 千貫文は一億円となる。
 竹千代を一億円で買った織田信秀は竹千代を餌に松平広忠をも支配下におこうと交渉を試みるが、広忠は「だったら息子を殺せ」と拒否した。
 竹千代は織田信秀の元で人質として過ごすことになるが、この時に織田信長と出会った。
 子どもの頃の信長は番長肌の性格だったため、物静かでなんでも言うことを聞く竹千代とはウマがあったという。
 九つ上の信長は六歳の竹千代にこう諭したという。
「おまえさえ俺の言うことを聞いていれば松平家が滅びることはない」
 竹千代はその言葉を今川家に戻るまでの二年間、忠実に守り続ける。
 竹千代の「自己犠牲」精神はこの時に植え付けられたものであり、以降、竹千代の性格は「自己犠牲」が基盤となる。
 一方、竹千代を奪われた今川義元は激怒。
 電光石火の勢いで竹千代を売り飛ばした戸田宗光を田原城もろとも滅ぼした。
 一五四九年、竹千代八歳の時に、父、松平広忠が織田家の刺客により暗殺される。
 織田家の目論見は、松平広忠を亡きものにすれば、竹千代もろとも松平家を手にできるという筋書きだった。
 今川義元は、竹千代を取り戻すべく、織田信秀の長男、織田信広が治める安祥城を攻撃。
 織田信広を捕獲。
 織田信広と竹千代の人質交換を信秀にもちかける。
 信秀は長男の命には代えられないと渋々承諾。
 竹千代は今川家に戻った。
 この時、信長は竹千代を返すぐらいなら、長男の信広を見捨てろ、と父、信秀に掛け合ったが、一蹴された。
 竹千代は今川義元の本拠地、駿府に送られ、八歳以降、駿府で過ごすことになる。
 一五五五年、竹千代十四歳の時、義元より「元」の一字を与えられ元服。
 松平二郎三郎元信と名乗る。
 一五五七年、元信から元康へ改名し、今川義元の姪である瀬名姫と結婚。
 直後に西三河攻めを命じられ初陣を飾る。
 そして一五六〇年、桶狭間の戦いを迎える。

 今川義元と松平元康の関係性はどうだったのか。
 松平元康は今川義元に感服していた。
 父、広忠の代から松平家を庇護してもらい、織田家から自分を取り戻してくれた。
 逆らう理由がない。
 駿府に送られてからは人質とはいえ、岡崎城城主としての身分で扱ってくれて、生活には不自由しなかった。
 そして、なにより、当時の今川義元は全国に名を馳せるほどの力を持っていた。
 駿府城下町は、周防大内氏の山口、北陸朝倉氏の一条谷と共に戦国三大文化都市とも呼ばれていた。
 そんな駿府を治める今川義元への憧れもあったのだろう。
 本心はどうかわからないが、今川義元も傍目には松平元康をかわいがっており、自分の息子だったらと漏らしたこともあった。
 とはいえ今川家から見れば松平元康は外様の大名となる。
 外様の大名を息子のようには扱えない。
 義元には氏真という正当な息子もいる。
 外様の大名は戦の度に忠誠を問われ、戦の先鋒に弾除けとして登用される。
 桶狭間の戦いでも例に漏れず松平元康が先鋒に命じられた。
 元康は今川義元の命を喜んで受けた。
 感服していたことはもちろん、自己犠牲という性格からも当然の感情だった。

 桶狭間に向かう松平元康の先鋒隊。
 その陣容には後々、徳川家で名を馳せる名将達が参加していた。

 一人はのちの徳川四天王、本多平八郎忠勝。
 生涯において参加した合戦は五十七回にも及んだが、全ての戦いにおいてかすり傷一つ負わなかったと伝えられている。
 この時、十三歳。桶狭間の戦いが初陣となる。

 一人はのちの徳川四天王、酒井忠次。
 元康の父、広忠の代から松平家に仕える家老職。
 元康が駿府に送られた際、元康に従う家臣の中では最高齢者として同行。
 この時、三十三歳。

 他にも著名なところでは石川数正、大久保忠勝、平岩親吉など。
 彼ら家臣団は松平家譜代の臣として固い絆で結ばれていた。
 そしてなにより、松平元康に絶大な信頼を寄せていた。
 もちろん松平家の当主ということもあるが、松平元康の持つ不思議な力が彼らの元康に対する信頼を絶対なものにしていた。
 その不思議な力こそが元康の持つ【神業】だった。

 松平元康の【神業】が覚醒したのは、竹千代と呼ばれていた幼少期。
 織田家から取り戻され、駿府で暮らすようになって間もないころだった。
 元康は生まれた頃から病弱だったが、八歳のこの時が最も病気に悩まされた。
 駿府に珍しく雪が舞った、冬の冷える日。
 竹千代は風邪をこじらせ高熱を出し、五日間ほど生死の境をさまよった。
 熱にうなされている中、竹千代は夢を見た。
 夢の中に織田信秀が出てきた。
 織田家の人質時代に何度か直接話したことがある織田信長の父だ。
 織田信秀は床に臥せていた。
 やがて、すーっと信秀の身体が床の上から消えていった。
 夢を見た翌日、竹千代の熱は嘘のように下がった。
 竹千代は夢の話を、当時、教育係であった太原雪斎に伝えた。
 太原雪斎。
 今川義元の軍師で、黒衣を好むことから黒衣の宰相とも呼ばれていた。
 その時は夢の話か、と気にもしなかったが、後日、竹千代が夢を見た日に織田信秀が死んでいたことを知った。
 雪斎はそんなはずはないと思いつつも、竹千代の夢の話を毎日聞くことにした。
 普段は夢など覚えていない竹千代だったが、時おり、目が覚めてもハッキリと覚えている時があった。
 そして、その際に見た夢は必ず現実のものとなった。
 城下町で狼藉を働いている浪人。
 蹴鞠の競技で活躍する武士。
 和歌の会で詠まれる歌。
 雪斎は竹千代のこの夢の力が、松平家に伝わる【神業】であることを調べ上げ、同時に竹千代という存在に恐怖を抱いた。
 この子はいずれ今川義元を脅かす存在になるかもしれない。

 竹千代十二歳、太原雪斎五十八歳の時、竹千代はこんな夢を見た。
 今川義元と、竹千代が見たことのない二人の武将、計三人の武将が、雪斎が住職を務める善徳寺で向かい合って話しているという夢だった。
 雪斎は、竹千代が見たことのないという二人の武将の特徴を聞いた。
 一人は熊のような体格で武骨な感じ、鼻下から顎までを覆う立派な髭をたくわえている。
 一人は鶴のような細身で優雅な感じ、振る舞いに余裕を漂わしている。
 二人とも一介の武将には見えず、今川義元と同じ目線で会話をしている。

 竹千代がその夢を見た日から数か月後。
 甲斐の武田信玄。
 相模の北条氏康。
 駿府の今川義元。
 長年睨み合ってきた三人の戦国大名が善徳寺に集結。
「甲相駿三国同盟」が締結された。
 これで背後の憂いなく今川義元は西に領土を拡大できる。
 三国同盟を成功させた太原雪斎はその二年後、この世を去った。
 最後に雪斎が今川義元に残した言葉は
「竹千代を手放すな」
 だった。

 元康の【神業】は【未来が見える】ことだった。
 元康の【神業】を家臣のほとんどが知っていた。
 未来が見えるということは、危険を回避できるということ。
 元康についていけば負けることはない。
 駿府、今川館で先鋒を命じられた日の翌朝、元康は目が覚めると同時に従者に命じて酒井忠次と本多平八郎忠勝を自分の屋敷に呼び寄せた。
 まだ太陽の姿はなく、東の空がうっすらと白けてきていた。
 三十三歳の酒井忠次は袴姿の正装で眠気ひとつ見せずに、十三歳の平八郎は浴衣姿で眠そうな目をこすりながら、それぞれが従者に連れられ元康の屋敷に入った。
「酒井忠次様、本多平八郎様お見えになりました」
 元康の部屋の前で、従者が告げる。
「うむ、入れ」
 元康の言葉と共に、従者が襖を開け、酒井忠次と本多平八郎が部屋に入る。
 元康は布団の上であぐらをかいていた。
 衣服は本多平八郎と同じく浴衣姿だ。
 はだけた臑が女性のように白い。
「殿」
 酒井忠次が元康に聞く。
「こんな早朝にお呼びということは……」
 元康はうなずき、
「ああ、夢を見た」
 と二人の目を交互に見て告げた。
 元康の目は寝起きとは思えないほどに冴えわたっていた。
「アニキ、なにを見たんだい?」
 十三歳の平八郎が聞く。
 平八郎は元康を兄のように慕っており、自身の血気盛んな性格もあってか馴れ馴れしい口調になることが多い。
 元康はそのように接してくれる平八郎を好ましく思っていた。
 酒井忠次もその点には特に何も言わない。
「この度の戦で、義元様が、討たれる夢だ」
 静寂に包まれる。
 鳥のさえずりさえ消えた。
「なぜ、この度の戦だと?」
 酒井忠次が額からにじみ出る汗を拭わずに聞く。
「それは、義元様を討った者が……」
 元康の口から出た続きの言葉を聞いて、酒井忠次と本多平八郎は息をすることを忘れ、しばらく茫然としていた。

 五月十七日、松平元康は沓掛城に陣取っていた今川義元に呼ばれ、織田領の南東に位置する大高城への兵糧補給を命じられた。
 なぜ大高城へ兵糧を補給する必要があったのか。
 大高城をベースとすることで、今川軍は海岸沿いに津島、熱田に攻めあがることができるからだ。
 大高城は元々織田信秀の支配下にあったが、信秀の死後、今川方の手に落ち、以降、今川方の城となっている。
 信長は大高城への圧力として、大高城の北東に「鷲津砦」、東に「丸根砦」を築いた。
 この二つの砦をもって、大高城から北への進軍を牽制していた。
 しかし義元は今回の戦いで「鷲津砦」「丸根砦」も潰す気だった。
 この二つの砦を落とすことができれば、大高城の北にある織田領に最も近い今川家最前線の城、鳴海城と連携をとることができ、大高城と鳴海城が連携できれば尾張の南東を不動のものにできる。

 五月十八日、夜。
 松平元康の兵糧隊は「鷲津砦」「丸根砦」の灯りが確認できる場所に陣取っていた。
 その数約一千。
 四百五十俵の米を携えた小荷駄隊百五十人を守るように陣形されている。
 大高城に小荷駄隊を送り込むには「鷲津砦」と「丸根砦」の間を突破し、なおかつ大高城を包囲する織田軍を抜けなければならなかった。
 つまり、二つの砦の間を突破しても、突破後に砦から兵が出撃すれば、砦の兵と大高城の兵に挟撃される可能性もある。
 かといって砦をひとつずつ攻めていたのでは織田家の後詰めに兵糧を奪われる可能性がある。
 織田家がどこに潜んでいるかはわからない。
 挟撃される可能性があっても大高城まで強行突破するしか他に道はないのだ。
 しかし、酒井忠次と本多平八郎には不安がよぎっていた。
 元康の夢の話を聞いていたからだ。
 今川義元が討たれるという夢を。
 この戦いは、必ず負けるのだ。

 大高城への突撃の前に元康は改めて酒井忠次と本多平八郎を陣所に呼んだ。
「今回の夢は、現実のものになると思う」
 篝火が元康の兜の下の横顔をゆらゆらと照らしていた。
「つまり、今川軍は負ける、と」
 酒井忠次が言う。
 元康は静かにうなずく。
「忠次、どうせ負ける戦、撤退した方がよいと思うか?」
 自分の倍生きている忠次に聞く。
 忠次は兜の顎紐を触りながら答える。
「いや、後ろには今川軍本隊が控えています。撤退は許されないでしょう」
「じゃあ負けと知っていて戦を続けるのか?」
 元康は大きなため息をひとつつく。
「できるなら、我が軍からだれひとり、死者を出したくない」
 自己犠牲の強い元康らしい考えだった。
 そして、それは酒井忠次も本多平八郎も同じ想いだった。
 松平軍一千、全員三河の者で構成されている。
 元康のことを慕って集まってきた同郷の勇士たちだ。
「大高城への兵糧補給は達成しないとならないでしょう。義元様の命令でもありますし」
 忠次は顎紐から顎髭に手を移し、顎髭を撫でながら答える。
「そうだな、それは絶対だ、その上で、いかに損害を抑えられるか」
 元康も忠次に釣られ、髭のない顎に手を置く。
「朝比奈隊を待ちますか?」
「朝比奈隊、泰朝殿か」
 元康は朝比奈泰朝の野性味溢れた顔を思い浮かべていた。
 朝比奈泰朝、二十二歳。
 泰朝の父、朝比奈泰能は今川氏親、氏輝、義元と今川家三代に渡って仕えた宿老であり、今川家における外交文書などでは、太原雪斎と共に名を連ねている。
 今川義元の朝比奈泰朝への期待は父、朝比奈泰能の時と同等で、朝比奈泰朝は桶狭間の戦いでも元康の二倍の二千の兵をまかされ、「鷲津砦」の攻略をまかされていた。
「朝比奈隊は鷲津砦を落とした後、丸根砦も落としにかかるでしょう」
「朝比奈隊が二つの砦を落とした後、我らが大高城に入ると?」
 元康が酒井忠次に聞く。
「ええ、であれば残るは大高城周辺にいる織田軍のみを突破すればよいのみ」
「確かに被害は最小限に抑えられる、しかし」
「しかし?」
「負けが決まった際の逃げ場も失う」
 今川義元が負けた際、兵糧を入れた大高城から撤退しなければならない。
 だが、「鷲津砦」「丸根砦」にいる朝比奈隊が撤退を許さないだろう。
 朝比奈泰朝は並外れた今川家への忠誠度を持つ武将だ。
 義元が負けたらその仇を討つべく、織田軍へ突撃するだろう。
 織田軍突撃は松平軍にも強いてくるに違いない。
「それに、朝比奈隊を待っていては、義元様への忠誠心を疑われる」
 今夜中には大高城への兵糧入れを完遂できるはずが、朝比奈隊を待っていたら、兵糧入れが明日の朝になってしまう。
 驚くほどの静寂。
 篝火のはぜる音だけが闇夜に吸い込まれていく。
「丸根砦落としちゃえば?」
 平八郎が自慢の槍を弄びながら、なんでもないことのように言う。
「目的が違う。命令は大高城への兵糧補給だ」
 忠次が子供をたしなめるように言う。
「じゃあ、一緒にやっちゃえば?」
「一緒に?」
「うん」
 平八郎が槍の矛先を丸根砦の方角に向け、
「丸根砦と」
 続いて矛先を大高城の方角に向ける。
「大高城」
 平八郎の動作を見て忠次は開いた口が塞がらなかった。
「一緒に? 丸根砦攻めと大高城への兵糧入れをか? ははは!」
 あまりにも突拍子な話すぎて口からは笑いが漏れる。
「なにを馬鹿なことを、ははは、できるわけがないだろう、そんなことが」
「いや」
 元康は顎に手を置いたまま、真剣な顔で口を開ける。
「命令の完遂と、逃げ場の確保、できるかもしれない」
 忠次が笑ったまま表情を固まらせ、元康を見る。
「殿、本気ですか?」
 元康はうなずく。
 忠次の鼓動がドクンとひと際たかく鳴る。

 一千の兵でそんなことができるのか?
 丸根砦の守備兵は四百。
 砦を落とすには最低でも二倍の兵力がいる。
 それだけで八百。
 残りの二百で大高城へ突撃しろと?
 無理だ。
 大高城周辺の織田軍の数ははっきりしないのに。

「兵を八百と二百に分ける」
「二百で大高城周辺の織田軍を突破できると?」
 元康への返答にいらだちが混じる。
「いや、丸根砦を落とすのが二百だ」
 丸根砦を落とすのが二百?
 二百で四百の丸根砦を落とすと?
 忠次は声が出なかった。
「いいね! 二百あれば十分だ!」
 平八郎が槍を回しながら楽しそうに言う。
「自分が二百を率いる。忠次と平八郎は八百を率いて大高城へ入れ」
 その言葉を聞いて平八郎の槍が止まる。
「殿! 二百で丸根砦が落とせるとは」
「忠次と平八郎は丸根砦に目もくれず大高城へ向かえ」
「いや、しかし殿、丸根砦を守っているのは佐久間盛重ですぞ!」
佐久間盛重。
 織田信秀の代から織田家に仕え、信長の弟である信行の家老だったが、信長と信行が対立した際、信長方についた。それだけ信長の信頼も厚い。
「聞け、忠次。正面から二百で丸根砦を落とせるとは自分も思っていない」
「ではどうやって?」
「丸根砦の目が大高城入城の八百に向いている隙に横槍を入れる」
「横槍を入れるといっても二百では……」
「忠次、心配するな」
「いや、敵は四百です、それを二百って」
「忠次」
 元康は戒めるような声で忠次の名を呼ぶ。
「はっ」
 忠次は元康の声に、反論ばかりになっていたことに気づき、頭を下げる。
「おまえの悪い癖だ」
「はっ」
 家老であるが故に、最年長であるが故に、松平家を想うが故に生まれる悪い癖。
「大丈夫。心配するな」
 元康は優しい声になり、忠次の肩に手を置く。
「おまえは平八郎と共に大高城への兵糧入れを成し遂げてくれ。平八郎がいれば問題なかろう」
 本多平八郎は稽古では負け知らずで「戦の天才」と呼ばれていた。
 今回の初陣で「戦の天才」ぶりをいかんなく発揮してくれるだろう。
 その平八郎はなぜか、下を向いていた。
 なにか納得がいってないらしい。
「かしこまりました。では、私は平八郎と共に兵八○○にて大高城へ向かう準備をしてまいります」
「頼んだぞ」
 忠次は元康の力のこもった返事を聞くと、頭を下げ、平八郎を連れて元康の陣所から出て行った。
「さて、行くとするか」
 松平元康は覚悟を決めた表情で陣所を出た。
 犠牲は自分一人でいい。

 深夜零時。
 元康の号令と共に、酒井忠次と本多平八郎率いる兵八百及び、兵糧隊の大高城突入が開始された。
 丸根砦の松明の動きから、見張りの目は大高城突入隊に向いている。
 その様子を見ながら、元康率いる二百は丸根砦の側面へ兵を進める。
 側面に回り込むと、砦に兵の姿は見えない。
 砦内の兵は全て正面に配置されているのだろう。
 元康は敵軍に悟られぬよう静かに刀を掲げると、自らが先頭に立ち丸根砦へ走り出した。
 元康の後ろに二百の兵が続く。
 元康隊二百は静かな夜の波のように丸根砦への移動を開始した。

 元康が丸根砦攻めに奇襲を用いた理由。
 それは二年前の初陣で奇襲を成功させていたからである。
 その時は三河にある寺部城の城下町を奇襲で焼き、十分な成果を上げた。
 元康は奇襲に自信があった。
 しかし、逆を言えば、まだ場数をほとんど経験していない十七歳の元康は、奇襲しか知らなかったとも言える。

 元康隊は丸根砦の側面を守る木の柵に達すると、音を立てないように、木の柵に火を移し始めた。
 元康の奇襲計画はこうだった。
 木の柵を燃やすことで、織田軍が様子を見にくる。
 様子を見に来た織田軍を片っ端から弓矢で片づけていく。
 織田軍は砦を燃やされていく焦燥感と仲間が撃たれ続ける恐怖感から混乱をきたす。
 そこを直接攻撃し、織田軍の数を減らしていく。
 あとはそれを繰り返していけば、いずれ織田軍の兵は尽きる。
 しかし、元康の奇襲計画は早々に崩れた。
 突如、法螺貝の音と共に何十本という矢が元康隊の頭上に落ちてきたのだ。
 元康の行動は織田軍に感づかれていた。
 敵軍に感づかれた時点で奇襲は失敗だ。
 次々と兵士達が倒れていく。
 奇襲を甘く見ていた。
 初陣で成功したからといってまた成功するとは限らない。
 ここは住民が暮らす城下町とは違い、戦の最前線、砦なのだ。
 かといってここでうろたえていたら元康軍は犠牲を重ねるだけだ。
 元康は砦の内側に向かって、一人走った。
 走るしかなかった。
 奇襲が失敗した時点で責任は全て自分にある。
 全滅したところでおちおち帰ることなどできない。
 だったらせめて敵兵を一人でも倒すのが自分にできることだ。
 松平家の大将である自分がそんな軽率な行動をしてもよいのか?
 いや、大将だからこそ先頭を切らなければならない。
 そうでなければこんな自分には誰もついてこない。
 それに、もし、自分が倒れても後のことは酒井忠次が見てくれるだろう。
 今までもそうやって生きてきたじゃないか。
 人質として、松平家の最先端で。
 
「奇襲失敗?!」
 酒井忠次は振り返って丸根砦の方を見る。
 砦の中の松明がこちらとは逆の方角に動いている。
 奇襲が失敗し、松平元康隊に向かっているのだろう。
 殿は二百で四百を相手にしなければならない。
 殿を助けに戻るか。
 いや、それは殿の指示に反する。
 今、自分にできることはひとつしかない。
「大高城へ急げ!」
 殿を助けるには一刻も早く大高城へ兵糧を入れ、返す刀で丸根砦に乗り込み、殿の後詰めをする。それしかない。
 大高城へ兵糧を入れてからでは間に合わないのではないか。
 いやいや、今はそんなことを杞憂していても何も進まない。
 また悪い癖が出た。
 殿を信じて、今は大高城へ向かうしかない。

 元康は一番槍として敵軍の弓隊にぶつかり、声を張り上げながら斬りかかった。
 元康は自らが先陣を切ることで、後に続く兵士達の心を掴んでいた。
 自分達より危険な目を犯している大将を放っておけるはずがない。
 兵士達は血相を変えて元康を追った。
 兵士達が追いつくのを待たずに、一人、また一人と元康は弓兵を斬り倒していった。
 弓兵は元康の突撃の速さに接近戦の準備ができていなかった。
 しかし、それは油断していた弓兵が相手だったからで、やがて槍兵がかけつけてきた。
 それでも元康は槍兵相手に優位に立った。
 元康は幼い人質時代から、生き残るために戦いの技を磨き続けていた。
 やがて二百の兵士達も元康に追いつき加勢した。
 元康隊二百対丸根砦佐久間盛重隊四百の正面衝突が始まった。
 力対力。
 深夜ということもあり敵味方すら区別がつかない中での肉弾戦。
 肉と甲冑と槍と刀がぐちゃぐちゃに混じり合う。
 唯一の目印は元康隊全員がタスキのようにかけている青い布。
 元康は青い布をつけていない兵を斬って斬って斬りまくった。
 しかし、所詮は多勢に無勢。
 佐久間隊が徐々に元康隊を追い詰めていった。
 撤退の二文字のなかった元康隊は砦の本丸近くまで攻め込んでいた。
 そこで取り囲まれた。
 元康隊は元康含め二十人。
 二百いた兵が二十人まで減っていた。
 いや、元康の突撃についてこれたのが二十人ということだ。
 じゃあ残りの百八十は元康隊を取り囲んでいるこの和の外にいるのか?
 いや、それは考え難い。
 それだけの数が和の外にいたら、和など形成できない。
 殺されたのだ。
 どこからか拍手の音が聞こえる。
 元康の目の前には佐久間盛重、その人の姿があった。
「いやいやいやいや、大将自らお出ましとは」
 佐久間盛重、年齢は不明だが猛将として織田家では名を馳せている。
 力強く拍手をしながら元康の数歩前まで進み出る。
 名を馳せているだけあって押し潰されそうな威圧感がある。
 元康は自分が震えていることを悟られないように刀を持つ手に力を込める。
「あなたも大将でしょう」
 元康は盛重を睨みつけ、答える。
「がはは、お主とそれがしでは大将の格が違うだろう。お主は松平家の総大将、それがしは砦ひとつの大将に過ぎん」
 佐久間盛重さえ倒せれば流れは変わる。
「しかし、奇襲失敗と知りながら突撃とは、あの三河に聞こえし名高き松平家の総大将とはとても思えない行動だな、がはは」
 元康は盛重の隙を狙っていた。
 まだ刀が届く間合いではない。
 もっと近くまで来てくれれば。
 くそ、震えよ止まれ。
「だが逆に、この人数でここまでくるとはさすがとも言える」
 盛重は自分の言葉にうなずきながらも、
「しかし残念ながら」
 と、笑いながら刀を振り上げる。
「松平家も終わりだ、がはは、行けっ!」
 盛重の刀が振り下ろされるとそれを合図とばかりに手下達が一斉に元康隊に切りかかってきた。
 一人、また一人と元康隊の兵士が元康をかばって斬られていく。
 元康が一人だけになるのに時間はかからなかった。
 盛重は手下達の後ろで笑っている。
「がはは、今宵はうまい酒が飲める」
 じりじりと手下達が元康との距離を縮めていく。
 しかし、元康も笑みを浮かべていた。
 死を覚悟した笑みだった。
 これ以上、勝ち目などなかった。
 しかし、であれば、尚更、死に間際まで元康は武士であろうと思った。
 でなければ、命を散らしてくれた二百の兵達に申し訳が立たない。
 覚悟が決まった途端、震えが止まった。
 盛重は元康の笑みを見て気味悪さを覚えたのか笑顔を消し、手下達に真顔で
「終わらせろ!」
 と命じた。
 手下の一人が元康に斬りかかる。
 盛重は討ち取った、と思った。
 元康も死んだ、と思った。
 思えば十七年の短い命だった。
 織田信長と過ごした幼年期。
 今川義元と過ごした少年期。
 そして松平家の長として過ごしたここ数年。
 どの時期も、比べようがないほど充実していた。
 その充実していた時期を共に過ごした三河の家臣達。
 酒井忠次。
 本多平八郎。
 石川数正。
 大久保忠勝。
 平岩親吉。
 皆の顔が頭に浮かんだ。
 そして出てきた言葉は「ありがとう」
 粉骨砕身し自分に仕えてくれた彼らには感謝しかない。
 あとは酒井忠次を長としてみんなで協力して三河をまとめてくれ。
 しかし、元康の命は消えていなかった。
 盛重の手下が振り下ろした刀を、一人の少年が槍で受けていた。
 本多平八郎だった。
「平八郎……」
 元康は平八郎を見た瞬間、その場に膝から崩れ落ちた。
 それは、圧倒的な安心感からきたものだった。
 平八郎がここにいるということは大高城への兵糧入れは成功したのだろう。
 平八郎は決して任務を放ることはしない。
 それがどんなに不服であっても。
 限界に近づいていた元康の口から思わず言葉が漏れた。
「ありがとう」
 心の底から出た本心だった。
 平八郎は元康のその言葉を聞くと、受けている刀を流し、盛重の手下をいとも簡単に突き倒した。
「ありがとうじゃねえよ」
 平八郎は槍に付いた血を払い落すと、
「ったく、アニキの悪い癖だ」
 と機嫌の悪そうな顔を元康に向けた。

 元康は平八郎と初めて出会った時を思い出していた。
 三年前、元康十四歳、平八郎十歳の時。
 平八郎は一人で元康の屋敷に乗り込んできた。
 まるで友人の家にでも遊びにきたみたいに。
 その時も、平八郎は機嫌の悪そうな顔を浮かべていた。
「オマエがオイラの殿様か」
 平八郎は元康を見つけると、開口一番そう言った。
 平八郎の身長は元康の肩ぐらいまでしかない。
 元康は誰だろうと思いながらも、特に驚くそぶりを見せずにうなずく。
 人質時代からこういう輩の訪問には慣れていた。
「ちっ、こんな青白いもやしみたいなのが殿様か」
「キミは誰だい?」
 元康が問うと平八郎はあざけるような笑みを浮かべ、
「本多平八郎だ、叔父の命令できてみれば、こんなもやし野郎とは」
 と、唾を吐いた。
 本多平八郎、この子が本多忠真殿の甥か。
「ははは、いいんだよ、無理に私に仕えなくても」
 平八郎の悪態に元康は笑顔で答えた。
 平八郎の噂は聞いていた。
 十歳にして槍の扱いが天才的な悪童がいると。
「いや、叔父の命令は絶対だから仕えてやる。ただ、実力を知りてえ」
 平八郎はそう言うと背中に背負っていた自分の背丈ほどのある槍を構えた。
「ここでかい?」
「ああ、構えろ」
 元康は深いため息をつきながらも刀を鞘から抜き、構える。
「なんだその構えは、やる気あんのか!」
 平八郎の大声に、元康は表情を変えない。
「やる気があるかどうか、試してみなさい」
 元康の言葉に平八郎は舐められていると思い、槍先を元康に向けて踏み出した。
 次の瞬間、平八郎の槍は手から離れ、床に落ちていた。
 元康が刀で払ったのだ。
 元康はすっと刀を鞘に納める。

 本多平八郎の祖父である本多忠豊は、元康の父である松平広忠の身代わりとなり討死している。
 本多家は主君である松平家を命がけで守らなければならない。
 平八郎の叔父、本多忠真は、平八郎にそう教え、元康の元へ小姓として仕わせた。
 元康様は命がけで守るに能うる方だと。

 平八郎は床に落ちた槍を拾い、背中に背負うと、
「叔父の命令だから仕方なく……仕方なくオマエに仕えてやる」
 と悔しそうに言った。
 実際、悔しかった。
 自分の槍をいとも簡単に払われたのは初めてだった。
 元康と自分の実力差を一瞬で思いしらされたのだ。
 しかし、内心、命がけで守るに能うると確信した。
 平八郎はその後、小姓として元康に仕えていくうちに、元康の実力だけでなく。海のような人間性を知り、本当の兄のように接していく。
 それから三年後。
 平八郎は叔父の教えを忠実に守った。

「ふん、まだガキが生き残っていたか」
 佐久間盛重は本多平八郎が少年ということに安心しきった顔で気を取り直すと、
「野郎ども、このガキからやっちまえ!」
 と手下達に命じた。
 本多平八郎は静かに唱える。
【本多家神業、立ち葵紋】
 最初に平八郎に突撃した手下は平八郎の槍にあっさりやられた。
「な!」
 想像していなかった事態に、思わず盛重が声をあげる。
 平八郎の槍さばきは少年とは思えないほど力強く華麗だった。
 それでいて大人相手に怖気づくこともなく堂々としている。
 口元には笑みが見えるぐらいだ。
 盛重は驚きを隠さずに手下達に号令をかける。
「行け行け!」
 二人目が斬りかかる。二人目も突き倒される。
 三人目が斬りかかる。三人目も突き倒される。
 平八郎は自分に斬りかかってくる盛重の手下達を突き倒し続け、その数が十人を超えた時、ようやく盛重も状況を呑み込めてきた。
 このガキ、只者ではない。
 額からこぼれる冷や汗を拭うのも忘れ号令を続ける。
「ええい! 一気に行け! 一気に!」
 二人同時で斬りかかる。しかし二人同時に突き倒される。
「行け行け行け!」
 三人同時に斬りかかる。
「行け行け行け行け行け行け!」
 四人同時に斬りかかる。
「行け行け行け行け行け行け行け行け行け!」
 五人同時に斬りかかられても平八郎は傷を受けなかった。
 そればかりか全て返り討ちにした。
 平八郎が「戦の天才」と言われる所以がここにあった。
 平八郎は初陣に向け実践さながらの訓練を元康や酒井忠次らと幾度となく重ねてきたが、一度も傷を作ったことがなかった。
 つまり、攻撃を避けることに天才的な才能を持っていた。
 平八郎のこの才能こそが本多家に伝わる【神業:立ち葵紋】だった。

 やがて、元康達を囲んでいた盛重の手下達はじりじりと元康達と距離をあけていった。
 無理もない。
 平八郎に斬りかかれば殺される。
「ええい、どうした、行け! いかんか!」
 盛重は大声を出して手下達を向かわせようとしたが手下達の士気は完全に喪失されていた。
「くそっ」
自分が一人で戦って勝てる相手ではない。
 盛重もそれが分かっていた。
 ここは逃げるしかない。
 そう思い振り返った途端、腹から背中にかけて刀が貫いた。
 盛重の身体を貫いたのは酒井忠次だった。
 忠次の後ろには石川数正と百人近い松平軍の兵士が見えた。
 忠次が盛重の身体から刀を引き抜くと、盛重は「ぐっ」短い呻き声をあげ、口から血をこぼしその場に崩れ落ちた。
 忠次は刀から盛重の血を払い、元康の元へ歩みより、膝をついた。
「殿、遅くなりまして申し訳ございません」
 忠次は早々に大高城を囲んでいた織田軍の兵士を蹴散らし、先に平八郎を元康の元へ向かわせ、自分は大高城へ兵糧を届けた後、元康の元に引き返してきたのだ。
「いや、遅くなどない」
 元康は忠次にそう返事をすると、平八郎の手を借りて立ち上がる。
「大高城への兵糧入れ、ご苦労だった」
 元康のその言葉に、本多平八郎と酒井忠次、その後ろに控える石川数正はじめ全松平軍の兵士達は頭を下げた。
 五月十九日、午前三時。丸根砦陥落。
 ほぼ同時刻、丸根砦の北にある鷲津砦も朝比奈泰朝によって落とされる。

 丸根砦から大高城へ向かう途中。
 元康は平八郎と並びながら歩いていた。
 元康の故郷である三河方面の空が白みはじめている。
「アニキ」
「ん?」
「夜が明けたら、鳴海城に行くか?」
 元康はしばらく遠くを見てから答えた。
「いや、大高城へとどまろう」
「徹夜明けだけどみんな動けるぜ」
「いや、そういうことじゃない」
 元康は大高城に灯された明かりを見ながら独り言のようにつぶやいた。
「義元様が織田信長に討たれるのは」
 平八郎が元康の横顔を見る。
「今日だ」
 松平元康の横顔はどこか寂しそうだった。
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