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少年期・学園編
2-4 学長、混乱する
しおりを挟む「レイブン学長! 今年は魔法実技に怪物が現れましたよ!」
「はっ、何を言う。こっちの武術実技でも怪物登場だぞ!」
「待ってください。筆記試験にも天才受験生がいましたよ」
魔法学園の学長であるレイブンは、普段は見せることがない苦笑いをしていた。
筆記試験、魔法実技、武術実技。
どの分野にも、目立った受験生がいたらしい。
レイブンはその内の武術実技に現れた少年、いや幼児に頭を悩ませていたのだ。
その幼児の名はエルリック・マクシュガル。
今年から受験可能の五歳にして、王直属の近衛騎士団長に剣技で勝ってしまうという鬼才の持ち主だ。
彼はあの後、(娘の)受験の視察に来ていた王と軽く会話をする機会があり、そこで繰り広げられた信じられない光景を王から伝え聞いたのだ。
◇
エルリックとモールが戦い始めた頃は良かった。
お互いに実力を見極めるために全力は出さず、様子見で剣を交えていただけだった。
だが次第に、モールの騎士としての血が騒ぎ出し、あろうことか五歳児相手に本気の五割くらいの力を出し始めた。
王はその戦いを最初から見ていたため、モールの動きが明らかに変わったことに気がついた。
それと同時に、その動きに合わせてエルリックの剣速も更に素早くなっていることも察していた。
二人の戦いはどんどんヒートアップしていく。
そして剣に加わる力と重圧に耐えられなくなったモールの木剣が、エルリックにボキリとへし折られる。
間髪入れずにモールは腰に差していたミスリルの剣を抜き、二人の戦いは続行された。
もしこのときやめていれば、もっと事態は軽くなっていたかもしれないが、もしもの話をしようが現実の結果は変わらない。
モールのミスリルの剣には折られることなく、エルリックはなおも試験用の木剣で打ち合う。
「何故あの木剣は折れぬ? モールの使用していた木剣と彼の木剣は同じもののはず。それにモール愛用の剣を彼に抜かせる実力。彼は一体何者なのだ?」
これだけでも驚くべきことだが、王は十年分の驚きを凝縮したような気持ちにこの後なってしまうとは、微塵も考えていなかった。
モールとエルリックは、剣の技では互角。
だが優勢なのは、体格差と力、そして武器で勝っているモールだ。
大健闘したが力及ばず負ける五歳児。
誰もが彼が負けるシーンを目にするのだと、信じて疑わなかった。
だが勝利の女神が微笑んだのは、モールではなくエルリックであった。
「ば、馬鹿な!?」
席に座っていた王が、思わず立ち上がって目を見張る。
エルリックの剣撃が一瞬だけ別物になったと思ったら、次の瞬間モールの喉元には木剣が突きつけられ、モールは参ったと言わんばかりに武器を放って両手を挙げていた。
両手を挙げる、つまりは降参したということだ。
Sランク冒険者に匹敵するほどの、国で最強クラスの近衛騎士団長の敗北。
負けた相手がSランク冒険者なら誰もが納得したであろうが、学園入学前の五歳児に負けたとなっては、誰もが耳を疑うはずだ。
その瞬間をしっかり見ていた王も、例外ではなかった。
彼は自分の目を疑うと同時に、意識まで疑うほどに困惑していた。
「な、なな、なななな」
目は瞬きを忘れ、口はだらしなく大きく開き、顔には驚愕の二文字がしっかり刻まれていた。
王はそのまま一時間フリーズ状態に入り、モールがやってくるまで息をしているのかさえ怪しいほど微動だにしなかったのであった。
「陛下、この度は申し訳ありません! このモール、幼児相手に全力を出した上、みっともなく敗北いたしました!」
「ぜ、全力とな? その言葉に、偽りはないのか? も、モールよ」
「偽りは一切ありません。私の完敗です」
「そ、そうか。真か。モールに勝つとは、とんだ怪物が現れたものよ・・・」
二人の間に何とも言えない微妙な空気が漂う中、何も知らない学長が能天気にやって来た。
「おぅ、デクスター。辛気臭い顔をしてどうしたんじゃ? モールまで顔が蒼ざめておるぞ。何かあったんなら儂にも教えてくれんかのう。気になるじゃろ」
「レイブンか。余は、もう疲れた」
「どど、どうしたんじゃデクスター!?」
王とモールが事の顛末を話すと、レイブンの顔から血の気がサーッと引いていく。
「モールに剣で勝てる者がいるなどと知れたら、大変なことになるぞい。今回はその子のおかげで手加減したことになってはいるとは言え、これは厄介じゃのう」
「レイブン学長、陛下、面目ありません」
「モール、もうよい。その子供が規格外の存在だったというだけのこと。お前は全力を出してしまった罪はあるが、これで懲りただろうから責は無しとする。レイブン、その子供については任せたぞ」
「儂に全部押し付けるのか。仕方ないのう。学生は家族同然、儂が何とかしてみせるのじゃ」
「すまぬな。余は娘の様子も見られたから、帰るとしよう。もちろん分かっておるな?」
「分かっとるわい。いくら王族だからとは言え、採点に不正などせん。じゃが、あの様子ならまあ、心配はいらんじゃろ。それより、大きな心配の種ができたから儂は失礼するのじゃ。帰り道に幼児に襲われんようにのう? モールは負けるからのう、ほっほっほっ」
「冗談が黒いぞ、レイブン。ではまたな」
「へ、陛下は命に代えましてもお守りします」
レイブンは忙しさを増し、モールは自信を喪失する中、噂されているエルリックはこの頃、合格できるか不安になりながらくしゃみをしていたのであった。
◇
「武術の方は陛下から話を聞いて事情は知っておる。学則じゃが、『入学試験時に武術実技で受験生が教官に勝った場合、特別に試験に1000点を追加する』とある。今回はこれを適用しようと思うが、何か意見があるものはおるか?」
「異議あり! 学長! 生徒が勝ったのは教官ではなくモール様です!」
「それは教官代理という扱いじゃな。問題はない」
「私が申し上げたいのはそうではありません! たかが教員に勝つのとは訳が違います! モール様に勝ったのですからもっと点数をプラスすべきです!」
「なんじゃと?」
あー、バカがいたのう、とレイブンは考えたが、他の教員たちも「確かに」とか、「ウンウン」となぜか肯定的な態度だ。
「皆が賛成なら追加で点数を付けてもよいが、2000点くらいかのう?」
「レイブン学長、モール様は教官の二倍しか強くないと? あの方は、五倍、いいや十倍は強い!」
「それおぬしら、自分の首を絞める発言じゃからな?」
どれだけ自分たちがモールより弱いかをアピールする教員に、レイブンはため息をついた。
確かにモールは強いだけではなく、人柄もよく人気がある。
そのため教員でさえも憧れる存在だが、この発言は流石に悲しくなってくるレイブンであった。
「では10000点の追加じゃ。これ以上は上げても意味はないのじゃ。いや、そもそも1000点の時点で合格じゃから意味はないのじゃ」
「はっはっは。意味はありますよ学長。超目立ちます!」
ダメじゃこいつ、とレイブンはもはや諦めるのであった。
「次に魔法実技いいですか!?」
「良いぞ、何があったんじゃ?」
小さい子供好きの先生スィニアが立ち上がる。
「今回は怪物が三名いました! そのうちの一人は規格外の可愛い化け物でした! 一人は手前二つの的を破壊し、奥二つを半壊し、大的を凹ませるほどの魔法でした!」
「確かに入学前でそれは化け物じゃのう。手前二つ破壊でプラス100点。奥二つ半壊でプラス100点。大的の形状を変えたことでプラス200点。追加点だけで400点じゃのう」
手前は一つ破壊すれば50点。半壊で25点。
奥は、一つ破壊すれば100点。半壊で50点。
大的は傷がついたら100点。形状変化で200点。
一部破壊で500点。半壊で1000点だ。
「どうせ実技点数は100点満点であろう? もう500点あげるといいのじゃ。さっきの10000点で、もはやかすむレベルじゃよ」
「あ、可愛い化け物は違いますよ。この子は11歳で、怪物三人の中では最弱です」
四天王みたいな言い方をするスィニア。
どうでもいいが、四天王最弱はカレノアらしい。
「なんじゃと? もう心臓に悪いから早く済ませてほしいのう」
「そしてめちゃくちゃ可愛いミルシャちゃん! 手前と奥の四つ破壊! さらに大的を半壊させました!」
「なに!? 正真正銘の怪物じゃのう! 過去最高記録の儂に並ぶとは天晴じゃ! プラス1300点じゃ!」
年甲斐もなく盛り上がってきたレイブン。
そう、この最高記録を280年前に叩き出したのが、他でもない当時受験生だったレイブンなのだ。
ちなみにレイブンの種族は人族とエルフのハーフである。
ハーフエルフは、エルフまでじゃないにせよ、長生きなのだ。
「そしてメインディシュはちょっと勝ち気で背伸びをしちゃうところが最高に可愛い男の子、エルリック君!」
その名前を聞いてビクッと反応するレイブン、武術実技の教官、そして筆記試験の採点担当の教員。
「待て待て。メインディシュと聞こえたのじゃが、さっきのミルシャじゃったか? その子が可愛い化け物じゃなかったのかの?」
「ウチ、美味しいものは最後に食べる派なんで、一番は最後に取っておきました」
「まま、待つんじゃ。これ以上壊せる的は・・・いや、まさか、あの大的を? ありえぬ、そんなわけないのじゃよな?」
だんだん口調がおかしくなり始めるレイブン。
そんなこと関係なしに、スィニアは得意げな表情、もとい超ドヤ顔だった。
「まさかの大的全壊です! 木っ端微塵に吹き飛ばされて修復もできませんでしたので、新しいの注文しときました!」
「なんと。はあ、まだ会ったこともない、エルリック君よ。そんなに儂の心臓を止めたいのかのう。儂の体力はもう無いのじゃ」
ライフがゼロのような言い方をするレイブン。
エルリックはこの時点で、教師全体で有名人として認識されるのであった。
天才的な五歳児、いや、天災的な問題児と言ったところだ。
「はぁ、もうよい。魔法実技でも10000点あげるといいのじゃ」
諦めたレイブンはため息をつきながら、一万点追加を決意した。
「あのー、学長。お疲れのところ申し訳ありませんが、筆記試験の採点でもエルリック君が大変素晴らしい解答をしてきまして・・・」
「またエルリック君か! そっちでは何をしたんじゃ!?」
「チラ見せ問題を全部解いてきちゃいました。解答も文句のつけようがなく、読み手に配慮した文章で採点するこちらまで楽しめました」
「チラ見せ問題を解くとはのう。本当にそのエルリック君は人族なのか? もはや神の落とし子にしか思えんくらいじゃのう」
チラ見せ問題とは、これから学園で学ぶ内容を問題にしてチラ見せすることで、受験生に勉強不足だと思わせたり、これからの勉強に興味を持ってもらったりするためのものだ。
解けない前提の問題のため、手をつけていない受験生に何の減点もない。
逆に手をつけて頑張った形跡や、少しでも考えたと分かる内容があれば、10点や20点くらいの大きな追加点が得られるほどなのだ。
その全てを解いてしまったというエルリック。
学長が判断することは、もはや一つしかなかった。
「はぁ、筆記試験も10000点あげるといいのじゃ。三つの試験で過去最高記録を大幅更新じゃのう。もう、儂は帰って寝るかの」
教師の誰もが、レイブンが永眠してしまわないか心配になりながらも、怪物のような子供に果たして自分たちが教えられることはあるのかと思っているのであった。
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