悪魔ですけど何か?~僕は僕~

十四年生

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悪魔ですけど何か?~僕は僕~

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 誰も知らない……知るはずもない。

 町の外れ、取り壊せないで放ってある廃ビル。

 その中でこんな事が起きている事を知ることの出来る人間が、

 居るだろうか……答えは不可能だろう。

 一人の哀れな男が、何度も何度も絶望と絶叫の間を、

 行ったりきたりしているのを気づくことは到底不可能だ。



 既に気持ちの中には暗闇しかない……、光そのものがない。

 光というのは何であったのか……ソレすら失っている。

 希望はない、絶望だけが、影だけが色濃くそこに在る。



 現在、目にしうる存在は、如何にも素行不良であり、暴力とか略奪に心奪われやすそうな、

 この世の理不尽の体現者のような男の存在と、その取り巻き2名。

 それと、怯え砕け枯れた弱い羊のような男の計4つ。



 もう、数時間にも及ぶのだろうか……町ですれ違っただけの羊をその男たちは、捕らえた。

 捕らえた後、男たちはその精神を肉体を何度も何度も暴力のみの、純粋な力で砕いていった。

 一発一発が刻まれる度に、羊の心は蝕まれ、砕かれ、腐食させられ、

 肉体も同時に見る影もない塊へと変わっていく。



 既に目は開かず、口内は折れた歯で喋ることも出来ず、四肢は全ておかしな方向へと向きを変えており、

 もちろん立つことはおろか、動くことも出来ない状態となっている。それでも残酷に命は繋がれる。

 これは如何ともしがたい事実であり、地獄と呼ぶにふさわしいものであろう。



 羊はつい先ほどまでの自分、そして今、貶められ尊厳を踏みにじられ、

 生きることを苦痛とさえ感じる状態になる前を思い浮かべている。

 恐らく脳名一で何かが大量出たため、苦痛を紛らわす目的も含まれているのであろうが。

 ただすれ違っただけ、目が合っただけ、それだけだった。

 そしてソレが自分の全てを奪うに値すると判断された。

 誰に?目の前の短絡的志向の持ち主であり、粗野、粗暴、暴れると言う文字の全ての単語が、

 目の前のものには相応しい。そんな蛮族のようなモノにだ。



 羊は苦しみの中、少しずつ壊れていく自分を感じながら、頭の中では、

 意味のない繰り返しを幾度となく行っていた。

 何度目の繰り返しだったのだろうか。痛みが襲ってきて引き戻される。

 そして、また最初から羊はこの世界から抜け出せないか、そんな苦痛の果ての選択と思考を繰り返す。



 僕だって初めからこうではなかった。こうであるはずがなかった。

 初めはどこにでも居る何処にでも在る。モブのような存在でしかなかった。

 当たり前に生きて当たり前に死ねばいい。それで納得の人生のはずだった



 先ほどから何度も気絶をしているのだ。その度に、どこかを殴られ、

 水を浴びせられ、あわせて嘲笑もおまけされる。

 羊は、もう蠢く事も、いや……もうそれすらさえ億劫に感じているのだ。



「何度も何度も折られた心。このまま楽になれるのだろうか」

「何で僕はこの世界に落ちたのだろう」

「何故ここでなければいけなかったのだろう……」

「なぜ? なぜ……? 何故? ナニユエ……」

「彼らはなぜ、僕を痛めつけ罵り、暴力を繰り返すのだろう」

「もういやだ……嫌だ……イヤダ……何もかもがイヤダ……」



 何度目だろう、何10度目だろう……。何100何1000度目だろう。羊は仰ぐことすら叶わない、空を見上げ、

 呪いにも似た言葉を、脳の中でつぶやきながら紡ぐ。幾度も幾重にも重なり、編みこまれていくそれは、

 禍々しくも美しい幾何学模様を描きはじめる。深く暗い呪いはこの少ない時間で熟成され、

 呪詛となり、呪陣を描いていた。



「消えればイイ、この現実モ、この現実を与える、『糞の詰った糞袋共も』アァ……僕自身も……もう十分だろ? ナァ……嫌なんだよ……殺すなら殺せばいいじゃないか……。どうせ殺すことも出来ない……そこまでの力もカクゴもないんだろ?」





 呪い呪い呪い呪い……。

 悔しい……苦しい……痛い……悲しい……。



 今在るこの世界で、多くの者が負の感情だというもの、それら全てが脳の中で組み込まれていく。

 外に出ることを許されないそれは、世界のすべてに理不尽を訴える。



 壊れろ壊れろ壊れろ……。

 不要不要不要……。

 糞袋糞袋糞袋……。



 幾度目かの吐血……砕けた歯も一緒に吐き出される。

 一張羅だったスーツは元の黒に赤を混ぜ、ヘモグロビンの匂い……血臭を纏わせている。

 生地はもう既に最初の抵抗で解れ、破れ、元の形を余り留めてはいない。このままでいれば、遠からず命は消える。

 今の羊にとっては、ソレこそが最後の救い。それこそが願いやまない救いとなりうる。



「あぁ、楽に……? 楽に? 楽になれるのか?」



 命が消えかけるたびに、羊は安堵する……安堵して絶望する。

 戻らされた、この世界へ、まだ自らに息があることを知り、そして悔やむ……。

 幻聴にも似たその声を聞けるだけの余裕がどこかにある自分を呪う。

 己の苦痛に漏れるくぐもった声に交じる声。ソレが聞こえてくる。



 呪いは呪陣を強く描き、誰にも見えないように、美し意幾何学模様を完成させていく。

 誰にも見えないソレの完成が近づくにつれ、羊の中でくぐもった声は強く、

 しっかりと聞こえてくるようになっていく。



『お前はこのモノ達にただ屈するのか? ただ、楽になるだけなのか? いいのか? それで……』



 羊とは別のモノの声。紳士的で慈愛に満ちた声が羊の脳内を満たしていく。

 苦痛から逃げることに成功したのであろうか。

 それとも、別の世界からの使者なのだろうか……。哀れな己を救いにきてくれたのだろうか……。



「僕の中で僕じゃない声が聞こえる……」



 救い? いや、違う。これはそういうものではない。幻聴? 幻覚?! まだ現実にいる。

 羊はまだ現実に居る。最悪の自分の中の最悪、それが、ただ苦痛から生まれようとしているだけ。



「最悪の僕の中にもっと最悪の声が聞こえている……いやだ……」



 羊は恐怖した……。生き残るかもしれないことに……。

 生き残ろうともがいている自分へ。生き残る理由はない、早く楽になりたい。

 だが、嫌悪すべき己の中の声はとても優しかった。まるで優しい神の声のような、

 その声を聞いていると、痛みが安らぐ。



 羊は思考をぐるっと1回転させた。これはもしかしたら好機なのではないだろうか? 

 いっそ、この身をこの声に委ねたら楽になれるのではないだろうか……。

 楽になり、全てが終わるのではないだろうか……。そのような甘い考えが持つべきではなく、

 持てる筈もない。



 今、現実に羊が置かれている状況は地獄なのである。抜けることの出来ない許されることのない、

 無限の地獄……。

 だが、これで救われるかもしれない。そう考えるのは、もう致し方ないことだったのだろう。

 優しき声は羊の朽ち果て酔うとしている魂に囁きかけた。







『委ねればいい、楽にしてやろう。その身を、心を、私に寄越せばいい。それだけですぐに楽になる。

 お前はもうお前であることを必要としなくてよいのだ。無理に希望に縋る必要はない。希望など必要はない。私ならば希望などという、寝言のようなものは用意しない。ただ全ては現実となる。それだけだ……』



 幾何学模様に彩られた呪陣が、目に見えない世界で回転を始めた。回転した呪陣から無数の手が、

 羊へ伸びる。

 伸びた手は羊に纏わりつくと、この世界と、どこか別の世界の薄汚く、

 ドロッとした接点を繋ぐようにしている。



「お前は誰だ? 僕か? ボクデハナイノカ?」

「アァコトバガモウアタマデツムゲナイ……」



 絶望の繰り返しと幾度にも及ぶ崩壊は、もう羊の中へ格を残すことは出来なくなっている。格どころか核すら在ることが難しくなっている。

 朽ち果て堕ち、見る影もない魂と肉体は既に接点を失いかけ、霧散しようとしている。消え逝かんとする魂を、無数に伸びた手は優しく包む。

 薄汚れケロイドにも似たようにドロッとした手は、羊の魂を包み込むと優しく、また声をかける。



『おぉ、可哀想に……自我の崩壊が始まったか?! なんともったいないことだ……。消え逝く等、全くもってもったいないことだ。さぁ! 私と契約をしようじゃないか。お前の最後の望みを、その全てが終わるまで私が叶えてやろう』



 崩壊は核の保持を難しくする。そして今こそが、声にとっての好機なのである。

 その好機を逃すほど、声は愚かではなかった。



『ボクトケイヤク? ボクトォオオォ……?! アァカマワナイ。コノセカイノボクヲ、

 ボクヲシイタげルセカィヲ……スベてヲ……ウシなッタセかイヲ、ボクヲたスケナカッタセかイヲ……コわシテクれレバイぃイ』



「あぁ……約束しよう。私は嘘はつかない。騙すこともしない。裏切ることもしない。安心しろ……。

 この世の何よりも誠実だ。見ることしか出来ない、救いをもたらすことのない、どんな愚神達よりも私は誠実で慈悲深い。 そうだ……お前。そう、僕は僕だ。なぁ……僕よ……」



 壊れ逝く核へ優しく声を伝える。包むように許すように、墜ちることの甘美を伝える。羊はもう羊ですらない。ただの損壊し始めた核でしかない。言葉は甘美な調となって羊を優しく抱きかかえる。



『アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ……ヤくソクだ……タがエルな……すベテヲ……むニ……』



 核は悲痛にも似た叫びを上げ、望みを吐き出す。羊の承諾を受けると、包み込んでいた手は、羊の魂を手のひらに出来た口で貪るように喰らいはじめる。



 鋸刃の様な前歯は魂を切り裂き、奥歯はそれをすり潰う、溢れ出た膵液はそれをどろどろに溶かすと、手の奥へと流し伝えていった。

 羊の全てが喰らいつくされ解け堕ちると、その抜け殻は蒼く暗い、闇めいた炎と喚起の叫び声をあげながら消えていった。



「約束だ……いいぞ……忘れない。お前はもうワタシダ……いや……僕は僕だ……ゆっくり眠るといい。

 僕よ……永劫の部屋、苦しみも飢えも悲しみも何もない空間で……ゆっくりとな……」



 描かれていた呪陣は全てを停止する。停止したと同時に、幾何学模様はドロッと溶けて落ちはじめた。

 溶け落ちたドロッとしたモノは羊の体へ浸み込むように消えていった。











<ゴツン……ドスン……>









 何者かが損壊激しい羊の体へ更なる危害を加えている。つま先で蹴るように鳩尾辺りに蹴りを入れている。

 蹴りが入るたびに、口から空気が漏れていく。







『気に入らないな……』







 衝撃と損壊の繰り返しを続けられていることへ、ソレは憤りを感じていた。

 ようやく手に入れた体をなんだと思っているのだ……。



 貴重な体……生ある肉体だ。ただ、その生も後わずかほどしか、残されていないほどに損壊させられているが……。全く気に入らない。



 目を開けようとするが、瞼なども腫れ上がり視界は無いに等しい。そして少しだけソレは考える。この状況の打開について……。しばらく考えていると、危害を加え続けているモノとその取り巻きの声が聞こえてくる。



「なぁ……そろそろ飽きてきたな……こいつ動かなくなってるじゃネェか……」

「殺すのはさすがにやべえよ……たっちゃん」

「ア゛ァなに意見してんのよ?輝夫?!」

「いや……おれはたっちゃんのことを考えて言ってんのよ?」

「あ? だいじょうぶっしょ? 俺ら未成年だしさww」



 たつやと呼ばれた男は羊の体を見て薄ら笑みを浮かべながら、続けて何度も蹴り飛ばしている。輝夫は行為なのか姿のかしらないが、恐怖心か、罪悪感でも沸いたのか、その動きを止めようとしているようだ。

 だがそれを良しとしない、たつやはにやけ顔のまま、輝夫に凄みを利かせている。



『ほう……ずいぶんと醜な糞袋供だな……この糞袋供か? 先程からようやく手に入れた、私の……僕の体へ好き勝手をしてくれているのは……』



「っていうかぁ……たつや……マジもうどうでもいいんですけど?」

「あぁレイ悪い悪い……。つい、こいつ蹴るの楽しくなっちゃってさw」



 取り巻きの2人目である女、名前をレイと呼ばれた者が、催し物見飽きた子供のように、不満を訴える。

 不満を訴えられた、たつやはレイには敵わないのか、惚れてでもいるのか、言い訳がましいことを笑いながら言う。



『ほう……女の糞袋も居るのか……女の糞袋は随分ぶりだな』



「たっちゃんもういこうぜ……こいつも動かなくなってるしさ……」

「あ゛ぁ? まぁいいかいくか……。どっか飯食いに行こうぜ、さっきほらこいつの財布もらったからさお……10万か……けっこう持ってるじゃねぇの……」



 ようやく飽きたのか、納得したのか、たつやは蹴る事をやめ、廃ビルの出口の方をみながら、羊から奪った長財布を開け、 中の紙幣をひらひらと振って取り巻きに見せている。



『あぁこいつらは、追いはぎか何かの類か……いつの世にも居るのだな……。何故かは知らぬが、僕に……、あぁ……僕にだ。トドメも刺さずに背中を向けているな。こいつらは随分とぬるい悪なのだな……小悪党が僕に危害を加えたのか……』



 羊とは最早呼べない、その僕の中へ相手の様子から、取るにとらぬ足りなさと、不甲斐なさ……。

 そしてこのようなモノに、蹂躙されていたことに対することへの不満が首を持ち上げ、腐臭をあげながら辺りに充満していった。



『さて、起きるとするか……。うむ、手足に力が入らないな。あぁ……折れているのか? 酷いものだ……。限りある資源だぞ?人間の体というのは。ソレがわからないとは……。不要だな、あの糞袋はイラナイな』



 まず、僕は体を直す必要性を感じた。故にためらわずにその場で、僕は僕の体の修復を始めることにした。







『回復……』『修復……』







 動かない口の変わりに僕は脳内で言葉を繰り返す。繰り返すたびに、箇所が発光し、痛みと損壊が修復されていく。 暫くすると、ようやく目が開けるようになったようだ。目に映ったのは灰色の、コンクリートの床、壁、壊す途中で発声している廃材……。羊の知識が僕に教える。







『廃ビル? ほう、ここはそう言う建物である、なの……か……』







 折れていた腕と足の骨。何か鋭利な刃物で切られていた肉体の一部分。肺に刺さりかけていた肋骨に、殴られて折れていた鼻骨。全てが凄まじい速度で修復されていく。音一つせず、目に見えるか見えないか、わからない程度の薄い光を発しながら、故障した、破損した箇所は元に戻っていく。







『強化』『強靭』『強固』







 ただ戻っていくだけでは面白みを感じなかった僕は追加で、身体や骨格の強化、肉体そのものの強度を上げ、最後にはその硬さをも数段あげた。今の僕なら45口径の銃の一撃すら何の問題もないだろう。







『あぁ、そう、起きよう……起きる……だ』







 僕はゆっくりと起きることにする。その度に馴染まない脳内で繰り返し納得させていく。

 何事にも馴らし運転が必要なように、今はゆっくりと繰り返している。損壊損傷を受けていた肉体は、以前と同じ、もしくはそれ以上の能力を持つよう、修復されていた。開くようになった目を開けて視界を辺りを確かめる。



 そこには、つい先程まで僕の体を損壊させ続けていたモノ。いや、あれは糞袋だ……が、興味をなくし、立ち去ろうとしている姿が見える。



 僕は声をかけることにした。そう、紳士的に、そして、いかにも友好的に。このまま立ち去られては、存在意義に関わる。放っておいては、僕にとって由々しき事態に成り得ると判断したからだ。



「やぁ……そこの3つの糞袋達、何処へ行くつもりだい?」



 にこやかに爽やかに、一言一句相手が聞き間違えないように、正しく情報を、相手へと伝えた。



「あ゛ぁ?! なんっていった? コラ?」



 そのうちのリーダー的存在らしき、糞袋が僕へ非常に好戦的に、返答を返してくる。

 それは、山の中で出会った猿が、相手にとりあえず威嚇をしている。そんな粗野で知性の欠片も感じられない様子に見えた。



「糞袋……1、そうだ糞袋1? どうかしましたか? まるで、知性の欠片もないモノが、辛うじて覚えた未完成な言語を放っているように聞こえましたが、何かの病なのですか? 可哀想に……」



 僕は、糞袋1と称した、たつやから心底どうでも良い反応を返されたため、理知的判断の難しいモノであり。考え得るに何か特殊な病なのかと思ったため、お悔やみを申し上げた……いや……オミマイ……結果的には哀れんだようだ。そう同情をした? そんな感情で良いのだろう。



「あ゛!! てめぇまだボコられ足りネェの? 舐めてんのか?」



 理解に乏しい状態をありありと見せ付けられ、僕は更に深く落胆した。その目には深い悲しみと憐憫の光が映ったであろう。

 だが、僕の中でそれはすぐに、格の低いモノを見下すような色になる。残念で出来損ないの廃棄物でも見るような、糞袋1の言った内容を改めて確認していく。



「ボコる? それはどういうことなのかな? 僕を先程のように、損壊させるということかな?」



 僕は、糞袋1に対して対応や態度をなるべく変えないで居た。残念なモノであるのは間違いないのだが、

 当初より、紳士的に可能な限り対応すると心がけたせいもあり、まだ、この状況であっても姿勢は変えないよう気を使った。 この糞袋が何を目的としているのか? そのくらいは聞いてやっても構わないと感じたからだ。古来より主義主張はどのようなものにも与えられるべき、自由だからだと僕は考えているからだ。



「あ゛ぁ? なにわけわかんねぇこと言ってんだ? ボコるはボコるだろがよ!!」



 期待はむなしく糞袋1は、オカシナモノデモ食べたのか、さもなければ元より思考が出来ないものなのか。

 返答は先程と大きく変わることもなく、主張も感じられないものだった。

 僕は会話が無駄なものにしか感じられず、もはや、最初の友好的な笑みは消えていき、既にそれは、侮蔑の表情へと変わりつつあるのがわかる。



 そんな中、今まで黙っていた、取り巻きの男の方。輝夫がたつやへこの状況に本能的な何かを感じたのか、それともしっかりと判断したのか、定かではないが不安そうに声をかけてきた、



「たっちゃん……なんか変だよ……なんかやべぇよ……。こいつ頭ぶつけておかしくなってんじゃねぇ? だってヨ?さっき折ったはずの足で立ってるし、腕動かしてるし……なんだったら、ケガ一つ無いように見えるし。なんかおかしいわこれよ、やばいって……」



 僕を横目でチラッと見ながら、目の前の異常性を訴える。尋常ではない何かが起きている。

 動けなくなるほどのダメージを与えたはずの人間が、何事も無かったかの様に立ち上がっている。

 それがどういうことなのか……理解の範疇は超えているが、自分たちにとって決して有利じゃない。

 そう感じられたからこその、忠告なのだろう。

 それは輝夫の発した言葉、態度、対応に対して、たつやへとは違う関心を示し始めているのがわかる。

 得体の知れないソレは、いまその視線を輝夫に向け、興味を示しながら微笑んできているのだから。



「おぉ……!? この状況下において、少ない思考能力を展開できる糞袋……。いや、これでは混同してしまうな。あぁ、そうだ糞袋2にしよう! 糞袋2が居たようだ。ソレは僥倖。やぁ……話をしようじゃないか……」

「はな……し……?」



 輝夫から見たソレ……。ようするに僕は、にこっと爽やかな笑顔を見せて、今にも握手でも求めそうな空気を出してくる。

 この状況で逆にそれは非常に怖く感じる。今まで瀕死なまでの傷を負わせていた相手に、何事も無かったかのように立ち上がり、笑顔で声をかけ、会話を求める。明らかに先程までの、男とは中身が違う。精神的な部分で言うならば壊れたのか? もあるだろう。



 だが、違うのだ……。目の前の男は、折れ曲がって明後日の方向を向いていたはずの四肢で普通に立ち上がり、何事もなかったの様に振舞っているのだ。ソレを異常と言わずしてなにを異常と言うのだろうか。



「やぁ、そこの糞袋2つめくん。僕はこの状況が少々飲み込めないのだが、君たちは僕の敵という認識で良いのかな?」

「敵……いや……」



 僕は、少しは話が出来そうな糞袋を見つけたことに喜びを感じ、先程、糞袋1と対応していたときよりも、

 更に親しみの部分を、強く込めて話しかけてみている。



 輝夫は今の状況を図りあぐねているものの、至って紳士的で友好的に見える男に戸惑いを強く感じつつ、

 返答をしないことは危険なのではないかと考え、曖昧に時間を延ばせるように返答をしている。



 糞袋2と称された輝夫は、たまたまこの中に居るものの中では、ぎりぎりの常識的感覚を有していたようだ。 時間を作りうまくこの場を去りたい。そのためには刺激をしてはいけない。今、目の前に居る男は先程までの、自分達にただ狩られる側の人間?ではない様に思える。とにかく刺激してはいけない、慎重に慎重に、よく考えて対応しなければいけない。



「いや……俺たちは…」



 そう考え、答えを探しながら模索していた矢先、もう一人の取り巻きの女から、全てを台無しにしかねない発言が飛び出した。



「なんかコイツきもいんですけどぉ……? レイ、マジ、こいつきもいんですけどぉ……」



 取り巻きの女、レイは化粧臭く、派手な服装をしている。色を抜いて茶色に変えた髪の毛、服装はラフな上に露出も高く、年齢的にはさほど上でもない割りに、男好きしそうな体をしている。

 体は育っているが脳みそは、いかほどか? を見事に余すことなく体現している。実際に援助交際で現在も荒稼ぎをしているらしい。輝夫は確かそんな話を聞いた気がする。一応位置的には、たつやの女という認識だけはしていた。



 しかし、今レイが発した言葉はまずい……。輝夫の稼いだ時間の全てを無駄にした。現に男の目つきが険しくなった。危機的状況の濃度は先程よりも数段階上がっている気がする。

 輝夫は今日の自分の行動を後悔した。何故着いてきてしまったのだろう……。そして、何故調子に乗ってしまったのだろう。とりあえず、一回はレイを止めないといけない。無駄なことは分かってるのだが、心象というものがある。誰への心象か? 当然目の前の最上級の危険へのだ。なのでレイを止めるように彼は言った。



「やばいって、まじレイさんやめたほうがいいって、コイツ絶対なんかやばいって……」

「あ? あーしに意見するわけ?」



 あぁ、ダメだ……やはり聞く耳は持っていなかった。言うならばレイ自身など怖くも無い。

 輝夫が上級として扱っていたのは、たつやの存在があったからだ。たつやはこの近くの界隈では向かうところ敵なし。傍若無人で最強と言われるチームの頭だ。輝夫は腐れ縁からそこのチームに所属している。



 輝夫は与しやすく、おとなしいが頭の回る部分を気に入られてか、たつやに良く連れまわされるようになった。おいしい思いも多いが、危険とはいつも隣り合わせで苦労も多い。

 レイはそのたつやの女だから上級として扱っているだけにすぎない。正直今は空気の読めないことにこのバカ女に対して、かなり強く腹立たしさも感じている。



「あ゛ぁ?? うるせぇわ……やっちまえばいいっしょ?! 潰して捨てとけばわかんえぇだろや、あ゛!?」



 輝夫がレイを止めていると、最強で無敵なたつやから声がかかる。

 いらいらと面倒なときに、たつやは子供のように癇癪を起こす。今もソレが出ているのだろう。

 輝夫はもう何もかもが手遅れで、無理な状況が生まれて居ることに天を仰ぎたかった。



 目の前のたつや……を恐らく平気で上回る恐怖がそこにいる。何故この二人は気づかないのだろう。

 目の前の男の目が如何にも格下をみるように、輝夫の側の二人を見ている。

 そして暫く考えているのがわかる。どうやらわずかの短い時間でその判決は出たようだ。



 僕はじっくりと考えていた。僕としては、少しは頭の回る糞袋2に敬意を表して、わずかでも時間を。

 更にとても良い解答をだすことができるのであれば、温情すら与えようと思っていたのだ。



 だが、女の糞袋……例えるなら糞袋3か? と、糞袋1が邪魔をした。

 糞袋1の知性の欠片も感じない叫び声、糞袋3の怠惰と惰性を主成分としていそうな無駄な会話。すべてが台無しだ。紳士的に優しく接すると決めていた、僕にもストレスが感じられ始めた。折角、糞袋2が必死に時間を作り、僕との会話を拙いながら行おうと努力しているのにだ。もう一度言おう、台無しだ。









『知性が足りないからか?実に不愉快だな。そもそも礼儀の一つくらい弁えるべきではないのか? 全くもって不要……イラナイな』









 僕の中で名案が浮かんだ。









『あぁ、そうか……。不愉快の元と優しく会話をする理由などは無いな。まず一つ消えてもらえばいい。ソレでいくらか静かになるだろう』









 僕は先程よりも優しく、楽しそうな笑みを浮かべて、その名案を実行することにした。











 背筋が寒くなるほどの笑顔が男に浮かんでいた。輝夫は嫌な予感がしていた。何かまずいことが結論付けられた。そんな空気を感じる。



「あ゛? なに黙ってんよ? てめぇよ! おとなしくボコられて、動かなくなってろや!!」



 終わった……。あぁ…もうだめだ。輝夫はそう感じていた。あの男の目はたつやへ向いている。

 あの目は失意とかそういうのではなく、アレはそうだ。ゴミを見る目だ……。

 たつややレイに今すぐ逃げるように言いたいのだが、口が動かない。



「糞袋1、少々お前はうるさすぎるな……。それに知性も感じられない。会話自体が無駄で無用と判断したよ」



 男は無駄な時間を過ごしたことへ憤っているようにも見えた。そして、失礼極まりない礼儀知らずを断罪するように冷たく淡々と言う。



「あ゛?」



 たつやは男に何を言われているかが理解できていない。確かに本当に知識が足りなかったのかもしれない。男の言い様に、最強の自負を持っているたつやは、今まだ以って、目の前の最悪に足して威嚇をする。



「ではさようならだな……『切断』……」

「あ゛……」



 男の別れの言葉が静かに響き、直後にもう一つの言葉が聞こえた。

 男の言葉の後、たつやは最後の一言を残して、それ以降口を開くことは無くなった。







 何が起きたのか? 





 僕のしたことは糞袋1、そう……たつやとかいう名称を持つそれに向かい、力ある言葉を唱えて完治した右手で蝿でも追い払うように、糞袋1の在る空間をそっと薙いだだけだ。



 空間を薙ぐということは、即ち、そこにある存在も薙がれることになる。

 そうなればもちろん、存在はそこに在ることを保てなくなる。



 結果、糞袋1は代わり映えのない、無駄な言葉を最後として、頭からつま先まで、綺麗に等分にスライスされた。指の軌跡に沿って、空間とそこに在るモノが綺麗に分断されていくのは美しいな。



 糞袋の断面は思いのほか、色は鮮やかで毒々しかった。切断されたばかりの体は大きく脈を打ち、そのまま放っておけば、等しく加えられる圧力と、開放により、当然の様に糞袋から血液は噴水の様に派手に飛び散り、赤い水溜りをつくることとなる筈なのだが。



『集約』



 僕が言葉を唱えると、血液は吹き出す端から、その場に集められていく。それはしばらくすると、綺麗な紅い球となって目の前に浮かんでいた。



「糞袋の割には綺麗な血球じゃないか……血に汚れはないものなのだなぁ……」

「うえぇ……たっちゃん!!!うぉくっぷっ……」



 恐らく刺激の強すぎた光景を目にして、吐き気でも催したのだろうか。この美しさがわからないのは困りものだな。あれ程うるさく無価値で無意味であったものに、役割と新たな形を与えてやったというのに、困ったものだ。

 どうやら、欠片ほどの知性を持っていた、糞袋2は、思考が止まり、生理的嫌悪感からかなのだろう。胃の中のものを、廃ビルの埃の溜まった床に吐き出した。4糞袋2は、口の端や衣服にも吐き出した一部を付着させつつ、糞袋1だったモノへ声をかけていたようだ。















「たっちゃん?!うぷっくっ……」



 輝夫にとって今の状況は声をかけるどころではない。一秒でも早くここから去らねば、次は自分の番になる。理解はしている……が、体は動かない。

 そうこうしていると、レイが全てを見ていったん停止していたのだが、再起動をしてしまう。それは輝夫にとっては、かなり望まない再起動だった。



「たっちゃ……アァァァァァァァァァァァァ……アァァァァァァァァ!!!ハグァグハァァッキャァアアギャアア」



 目の前で親しい男性が、文字通りスライスされる現場を見た。その結果、耐え切れない脳は何かの夢かと思い、思考を一時的に停止していた。

 ほんの暫くの時間であったが、再度現実を認識しようと努力した脳は、現実を認識し、最終的に現実を受け止めきれずに焼切れた。







『脆いものだなぁ……』







 残念な顔をして心の内で呟く。







『あぁそういえば、前の僕の精神も、つい先ほどまでは壊れていたからな』







 僕が僕となった、この生物は非常に精神が複雑で脆いのだろう。繊細というよりは脆弱の方が相応しく感じる。







『まぁこれからはそんな心配は要らない。僕が全てを担うのだから、いや僕自身こそが僕なのだからな』







 僕は内の中での整理がついていく。1つ1つが腑に落ちていくたびに、それが馴染んでいくのを感じている。なんだか愉快に感じるているのだろう。この目の前の滑稽で脆弱な生き物たちが、醜態をさらす様を。



「ははは、どうしたのだい?君たちがしていたことと、さして変わらない様に僕は思うのだけどね」



 僕はつい先程までのことを振り返り、優しく紳士的に改めて声をかける。苛立ちもだいぶ消えた。やはり糞袋1を消したことは正解だったと感じているようだ。



「たっちゃん……たっちゃんが……お前なんだよ?なんなんだよ……」



 吐いた跡を拭うことも忘れ、胃酸の発している臭気を漂わせ、目からは涙を流し、下半身は恐怖からか、失禁もしている。だが、輝夫は最後の何かをまだ残していた。







『それでも、質問をしてくるとはたいしたものじゃないか……』







 僕の糞袋2に対する評価は少しだけ上がった。だが、壊れて発狂した糞袋3については対象外の評価であった。







『コレはいただけないな……恐怖で良い感じになってはいるが、上も下も駄々漏れでは、いささか風味に欠けるだろうな』







 哀れなものを見るように僕はレイと呼ばれている糞袋3を見た後、折角なので最後の何かを以って、意識を繋いでいる糞袋2の質問へと答えてやることにする。



「あぁ……お前?あぁ……僕のことか?僕はね……僕だよ……? やれやれ……。そんなこともわからないのかい?」



 会話のできる喜びを感じ、僕は最高の笑顔もつけて糞袋2へと回答を出す。



「なんなんだよ……おまえ……来るなよこっち来るな……」



 しかしその反応は、残念なものになってしまっていた。糞袋2は僕の浮かべた、最高の笑顔に当てられ腰が抜けてしまう。立つ事は愚か、姿勢を保つことすら出来ない、生まれたての小鹿のように震えながら、立ち上がることができずに、糞袋2はその場へ崩れてしまい、吐瀉物に塗れるの構わずに、なんとか僕から距離を離そうと後ずさる。



「おや? まだ退場には早いと思うが? それにいいのかい? レイ……とかいう糞袋3を置いて逃げてしまって……」











 糞袋2の行動は当然といえば当然なのだが、逃げるに当たり、レイを置いていくということへ良心の呵責が無いわけではなかった。だからせめて、声だけはかけておこうと喉の奥から振り絞ったのだろう。



「あ……レイさん逃げて……逃げてください……」

「えぇ? ナニィ? ワカンナイデスケドォ? アハッ……モウマジウケルンデスケドォ……ギャハッ」



 糞袋3は完全に壊れていた。無理も無いことだろう。あの状況下で、意識を保ち、会話を何とかできている輝夫の方が異常なのである。



『あぁ……アレはもうだめな糞袋だな……。あの身なり……あの様子では処女ではないだろうが、まぁ……スナック菓子? あぁ、そうだなスナック菓子だ……。その程度には役に立つだろう……』



 ソレを僕は眺めながら、あの糞袋3の使い道はないかと考えている。結果として、おやつのような扱いならまだ使い道がありそうだと思うことにした。少々アンモニアや、化粧が臭すぎるのだが、それについては後で考えることにした。



「どうも残念なことになっているようだな……糞袋2よ、さてどうするつもりなのかな?」



 僕はこの繰り返しにそろそろ飽きている。一向に進まない話をさせられ続ければ、いくら僕でもストレスを感じる。結果1つ糞袋を潰したわけだ。そう感じながら、そういえばこんな時に使う言葉があったような気がしたと思い浮かべている。相手にも考える時間が必要だから、少しこちらも時間を使おうと考慮した結果だ。



『時は金なり……? あぁ……そう、時は金なりでいいのかな? だとすれば確かに大事なことだ。時間がもったいないな』



 十分な時間を与えたと考えた僕は、糞袋2に視線を戻し、精一杯の微笑みを浮かべつつ回答を求めた。



「それで……どうするのかと聞いているのだが?」

「ひぃ……!! くるなぁ……くるな! 化け物!!」



 解答は出なかった。糞袋2は僕の与えた恐怖に対して、とうとう、限界に達してしまったようだ。

 恐慌状態になりながら、その辺にあった廃材の一部を僕へ向かって投げつけてくる。



「危ないな。当たったらどうするんだ……」



 僕の頭にかなり大き目の石のようなものが当たって、折角修復した箇所が大きくへこむ。



「ほら……当たったじゃないか……あぁ……また損壊を……糞袋は学習をしないな」







『止血』『回復』『修復』









 頭から流れている血液を止め、損壊した部分を修復する。少しは期待した分だけ、落胆は大きい。

 期待など、言ってしまえばこちらの勝手な理想を、押し付けただけの感情に過ぎないわけだが、この場合は相手が悪かった。僕は結果的に無駄であることを悟ってしまったからだ。



「もういいか。有意義な時間が過ごせれば、少しは良いと思ったのだが……。

 話さなければ、いけないわけではないしな。あとは直接、脳に聞く事にしたよ」







『抽出』『切断』







 僕はもうこれ以上は一切が無駄に感じたので、この会話を終わらせることにした。



 力ある言葉は、その言葉によって、糞袋2の頭部より記憶媒体である、脳をを取りした。

 頭骸骨から浮き出てきた脳はどこかの神経がまだ繋がっていたようだが、僕は無造作に引きちぎる。

 ブチブチという音と、何かうめき声が聞こえた気がするが、最早さして気にも止まらない。







『浮遊』『滅菌』







 手に収まった脳を、面倒なのも加えて、感触を楽しむ気にもなれないので、僕は、無造作に空間に浮かべて置いた。余計な菌などついて、読み取り辛くなっても困るので滅菌はしておく。



 僕は、脳を取り出したあとの、糞袋2についても、1と同様に体は丁寧にスライスして、血液は血球にしておく。大抵の場合、男は食えたものでないので、ゴミほどにも役に立たない。



「まさにゴミだ……」



 蔑むような目、期待はずれであった無駄な時間。損壊した箇所を再度修復させられたこと、随分と不愉快な思いをした。



「アガァァアギャァ」



 その状況を目にした、糞袋3は更なる崩壊を重ね、目からは体液が流れ、左右別の方向を向き口からは泡を吹いている。



「しかし、化粧臭いな……。このままではおやつにもなりはしない。それにアンモニアやその他の臭いが強すぎる。

 一度洗わないといけないな。あぁ、衣は不要だな、邪魔でしかない上に食えない……」







『酸』







 弱めの酸を糞袋3へかける。見るものが見れば、見事に感じるであろう、レイの肢体が服が溶けた事により、露になる。ただ残念ながら僕は、この糞袋3の体にはさして興味も無い。もしも僕にそちらの興味があれば、玩具として生きることも出来ただろう。だが、レイにとっては、それが残念な結果となったということだ。



「あぁ、まだ汚れが酷いな。しかしその前に、コレを捌かなくてはな……」







『切断』『浮遊』『滅菌』







 声を出す暇も無く、レイは三枚におろされる。血液は血球に、脳は浮遊をしている。

 3つの脳が暗い廃ビルの中を浮いている。







『分離』







 まだ、いくらか動いていた、心臓を体から分離させる。先の二人は男であるから、残さなかったが、女の心臓は美味であることが多い。そのままだと匂いがまだ感じられたので、丁寧に更に洗うことにする。







『洗浄』







 僕は、糞袋3の周りを水で包み込むと、三枚におろされたソレへ水を流し洗っていく。

 魚などを捌いたりした後、水で洗うような感覚だろうか。だいぶ汚れが落ちた気がする。

 全ての工程は浮かせた状態でなおかつ滅菌しているので、廃ビルの中でも問題は無い。







「さて、ディナーの時間だな……」







 僕はまず喉を潤すために、血球の状態を確かめた。



「んー……あまり質は良くないな……なにを食べて生きればここまで、脂っぽくなるのだ? もっと節制をしないと生きていて苦しくなるぞ。あぁ、もう生きていないんだったなwww。あぁwwwでいいんだな……」



 言葉の使い方を確かめながら、軽薄そうに笑いながら言ってみる。







『抽出』『分離』







 脂と血が分かれる、脂はそこへ捨てる。黄色いドロッとした固まりが、床にベタッと付着する。







『着火』『範囲指定』







 完全に暗い中で、食事をするのもどうかと思い、付着させた脂に火を灯す。余り燃え上がってこの場所に居る僕に気づかれるのは面倒だったので、燃える範囲を指定しておく。

 脂の抜けた血球を、1つ1つ喉越しを確かめるように、喉の奥へ流し込む。僕の中へ、安酒を口にしたときのような感覚が広がる。



「なんだか悪酔いしそうだな、ついでに糞袋3をいただくか……」



 良く洗浄された素材の手をもぎ、足をもぎ、出た血は血球に変えていく。

 しかし食する部分が少ない。筋肉は余り感じられなかった。



「思った異常の酷さだな……」



 内臓も確認したのだが、先程取り出した心臓も含め、正直喰えたものではなかった。

 鮮度も悪く、何かしらの薬物も感じられた。



「喰えたものではないな。しかし、贅沢も言っていられないな、ここは我慢をして少しでも腹に入れておこう」



 その後、無理やり我慢をしながら、腕の一部、足の一部、贅沢に体の一部を食らい、溜まらない腹に手をやると、不服そうにため息をつく。



『胃薬が必要だな、なんだか胃の辺りがムカムカする』



 もう食するところもなくなったので、今度は学習をしなければならない。



 僕の知識以外にもまだあるかもしれない。ただ、正直、この3つの脳にそこまでの期待は無い。

 だが無駄ではないだろう、分からない事が分かるだけでも有意義であると言えるからだ。



「でははじめよう……『読取』『解析』」



 僕は深く脳に指を突き刺すと言葉を唱える。柔らかい脳の中に指は音も立てずに深く刺さっていく。

 言葉により脳の中にある、それらの元が集めた情報が、読み取られ、僕の中に流れ込んでくる。







『一般常識に対して情報は少ないな……。これだと他の者から、また集めないと不具合を生じそうだな……』







 思った通りであることについて不満がもれる。



「……とはいえだ……ある程度は補完できたね……。これで少なくとも日常生活くらいは困らないだろう。そうそう……僕の名前……財布……。あぁそうそう、財布に身分証明書がある。なんだっけか……あぁ免許……そう……免許だ」







『田中一郎……20歳……住所……職業……なるほど……』







 僕は自分が戻るべき住居の位置、自分の名称、他、財布より自分の就業先等を知る。

 他にスマートフォンをみつけたことにより、情報は飛躍的に増えた。

 奪われた財布に合わせて、糞袋共の持っていた、財布の中身を抜き取る。



「あぁ……だめだなぁ……お金が切れているじゃないか……『修復』これでよし」



 切断で切れていた偉人の顔が元に戻っていく。金銭を修復し終わった後は、自分の財布に全て収めておくことにした。



「治療費? あ、治しちゃったなw じゃあ……迷惑料でいいや」



 脳から読み取った内容から、証拠を越すことは不利に繋がることを学ぶ。不利なものといっても人間レベルでの話し。糞袋の法律など問題にもならなのだが、そこは今後の事もあることから、考慮して対応することにした。



「さて……身分証明書……他、これと分かる者、モノは残してはいけないな。そうらしいな、では全てを消そう……」







『消滅』







「これで誰にも分からなくなったな」



 そこにあった全てのモノは原子のレベルまで分解され、消え去った。匂いも何もない。存在レベルでないモノとなる。



 実際は、彼らの関係者からすれば行方不明なわけだから、完全に消えるものではない。だがもう何をどうしても、痕跡すら見つけられないだろう。



 燃やした脂肪についても同様に消滅した。結果的に行方不明ならば、終える限界もあるだろうから、恐らく接点は見つからないだろう。見つけられるほどの何かならば、逆に、とても有意義な時間が過ごせるのではないだろうか。むしろそちらに期待をしたい。そんな考えを浮かべながら、僕はにこりと微笑む。



「では帰るか……僕にはまだやらなければいけないことが腐るほどある……。僕の願いをかなえなければ……あぁ……大変だ……なぁ……www」







『浮遊』『下降』







 今居た所は、廃ビルの何階だろうか? 裏側の方から僕は下へと無造作に飛び降りた。

 見える路地には人の姿は見えない。

 裏路地らしくゴミの散乱した道に、僕は音どころか重力すら感じさせないように静かに着地した。



「あ……いっけないナァwww」



 僕はふと自分の姿を見て笑いが出た。

 身なりが酷かったのだ。スーツが破けて、解れて汚れている。

 後気づいてなかったが、返り血なども凄い。



「これはいけないな……『修繕』『浄化』 あぁ……これでいいね。これで元通りだ」



 危うく、殺人鬼か、さもなければ、何かの事件の被害者丸出しで、町へ出るところだったのである。そうなれば面倒ごとは増える。我ながら良い判断をしたと感じた。



 その機転の利いた自分に嬉しさを感じた、僕は鼻歌混じりに近場の駅。そう、駅を目指して夜の街へ向かっていった。



 途中酔っ払った、中年男性にぶつかってしまう。

 中年男性はだいぶ酔っているようで、少し痛みを訴えながら謝罪を要求してくる。



「あぁ? うぃっ……いてぇなぁ…。お前、うぃっ、何様だ!?」

「あぁ、これはすみません、少し浮かれていました。え? 私ですか?」







「悪魔ですけどなにか? あw 今のは忘れてくださいww」







『忘却』



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