7 / 22
6.思わぬ出会いと種まき
しおりを挟む
神殿からの帰り道、洋菓子を買って帰ろうと市街地方面へ向かった。公爵家で出されるケーキや洋菓子の方が断然美味しいがたまに安物の味を食べたくなるのだ。これは直接自分で買いに行かなければ手に出来ない。前にエルメーテに言ったら「一流のものだけ召し上がってください」と咎められ、絶対に買って来てくれなかったから。
御者に適当な店に向かうよう伝え、揺れること十数分。着いた場所は見るからにリーズナブルな店構えだった。華美な装飾はなく、シンプル。ところどころ塀は欠けている。だが不衛生ではない。
「いらっしゃいませ」
「この金額で洋菓子を適当に詰めてくれ。種類は何でも良い」
「え、え? 金貨、分、ですか?」
「足りない?」
「まさか! かしこまりました! 少々お待ちください」
店主は動揺しながらも支度を始める。俺はその間、今後の計画を練り直すことにした。パトリスと会ったことで大枠は出来た。あとは中身を詰めていくだけだが、その方法はいくらでも考えられる。
「お客様」
忙しなく脳を動かしていれば店主に声を掛けられた。支度が終わったのかと思ったが違うらしい。手には皿があり、その上にはパウンドケーキが二切れ置いてあった。
「お客様を満足させられるか分からなくて。まずは味見をしてみて下さい。それで、購入するかお決めになるのはいかがかと」
「試食か? 普段からやっているのか?」
「……いえ、そういうわけでは」
どうやらいきなり金貨を出したせいで相当店主を困惑させてしまったらしい。平民にとって金貨は一枚でも大金だ。それに見合う物を提供出来なかったと後から制裁を加えられると危惧しているのかもしれない。実際、貴族の機嫌を損ねて潰れた店は少なくない。
「じゃあ一切れもらおうかな」
味は普通に美味しかった。パサパサ感を期待していたがちゃんとしっとりしているし、それぞれの原材料臭さもない。安い材料で作っているだろうに腕が良いみたいだ。
「美味い。予定通り包んでくれる? パウンドケーキは全種類入れて」
「はい! ありがとうございます!」
美味しい店を開拓してしまったなぁと思っていれば、カランと鈴を鳴らして入り口が開く。他の客の邪魔にならないように端に寄るが、その客は商品を一瞥してから急に大声を出した。
「おい! 虫が入ってんじゃねえか!」
奥に入っていた店主が慌てて出て来る。客の男は唾を飛ばす勢いで店主に詰め寄った。
「こんなん売ってんのか!?」
「申し訳ございません!」
店主と男の会話は会話として成り立っていなかった。男は怒鳴り続け、店主は縮こまって頭を下げるだけだ。顔面蒼白である。
この店がどうなろうとどうでも良いが、人の怒鳴り声というのは聞いているだけで不愉快にさせる。無関係な自分がその不愉快さを感じなければならないことも余計に不愉快だ。
「言い掛かりはよせ。俺はさっき一通りの商品を見たが虫は入っていなかった」
「あ? 関係ねえ奴は引っ込んでろ!」
男はカウンターを叩きながら怒鳴り声を上げる。俺を見て動じないのは、俺を公爵家の人間とは夢にも思っていないのだろう。外に停めている馬車もオリヴィアから借りているため何の家門も付けていないし、俺自身ラフな格好をしているため貴族には見えない。
「これ以上騒ぐなら警備隊を呼ぶぞ」
「おー、そうしろそうしろ。俺だってこの店が不衛生なもん売ってるって警備隊に駆け付けてえくらいだからな」
警備隊を出しても怯まないところを見るとそれなりに準備をしているみたいだ。言い掛かりをつけて金でも要求するのかと思ったが、この店自体を標的にしているのだと察する。この店の評判を落として潰したいのかもしれない。であれば、この男は商売敵の手下の可能性がある、雇用者がどの程度力を持っているか分からないが、近くの警備隊を仲間に引き込めるくらいには金を持っているだろう。
「御者に警備隊を連れて来るよう言うぞ?」
「そうしろって言ってんだろうが!」
俺は御者に言伝を頼む。きっと上手くやってくれるだろう。
警備隊が来るまでの間も男は騒ぎ続けた。そのせいで店の様子を窺う人だかりが出来てしまう。虫の混入が男の捏造だとしても、迷惑客が来る店は敬遠されるだろう。しばらく客はつかないかもな。
「衛生管理も出来ねえ奴が食いもん売るんじゃねえよなあ!」
それより、ずっと喚かれて腹立たしい。
「静かにしろ。警備隊が来るんだ。それで全部分かるんだから大人しく待て」
「煩えクソガキが!」
グッと胸ぐらを掴まれる。暴力を振るわれると思ったが、男は勢いよく引き寄せた後後ろへと俺の体を押し出した。体のバランスが崩れるが、倒れるまではいかない。そう思ったのに、腰がグッと背後に引き寄せられて、片足が浮いた。背中にぶつかったのは、いつかと同じように固い何かだった。
「何をしている?」
威圧感のある声音が頭から降る。固い何かが人の胸板であり、その胸板が誰のものか察するには十分だった。
「通報を受けて来たが、暴力を振るったのか?」
男と店主が唖然と口を開け、俺より上の位置に視線を止める。
腕の中から抜け出し、俺も同じ場所を見つめた。
「あなたが何故ここに?」
「言っただろう。通報を受けて来た」
通報はした。この区域を担当している警備隊ではなく、第三騎士団に。
警備隊は民間の集まりであり癒着や横領が行われているが、第三騎士団は皇都とその周辺地域の治安を維持するためにある国直轄の騎士団だ。貴族である俺のこともよく知っているために呼び寄せたのだ。「アリーチェ・リシャールが暴漢に襲われていると通報しろ」と御者に託けて。
なのに、来たのは第三騎士団ではない。
「ランベール殿の所管ではないだろう」
ルカ・ランベール。皇室騎士団団長。このような場所にいることも、些細な事件に自ら赴くこともあり得ない男だ。
「公爵家の者が暴漢に襲われていると通報されたんだ。俺が来ても不思議じゃないだろう?」
「街中で貴族が関わる事件が起きれば所管は第三騎士団だ」
「忙しそうだったからな。引き受けただけだ。それで? 何があった? 貴様はこの男が誰か分かって暴力を振るったのか?」
ルカが俺の身分をバラしたお陰で、店主と男は顔面蒼白となって震え出した。まさか、そんな、嘘だ、こんなの聞いていない――そんな声が聞こえてくるようだった。さすがに公爵家を敵に回すことの無謀さは理解出来るようで安心する。
「ち、違う! 暴力なんか振るっていない!」
ルカを巻き込んでまで茶番を続けるつもりはない。
俺は男の言い訳を無視して端的にあったことを伝える。
「なるほど。男は第三騎士団に引き渡せ。警備隊と繋がっている可能性があるからそいつの裏に誰がいるかも調べるように」
「待ってくれ! 俺は何も知らない!」
後から到着したのはルカと同じく皇室騎士団の者だ。男を素早く拘束し、他の仲間へも指示を出す。あっという間に店内は静かになった。
「ありがとうございます」
店主が膝をついて深々と頭を下げる。
「起きて。もうああいう男が来ることはないと思うから安心して」
「ありがとうございます。まさか公爵家の方とは知らず、申し訳ございません」
未だ青ざめた顔で少し可哀想になる。身分の高い俺とルカがいること自体が精神的に負担になるのだろう。
俺は人懐こい笑顔を浮かべる年若い騎士団の一人に目を止め、しばらく店主のそばにいるよう指示する。彼はルカへと意見を求めるように視線を向けるが、ルカが頷いたことですぐに「お母さんもう大丈夫だよ」と視線を合わせに行った。随分と平民の扱いに慣れている。あれなら店主も落ち着けるだろう。
馬車へと戻れば、何故かその後ろルカがついてきた。許可もしていないのに乗り込んで来て驚きのあまり拒絶することも忘れる。
「おい、何で乗るんだよ」
「話がある」
「話?」
ルカは我が物顔で御者へと出発するよう指示する。走り出したところで腕を組みながら話し始めた。
「あそこの店はお前の馴染みの店なのか?」
「いや? さっき初めて入った。でもすごい俺好みだったから今日から馴染みになるだろうな」
「そうか」
「で? 話って何だ?」
「領地債のことだ」
わざわざ何の話かと思えば。
俺は呆れたように窓枠に頬杖をついた。
「そのことなら宰相閣下から聞いたよ。施行されるようだな」
俺が発案し、二人で肉付けし、エルメーテが整え、俺が許可を出した領地債。議会で三分の二の承認を得なければ可決されないが、今回の議案は多少反発は出たが皇帝陛下の感触が良かったこともあり無事に可決されたと聞いている。
「天候不順はどうにも出来ない。もっと違う救済措置はあったんじゃないのか?」
「ならそれをランベール殿が考えたら良い。あと、領地債は宰相閣下が考えたものだ。俺に言われても困る」
ルカはジッと俺を見つめてから、ふっと息を吐いて視線を逸らした。窓の外を眺めながらも会話はやめなかった。
「しばらく皇都にいるのか?」
「ん? あぁ、そうだな」
「何か悪巧みでもするのか?」
「悪巧みしかしない人間みたいだな。久しぶりに家族と過ごそうと思っているだけなのに」
「社交界には出るのか?」
「さあ。そこまでは考えていないな」
皇都にいつまでいるかも決めてはいない。ソフィアを潰すまでは確実にいるが、その後のことは未定だ。家族やオリヴィアはそのまま公爵邸にいて欲しいと言うが、どうするかはその時の気分に寄る。存外、田舎暮らしも気に入っているのだ。
「陛下に恋人を連れて来いと言われた」
「ははは。上手く立ち回ってくれよ」
まだその話が陛下の中で生きているとは。人前でキスをしてから何週間経っていると思っているのだ。
「何を言っても聞かないんだ。俺が男と付き合えば皇位継承権を持つ子どもが生まれないというのも大きいんだろ」
「まあ陛下のその考えも分かるが、俺を巻き込まないでくれ」
そう言った途端、思い切り睨まれる。
「お前が俺を巻き込んだんだろうが」
「ははは」
窓の外が見慣れた景色になる。もう少しで公爵邸に着くだろう。
「陛下にお前を紹介しても良いんだぞ」
「斬新な脅しだな」
馬車が停まる。俺は腰を浮かせたまま上半身を倒した。いつも見上げる顔を見下ろし、その顎を掴む。何の反応も返ってこないので思うまま唇を重ねた。何故素直に男からのキスを受け入れられるのか不思議だ。
「俺とランベール殿の関係は二人だけのものにしておいてくれ」
顔を離し、御者が扉を開ける前に自分で開ける。皇室までルカを乗せて行くよう伝えることにした。
「ではランベール殿、お先に失礼」
ルカは嫌な顔をしたが、俺の行動を咎めはしなかった。
御者に適当な店に向かうよう伝え、揺れること十数分。着いた場所は見るからにリーズナブルな店構えだった。華美な装飾はなく、シンプル。ところどころ塀は欠けている。だが不衛生ではない。
「いらっしゃいませ」
「この金額で洋菓子を適当に詰めてくれ。種類は何でも良い」
「え、え? 金貨、分、ですか?」
「足りない?」
「まさか! かしこまりました! 少々お待ちください」
店主は動揺しながらも支度を始める。俺はその間、今後の計画を練り直すことにした。パトリスと会ったことで大枠は出来た。あとは中身を詰めていくだけだが、その方法はいくらでも考えられる。
「お客様」
忙しなく脳を動かしていれば店主に声を掛けられた。支度が終わったのかと思ったが違うらしい。手には皿があり、その上にはパウンドケーキが二切れ置いてあった。
「お客様を満足させられるか分からなくて。まずは味見をしてみて下さい。それで、購入するかお決めになるのはいかがかと」
「試食か? 普段からやっているのか?」
「……いえ、そういうわけでは」
どうやらいきなり金貨を出したせいで相当店主を困惑させてしまったらしい。平民にとって金貨は一枚でも大金だ。それに見合う物を提供出来なかったと後から制裁を加えられると危惧しているのかもしれない。実際、貴族の機嫌を損ねて潰れた店は少なくない。
「じゃあ一切れもらおうかな」
味は普通に美味しかった。パサパサ感を期待していたがちゃんとしっとりしているし、それぞれの原材料臭さもない。安い材料で作っているだろうに腕が良いみたいだ。
「美味い。予定通り包んでくれる? パウンドケーキは全種類入れて」
「はい! ありがとうございます!」
美味しい店を開拓してしまったなぁと思っていれば、カランと鈴を鳴らして入り口が開く。他の客の邪魔にならないように端に寄るが、その客は商品を一瞥してから急に大声を出した。
「おい! 虫が入ってんじゃねえか!」
奥に入っていた店主が慌てて出て来る。客の男は唾を飛ばす勢いで店主に詰め寄った。
「こんなん売ってんのか!?」
「申し訳ございません!」
店主と男の会話は会話として成り立っていなかった。男は怒鳴り続け、店主は縮こまって頭を下げるだけだ。顔面蒼白である。
この店がどうなろうとどうでも良いが、人の怒鳴り声というのは聞いているだけで不愉快にさせる。無関係な自分がその不愉快さを感じなければならないことも余計に不愉快だ。
「言い掛かりはよせ。俺はさっき一通りの商品を見たが虫は入っていなかった」
「あ? 関係ねえ奴は引っ込んでろ!」
男はカウンターを叩きながら怒鳴り声を上げる。俺を見て動じないのは、俺を公爵家の人間とは夢にも思っていないのだろう。外に停めている馬車もオリヴィアから借りているため何の家門も付けていないし、俺自身ラフな格好をしているため貴族には見えない。
「これ以上騒ぐなら警備隊を呼ぶぞ」
「おー、そうしろそうしろ。俺だってこの店が不衛生なもん売ってるって警備隊に駆け付けてえくらいだからな」
警備隊を出しても怯まないところを見るとそれなりに準備をしているみたいだ。言い掛かりをつけて金でも要求するのかと思ったが、この店自体を標的にしているのだと察する。この店の評判を落として潰したいのかもしれない。であれば、この男は商売敵の手下の可能性がある、雇用者がどの程度力を持っているか分からないが、近くの警備隊を仲間に引き込めるくらいには金を持っているだろう。
「御者に警備隊を連れて来るよう言うぞ?」
「そうしろって言ってんだろうが!」
俺は御者に言伝を頼む。きっと上手くやってくれるだろう。
警備隊が来るまでの間も男は騒ぎ続けた。そのせいで店の様子を窺う人だかりが出来てしまう。虫の混入が男の捏造だとしても、迷惑客が来る店は敬遠されるだろう。しばらく客はつかないかもな。
「衛生管理も出来ねえ奴が食いもん売るんじゃねえよなあ!」
それより、ずっと喚かれて腹立たしい。
「静かにしろ。警備隊が来るんだ。それで全部分かるんだから大人しく待て」
「煩えクソガキが!」
グッと胸ぐらを掴まれる。暴力を振るわれると思ったが、男は勢いよく引き寄せた後後ろへと俺の体を押し出した。体のバランスが崩れるが、倒れるまではいかない。そう思ったのに、腰がグッと背後に引き寄せられて、片足が浮いた。背中にぶつかったのは、いつかと同じように固い何かだった。
「何をしている?」
威圧感のある声音が頭から降る。固い何かが人の胸板であり、その胸板が誰のものか察するには十分だった。
「通報を受けて来たが、暴力を振るったのか?」
男と店主が唖然と口を開け、俺より上の位置に視線を止める。
腕の中から抜け出し、俺も同じ場所を見つめた。
「あなたが何故ここに?」
「言っただろう。通報を受けて来た」
通報はした。この区域を担当している警備隊ではなく、第三騎士団に。
警備隊は民間の集まりであり癒着や横領が行われているが、第三騎士団は皇都とその周辺地域の治安を維持するためにある国直轄の騎士団だ。貴族である俺のこともよく知っているために呼び寄せたのだ。「アリーチェ・リシャールが暴漢に襲われていると通報しろ」と御者に託けて。
なのに、来たのは第三騎士団ではない。
「ランベール殿の所管ではないだろう」
ルカ・ランベール。皇室騎士団団長。このような場所にいることも、些細な事件に自ら赴くこともあり得ない男だ。
「公爵家の者が暴漢に襲われていると通報されたんだ。俺が来ても不思議じゃないだろう?」
「街中で貴族が関わる事件が起きれば所管は第三騎士団だ」
「忙しそうだったからな。引き受けただけだ。それで? 何があった? 貴様はこの男が誰か分かって暴力を振るったのか?」
ルカが俺の身分をバラしたお陰で、店主と男は顔面蒼白となって震え出した。まさか、そんな、嘘だ、こんなの聞いていない――そんな声が聞こえてくるようだった。さすがに公爵家を敵に回すことの無謀さは理解出来るようで安心する。
「ち、違う! 暴力なんか振るっていない!」
ルカを巻き込んでまで茶番を続けるつもりはない。
俺は男の言い訳を無視して端的にあったことを伝える。
「なるほど。男は第三騎士団に引き渡せ。警備隊と繋がっている可能性があるからそいつの裏に誰がいるかも調べるように」
「待ってくれ! 俺は何も知らない!」
後から到着したのはルカと同じく皇室騎士団の者だ。男を素早く拘束し、他の仲間へも指示を出す。あっという間に店内は静かになった。
「ありがとうございます」
店主が膝をついて深々と頭を下げる。
「起きて。もうああいう男が来ることはないと思うから安心して」
「ありがとうございます。まさか公爵家の方とは知らず、申し訳ございません」
未だ青ざめた顔で少し可哀想になる。身分の高い俺とルカがいること自体が精神的に負担になるのだろう。
俺は人懐こい笑顔を浮かべる年若い騎士団の一人に目を止め、しばらく店主のそばにいるよう指示する。彼はルカへと意見を求めるように視線を向けるが、ルカが頷いたことですぐに「お母さんもう大丈夫だよ」と視線を合わせに行った。随分と平民の扱いに慣れている。あれなら店主も落ち着けるだろう。
馬車へと戻れば、何故かその後ろルカがついてきた。許可もしていないのに乗り込んで来て驚きのあまり拒絶することも忘れる。
「おい、何で乗るんだよ」
「話がある」
「話?」
ルカは我が物顔で御者へと出発するよう指示する。走り出したところで腕を組みながら話し始めた。
「あそこの店はお前の馴染みの店なのか?」
「いや? さっき初めて入った。でもすごい俺好みだったから今日から馴染みになるだろうな」
「そうか」
「で? 話って何だ?」
「領地債のことだ」
わざわざ何の話かと思えば。
俺は呆れたように窓枠に頬杖をついた。
「そのことなら宰相閣下から聞いたよ。施行されるようだな」
俺が発案し、二人で肉付けし、エルメーテが整え、俺が許可を出した領地債。議会で三分の二の承認を得なければ可決されないが、今回の議案は多少反発は出たが皇帝陛下の感触が良かったこともあり無事に可決されたと聞いている。
「天候不順はどうにも出来ない。もっと違う救済措置はあったんじゃないのか?」
「ならそれをランベール殿が考えたら良い。あと、領地債は宰相閣下が考えたものだ。俺に言われても困る」
ルカはジッと俺を見つめてから、ふっと息を吐いて視線を逸らした。窓の外を眺めながらも会話はやめなかった。
「しばらく皇都にいるのか?」
「ん? あぁ、そうだな」
「何か悪巧みでもするのか?」
「悪巧みしかしない人間みたいだな。久しぶりに家族と過ごそうと思っているだけなのに」
「社交界には出るのか?」
「さあ。そこまでは考えていないな」
皇都にいつまでいるかも決めてはいない。ソフィアを潰すまでは確実にいるが、その後のことは未定だ。家族やオリヴィアはそのまま公爵邸にいて欲しいと言うが、どうするかはその時の気分に寄る。存外、田舎暮らしも気に入っているのだ。
「陛下に恋人を連れて来いと言われた」
「ははは。上手く立ち回ってくれよ」
まだその話が陛下の中で生きているとは。人前でキスをしてから何週間経っていると思っているのだ。
「何を言っても聞かないんだ。俺が男と付き合えば皇位継承権を持つ子どもが生まれないというのも大きいんだろ」
「まあ陛下のその考えも分かるが、俺を巻き込まないでくれ」
そう言った途端、思い切り睨まれる。
「お前が俺を巻き込んだんだろうが」
「ははは」
窓の外が見慣れた景色になる。もう少しで公爵邸に着くだろう。
「陛下にお前を紹介しても良いんだぞ」
「斬新な脅しだな」
馬車が停まる。俺は腰を浮かせたまま上半身を倒した。いつも見上げる顔を見下ろし、その顎を掴む。何の反応も返ってこないので思うまま唇を重ねた。何故素直に男からのキスを受け入れられるのか不思議だ。
「俺とランベール殿の関係は二人だけのものにしておいてくれ」
顔を離し、御者が扉を開ける前に自分で開ける。皇室までルカを乗せて行くよう伝えることにした。
「ではランベール殿、お先に失礼」
ルカは嫌な顔をしたが、俺の行動を咎めはしなかった。
76
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
元執着ヤンデレ夫だったので警戒しています。
くまだった
BL
新入生の歓迎会で壇上に立つアーサー アグレンを見た時に、記憶がざっと戻った。
金髪金目のこの才色兼備の男はおれの元執着ヤンデレ夫だ。絶対この男とは関わらない!とおれは決めた。
貴族金髪金目 元執着ヤンデレ夫 先輩攻め→→→茶髪黒目童顔平凡受け
ムーンさんで先行投稿してます。
感想頂けたら嬉しいです!
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
薄幸な子爵は捻くれて傲慢な公爵に溺愛されて逃げられない
くまだった
BL
アーノルド公爵公子に気に入られようと常に周囲に人がいたが、没落しかけているレイモンドは興味がないようだった。アーノルドはそのことが、面白くなかった。ついにレイモンドが学校を辞めてしまって・・・
捻くれ傲慢公爵→→→→→貧困薄幸没落子爵
最後のほうに主人公では、ないですが人が亡くなるシーンがあります。
地雷の方はお気をつけください。
ムーンライトさんで、先行投稿しています。
感想いただけたら嬉しいです。
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年の乙女ゲー転生BLです。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する
スノウマン(ユッキー)
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。
そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる