自分が『所有物』になったけど全て思惑通りなので無問題。

かんだ

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8.ヒロインの味方

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 穏やかな昼の時間。花の香りが仄かに漂う温室で、俺とオリヴィアはお茶を楽しんでいた。
「このお茶どう? ようやく形になったの」
「美味い。アドバイスが生きているな」
「えぇ、前世でも花を浮かべて飲むお茶は人気だったのよ。アリーチェのアドバイスのおかげよ」
「貴族に受けるだろうな」
「ふふ、私もそう思うわ。今度プレゼントするわね。もちろんアドバイス料も払うわ」
「ありがとう」
「で、ソフィアはどんな感じ? どうにか出来そう?」
 オリヴィア相手だといきなり話題が変わることは良くある。俺はカップを置いて「まあまあだな」と答えた。
「ソフィアは基本、見目の良い男には好意を振り撒いている。反感買いそうだが、周囲はソフィアよりもエレノアの方を嫌っているからかソフィアを表立って嫌う人間はいない」
「うわ~、最低。記憶持っててそういうことするとか普通に引くわ」
「しかも皇太子がソフィアにべったりだからな。余計に表立ってソフィアを非難することはないんだろ」
「レオナルドは完全にソフィアに落ちてるのね」
 オリヴィアが腕を組んで唸る。
 側から見ても、レオナルドの関心がソフィアに向かっていることは分かる。
「アリーチェにまで粉掛けるとか、本当にやめて欲しい」
「俺もそう思う」
 言われ、ソフィアの行動がふと思い出される。
 ソフィアは俺にまで愛想を振り撒いている。事あるごとに部屋へ来ては中身のない会話を聞かされ、エスコートを頼んでくる。わざと驚く振りをしては抱きついてきてあからさまに胸を押し付けてきたかと思えば、俺が浴室を使っている時にタオル一枚で入って来たこともあった。その時の言い訳は「すみません! 汗をかいて、誰もいないと思っていて!」だ。控えていた俺の使用人を適当な言い訳で離したくせに、軽々と嘘をつける人間らしい。
 同年代の男なら効くかもしれないが、濃い人生経験を積んできた人間からしたら呆れを通り越して引くだけだ。
「レオナルドが本命で、見目の良い男性陣からはチヤホヤされたいのよ」
 それに加えて、公爵家の資産を多くでも自分に入るよう画策までしている。
「実際そんな感じだからな」
 焼き菓子を一つ食べる。サクッと口に広がった。公爵邸のスイーツも美味しいが、あの市街地で買った焼き菓子が懐かしくなる。大量に届けてもらったあれはどれも自分好みの味だったからこれからも通おうと思っていたが、次に行った時には別の店舗が入っていたのだ。騒ぎがあったから場所を変えたのかと思ったがそうでもないらしい。調べれば分かるだろうが、縁がなかったのだと早々に諦めることにした。
「アリーチェ、どうやってソフィアを潰す? もう作戦出来てるんでしょ?」
 オリヴィアは視線を宙に彷徨わせる。記憶をなぞっているのだろう。
「大きなイベントは記憶通りのはずだからね。ソフィアが奴隷のオークションの存在を知って、一人で何とかしようと立ち向かうの。摘発出来たことでワガママばかりのエレノアとは全く違うソフィアは讃えられて、婚約者の座はソフィアのものになるのよね」
「ソフィアならその情報を使って原作よりも派手にしそうだな。エレノアを完全に負かすために」
「確かに。どうする?」
「大枠は出来ている。後はどこまでを他人任せにするかだな」
「他人に任せるの?」
 オリヴィアが驚く。
 俺は普段、自分の作戦に関わらせる人間は最小限に留めている。自分以外が介入することでそれだけリスクが上がるからだ。
 だが、今回の一番の見せ場は他人に任せるつもりだ。
「珍しいわね。大丈夫なの?」
「ある意味賭けだが、賭けの勝率を上げるために動き出しているから何とかなるだろ」
「えー、聞きたい、教えてよ」
「ダメ」
「ケチ。ずっと屋敷にいてつまんないのよ。ドキドキさせてよ」
「旦那に言え」
 俺の指示通り屋敷に引き篭もっているオリヴィアはそろそろ限界そうだ。ソフィアが原作のオリヴィアをどこまで知っているか、いつから現代の記憶を持っているか分かるまで外出禁止にしていたのだ。
「ソフィアが記憶を思い出したのはおそらく最近だから、多少外に出るくらいなら良いぞ」
「本当!?」
「あぁ。だが、あまり顔を出すなよ」
 オリヴィアがうんうんと頷いたところで「アリーチェ様」と声を掛けられた。
 公爵家の執事だ。綺麗な白髪を後ろに流した彼は、困惑した表情で立っていた。
「どうかしたのか?」
「皇城より連絡がありまして、ソフィア様がお倒れになったとのことです」
「何かあったのか?」
「……どうやら、エレノア様がソフィア様を突き飛ばしたようで」
 エレノアがソフィアを階段から突き飛ばし、怪我を負わせる。オリヴィアの情報では学園で起こるはずの事件だ。この一件で、レオナルドの心は完全にエレノアから離れるのである。
「そうか。俺が二人を迎えに行こう。エルメーテは不在なんだろう?」
「仰る通りです。馬車は準備出来ております」
 オリヴィアを帰し、俺は皇城を尋ねた。すぐにソフィアたちがいる部屋へと通される。天蓋付きのベッドを囲むようにレオナルドと側近数名がおり、エレノアは少し下がったところ、ルカは壁際に立っていた。ソフィアはベッドに寝ているらしい。
 煌びやかな室内とは違い、雰囲気はどこか殺気立っている。
 全員に注目される。その反応は三つに分かれていた。殺気立つのはレオナルド側で、エレノアは俺を見て一瞬泣きそうになり、ルカは感情が読めない無表情だ。
 俺はレオナルドに口上した後、何があったのかと問う。答えたのはレオナルドだ。
「今日は二人を招いてお茶をしていたんだ。帰ろうと令嬢たちを見送っている時、エレノアが声を荒げてソフィアを階段から突き飛ばして、ソフィアは気絶した。幸い怪我はないが、脳震盪を起こしている」
 何故お茶に婚約者だけでなくわざわざ義理の妹まで招く必要があったのかと問いたいが、どうせ俺が納得出来る理由はないだろう。何せ、恋は人を馬鹿にするから。
「どうして突き飛ばしたんだ?」
「ソフィアはエレノアを思っているのに、彼女はそれを受け入れないだけでなく跳ね返したんだ。嫌いだと叫びながら」
「義理とは言え妹に手を上げるなんてあり得ない」
「可哀想に」
 側近たちはソフィアに同情し、レオナルドの吐き捨てるような回答に同調する。
「エレノア、ソフィアを突き飛ばしたのか?」
 エレノアは答えなかった。ただ唇を噛み締めて俯くだけだ。
 沈黙が続く中、「ん」と小さな声が聞こえる。ソフィアが意識を取り戻したらしい。随分とタイミングが良い。
 ソフィアはレオナルドの手を借りて起き上がる。状況を把握したのか、「お姉様、ごめんなさい」と涙目で頭を下げた。
「お姉様が、私を、嫌っているって、知っているのに。しつこく、しちゃって」
「ソフィア、君は悪くない。謝るな」
「叔父様も、迷惑かけて、ごめんなさい」
 ベッドの縁に座り、ソフィアは俺にも頭を下げる。視覚情報だけならきっと誰もがソフィアに同情したくなるだろう。頭に巻かれた包帯が痛々しい。
 俺はちょうど良いと、ソフィアの前で膝をついてその手を取った。背後で小さく俺をエレノアの呼ぶ声が聞こえたが無視した。
「ソフィア、殿下の仰る通り君は悪くない。泣かなくていい」
「……叔父様」
 取った手に唇を寄せて、「泣かないで」と微笑む。ソフィアの頬が染まっているように見えるのは気のせいではないだろう。
 俺は立ち上がってエレノアを振り返る。その向こうにルカがいて、無表情は変わらないのに雰囲気が殺気立っているようだった。その理由は、俺かソフィアか、まだ分からない。
「エレノア、ソフィアに謝罪しなさい」
「ですが、その女が」
「エレノア」
 遮るように強く名を呼べば、エレノアはソフィアへと謝罪するしかなかった。おそらく初めてのそれだろう。身分的にも他者へ謝罪する必要はなかったから。レオナルドでさえ驚いている。
 ソフィアは謝罪を受け入れた。
「エレノア、お前がしたことは褒められたことではない。しばらく外出禁止とする。反省しなさい」
「……」
「ガッカリさせるんじゃない。ソフィアを見習ったらどうだ?」
「……申し訳、ございません」
 俺は連れて来ていた従者にエレノアを任せ、仕置き部屋に入れるよう伝える。食事も抜きだ。
 残った俺は「帰れるか?」とソフィアの背を撫でる。
「はい。大丈夫です。お姉様にお仕置きをするんですか?」
「お前を傷付けたんだ。当然だろう」
 覗き込むソフィアの目には仄かに愉悦が滲んでいる。俺がエレノアよりもソフィアを優先したからだろう。もしかしたら今まで俺にしてきた媚びの結果だと思っているかもしれない。
「叔父様、ごめんなさい」
 ソフィアが俺の胸へと倒れ込んだ。華奢な体を抱き止める。
「叔父様も忙しいでしょう? 今日はお客様のところへ行くと聞いていましたけど」
「あぁ、気にしなくて良い。ソフィアを送ったらそのまま行く」
 子どもをあやすようにソフィアを抱き締め宥めていれば、ルカが「レオナルド、彼女を送っていったらどうだ?」と突然提案を口にした。
「リシャール殿は予定があるそうだしな」
「そうですね。ソフィア、俺が支えるよ。本当にもう大丈夫か?」
「はい。ありがとうございます殿下」
 レオナルド一行が部屋から出て行く。一度公爵邸に戻らなくて良いなら、約束の時間に遅れずに済むだろう。俺もさっさと帰ろうかと思ったが、ルカに呼び止められてしまった。
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