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第二章
豪華列車
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「旅券なら、すでに作成してある。新大陸に逃げるつもりだったからな。……少し予定は変更になるが、お前も秘書官として軍縮会議に同行するんだ」
「……そんな!」
「お前、一応、三か国がいけるんだろう?」
殿下に聞かれて、わたしはおずおずと頷く。
「……一応は。でも、喋る相手はおばあ様だけだったので……現地で通じるかどうかは……」
読むのは問題ないけれど、聞き取りと発音は不安しかない。
「やっぱり無理ですよ。わたしが王子の随行員だなんて。……どこかのホテルか、マクガーニ閣下のお邸の隅っこで静かにしていれば……」
「お前がマクガーニの家に滞在しているなんてバレてみろ、妊娠初期の大事なジェニファー夫人のもとに、ハイエナのような新聞記者どもが殺到するんだぞ? そんな危険を犯せるわけがない」
殿下にバッサリと切り捨てられ、マクガーニ閣下も深い溜息をつく。
「……本当に申し訳ない。本来なら、後見人としてわしが君の面倒を見るべきだが、この状況下では君の安全を保障できない。殿下と一緒に国外に出る方が安全だ」
「はあ……」
要するにわたしの存在が迷惑だから一緒に連れていくしかないと……。
わたしは申し訳なくて目を伏せる。それに……。
わたしは急に不安になって顔を上げた。
「ビルツホルンって遠いですよね? わたし、そんな準備は何も……」
ビルツホルンはこの大陸でもかなり東のはず。しかも国際的に重要な会議に、王子殿下の随行員として着いて行くのに、わたしの鞄には喪服しか入っていない。――国際会議に喪服で参加してもいいの?
「大丈夫だ。ミス・リーンとバーナード・ハドソン商会に命じて準備はさせている。バッチリだ」
殿下が自信満々に言えば、ロベルトさんが肩を竦めた。
「以前から、旅行用の服を準備しろと言われて、おかしいと思っていたんですよ。豪華客船で逃避行決め込むつもりだったら、そう言ってくれればいいのに。――でも、言っとくけど、殿下とエルスペス嬢の二人旅とか、無謀以外の何物でもないですからね! 殿下汽車の切符だって、自分で買ったことない癖に!」
「手に手を取って愛の逃避行に、よりによってお前連れとか、何の罰ゲームだよ」
「ジュリアンが怒ってましたよ、自分を置いていくなんて、下着も自分で畳めない人が、あり得ないって」
「……ロベルトは置いていくつもりだった。ジュリアンの分のチケットは、手配するのを忘れたんだ……」
殿下が唇を歪ませると、ロベルトさんがフンっと鼻息を荒くする。
「今回のビルツホルン行きの手配は俺がやってますからね、手抜かりはないっすよ。ちゃーんと、ジュリアンの座席も確保してますし。東駅近くのホテルまで、殿下やエルスペス嬢の荷物を持って向かうように打ち合わせ済みっす」
……つまり、殿下の権力と財力に無駄に物を言わせ、わたしはこのまま、ビルツホルンへと連れ去られるらしい。いくらなんでも横暴ではないの?!
だがここで、行きたくないと言い出す勇気はない。……だってもう、何もかもお膳立てされているみたいだし、我儘を言ったら余計に迷惑をかけてしまう。
俯いてしまったわたしに、殿下が言う。
「ビルツホルンまで、汽車で七日だ。鉄道会社ご自慢の豪華寝台特急を予約したから、ゆっくり過ごせる」
そして殿下はわたしの耳元に口を近づけて小声で言った。
「本当は、新婚旅行で乗るつもりだったんだけどな。……まあ、下見だ」
ここまで大騒ぎになっているのに、まだわたしと結婚するつもりでいるらしい殿下に、わたしは実のところ呆れていた。
翌、早朝に王都の西駅に到着したわたしたちは、マクガーニ閣下と別れて東駅に近いホテルに移動し、朝食を摂る。殿下はこの後、王宮に向かい、国王陛下に対し、外遊に出る前の挨拶をすると言う。
「風邪を引いたことにして引きこもっていたから、顔ぐらいは出さないと。記者どもが鬱陶しそうだが」
「婚約披露の晩餐会をすっぽかしたそうですわね? ステファニー嬢が真っ青だったとか」
わたしの言葉に、殿下が目を見張る。
「なんで知って……あ、絵入り新聞か!」
それから気まずそうに肩を竦める。
「体調不良は本当だ。……お前に別れを告げられて、絶望で酒浸りだったから、二日酔いで晩餐会に出たら確実に吐く」
「いくらなんでも、ステファニー嬢がお気の毒だわ」
「俺の意志を無視して、勝手に話を進めるからだ」
朝食後、殿下はホテルに迎えにきたジョナサン・カーティス大尉と王宮に向かい、わたしはロベルトさんが押えた上階のスイートルームに入る。入浴して荷物の整理をしていると呼び鈴が鳴り、ロベルトさんに連れられたミス・リーンとお針子さんが二人、大荷物とともにやってきた。
「エルシーちゃん! おばあ様のこと、大変だったわね! 喪服が役に立ってよかったわ!」
ミス・リーンが珍しくブラウスにロングスカートの地味ないでたちで、わたしをギュッと抱きしめてくれた。
「何だか痩せちゃった? 可哀想に! 殿下も根回しが足りないのよ! まったく、間抜けなんだから!」
「列車は夜七時の発車なんだ。ねえさん、あんまり時間はないよ?」
ロベルトさんが急かすと、ミス・リーンはお針子さんたちの並べるドレスを一瞥し、言った。
「体のラインの出るイブニングは四着ってところかしら。あと、袖丈が気になる昼のスーツが三着あって……」
「待ってください! いったい何着持っていくつもりなんですか?! 不必要ですよ!」
巨大な革張りのスーツケースがいくつも置いてあって、わたしが仰天する。帽子箱だけで三つもある。ミス・リーンがにやにや笑いながら言う。
「豪華客船旅行のつもりだったから、本当はもっと華やかなドレスもあったのよ。でも、大陸横断長距離旅客だって、それなりに見栄は張らなきゃ。ビルツホルンでも、夜会くらいはあるでしょうし。どうせ、全部ポーターが運んでくれるんだから、大人しく持っていきなさいな!」
わたしはホテルの部屋で、次々とドレスを試着させられる。
「この節はメイドを連れての旅行は流行らないので、基本、一人で着られるドレスにしてあるわ。ただ、いくつか、首の後ろのリボンなんかは、殿下に結んでもらいなさいね? あと、背中の開いたドレスもあるから、変な痕つけられないようにね!」
「わたしはあくまで秘書官として随行するのであって……」
「ビルツホルンまで片道七日よ? 狭い個室で恋人と二人切り、殿下が我慢できると思うの? 我慢できる男なら、あんた今頃まだ処女だったでしょーに! もう、いい加減、諦めなさいな」
マーメイド・ラインのイブニングドレスの、胸の開き具合を調整しながら、ミス・リーンが言う。
「宝石類はバーナードの店から直接、東駅に運ばせるから。本来なら、ドレスに合わせていちいち指定するべきところだけど、旅先だし、殿下はこういうことについては、あたくしたちプロ顔負けの謎のセンスがあるから、殿下に選んでいただいてね。間違っても自分で選んじゃダメよ? エルシーちゃん、センスはイマイチなんだから」
言われなくてもわかっているセンスの無さをはっきり指摘され、わたしは内心凹む。
「それからこれ、お化粧道具! お化粧の仕方はだいぶ、上手になっているから安心なさい。マニキュアは十日も持たないから、ビルツホルンの街でホテルか、美容院のサロンに行くのよ!」
大きな化粧品バッグを渡されて、わたしはハッとする。
「髪の毛は昼間は帽子で誤魔化せるし、夜会の時はシニョンにしちゃえばいいから。ただ、旅先でもお肌のお手入れだけはしっかりね!」
お針子さんの一人は髪の毛を纏める技術もある人で、わたしの髪を見苦しくないようにカットした上で、電気ゴテの巻き方や、オシャレな夜会巻きの方法を伝授してくれた。……わたしは今一つ不器用なので不安しかないのだけれど。
そうして怒涛の如く送り出され、気づいた時には、わたしは東駅発の豪華寝台特急の、王族専用特別車両に収まっていたのだった。
乗り込んだのは、とてもこれが列車とは思えない、豪華な個室。金の装飾のあるマホガニーの壁材、重厚な座席シート。窓に貼り付くようにテーブルがあり、開閉式の洗面台に、小さいけれどシャワーブースまでついている。
すでに殿下の荷物を運び込んだジュリアンが待っていて、わたしの荷物も個室内のクローゼットに、手際よくしまっていく。
「すっごい、豪華ですね、殿下の個室!」
「お前もここで寝るんだぞ?」
「えっ? 嘘。……わたしは二等車両で十分ですから……」
だいたい、この個室にはベッドなんてないし……とわたしが首を傾げると、殿下が笑った。
「寝るときはこの座席がベッドになる。ディナーの間に準備してもらえる」
「……へええ……」
今まで、夜行も普通の客車にしか乗ったことがないから、寝台車なんてものが想像もつかない。
「よく、急に予約が取れましたね」
「べつに、王族専用客車を追加するだけだからな。どの道、この時期はそれほど混雑はしないが――」
つまり、この車両にはこの個室と、お付きの人用の二人用個室と一人用個室が一つずつの、三室しかない。護衛のラルフ・シモンズ大尉と従僕のジュリアンで一室、侍従のジョナサン・カーティス大尉で一室。隣が食堂車で、その向こうが通常の一等客室となり、ロベルトさんとジェラルド・ブルック大尉、それから同行する外交部の官僚が二人ほど、そちらの車両に乗りこんでいるそうだ。
あと十五分ほどで発車という時になって、バーナード・ハドソン商会の使いの者が、いくつか荷物を運び込んできた。厳重に守られた宝石鞄には、ダイヤモンドの首飾りとイヤリング、真珠の三点セット、あとは殿下のカフリンクス、最新式の自動巻きの腕時計など。殿下はそれを確認すると、小切手帳にサインをして店の者に渡す。宝石類は鍵のかかる金庫に入れると言って、ジュリアンが持って出て行った。
「バーナードによろしく」
殿下が言えば、いつかのミツゴロー氏が愛想よく頭を下げる。
「実はコーキチの次の商談がビルツホルンでして、二等車に乗っております。何かの折には目をかけてやってください」
コーキチはビルツホルンでも投資家を募り、その後、南のセダーンの港から帰国する予定なのだそうだ。
ミツゴロー氏に見送られて、列車は静かに、夜の王都東駅を発車した。
「……そんな!」
「お前、一応、三か国がいけるんだろう?」
殿下に聞かれて、わたしはおずおずと頷く。
「……一応は。でも、喋る相手はおばあ様だけだったので……現地で通じるかどうかは……」
読むのは問題ないけれど、聞き取りと発音は不安しかない。
「やっぱり無理ですよ。わたしが王子の随行員だなんて。……どこかのホテルか、マクガーニ閣下のお邸の隅っこで静かにしていれば……」
「お前がマクガーニの家に滞在しているなんてバレてみろ、妊娠初期の大事なジェニファー夫人のもとに、ハイエナのような新聞記者どもが殺到するんだぞ? そんな危険を犯せるわけがない」
殿下にバッサリと切り捨てられ、マクガーニ閣下も深い溜息をつく。
「……本当に申し訳ない。本来なら、後見人としてわしが君の面倒を見るべきだが、この状況下では君の安全を保障できない。殿下と一緒に国外に出る方が安全だ」
「はあ……」
要するにわたしの存在が迷惑だから一緒に連れていくしかないと……。
わたしは申し訳なくて目を伏せる。それに……。
わたしは急に不安になって顔を上げた。
「ビルツホルンって遠いですよね? わたし、そんな準備は何も……」
ビルツホルンはこの大陸でもかなり東のはず。しかも国際的に重要な会議に、王子殿下の随行員として着いて行くのに、わたしの鞄には喪服しか入っていない。――国際会議に喪服で参加してもいいの?
「大丈夫だ。ミス・リーンとバーナード・ハドソン商会に命じて準備はさせている。バッチリだ」
殿下が自信満々に言えば、ロベルトさんが肩を竦めた。
「以前から、旅行用の服を準備しろと言われて、おかしいと思っていたんですよ。豪華客船で逃避行決め込むつもりだったら、そう言ってくれればいいのに。――でも、言っとくけど、殿下とエルスペス嬢の二人旅とか、無謀以外の何物でもないですからね! 殿下汽車の切符だって、自分で買ったことない癖に!」
「手に手を取って愛の逃避行に、よりによってお前連れとか、何の罰ゲームだよ」
「ジュリアンが怒ってましたよ、自分を置いていくなんて、下着も自分で畳めない人が、あり得ないって」
「……ロベルトは置いていくつもりだった。ジュリアンの分のチケットは、手配するのを忘れたんだ……」
殿下が唇を歪ませると、ロベルトさんがフンっと鼻息を荒くする。
「今回のビルツホルン行きの手配は俺がやってますからね、手抜かりはないっすよ。ちゃーんと、ジュリアンの座席も確保してますし。東駅近くのホテルまで、殿下やエルスペス嬢の荷物を持って向かうように打ち合わせ済みっす」
……つまり、殿下の権力と財力に無駄に物を言わせ、わたしはこのまま、ビルツホルンへと連れ去られるらしい。いくらなんでも横暴ではないの?!
だがここで、行きたくないと言い出す勇気はない。……だってもう、何もかもお膳立てされているみたいだし、我儘を言ったら余計に迷惑をかけてしまう。
俯いてしまったわたしに、殿下が言う。
「ビルツホルンまで、汽車で七日だ。鉄道会社ご自慢の豪華寝台特急を予約したから、ゆっくり過ごせる」
そして殿下はわたしの耳元に口を近づけて小声で言った。
「本当は、新婚旅行で乗るつもりだったんだけどな。……まあ、下見だ」
ここまで大騒ぎになっているのに、まだわたしと結婚するつもりでいるらしい殿下に、わたしは実のところ呆れていた。
翌、早朝に王都の西駅に到着したわたしたちは、マクガーニ閣下と別れて東駅に近いホテルに移動し、朝食を摂る。殿下はこの後、王宮に向かい、国王陛下に対し、外遊に出る前の挨拶をすると言う。
「風邪を引いたことにして引きこもっていたから、顔ぐらいは出さないと。記者どもが鬱陶しそうだが」
「婚約披露の晩餐会をすっぽかしたそうですわね? ステファニー嬢が真っ青だったとか」
わたしの言葉に、殿下が目を見張る。
「なんで知って……あ、絵入り新聞か!」
それから気まずそうに肩を竦める。
「体調不良は本当だ。……お前に別れを告げられて、絶望で酒浸りだったから、二日酔いで晩餐会に出たら確実に吐く」
「いくらなんでも、ステファニー嬢がお気の毒だわ」
「俺の意志を無視して、勝手に話を進めるからだ」
朝食後、殿下はホテルに迎えにきたジョナサン・カーティス大尉と王宮に向かい、わたしはロベルトさんが押えた上階のスイートルームに入る。入浴して荷物の整理をしていると呼び鈴が鳴り、ロベルトさんに連れられたミス・リーンとお針子さんが二人、大荷物とともにやってきた。
「エルシーちゃん! おばあ様のこと、大変だったわね! 喪服が役に立ってよかったわ!」
ミス・リーンが珍しくブラウスにロングスカートの地味ないでたちで、わたしをギュッと抱きしめてくれた。
「何だか痩せちゃった? 可哀想に! 殿下も根回しが足りないのよ! まったく、間抜けなんだから!」
「列車は夜七時の発車なんだ。ねえさん、あんまり時間はないよ?」
ロベルトさんが急かすと、ミス・リーンはお針子さんたちの並べるドレスを一瞥し、言った。
「体のラインの出るイブニングは四着ってところかしら。あと、袖丈が気になる昼のスーツが三着あって……」
「待ってください! いったい何着持っていくつもりなんですか?! 不必要ですよ!」
巨大な革張りのスーツケースがいくつも置いてあって、わたしが仰天する。帽子箱だけで三つもある。ミス・リーンがにやにや笑いながら言う。
「豪華客船旅行のつもりだったから、本当はもっと華やかなドレスもあったのよ。でも、大陸横断長距離旅客だって、それなりに見栄は張らなきゃ。ビルツホルンでも、夜会くらいはあるでしょうし。どうせ、全部ポーターが運んでくれるんだから、大人しく持っていきなさいな!」
わたしはホテルの部屋で、次々とドレスを試着させられる。
「この節はメイドを連れての旅行は流行らないので、基本、一人で着られるドレスにしてあるわ。ただ、いくつか、首の後ろのリボンなんかは、殿下に結んでもらいなさいね? あと、背中の開いたドレスもあるから、変な痕つけられないようにね!」
「わたしはあくまで秘書官として随行するのであって……」
「ビルツホルンまで片道七日よ? 狭い個室で恋人と二人切り、殿下が我慢できると思うの? 我慢できる男なら、あんた今頃まだ処女だったでしょーに! もう、いい加減、諦めなさいな」
マーメイド・ラインのイブニングドレスの、胸の開き具合を調整しながら、ミス・リーンが言う。
「宝石類はバーナードの店から直接、東駅に運ばせるから。本来なら、ドレスに合わせていちいち指定するべきところだけど、旅先だし、殿下はこういうことについては、あたくしたちプロ顔負けの謎のセンスがあるから、殿下に選んでいただいてね。間違っても自分で選んじゃダメよ? エルシーちゃん、センスはイマイチなんだから」
言われなくてもわかっているセンスの無さをはっきり指摘され、わたしは内心凹む。
「それからこれ、お化粧道具! お化粧の仕方はだいぶ、上手になっているから安心なさい。マニキュアは十日も持たないから、ビルツホルンの街でホテルか、美容院のサロンに行くのよ!」
大きな化粧品バッグを渡されて、わたしはハッとする。
「髪の毛は昼間は帽子で誤魔化せるし、夜会の時はシニョンにしちゃえばいいから。ただ、旅先でもお肌のお手入れだけはしっかりね!」
お針子さんの一人は髪の毛を纏める技術もある人で、わたしの髪を見苦しくないようにカットした上で、電気ゴテの巻き方や、オシャレな夜会巻きの方法を伝授してくれた。……わたしは今一つ不器用なので不安しかないのだけれど。
そうして怒涛の如く送り出され、気づいた時には、わたしは東駅発の豪華寝台特急の、王族専用特別車両に収まっていたのだった。
乗り込んだのは、とてもこれが列車とは思えない、豪華な個室。金の装飾のあるマホガニーの壁材、重厚な座席シート。窓に貼り付くようにテーブルがあり、開閉式の洗面台に、小さいけれどシャワーブースまでついている。
すでに殿下の荷物を運び込んだジュリアンが待っていて、わたしの荷物も個室内のクローゼットに、手際よくしまっていく。
「すっごい、豪華ですね、殿下の個室!」
「お前もここで寝るんだぞ?」
「えっ? 嘘。……わたしは二等車両で十分ですから……」
だいたい、この個室にはベッドなんてないし……とわたしが首を傾げると、殿下が笑った。
「寝るときはこの座席がベッドになる。ディナーの間に準備してもらえる」
「……へええ……」
今まで、夜行も普通の客車にしか乗ったことがないから、寝台車なんてものが想像もつかない。
「よく、急に予約が取れましたね」
「べつに、王族専用客車を追加するだけだからな。どの道、この時期はそれほど混雑はしないが――」
つまり、この車両にはこの個室と、お付きの人用の二人用個室と一人用個室が一つずつの、三室しかない。護衛のラルフ・シモンズ大尉と従僕のジュリアンで一室、侍従のジョナサン・カーティス大尉で一室。隣が食堂車で、その向こうが通常の一等客室となり、ロベルトさんとジェラルド・ブルック大尉、それから同行する外交部の官僚が二人ほど、そちらの車両に乗りこんでいるそうだ。
あと十五分ほどで発車という時になって、バーナード・ハドソン商会の使いの者が、いくつか荷物を運び込んできた。厳重に守られた宝石鞄には、ダイヤモンドの首飾りとイヤリング、真珠の三点セット、あとは殿下のカフリンクス、最新式の自動巻きの腕時計など。殿下はそれを確認すると、小切手帳にサインをして店の者に渡す。宝石類は鍵のかかる金庫に入れると言って、ジュリアンが持って出て行った。
「バーナードによろしく」
殿下が言えば、いつかのミツゴロー氏が愛想よく頭を下げる。
「実はコーキチの次の商談がビルツホルンでして、二等車に乗っております。何かの折には目をかけてやってください」
コーキチはビルツホルンでも投資家を募り、その後、南のセダーンの港から帰国する予定なのだそうだ。
ミツゴロー氏に見送られて、列車は静かに、夜の王都東駅を発車した。
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