【R18】没落令嬢の秘密の花園――秘書官エルスペス・アシュバートンの特別業務

無憂

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第三章

ビリーとアレックス

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「嘘よ! どうしてアーチャーが?!」

 わたしは悲鳴を上げた。
 アーチャーはリンドホルム城の執事で、父やわたしたち家族に献身的に尽くしてくれた。その彼が、ビリーの死に関わっているなんて、信じられない。

「エルシー……俺は以前から、主犯かどうかはともかく、アーチャーは関わっていると思っていた」
「なぜ?!」

 殿下は眉を顰める。

「まだ十四歳の当主が、食事中に倒れて突然、死んだ。普通はもっと疑い、警察に届け出たりするだろう? ビリーは身体は弱かったが、突然死ぬほどの病気ではなかった。アレルギーの既往もないのに、動顛どうてんした祖母や姉はともかく、普段は冷静な執事までがあまりにもあっさりとサイラスの診断を受け入れ、大急ぎで埋葬してしまった。もし毒殺なら、給仕をした者を疑うのは当然だ」

 殿下はわたしの手を取り、大きな両手で包むようにして、わたしをソファに座らせ、自分も隣に腰を下ろす。

「……もう、知っていると思うが、ビリーの遺体から、毒物が検出された。……エルシーはビリーの死の直後、彼の遺体を見たか」

 わたしは無言で首を振る。突然の死がショックで、わたしは遺体から目を逸らした――。

「診察したサイラス・アシュバートンは、明らかな毒殺の兆候をすべて見逃し、病死として死亡診断書を出し、証拠隠滅とばかりに埋葬する。サイラスの関与は間違いない。アーチャーと、サイラスの身柄はすでに拘束した。ダグラスもおそらく関与しているが、現在、リンドホルムにはおらず、重要参考人として手配した」
「でも、なぜアーチャーが……」
「動機についてはまだ。……ひとまず、リンドホルムの警察で検死審問インクエストが開かれるはずだ。……おそらく、エルシーの出廷も求められる。唯一残る近親者だし、ビリーが倒れたとき、その場に居合わせたから」

 わたしは自分の体温が急速に奪われて、身体が冷えていくのを感じる。寒い――。
 カタカタと震え始めたわたしを、殿下が慌てて抱きしめ、額にキスをする。

「……俺も一緒に……」
「無茶ですよ! 王子がそんな、三年前の田舎の殺人事件に顔を出したら、大変なことになります!」

 ジェラルド・ブルック中尉が叫び、マクガーニ中将閣下も太い眉を顰める。

「エルスペス嬢には、誰か別の者をおつけください。向こうにはシモンズもおりますし」
「前は偽名で動けた」
「以前とはお立場が違います。新聞に顔写真も出た。次は誤魔化せません。第一、王都で死ぬほどやることがあるでしょう?!」

 懸命に諫めるブルック中尉を宥めるように、カーティス大尉が口を挟む。

「……良ければ僕が」

 しかし、殿下は眉を顰めて首を振った。

「ダグラスはおそらく王都にいて、デイジーと接触する可能性が高い。ジョナサンには王都にいてもらいたい。一人はロベルトをやる。以前にもリンドホルムに行ったことがあるし。後はメイドのハンナと……護衛を兼ねてジュリアンを付ける。ジョナサンはシャーロットとともに一度、ロックウィル伯爵家に戻れ。もしかしたらダグラスが網にかかるかもしれない」
「わかりました」
「――僕を! 僕を連れて行ってください!」

 いきなり部屋の外から声がして、殿下も、そしてマクガーニ閣下がギョッとする。

「アレックス? 聞いていたのか」
「ご、ごめんなさい。でも僕――法科なんです。弁護士志望で。検死審問インクエストについて、この前習ったところで」
「見世物ではないぞ、下がっていなさい」

 マクガーニ閣下が息子を叱りつけるが、アレックスは食い下がる。

「お願いです! 興味本位じゃありません! ビリーは……ビリーとは、ロックウッドのスクールで、同じフラットだったんです!」

 アレックスの言葉に、わたしはハッとして顔を上げ、思わず立ち上がる。

「……本当に?!」
「嘘じゃありません。彼は学年が一つ上で……寮で同室だったんです。ほんの数ヶ月でしたけど、すごく世話になって――」

 わたしは信じられなくて、アレックスの顔を穴が空くほど見つめる。

「お前、今までそんなこと言わなかったじゃないか!」

 マクガーニ閣下に咎められ、アレックスは俯き、しどろもどろになる。

「……だって……ビリーのお父さんが、父さんの友達だなんて、知らなかった。ミス・アシュバートンがビリーのお姉さんだなんて、僕も驚いて……。僕が初めての寄宿生活にまごついた時、いつも、ビリーが助けてくれて……家はストラスシャーの古い城だから、聖誕節の休暇は遊びに来ないかって言われて……でも、その秋にお父さんが戦死して、急に爵位を継ぐことになって、さすがにその冬の休暇は僕、遠慮したんです。そしたら――休暇中にアレルギーの発作で亡くなったって。……僕、絶対、嘘だと思ったんです。食事だって一緒に摂ってたけど、アレルギーなんて聞いたことない。怪しすぎるって。絶対、何か事件だって、舎監の先生にも訴え出たけど、相手にしてもらえなかった……」

 アレックスは悔しそうに拳を握り締める。

「それで――僕、法科に変わりたいって父さんに言って……」

 マクガーニ閣下が目を丸くする。

「なんだと? 転校したいと言い出したのは、そんな理由だったのか」
「僕は初め、医者になりたかったから理科系の強いロックウッドのハリソン・スクールを選んだけど、ビリーのことでいろいろ調べているうちに、法科に興味を持って、今のエインズミルのダンバー・カレッジに転校したんです」
 
 アレックスはわたしと、殿下に向かって真剣に頭を下げる。

「お願いします! ビリーのことはずっと気になってて……僕の……初めての友達だったんです! たった二か月だったけど」

 ぐずっと鼻水を啜り上げて涙を拭うアレックスの様子に、殿下はしばらく考えていたが、マクガーニ閣下とわたしを交互に見て言った。

「アレックス、俺の代わりにエルシーを守れるか?」
「はい! 命を懸けて!」
「なら、今すぐ家に帰り、夕方の列車に乗れるように準備するんだ。マクガーニは打ち合わせがあるからここに残る。一人で準備できるか?」
「できます!」
「じゃあ、ストラスシャー方面に向かう西駅で待ち合わせる。切符はこちらで用意するから、改札の前で待ってろ!いいな?!」
「はい!」

 飛び上がるように返事をしたアレックスと、事情を聴いたジェニファー夫人、アグネスは、急ぎ邸に戻ることになった。

「ごめんなさい、急なことで……」
「いいえ、今度はわたくしたちの家にもいらして」
「バイバイ、ユール、今度はもっとたくさん遊びましょうね!」

 アレックスたちを見送り、わたしたちも大車輪で仕度にかかる。シャーロットと別れの挨拶を交わし、ユールを抱いた殿下とキスをして、わたしは喪服に黒いヴェール付きの帽子を被り、ハンナとともに馬車に乗る。

「大丈夫だ、エルシー。必ず、上手くいく」

 殿下に頷けば、馬車の扉が閉ざされ、馬車が動き始めた。窓の外を殿下の姿が遠ざかる。

 ――リジー。怖い。こんな時に、側にいてもらえないなんて。

 わたしは左手薬指の、サファイアの指輪を右手で握り込んだ。








 わたしとジュリアン、ハンナは、王都の西駅の改札前で、ロベルトさんとアレックスと落ち合う。
 
「俺んとこにも電報は来たからさー、事情はわかったけど、なんでマクガーニ閣下のお坊ちゃんがいるのさ」

 切符と荷物を確認しながら、ロベルトさんが面倒臭そうに言う。

「僕はビリーの友人です。ある意味、事件の当事者ですよ!」 
「マ・ジ・で?!」

 ポーターにも手伝わせながら予約した一等個室コンパートメントに乗り込み、ジュリアンが窓を開けて弁当を人数分買う。ロベルトさんとアレックスは、構内で売っている新聞をあるだけ買い込んできた。

「ハンナまで遠出することになって、ごめんなさいね」
「いいえ。初めて行く場所だから、ドキドキします」

 出発のベルが鳴り、汽車は滑るように動きだす。窓の外、夕暮れの王都が後ろへと飛んでいく。
 旅行者向けの、シュルフト語の新聞もあって、それはハンナが目を通す。

「第三王子殿下の結婚問題の記事は、もちろんありますが、他の記事を超えるものではありませんね」
「ビリーの問題はまだ公にされていないけど、広まるのはアッと言う間だろうなあ」

 ロベルトさんが言う。

「司令部を出る前に、ラルフと電話がつながって、あらかたは聞きました。墓あらしは三人。執事のアーチャーと、下男のジムと馬丁のニック。この二人はアーチャーに命じられたようで、理由は知らされていないっぽいっすね」

 彼らがビリーの墓を暴き、柩を掘り出した時点で潜んでいた特務が拘束。即座にビリーの遺体を警察署に運び、遺体から毒物が検出されたため、死亡診断書の虚偽記載でサイラスの身柄を拘束し、ダグラスを全国手配したという。

「解剖は以前にもしていましたが、改めて正式な令状を取り、毒物を再検出。アーチャーは毒殺の容疑を認めている」

 真っ青になったわたしの手を、隣のハンナが握ってくれた。

「毒物はなんなんです?」

 アレックスの問いに、ロベルトさんはメモを見ながら答える。

「えーっと……亜砒酸……三酸化二砒素って書いてあるけど、なにこれ」
「あ、砒素ですよ」

 アレックスはこともなげに言い、自分の鞄からいくつか本を取り出す。

「これは毒物に関する本で、これはいろんな毒殺事件について書いたもの。砒素が使用された事件は、このあたりに……」
「なんでそんな本ばっかり!」
「砒素の特徴は無味無臭なんです! 毒殺にはもってこいですよ! ただし、青酸カリに比べると効果が出るのが遅くて、急性砒素中毒の症状としては――」

 滔々と語り始めたアレックスの言葉を聞きたくなくて、わたしは思わず両手で耳を覆った。その様子を見たロベルトさんが、アレックスを咎める。

「アレックス、その話は後で聞く。遺族の前でする話じゃねーだろ」
「あ、ご、ごめんなさい……」

 しまったと青ざめるアレックスの表情に、わたしは慌てて首を振り、ポケットからハンカチを取り出して、目尻の涙を拭ってから、言った。

「こちらこそ、ごめんなさい。……よかったら、ビリーが学校でどんなだったか教えて。休暇で戻って尋ねても、女にはわからないって教えてくれなかったの。友達も全然、知らなくて……」

 その夜、列車の中で、わたしはアレックスから、ビリーの話をたくさん、聞いた。
 
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