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2、辺境伯の砦
ガルシア城
ガルシア辺境伯家の居城、ガルシア城は赤砂岩で作られた赤い城である。女王国を魔物から守る西南の要として、城下町全体は砂岩の城壁で囲まれ、その上で辺境伯の居城は内城に守られて、二重の城壁と堀を巡らしてある。現在は外城の城壁は南側の一つだけを開け、内城は常に跳ね橋を下して、いつでも、領民が城内に逃げ込めるようにしてあった。
夏至の日に起きた魔物の大発生は、領内にある始祖女王の結界の半ばが崩れたことに由る。砂漠の砦にいたガルシア辺境伯フェルディナンドとの連絡は途絶え、生存は絶望視されている。現在、この城を守るのは、わずか十八歳のミカエラ――フェルディナンドの姪である。
ミカエラは亜麻色の髪を後ろで一本に編んで垂らし、頭頂部は金のネットで覆っている。暑いこの地方では、女性たちも薄手の衣裳を身に着ける。白い麻の長衣はたっぷりと襞を寄せて金の組紐を腰に結び、透ける薄物のワイン色の肩衣を左肩から垂らしている。肩衣の裾には金糸の縁取りが刺繍されているが、装飾はそれほど仰々しくはない。装身具は金の鎖を胸の前で交差させ、女性らしい身体のラインを少しだけ際立たせている。目を瞠るほどの美女ではないが、華奢で小柄ながら、青い瞳には強い意志が宿り、理知の光が輝いていた。ガルシア家の最後の一人として、女王国の辺境を守る気概が彼女の細い肩には漲っている。しかし現在、彼女の青い瞳は、絶望の色が濃い。
「――やはり、ナキアから救援は来ないのですか」
目の前に跪く騎士の言葉に、ミカエラの声が震える。
「ミカエラ様――ナキアを当てにしてはならぬと、御館様も以前から――」
「でもっ……叔父上の行方はわからず、この城は魔物の中で孤立してしまっています。食糧の備蓄はあるけれど、でも、いつまでもこうしていても……」
ミカエラは魔物の海に取り残されたようなこの城から、幾度も周辺に救いを求めた。だが、近隣にはすでに、魔物を討伐できるような聖騎士はおらず、ただホーヘルミアの月神殿で聖別されたという武器が少し、届けられただけであった。
武器ではなく、騎士が足りない――。
現在領内を埋め尽くす魔物たちはまだ実体がなく、その分、影のごとく移動して動きが読めない。また通常、これほど大量に発生することがないため、ガルシア領内の熟練の聖騎士たちも対処に頭を痛めている。気づかぬうちに取り囲まれて、命を落とす聖騎士が後を絶たないのだ。
(どうしたら――)
領民や領地の責任がただでさえ細い、ミカエラの肩に押しかかる。必死に顔を上げ、傲然と歩いてみても、若いミカエラは実際には、今にも潰れそうだった。ミカエラが金の龍騎士の噂を聞いたのは、そんな時期のことである。
その噂は突然にめぐった。金色の龍の〈王気〉を纏った騎士が、周囲を埋め尽くす魔物を一瞬で滅していると。
金色の〈王気〉と言えば、遥か東方、東の帝国の皇家、龍種の持つ〈王気〉である。その騎士もまた、東方の特徴を備えた黒髪に黒い瞳をし、かつての太陽の龍騎士のように凛々しい外見をしているという。
(そんな人が、本当に――?)
だいたい、東の皇族がこんな女王国の西の果てに来るはずがない。ミカエラはそう思った。でも、今は藁にでも縋りたい。城を覆う、この絶望的な状況を覆す、僅かな可能性があるのなら。
周辺の見張りに託けて、ミカエラは噂を探らせた。
半信半疑だった部隊長のシュテファンが、しかし黒髪に黒い瞳の青年を連れてきたのは翌日の午後。しかも死んだとばかり思っていた、砦の聖騎士を三人も彼は伴っていた。
城に現れたその青年は見惚れるほどの美貌で、しかも金色の光に包まれていた。
西の貴種の、それも女性には望気者が多い。ミカエラの曾祖母も望気者であったと伝えられるが、ミカエラ自身は龍種に会う機会がなく、自身の能力もこれまで知らなかった。だから、黒髪の騎士が纏う金色の光が〈王気〉であると、気づくまでにしばらくの時間が必要だった。
それが〈王気〉だと気づいたとき、ミカエラは天啓が降ったかのように、心が震えた。
――今、この城に必要なのは、彼だ。
夏至の日に起きた魔物の大発生は、領内にある始祖女王の結界の半ばが崩れたことに由る。砂漠の砦にいたガルシア辺境伯フェルディナンドとの連絡は途絶え、生存は絶望視されている。現在、この城を守るのは、わずか十八歳のミカエラ――フェルディナンドの姪である。
ミカエラは亜麻色の髪を後ろで一本に編んで垂らし、頭頂部は金のネットで覆っている。暑いこの地方では、女性たちも薄手の衣裳を身に着ける。白い麻の長衣はたっぷりと襞を寄せて金の組紐を腰に結び、透ける薄物のワイン色の肩衣を左肩から垂らしている。肩衣の裾には金糸の縁取りが刺繍されているが、装飾はそれほど仰々しくはない。装身具は金の鎖を胸の前で交差させ、女性らしい身体のラインを少しだけ際立たせている。目を瞠るほどの美女ではないが、華奢で小柄ながら、青い瞳には強い意志が宿り、理知の光が輝いていた。ガルシア家の最後の一人として、女王国の辺境を守る気概が彼女の細い肩には漲っている。しかし現在、彼女の青い瞳は、絶望の色が濃い。
「――やはり、ナキアから救援は来ないのですか」
目の前に跪く騎士の言葉に、ミカエラの声が震える。
「ミカエラ様――ナキアを当てにしてはならぬと、御館様も以前から――」
「でもっ……叔父上の行方はわからず、この城は魔物の中で孤立してしまっています。食糧の備蓄はあるけれど、でも、いつまでもこうしていても……」
ミカエラは魔物の海に取り残されたようなこの城から、幾度も周辺に救いを求めた。だが、近隣にはすでに、魔物を討伐できるような聖騎士はおらず、ただホーヘルミアの月神殿で聖別されたという武器が少し、届けられただけであった。
武器ではなく、騎士が足りない――。
現在領内を埋め尽くす魔物たちはまだ実体がなく、その分、影のごとく移動して動きが読めない。また通常、これほど大量に発生することがないため、ガルシア領内の熟練の聖騎士たちも対処に頭を痛めている。気づかぬうちに取り囲まれて、命を落とす聖騎士が後を絶たないのだ。
(どうしたら――)
領民や領地の責任がただでさえ細い、ミカエラの肩に押しかかる。必死に顔を上げ、傲然と歩いてみても、若いミカエラは実際には、今にも潰れそうだった。ミカエラが金の龍騎士の噂を聞いたのは、そんな時期のことである。
その噂は突然にめぐった。金色の龍の〈王気〉を纏った騎士が、周囲を埋め尽くす魔物を一瞬で滅していると。
金色の〈王気〉と言えば、遥か東方、東の帝国の皇家、龍種の持つ〈王気〉である。その騎士もまた、東方の特徴を備えた黒髪に黒い瞳をし、かつての太陽の龍騎士のように凛々しい外見をしているという。
(そんな人が、本当に――?)
だいたい、東の皇族がこんな女王国の西の果てに来るはずがない。ミカエラはそう思った。でも、今は藁にでも縋りたい。城を覆う、この絶望的な状況を覆す、僅かな可能性があるのなら。
周辺の見張りに託けて、ミカエラは噂を探らせた。
半信半疑だった部隊長のシュテファンが、しかし黒髪に黒い瞳の青年を連れてきたのは翌日の午後。しかも死んだとばかり思っていた、砦の聖騎士を三人も彼は伴っていた。
城に現れたその青年は見惚れるほどの美貌で、しかも金色の光に包まれていた。
西の貴種の、それも女性には望気者が多い。ミカエラの曾祖母も望気者であったと伝えられるが、ミカエラ自身は龍種に会う機会がなく、自身の能力もこれまで知らなかった。だから、黒髪の騎士が纏う金色の光が〈王気〉であると、気づくまでにしばらくの時間が必要だった。
それが〈王気〉だと気づいたとき、ミカエラは天啓が降ったかのように、心が震えた。
――今、この城に必要なのは、彼だ。
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