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2、辺境伯の砦
ミカエラ
「彼が、金の龍騎士だと思われるのですか?」
シュテファンが、半ば疑うような口調でミカエラに尋ねる。
「ええ、だって〈王気〉がありますし。金色で、龍のようなものが飛び回っています。すごく、美しいです」
ミカエラが陶然とした表情で言う。さっきの青年の姿を、瞼に思い描いてうっとりしているのだ。
「ですが、馬にも乗れませんし、佩剣もしていませんし――」
「でも、騎士だと言っていました」
「剣はあります。――左手の中に。聖剣だと、言っていました」
もう一人、呼び出されたユーリがミカエラとシュテファンに言った。意味が理解できずに眉を顰める二人に、ユーリが言う。
「実際にご覧にならなければ、意味がわからないでしょう。この目で見ても信じられないですから。でも確かに、左手から剣を出して、用が済めばまた収めてしまうのです」
「それは――」
「彼は、その剣から出る光で、魔物を滅しました。俺が見ただけで、三度ほど。噂の龍騎士は、間違いなく、彼の事だと思いますよ」
ミカエラはユーリに尋ねる。
「彼は、自分のことを何と?」
「本人は何も。記憶に障害があるのは、本当のようです。ですが、狩りも上手く獲物も自分で捌きますし、料理も得意です。とても、帝国の皇子には見えません。でも、着ているものも持ち物も、相当、高価な品ばかりです。高貴な生まれであるのは間違いないと思います」
ユーリの報告に、ミカエラは目を閉じた。
「今、わが領は存亡の危機に瀕しています。魔物が溢れ野を覆い、聖騎士の多くが斃れた。――この地に今、あの人が現れたのは、天と陰陽の導きだと思うのです」
ミカエラの言葉に、シュテファンは茶色い眉を上げる。
「冬至の日までにナキアに行かねばならないと言っていました。それに、ソリスティアに妻がいるようなことも――」
それを聞いてミカエラも唇を噛む。跡継ぎ息子のアルフォンソが死んでから、フェルディナンドもミカエラも、辺境伯家を継いでくれる結婚相手を探していたが、そこに立ちふさがるのが一夫多妻制度であった。ミカエラの夫となり得るような、辺境伯家を継げる貴種の男たちは複数の妻を娶るのが普通で、そうなると、ガルシア家の家付き娘であるミカエラは、妻の一人として迎えるのは些か厄介な存在である。他の妻たちをガルシア家の家臣や領民の前で囲うのは、さすがに気が咎めるという男も多いだろうし、そもそもガルシア領には貴種の男に釣り合う家柄の女も少ない。
かつては、辺境伯の爵位を継いでくれることを条件に掲げていたが、現在ではそれを諦めている。辺境伯の爵位は一旦留保し、ミカエラの産んだ男児に継がせるつもりで、夫はガルシア領に常時在住しなくともいい、他の妻の元に住んで、時々、ガルシア領に足を運んでくれる程度でいいとまで、条件を落としていた。それでも、この辺境の城まで往復したいなどという男は、そうそういない。
だから、ミカエラは城に現れたシウリンが、貴種どころではない、龍種だと知って胸がとどろいたのだ。
彼の種であれば、確実にガルシア家を導く、強い貴種の男児が得られるに違いない。もしかしたら、このまま辺境に住んでくれるかもしれない――。
だが、その期待は、妻がいるという彼の発言で潰える。しかも、その妻は女王国の遥か東、ソリスティアにいるという。ソリスティアとガルシア領では、時々通うことも容易ならざるほど、遠い。
ミカエラは、男の黒い髪に隠された右耳に、翡翠の耳飾りがあるのに気づいていた。無骨なガルシア領では見たことはないが、男性が片耳だけに耳飾りをつけるのは、心に決めた相手がいるという徴で、ナキアやもっと東の、ソリスティアや帝都で流行している風俗だと、ミカエラも聞いたことがある。
つまり、彼はその妻をただ一人の相手と決めている。
それでも、ガルシア家と領民のために。
ミカエラは希望を捨てたくないと思う。
否、彼女自身の希望だ。そして、憧れ。――初めて見る、あの金色の輝き。
ミカエラは一目見ただけで、シウリンの金色の〈王気〉に魅了されていたのだ。
シュテファンが、半ば疑うような口調でミカエラに尋ねる。
「ええ、だって〈王気〉がありますし。金色で、龍のようなものが飛び回っています。すごく、美しいです」
ミカエラが陶然とした表情で言う。さっきの青年の姿を、瞼に思い描いてうっとりしているのだ。
「ですが、馬にも乗れませんし、佩剣もしていませんし――」
「でも、騎士だと言っていました」
「剣はあります。――左手の中に。聖剣だと、言っていました」
もう一人、呼び出されたユーリがミカエラとシュテファンに言った。意味が理解できずに眉を顰める二人に、ユーリが言う。
「実際にご覧にならなければ、意味がわからないでしょう。この目で見ても信じられないですから。でも確かに、左手から剣を出して、用が済めばまた収めてしまうのです」
「それは――」
「彼は、その剣から出る光で、魔物を滅しました。俺が見ただけで、三度ほど。噂の龍騎士は、間違いなく、彼の事だと思いますよ」
ミカエラはユーリに尋ねる。
「彼は、自分のことを何と?」
「本人は何も。記憶に障害があるのは、本当のようです。ですが、狩りも上手く獲物も自分で捌きますし、料理も得意です。とても、帝国の皇子には見えません。でも、着ているものも持ち物も、相当、高価な品ばかりです。高貴な生まれであるのは間違いないと思います」
ユーリの報告に、ミカエラは目を閉じた。
「今、わが領は存亡の危機に瀕しています。魔物が溢れ野を覆い、聖騎士の多くが斃れた。――この地に今、あの人が現れたのは、天と陰陽の導きだと思うのです」
ミカエラの言葉に、シュテファンは茶色い眉を上げる。
「冬至の日までにナキアに行かねばならないと言っていました。それに、ソリスティアに妻がいるようなことも――」
それを聞いてミカエラも唇を噛む。跡継ぎ息子のアルフォンソが死んでから、フェルディナンドもミカエラも、辺境伯家を継いでくれる結婚相手を探していたが、そこに立ちふさがるのが一夫多妻制度であった。ミカエラの夫となり得るような、辺境伯家を継げる貴種の男たちは複数の妻を娶るのが普通で、そうなると、ガルシア家の家付き娘であるミカエラは、妻の一人として迎えるのは些か厄介な存在である。他の妻たちをガルシア家の家臣や領民の前で囲うのは、さすがに気が咎めるという男も多いだろうし、そもそもガルシア領には貴種の男に釣り合う家柄の女も少ない。
かつては、辺境伯の爵位を継いでくれることを条件に掲げていたが、現在ではそれを諦めている。辺境伯の爵位は一旦留保し、ミカエラの産んだ男児に継がせるつもりで、夫はガルシア領に常時在住しなくともいい、他の妻の元に住んで、時々、ガルシア領に足を運んでくれる程度でいいとまで、条件を落としていた。それでも、この辺境の城まで往復したいなどという男は、そうそういない。
だから、ミカエラは城に現れたシウリンが、貴種どころではない、龍種だと知って胸がとどろいたのだ。
彼の種であれば、確実にガルシア家を導く、強い貴種の男児が得られるに違いない。もしかしたら、このまま辺境に住んでくれるかもしれない――。
だが、その期待は、妻がいるという彼の発言で潰える。しかも、その妻は女王国の遥か東、ソリスティアにいるという。ソリスティアとガルシア領では、時々通うことも容易ならざるほど、遠い。
ミカエラは、男の黒い髪に隠された右耳に、翡翠の耳飾りがあるのに気づいていた。無骨なガルシア領では見たことはないが、男性が片耳だけに耳飾りをつけるのは、心に決めた相手がいるという徴で、ナキアやもっと東の、ソリスティアや帝都で流行している風俗だと、ミカエラも聞いたことがある。
つまり、彼はその妻をただ一人の相手と決めている。
それでも、ガルシア家と領民のために。
ミカエラは希望を捨てたくないと思う。
否、彼女自身の希望だ。そして、憧れ。――初めて見る、あの金色の輝き。
ミカエラは一目見ただけで、シウリンの金色の〈王気〉に魅了されていたのだ。
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