【R18】陰陽の聖婚 Ⅳ:永遠への回帰

無憂

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6、〈混沌〉

正傅ゲルの帰還

 メイローズから帝都の情勢を聞き、アデライードはそっと溜息をついて、まだ全く膨らんでもいない腹を無意識に撫でた。

 現在、摂政王として国政万端を切り回す賢親王は、彼女の夫・恭親王を皇帝として即位させるつもりだ。そうなれば、彼は女王国の継承争いなどに関わっている場合ではなくなる。
 五百年前の帝国内乱の際には、〈聖婚〉の皇子が即位すると、その妻の王女も帝都へ移った。だが、アデライードにはそれは許されない。現在、陰の〈王気〉を持つ王女はアデライードただ一人。アデライードはナキアに帰り、結界を張り直し、魔物の侵入で混乱を極める辺境を立て直さなければならない。

「――離婚、などということは、あり得るのかしら」

 アデライードの問いに、メイローズが困ったように眉を寄せる。

「〈禁苑〉の教え自体は、離婚を禁じてはおりませんが、〈聖婚〉の夫婦でございますから――」

 教義として、〈聖婚〉の夫婦は至上の一対でなければならない。それが離婚などと、普通はあり得ない。

「でも、龍騎士と始祖女王は……」
「あれは、離婚とは少し違います。離れて暮らすことにしただけで――〈禁苑〉としては、わが主のご即位は無理だと思われますが――」
「でも、他に人がいないと――」
「全く皇子がいないわけではありません。姫君の置かれた状況とは違います」

 アデライードは溜息をついて、脇卓に置かれた湯気の立つ薬草の飲料コーディアルのカップに手を伸ばす。甘味のあるそれを味わいながら、アデライードは思う。

 考えても仕方がない。恭親王がアデライードを捨てて帝国に帰ると言えば、アデライードは飲むしかない。

(――もし、生まれたこの子が女児であれば、女王国の後継者は確保できるわけだし、引き留めることはできないわ――)

 そんなことはあり得まいとは思うが、彼は自己の感情よりも、皇族としての義務を優先するかもしれない。の、十二歳の記憶しかないシウリンならば、アデライードを選ぶだろう。だが、彼の記憶の封印を解き、二十三歳のユエリン皇子となったら、果たしてそれでもアデライードを選ぶだろうか。

 彼が、シウリンであった過去を否定したいと思っていたとしたら――。
 
 アデライードが何度目かわからない溜息をついた時、夜間にも拘わらず居間の扉が叩かれた。立っていったメイローズが、廊下を守る衛士といくつか言葉を交わし、戻って来て言った。
 
「正傅のゲル殿が姫君に面会を求めておられます。時間も遅いですし、明日にされますか?」

 アデライードが驚いて起き上がり、言った。

「いえ――、ああ、帰っていらっしゃったのでしたね。ぜひ、こちらにお通ししてください」

 これまで、ゲルがアデライードとの対面を個人的に求めたことは一度もなかった。だが、アデライードとしてもようやく帰還を果たした正傅をねぎらいたく思い、メイローズに招き入れるように言う。恐縮して、身体を丸めるように入ってきたゲルは、帝都に発つ前よりも明らかに痩せていた。

 アデライードに向かい、ゲルは両膝をついて額を擦りつけて拝礼し、アデライードは慌てて止める。

「そんな……やめてください」
「正傅でありながら殿下をお守りすることもできず、長く留守にいたしまして面目次第もございません」

 やややつれた頬に苦労のあとを垣間見せるゲルに、アデライードが困ったように言う。

「いえ、無事に戻ってきてくれて、本当によかった。奥様もさぞ、お喜びでしょう」
「はい、先ほど、少しだけ家に帰りましたので……姫君へのご挨拶がこんな時間になり、申し訳ありません」
「今回のことで、奥様は本当にご心痛でいらっしゃった。お顔を見せてくるのは当然です。わたしは、いつでもよろしかったのに」

 微笑むアデライードに、ゲルは恐縮する。アデライードはメイローズに言って、ゲルの席と、お茶を淹れるように頼んだ。

「その……メイローズより聞きました。殿下の、ご記憶のこと」

 椅子に座ったゲルにそう切り出されて、アデライードはゲルが夜にも関わらずやってきた理由に気づいた。
 
「わたしの魔力制御が至らなくて……イスマニヨーラ伯父様にもずいぶん、叱られました」
「天と陰陽の、意志なのでしょう。……姫君がご自分を責めるべきではありません」

 ゲルは監禁生活でこけた頬に苦い笑みを浮かべる。

「殿下の過去について、姫君にお話していなかった。……今にして思えば、姫君には失礼な話です。名も、過去も偽った皇子を、結婚相手として無理に宛がったようなものですから」
「それは……わたしは今の殿下をお慕いしていますから。……皇子の、入れ替わりの事情についても、メイローズさんより聞いています」
 
 アデライードの言葉に、ゲルは沈痛な面持ちで頭を下げた。

「ひどい話だとお思いになられたでしょう。赤子の時からユエリン皇子をお育てした俺もデュクトも、双子だということすら知らされておりませんでした。落馬事故の後に、双子の皇子が聖地にいると聞かされて――」

 ゲルが、顔を上げて遠くを見る。

「十年前の十二月の頭でした。ユエリン皇子の死を知らされ、〈片割〉の皇子を迎えに行くように命じられました。無理だと思いました。……双子でも、顔が似ているとは限らないし、これまでの生育歴もまるで違う。何より、〈シウリン〉としてではなく、あくまで〈ユエリン〉として育てよとのご命令が、あまりにひどいと……でも、陛下の命令は絶対でした」
 
 ゲルは語る。転移門ゲートで聖地に入り、馬車で南の端の僧院に向かう。皇宮とはくらぶべくもない貧しい僧院で、清貧の日々を送る少年を、皇子として迎えるために。
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