【R18】陰陽の聖婚 Ⅳ:永遠への回帰

無憂

文字の大きさ
67 / 236
6、〈混沌〉

空白の十年

「森の向こうの尼僧院に手伝いに行っているとかで、ずいぶん、待たされました。門限を過ぎても帰らず……ようやく帰ってきた殿下を見たときは驚きました。初雪が降るような日に薄い木綿の僧衣とボロボロの毛織の布を羽織るだけで、足元は素足に藁草履で……どうして皇子がこんなことにと……俺は……」

 ゲルが耐えきれなくなったように顔を手で覆う。横で立っていたメイローズも、その日のことを思い出したのか、辛そうに眉を歪めている。

 アデライードが膝の上で、両手で長衣を握りしめる。
 間違いない。あの日、アデライードが森の中でシウリンと出会ったその日。 
 門限を過ぎて漸く戻ってきた〈シウリン〉を、デュクトとゲルは有無を言わさず馬車に乗せ、事情も説明せずに太陽神殿から再び転移門で帝都に移動した。

「デュクトは厳格でした。〈シウリン〉は友人にも、誰にも別れの挨拶さえできず、また彼が持っていたわずかな私物も全て焼き捨ててしまった。剃りあげた頭は帽子で隠し、ユエリン皇子は目を覚ましたが、記憶を失っていると言って誤魔化した」
「でも――〈シウリン〉は神器を……あの日、シウリンの帰りが遅くなったのは、森の中で迷子の女の子を拾って、尼僧院に送り届けていたからです。――それが、わたしです。エイダに追われて森の中で道に迷い、雪まで降ってきて……もし、彼に会わなければわたしは死んでいました」

 ゲルが、黒い瞳を最大限に見開く。

「本当ですか――!」
「その時、わたしは彼に、母から預かった神器の指輪を渡したのです。――エイダがあれだけ捜して、見つからないはずです。神器は、帝都にあったのですから」」
「信じられない――」

 茫然とアデライードを見上げているゲルに、メイローズが言った。

「わが主は、何か小さなものをずっと、握りしめて守っておられました。デュクトに見つかれば取り上げられると恐れたのでしょうね。私が小さな巾着袋をお渡ししたら、それに入れて、下着の下に隠しておられた。……後に、小さな箱が欲しいとおっしゃって、ずっと懐に忍ばせて」

 ゲルが驚いてメイローズを見る。

「あの、箱か。俺もずっと、中身が気になってはいたのだが……」
「いつも、あの箱を握りしめて、守っておられた。――いえ、あれは、わが主の〈杖〉でした。常にあれに縋り、どんな理不尽な時も膝を屈しなかった。あの中身は、女王国の神器の指輪だったのです」

 ゲルはふっと力を抜いて、目を閉じた。

「そう、だったのですか……」

 しばらく目を閉じていたゲルは、再びアデライードを見て、言った。

「だからなのですね。〈聖婚〉のお相手が、聖地で出会った姫君だったから、だから、あんなにもあっさりと今度の結婚を受け入れた。――不思議だと思っていたのです。いえ、その――以前の結婚とは、あまりに態度が違っていて――単なる面食いだったのかと思うくらい」

 だがアデライードは、金色の眉を少し顰め、俯いた。

「殿下は、わたしが指輪の持ち主だと、すぐに気づいたようなのです。でも――それなのに、殿下はシウリンは死んだと言い張った。自分は、シウリンの双子の兄弟だと――」

 彼に再会し、神器を見せられた日のことを、アデライードは思い出す。それを手にできる者はシウリンただ一人のはずなのに、彼は自分はシウリンではないと言い続けた。なぜ、指輪が彼を弾かないのか、あなたはシウリンではないのか、幾度も問いかけたのに、彼は否定し続けた。

 なぜ――。彼の金の〈王気〉はアデライードにあからさまに執着し、しつこいほどに愛の言葉を繰り返しておきながら。どうして、シウリンとしての過去をあくまでも否定したのか。

 ゲルが、そんなアデライードを眩しいものを見るかのように、黒い瞳を眇めて言った。

「……殿下は、我儘を言うようなこともない方でしたが、一つだけ、以前のご正室との結婚だけは絶対に嫌だと、結婚するくらいなら、死ぬと言って拒否なさった」

 ゲルの言葉に、アデライードは弾かれたように顔を上げ、ゲルを見つめる。

「女遊びに狂ったのも、相手から婚約を破棄させたいというのが、最初のきっかけでした。何故、そこまで結婚を厭うのか、俺には理解できなかったのですが――十年前に聖地で姫君と出会っていた、そのせいだったのですね」

 ずっと抱いていた疑問が氷解したのであろう。ゲルはどこか晴れ晴れした表情で、アデライードに視線を戻す。納得いかないまま、アデライードは目を伏せる。
 
 アデライードの知らない、アデライードが封じた彼の十年。
 シウリンである自分を封印し、ユエリンとして生きた彼は、再びアデライードに出会って、何を思ったのだろうか。

 十年間の記憶を取り戻した時、彼はどちらを選ぶのだろう。シウリンか、ユエリンか――。
感想 4

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

[完結]私を巻き込まないで下さい

シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。 魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。 でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。 その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。 ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。 え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。 平凡で普通の生活がしたいの。 私を巻き込まないで下さい! 恋愛要素は、中盤以降から出てきます 9月28日 本編完結 10月4日 番外編完結 長い間、お付き合い頂きありがとうございました。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

イリス、今度はあなたの味方

さくたろう
恋愛
 20歳で死んでしまったとある彼女は、前世でどハマりした小説、「ローザリアの聖女」の登場人物に生まれ変わってしまっていた。それもなんと、偽の聖女として処刑される予定の不遇令嬢イリスとして。  今度こそ長生きしたいイリスは、ラスボス予定の血の繋がらない兄ディミトリオスと死ぬ運命の両親を守るため、偽の聖女となって処刑される未来を防ぐべく奮闘する。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

昭和生まれお局様は、異世界転生いたしましたとさ

蒼あかり
ファンタジー
局田舞子(つぼたまいこ)43歳、独身。 とある事故をきっかけに、彼女は異世界へと転生することになった。 どうしてこんなことになったのか、訳もわからぬままに彼女は異世界に一人放り込まれ、辛い日々を過ごしながら苦悩する毎日......。 など送ることもなく、なんとなく順応しながら、それなりの日々を送って行くのでありました。 そんな彼女の異世界生活と、ほんの少しのラブロマンスっぽい何かを織り交ぜながらすすむ、そんな彼女の生活を覗いてみませんか? 毎日投稿はできないと思います。気長に更新をお待ちください。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。