【R18】陰陽の聖婚 Ⅳ:永遠への回帰

無憂

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8、暁闇

アルベラの消息

「殿下だわ!」

 アデライードが叫ぶ。

「まあ、何しろ噂だからさ、身の丈は見上げる程だとか、剣ではなくて紐を振り回して魔物を退治するとか、騎士じゃなくて農民の出だとか、わけのわからない尾ひれもついていて……」
 
 マニ僧都が不思議そうに顔を歪める。

「いくら何でも紐では魔物を退治できまいに。何だその噂」
「殿下は見かけだけは麗しいから、農民と見間違えることはないと思いますけど」
 
 アンジェリカも不審そうに言う。ユリウスも肩を竦める。

「まあ、所詮噂だけど、要はデンカらしき人物が無事、ホーヘルミアで魔物退治をしたのは間違いないと思う。あと、黒髪の騎士たちが数騎、したがっていたという情報もあって――」
「ゾーイ達でしょうか」

 黙って聞いていたアリナが身を乗り出した。

「魔物を斬れる聖騎士だというから、間違いないと思う。――あの辺には聖騎士なんていないからね」

 恭親王が無事、ホーヘルミアまでは着いたと聞いて、アデライードはほっと安堵の溜息をもらす。

「よかったわ……最悪、冬至の日にナキアの月神殿でなんて言っていたけれど、その前に一度、ソリスティアにお戻りになれそうね」

 だいたいが現在、ナキアの月神殿はイフリート派に制圧されてしまい、どうなっているかわからない。女王の認証の間も破壊されている可能性があって、結界を張り直すためにはもっと早くにナキアを制圧しなければならないだろうと、カンダハルと調整していたところだった。

「それともう一つ、アルベラ姫がどうやら、行方不明になっているらしい」

 ユリウスのもたらした情報に、再び緊張が走る。

「アルベラ姫が?」

 アデライードが翡翠色の瞳を見開いた。

「イフリート公爵は先に、秋分の日にアルベラ姫を即位させ、アリオス侯爵嫡子との婚約式も行うと布告していた。だが、秋分になってもアルベラは泉神殿に籠ったまま表に出ず、病気で療養中ということになっている」
「不自然だな。まさか、殺されたのではあるまいな?」

 マニ僧都が問うと、ユリウスが首を傾げる。

「さすがに殺すようなことはないと思うのだが――でも、父親と反目している、というのが一部の噂だ」
「反目――アルベラ姫は父親を妄信していたのではないのか」
 
 マニ僧都が首を振るけれど、ユリウスが続ける。
 
「今回の結界の一件で、アルベラ姫は気づいたのだと思う。女王には〈王気〉が必要で、イフリート公爵はそのことを彼女に意識的に隠していたのだと。そして現に結界が崩壊し、公爵は〈禁苑〉と決別した。さすがに、この状況で即位できるほど、彼女の面の皮は厚くなかったということかな」 
「ですが、イフリート公爵は娘の行方を必死に追っているでしょうね」

 メイローズが緑茶の茶杯を配りながら言う。

「そりゃあ、そうだろう。自分の血を引く、唯一の女王家の姫だもの。アルベラを女王位につけて、アルベラからイフリート家に王位を禅譲させる。その目論見が崩れてしまう」

 ユリウスは茶杯を優雅に傾けて受け皿に少し注ぎ、冷ましてから受け皿からひらりと飲む。アリナやメイローズや、東の作法を叩きこまれた人間からすると、些か行儀悪く感じてしまう。だがユリウスやアデライードの仕草は極めて上品かつ優雅で、それはそれで理に適った作法なのだろう。
 
 ずっと黙っていたアデライードが、ユリウスに尋ねる。

「以前から疑問だったのです。イフリート公爵は、結界も無しに、どうやって今回の混乱を収束させるつもりでいるのでしょうか。秋分にアルベラ姫を即位させていても、〈王気〉のない彼女には結界を修復させる力はありません。イフリート家に禅譲させても、それは同じ。――いったい、何を目論んで、結界の破壊を引き起こし、その後、どうするつもりだったのでしょう」
 
 ユリウスは受け皿に緑茶を注ぎながら首を振る。

「ナキアからは不気味なほど、情報が流れてこないんだ。元老院はイフリート公爵の傀儡と化しているし、アルベラは表に出てこない。カンダハルからの物流が止まっているから、王都の物不足は深刻で、南方を始めとした辺境は魔物の発生で王都との連絡も途絶えがちだ。イフリート公爵は泉神殿に祭祀の拠点を置いて、あれこれ行っているようだが、ナキアですら、魔物が発生したという噂さえあって……まあ、単なる噂だとは思うがね――」
「泉神殿――魔物――」

 アデライードは何となく、首筋に警告を感じて手をやる。
 ユリウスが不安そうな異母妹を気遣いながら言う。

「泉神殿から先は、デンカの暗部でさえ、探れなかったんだ。セルフィーノら商人の情報網ではこれ以上は無理だ。商人たちも続々と、王都を見限って逃げ出しているからね。――まるで、沈没前の船から逃げ出す鼠のようだと、セルフィ―ノが言ったよ」

 アデライードがユリウスをはっきりと見つめて、尋ねる。

「もし、病気でも殺されているわけでもなく、身を隠しているのだとしたら、アルベラ姫はどこに向かうと思われますか?」

 アデライードの問いに、メイローズもマニ僧都も、はっとして顔を見合わせる。

「神殿か――」

 だが、アルベラはイフリート家の一員として、〈禁苑〉から破門されているのだ。
 
「まさか――」
 
 王位を巡っての争いはあったが、女王の血を享けるのは、アルベラとアデライードの二人だけだ。
 アデライードはユリウスに言った。

「たとえイフリート家の血を引いていても、彼女は女王の娘です。その誇りを捨てて、邪教に膝を屈するとは思えません。きっと彼女は、処罰されるのを承知の上で、わたしの元か、あるいは聖地へと向かうに違いありません」
 
 アデライードの言葉に、ユリウスもマニ僧都も沈黙する。アデライードは陽光を浴びて煌めく噴水の水しぶきを見つめながら、呟いた。

「彼女の、女王家の誇りだけは奪われることのないように――わたしはそれを望みます」
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