【R18】陰陽の聖婚 Ⅳ:永遠への回帰

無憂

文字の大きさ
101 / 236
9、記憶の森

懺悔

 記憶を取り戻したシウリンは、何はさておいてもアデライードに言い訳しなければならなかった。
 ずっと、嘘をついていた。自分はシウリンではない、シウリンは死んだと言い張り続けた。シウリンだった本当の過去は封印してしまうつもりだった。なのに――。

 あの繭の中で、十二歳以降の記憶を失った彼は、自分は太陽宮の見習い僧侶シウリンだと名乗ってしまった。墓場まで持っていくつもりだった秘密を、あっさり暴露してしまった。嘘をついていた理由も何もかも、すべて忘れて――。

 夕暮れの近づく時間、シウリンは噴水のある中庭を臨む長椅子に、アデライードと並んで腰を下ろす。噴水が心地よい水音を立て、南国の夜の微かな冷気を運んでくる。

「寒くないか?」
 
 記憶を失っていた時よりも、心持ち声が低くなった気がする。――喋り方を少し変えているせいだろう。
 アデライードが首を振る。

「そうか。……寒くなったらすぐに言うんだぞ?」

 それだけ言って、シウリンも黙り込んで、じっと膝の上で組んだ両手を見下ろした。こんなに、気まずいのは久しぶりのことだ。何か言わなければと、シウリンが息を吸った時、アデライードが言った。

「お見せしたいものがあるんです」
「私に?」

 アデライードが頷いて、傍らに丸めて置いていた筒状のものを取り出す。

「フエルが聖地に行くと聞いて、彼に頼んだんです。シウリンの、お墓を探して欲しいって」
 
 その話は、旅の間にフエルから聞いていた、――森の中に、炭焼き小屋のゴルが作った、彼の墓があると。

「その、お墓の絵だと、フエルが、わたしに――」

 アデライードが白い、繊細な指で丸めた筒を開いていく。淡い水彩で描かれた、森の中の墓――。
 フエルは、聖地でルチアに会ったと言っていた。この十年、ルチアのことなど、想い出しもしなかったが、もちろん、忘れたわけではない。ただ、彼の立場と押し付けられた名前とが、聖地のことなど考える暇も、余裕も与えてくれなかったのだ。

「ゴル爺の打つ蕎麦が、すごく好きだったんだ。ゴル爺は無口だったけれど、蕎麦を打つ時だけは饒舌になって、いろんな話をしてくれた。魔物狩りの話や、いろいろ――」

 くさむらの羽虫の羽音、草いきれの匂い、炭焼き窯の煙の臭い。あまりに遠すぎて、懐かしすぎて、想い出すだけで胸を締め付けるかつての日々。清貧と言えば聞こえはいいが、空腹と労働に追われた毎日には、だが間違いなく、〈シウリン〉として生きた彼の尊厳があった。

「……たぶん、私が望んだことだったんだな」
 
 絵を覗き込みながら、ぽつりとつぶやく声に、アデライードがはっと、彼を見上げる。

「私はずっと、聖地に暮らしたころの自分に戻りたいと願っていた。だから、きっと十二歳に戻ってしまったのは、私の願望をあなたの魔法が読み取ってしまったせいだろう。……あなたの、せいじゃない」
「どうして、幾度お尋ねしても、シウリンは死んだと答えつづけたのですか」

 アデライードの問いに、シウリンは気まずそうに溜息をつく。

「十年前、聖地の森であなたに会ったその足で、私は帝都に連れて行かれた。指輪を返せなかったことをずっと気にしていたけれど、それを言い出すこともできなくて――」

 恭親王は黒く長い睫毛を伏せる。

「私はあの時、すでに生涯不犯ふぼんの誓いを立てていた。年が明けたら、正式に得度とくどする予定だったから。だから、無理に還俗げんぞくさせられたことに納得していなくて――それでも、後宮というところは、皇子に否応なく女を宛てがう場所なんだ」

 シウリンが自分の手から視線を動かし、夕暮れの光を弾く噴水の飛沫を見つめる。

「始めて、純潔を失った夜に絶望して――もう、二度とあなたに会えないと、あなたに相応しくないと……それからは坂道を転がり落ちる石のようだった」
 
 ぽつり、ぽつりと、シウリンは語る。 
 
「まあ、大概の悪いと言われることはやった。女遊びもしたし、人殺しも、たくさん――」
「それは、戦争に行かれたからでしょう?」
「それだけじゃなくて――私の、精が平民の女には毒なのは知っているだろう?中に出してしまってね。ものすごい苦しみようで――そのまま、私の腕の中で死んだ。私が殺したのに、私には何の咎めもなくて。償いすら許されないことが、耐えられず、誰かに罰して欲しいと思っていた」

 淡々と続けるシウリンを、アデライードは何も言わずに見つめる。
 
「男と、寝たこともある。――まあ、最初は自分で望んだことじゃなくて、無理やりだったけど」

 アデライードはちょっと理解できないという風に、首を傾げた。その様子を見て、シウリンは微笑む。

「世の中には男好きの男もいるんだ。もっとひどいこともした。――とてもあなたには言えないような」
「ひどいこと?」
「暇と金と、精力を持て余したドラ息子が徒党を組んですることと言ったら、楽しい楽しいリンカン学校と相場が決まっているだろう」
「……リンカンって何?」
「輪姦、って言葉すら知らないあなたに、詳しく説明する勇気は、さすがにない」

 シウリンはふっと息を吐く。

「今さら、嫌われるのが怖いとか、そういうのは思わないが、そんな悪事がこの世に存在すると、あなたの耳に入れたくはないな」

 アデライードは理解できず、まだ首を傾げている。

「……でも、今は反省なさっている」
「もちろん、反省はしている。でも反省したらゆるされるようなことじゃない。――そうだな、あなたの母君がギュスターブにされたこと、と言ったら、私が赦せるか?」
 
 アデライードの翡翠色の瞳が一瞬、見開かれる。母に何が起きたのか、かつては理解していなかったが、シウリンと結婚して、薄々わかってきた。アデライードはシウリンを愛しているが、母はギュスターブなんて愛していなかった。それでも、同じ行為はあったはずだ。――愛してもいない男に抱かれると想像するだけで、アデライードは嫌悪感に身を震わせる。

「そんな、ひどいことを――ひどいことだとわかっていて、それでも?」
「もちろん、わかってやったよ。……それも、面白半分でね?悪いことがやりたくてやりたくて、やらないと死にそうだったんだ」
 
 わからない、とただ首を振るアデライードに、シウリンは言う。

「――どんどんと薄汚れていく自分に堪えられなくなって、いっそ、何処が汚れているかわからないくらい、真っ黒になったら楽になるんじゃないかって」
「でも、楽にはならなかった――」
感想 4

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

[完結]私を巻き込まないで下さい

シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。 魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。 でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。 その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。 ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。 え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。 平凡で普通の生活がしたいの。 私を巻き込まないで下さい! 恋愛要素は、中盤以降から出てきます 9月28日 本編完結 10月4日 番外編完結 長い間、お付き合い頂きありがとうございました。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

イリス、今度はあなたの味方

さくたろう
恋愛
 20歳で死んでしまったとある彼女は、前世でどハマりした小説、「ローザリアの聖女」の登場人物に生まれ変わってしまっていた。それもなんと、偽の聖女として処刑される予定の不遇令嬢イリスとして。  今度こそ長生きしたいイリスは、ラスボス予定の血の繋がらない兄ディミトリオスと死ぬ運命の両親を守るため、偽の聖女となって処刑される未来を防ぐべく奮闘する。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

昭和生まれお局様は、異世界転生いたしましたとさ

蒼あかり
ファンタジー
局田舞子(つぼたまいこ)43歳、独身。 とある事故をきっかけに、彼女は異世界へと転生することになった。 どうしてこんなことになったのか、訳もわからぬままに彼女は異世界に一人放り込まれ、辛い日々を過ごしながら苦悩する毎日......。 など送ることもなく、なんとなく順応しながら、それなりの日々を送って行くのでありました。 そんな彼女の異世界生活と、ほんの少しのラブロマンスっぽい何かを織り交ぜながらすすむ、そんな彼女の生活を覗いてみませんか? 毎日投稿はできないと思います。気長に更新をお待ちください。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。