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10、皇帝親征
横恋慕
はっきり告げられて、ゲルフィンがぐっと詰まる。
「……なんのことです」
「しらばっくれても無駄だ。お前の目はずっと、アデライードに釘付けだった」
鋭敏な彼のことだ。気づかれているとは思っていたが、自分の態度もそんなにバレバレだったなんて。悔しくてつい、ゲルフィンは唇をかみしめる。
「臣下を揶揄うのは感心したしません」
「揶揄ってるわけじゃない。釘を刺しているんだ」
そう言ったシウリンの目は真剣で、射抜かれてゲルフィンは思わず息を飲む。
どうしていいかわからず、ただ無言でいると、シウリンが言う。
「まあ、お前とはもともと趣味が似ているからな。それに――お前自身意識していないが、お前の家系は〈王気〉が視える者も多いようだし」
ゲスト家からは過去、幾人もの太陽神殿の大神官を輩出しており、現在の大神官はゲルフィンの叔父だ。ゲルフィン自身は特に視えないと思っていたが、訓練すれば視えるのかもしれない。
「〈王気〉が視えたり、親和性の高い者は龍種に魅かれやすいのだ。お前のような性格の男が、あのグインに仕えていられるのも、おそらくそのせいだ」
シウリンは軽く身を乗り出すと、ゲルフィンの額を長い指で突っつく。
「だから、今回に限り不問に付してやる。……後は早く帝都に帰り、女房を大事にしてやれ」
ゲルフィンは茫然とシウリンの顔を見つめている。椿油でびっちり撫でつけた髪はやや乱れ、片眼鏡がほんの少しズレている。
「ゲスト家の男は、生涯、ただ一人妻を守るのだろう? お前が守るべき妻は、帝都でお前を待っているんじゃないのか?」
「いや――待っているかどうかは……」
むしろ一刻も早く離婚したがっているとは口に出せず、ゲルフィンは眉を寄せる。それに何より――。ゲルフィンは、その場に這いつくばるようにして、シウリンに懇願した。
「せめて、最後に一目でも会わせていただけませんか? 最後のお別れだけでも――」
「アホか! 誰がお前みたいな横恋慕男を近づけるか! 特別大サービスで喘ぎ声を聞かせてやったんだ。それで我慢して帰れ! 最初からお前のものじゃない」
「ああそんな……帝都に戻ったら、もう二度とお姿を垣間見ることもできない!」
「お前は女房一筋のゲスト家の男だろう! どれほど夫婦仲が冷えても、絶対に離婚しないと言い張っていたくせに!」
見れば、ゲルフィンは撫でつけた黒髪が乱れるのも構わず、苦悩に掻き毟っている。こんなゲルフィンの姿は想像すらしていなくて、シウリンは少し狼狽した。
「それは……俺だってこんなことになるなんて、どうしたらいいのかって……俺は、自分でも信じられない! 俺はあの人をーー」
とうとう、四阿の床のタイルに突っ伏してしまったゲルフィンの、乱れ落ちた前髪をシウリンは掴むと、顔を上に向けさせる。片眼鏡がズレて滑り落ち、床に当たってカタンと音を立てた。彫りの深い、頬骨の高い端正な素顔に、シウリンは何となく兄の賢親王と共通するものを見て、首を傾げる。ーーゲルフィンの母親はブライエ家の出身なので、その血が強く出ているのだが、シウリンはそんなことは知らない。ただ、この冷徹な男の頬が涙で濡れているのを見て、この男がここまで恋に狂うのかと、愕然とする。
「それ以上口にするな、ゲルフィン。無傷で帰してやることができなくなる」
「……陛下……いっそ、殺してください……」
「できるわけなかろうが、この馬鹿が。帝国の混乱はまだ収まっていない。兄上がいるから、私は西との戦争に集中できるけれど、本来なら皇帝の私が帝都を空けるわけにいかないのだ。こんな時期に、ゲスト家の長男を色恋沙汰で私が殺してみろ。さすがに十二貴嬪家が皇家に離反する。……冷静になれ。お前は帝国に無くてはならない男だ。恋に狂って身を滅ぼすことなど、許さない」
「陛下はずるい……帝位も番も、誰も得られないものを全て得た。それなのに、俺から、あの人を目にする機会すら奪う……」
「ゲルフィン、妻一筋を貫くゲスト家の男の矜持すら棄てるのか? ……今は近くにいて魅了されているだけだ。離れれば呪縛も解ける。帝都で己を取り戻せ。本当のお前はそんな男じゃないはずだ」
温暖なシルルッサでもようやく秋の風が吹いて、対峙する男二人の黒髪を揺らした。二人はかなり長い時間、ずっと四阿で向かい合っていた。
「……なんのことです」
「しらばっくれても無駄だ。お前の目はずっと、アデライードに釘付けだった」
鋭敏な彼のことだ。気づかれているとは思っていたが、自分の態度もそんなにバレバレだったなんて。悔しくてつい、ゲルフィンは唇をかみしめる。
「臣下を揶揄うのは感心したしません」
「揶揄ってるわけじゃない。釘を刺しているんだ」
そう言ったシウリンの目は真剣で、射抜かれてゲルフィンは思わず息を飲む。
どうしていいかわからず、ただ無言でいると、シウリンが言う。
「まあ、お前とはもともと趣味が似ているからな。それに――お前自身意識していないが、お前の家系は〈王気〉が視える者も多いようだし」
ゲスト家からは過去、幾人もの太陽神殿の大神官を輩出しており、現在の大神官はゲルフィンの叔父だ。ゲルフィン自身は特に視えないと思っていたが、訓練すれば視えるのかもしれない。
「〈王気〉が視えたり、親和性の高い者は龍種に魅かれやすいのだ。お前のような性格の男が、あのグインに仕えていられるのも、おそらくそのせいだ」
シウリンは軽く身を乗り出すと、ゲルフィンの額を長い指で突っつく。
「だから、今回に限り不問に付してやる。……後は早く帝都に帰り、女房を大事にしてやれ」
ゲルフィンは茫然とシウリンの顔を見つめている。椿油でびっちり撫でつけた髪はやや乱れ、片眼鏡がほんの少しズレている。
「ゲスト家の男は、生涯、ただ一人妻を守るのだろう? お前が守るべき妻は、帝都でお前を待っているんじゃないのか?」
「いや――待っているかどうかは……」
むしろ一刻も早く離婚したがっているとは口に出せず、ゲルフィンは眉を寄せる。それに何より――。ゲルフィンは、その場に這いつくばるようにして、シウリンに懇願した。
「せめて、最後に一目でも会わせていただけませんか? 最後のお別れだけでも――」
「アホか! 誰がお前みたいな横恋慕男を近づけるか! 特別大サービスで喘ぎ声を聞かせてやったんだ。それで我慢して帰れ! 最初からお前のものじゃない」
「ああそんな……帝都に戻ったら、もう二度とお姿を垣間見ることもできない!」
「お前は女房一筋のゲスト家の男だろう! どれほど夫婦仲が冷えても、絶対に離婚しないと言い張っていたくせに!」
見れば、ゲルフィンは撫でつけた黒髪が乱れるのも構わず、苦悩に掻き毟っている。こんなゲルフィンの姿は想像すらしていなくて、シウリンは少し狼狽した。
「それは……俺だってこんなことになるなんて、どうしたらいいのかって……俺は、自分でも信じられない! 俺はあの人をーー」
とうとう、四阿の床のタイルに突っ伏してしまったゲルフィンの、乱れ落ちた前髪をシウリンは掴むと、顔を上に向けさせる。片眼鏡がズレて滑り落ち、床に当たってカタンと音を立てた。彫りの深い、頬骨の高い端正な素顔に、シウリンは何となく兄の賢親王と共通するものを見て、首を傾げる。ーーゲルフィンの母親はブライエ家の出身なので、その血が強く出ているのだが、シウリンはそんなことは知らない。ただ、この冷徹な男の頬が涙で濡れているのを見て、この男がここまで恋に狂うのかと、愕然とする。
「それ以上口にするな、ゲルフィン。無傷で帰してやることができなくなる」
「……陛下……いっそ、殺してください……」
「できるわけなかろうが、この馬鹿が。帝国の混乱はまだ収まっていない。兄上がいるから、私は西との戦争に集中できるけれど、本来なら皇帝の私が帝都を空けるわけにいかないのだ。こんな時期に、ゲスト家の長男を色恋沙汰で私が殺してみろ。さすがに十二貴嬪家が皇家に離反する。……冷静になれ。お前は帝国に無くてはならない男だ。恋に狂って身を滅ぼすことなど、許さない」
「陛下はずるい……帝位も番も、誰も得られないものを全て得た。それなのに、俺から、あの人を目にする機会すら奪う……」
「ゲルフィン、妻一筋を貫くゲスト家の男の矜持すら棄てるのか? ……今は近くにいて魅了されているだけだ。離れれば呪縛も解ける。帝都で己を取り戻せ。本当のお前はそんな男じゃないはずだ」
温暖なシルルッサでもようやく秋の風が吹いて、対峙する男二人の黒髪を揺らした。二人はかなり長い時間、ずっと四阿で向かい合っていた。
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