【R18】陰陽の聖婚 Ⅳ:永遠への回帰

無憂

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11、ナキア入城

女王の居間へ

 半月前に即位したばかりの皇帝周辺については、どうしても情報が不足していた。この機会とばかりにシルキオス伯爵が水を向けると、フエルも別に隠すことではないから、頷いて説明した。

「帝国には十二貴嬪家と、その分家筋の八侯爵家の二十家が貴種を構成します。まず、陛下の太傅は八侯爵家であるラング家のゲル殿、僕の父が正傅として存命だった時から、補佐役の副傅だった方です。少傅は十二貴嬪家のマフ家のゾーイさん。先ほど、元老院の前で聖騎士を纏めていた背の高い黒髪の人です。他、あの鷲鼻の失礼なお爺さんを気絶させたのが、筆頭侍従武官のゾラさんで、八侯爵家のフォーラ家の跡取り。あと武官のテムジンさんとアートさんは、傍系ですが、タパホ家とソルバン家の出身です。あともう一人、さっき陛下に踏み付けられてたのが、クラウス家のランパさん。文官はまだソリスティアから到着してないけど、十二貴嬪家のゲスト家のトルフィンさん。皇子時代から仕えているのは、基本的にはみんな貴種の出身ですね。でも、ソリスティアの副総督をしているエンロンさんは寒門出で、これはすごく異例の登用なんですけど、陛下は家柄で差別をしたりは、なさらないです」

 すらすらと立て板に水と語るフエルに、シルキオス伯爵は、脳みそを総動員して記憶に叩き込む。先程皇帝の踏み台にされた騎士も十二貴嬪家の出身とは、畏れ入る。やはり東の方が貴種が皇家と強い繋がりを持ち、その上で皇帝が圧倒的な権威権力で君臨しているのだ。――東は世俗化を声高に唱えたりしないのに、〈禁苑〉からの干渉を特に受けているようには見えない。要するに皇帝権力がそれだけ確立されているのだ。

 女王の住居の棟に至ると、黒い戎服を着た親衛騎士たちが警戒に当たっていた。フエルが合図をすると扉を開ける。さらに進むと、護衛の控えの間のようになっていて、先ほど元老院にもいた煌びやかな軍装の騎士数人がそれぞれ寛いでいた。

「よう、フエル、ご苦労さん。陛下は姫君……もとい、女王陛下のお居間だぜ?」

 蓮っ葉な声がかかり、見ると黒髪の騎士が武装を解いてお茶を飲んでいるところだった。シルキオス伯爵がつくづく見ても、アルベラ王女の護衛官だったテセウスにそっくりだ。

「その……あなたはテセウスではないのか?」
「テセウス?……ああ、アルベラ王女の恋人の? あいつなら死んだよ?」

 ずばりと言われて、シルキオス伯爵とフェルネル侯爵は顔を見合わせる。

「死んだ……噂は本当だったのだな」

 アルベラ王女が病を理由に表舞台から消えた後、イフリート公爵の命令で、テセウスの実家セレウコス家は厳しい家宅捜索を受け、当主もテセウスの兄も収監されていた。噂では、テセウスがアルベラ王女を連れて逃げ、だが途中で追手に殺されたのだと言われていた。

「シリルって小姓なら、俺たちが保護してる。アルベラ王女はあと一息ってところで、イフリート公の追っ手に捕まっちまった。ざまぁねーな」

 肩をすくめて見せる動作も、とても名門の子弟には見えないが、先ほどのフエルの話によれば、八侯爵家の跡取りだと言う。

「では、アルベラ姫は今、イフリート公爵のもとに?」
「俺たちも探してはいるけど、たぶん泉神殿じゃねーかな? 魔物が出るから、迂闊に踏み込めねえんだよ。実体のない魔物ってのは、俺たちにも狩りにくいから。爺さんたちも、西の森には行かねぇ方がいいぜ?」

 フェルネル侯爵とシルキオス伯爵はお互いに顔を見合わせる。つまり、アルベラ王女はテセウスとシリルの手引きでイフリート公爵から逃亡を図り、テセウスは死んだ。その後、アルベラとシリルは何かのきっかけで東の騎士の保護を受け、だがアルベラはイフリート公爵に奪回されてしまった、ということらしい。

 フェルネル侯爵は、南方の小領主たちが魔物の害から皇帝によって救われた、という話を思い出す。帝都の叛乱から半年近く、アデライードの夫ソリスティア総督は表舞台に立たず、一月前に現れて、突然の皇帝即位。――つまり、皇帝とその近侍は、その数か月の間、女王国の南方を廻っていた。そしてその間にアルベラ王女と交流を持ったということなのか。

 何となくだが、フェルネル侯爵は暗澹たる気分になる。
 ちょうど、魔物の発生が伝えられ、だがイフリート公爵の下、元老院が何の有効な手立ても打てず、いたずらにナキアで手をこまねいていた時期。その間、東の皇子と東の騎士達が、女王国の南方で魔物を討伐し、民衆を救済していたなんて。今ここでさらに、女王の結界を張り直そうとする皇帝以下の前で、ただ元老院の権力を守ろうと汲々とするナキアの諸侯たちを見て、皇帝や東の騎士が苛立ちを募らせるのは当然だ。

 ――元老院の制度自体が間違っているわけじゃない。だがこの国難に、自らの既得権力の維持と、西の貴族の矜持に拘るからおかしいのだ。

 フェルネル侯爵は無意識に白髪を振る。

 今は、こだわりを捨てよう。〈王気〉のある正統な女王のもと、国土から魔物の不安を取り除くのだ。その上で、被害を受けた地域への救済や、現状で明らかになった脆弱な防御体制の再編など、するべきことはたくさんある。

 フェルネル侯爵は少年騎士の導きのまま、女王の居間へと足を踏み入れた。
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