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11、ナキア入城
西の貴族の再編
「認証式はいつ、行いますか?」
なるべく早い方がいいのか、とシルキオス伯爵が尋ねれば、だがシウリンは黒い眉を顰め、壁際に控える金髪の美しいを男に目を遣る。
「メイローズ、認証の間の修理に、かかる日数はどれくらいだ」
言われた金髪の男が立ち上がる。
「はい、月神殿からの報せでは、魔法陣が完全に破壊されていて、現在、鋭意修理中であるとのみ」
「ああ、こいつは陰陽宮の枢機卿でメイローズ。以前、東の皇宮の宦官をしていて、私付きだったのだ」
二人に紹介されて、メイローズが深く頭を下げる。
「もう一つ気がかりなのが、西の森の状況だ」
シウリンが長い指を顎に当てて考えていると、隣室からお茶の支度の盆を掲げた若い男が入ってきた。背後からは菓子の並んだ皿を持った、侍女二人。そしてさらにお湯のポットを持った、枯草色の髪に白い布を巻いた少年が一人。
若い男が落ち着いた動作で茶を淹れる。高い位置からお湯を茶壺に注ぎ入れると、馥郁たる香りがあたりに広がる。ポットを持った少年の後ろから、白い毛玉がトテトテと走り込んで、ぴょんとシウリンの膝の上に飛び乗る。
「こら、ジブリール!ダメだよ!」
侍女を手伝って茶器を並べていた少年が慌てて子獅子を咎める。
「ああ、大丈夫だ、シリル。……ジブリール、熱いお茶を淹れている時に、そんな風に動くと火傷をするぞ?」
ごろごろと喉を鳴らして甘える子獅子を撫でてやりながらシウリンが窘める。アデライードもくすりと、少しだけ唇を緩める。
シルキオス伯爵は、シウリンから子獅子を引き剥がそうとする少年を見て、ああっと叫ぶ。
「お前、アルベラ姫の小姓の……」
「あ、アルベラに振られた色男!」
シリルもシルキオス伯爵の正体に気づき、思わず口走ってから慌てて口を手で押さえる。
「まさか皇帝……陛下と女王陛下に仕えているなんて! 変節ではないのか」
「それは……」
シリルが気まずそうに顔を俯けるのを、横で立って控えていたフエルが庇うように言う。
「それは違います。シリルはアルベラ姫の行方がわからないので、かの姫君に再会できるまで、我々のもとに身を寄せているだけです。……ついでに宦官の修行もしているんです。変節したわけじゃありません」
アデライードの前にはカフェインの含まれない薬草茶が運ばれ、シウリン自ら砂糖を入れて銀の匙で混ぜてやる。酸味の強い果物のジェリーをアデライードの前に並べ、どれが食べたいとあれこれ世話を焼いているのを見て、ほんとうに、さっき元老院にいた皇帝と同一人物なのかと、シルキオス伯爵もフェルネル侯爵も、思わず首を傾げてしまう。
「泉神殿と、そこに立てこもっているらしい、イフリート公爵の動向がわからない」
熱い緑茶を啜りながらシウリンが言えば、シルキオス伯爵とフェルネル侯爵がはっとする。
現在、王城にいる元老院の爺どもの中にも、イフリート公爵と繋がっている者がいるだろう。認証式の情報などが、そこから漏れる可能性が高い」
「……アリオス侯爵……ですか?」
シルキオス伯爵の問いに、シウリンは持っていた茶杯を茶托に置いて、ゆったりと微笑む。
「イフリート家との繋がりがどの程度か知らんが、どのみち、あの爺は隠居させろ。ウザすぎる。息子はアルベラ姫と婚約予定だったらしいが、噂によれば種無しだそうじゃないか。アリオス家は確か、始祖女王以来の八大諸侯の一つだが、継承させるに足る人材がいるのかどうか……」
「……そうですね。貴種の血はかなり薄くなっているかもしれません」
フェルネル侯爵は緑茶を受け皿に少しだけ移し、受け皿を口元に近づけながら言う。
「元老院の再編もそうだが、貴種の各家をそれぞれ見直す必要がありそうだ。ユリウスに聞いたところでは、辺境以外には聖騎士もいないと。あまりに貴種の血が薄まっているのなら、東の貴種と婚姻させて強い血を入れ、その上で聖騎士の養成を図らなければならない」
「しかしその政策は――」
ナキアを中心とする貴族層の反発を買う恐れがあった。
「貴種の血を強くする政策と並行して、従来通りの貴種の血筋に拘らない、実力主義の登用はさらに推し進める。――そういう二段構えで行くしかないだろう。言いたくはないが、八大諸侯家の流れをくむ貴種のヤツらに、あまりデキのいいのがいなさそうだから」
シウリンの言葉に、シルキオス伯爵が食いつく。
「では、実力や功績によっては、侯爵位に叙されるということも……」
シウリンは黒い瞳でシルキオス伯爵をじっと見る。と、横からシリルが耳元で何か囁いた。なるほど、とシウリンが頷き、くすっと笑みを漏らす。
「シルキオス家はもと侯爵だったのに、祖父がヘマをやらかしたのか……まあ、相当の功績をあげてくれれば、考えなくもない。ひとまずはイフリート派の残党を取っ捕まえること。そして――」
シウリンの黒い瞳がまっすぐ、シルキオス伯爵を射抜いた。
「アデライードに忠誠を誓うこと。元老院は女王をただの傀儡にしたいようだが、私はそんなことは許さない。女王の権威が確立されたならば、世俗の権力は元老院に移譲してもよいが、それには元老院の爺どもが、女王への認識を改めることが必須だ。――お前たち二人でそれを導けるのであれば」
フェルネル侯爵とシルキオス伯爵は、その場で深く頭を下げた。
なるべく早い方がいいのか、とシルキオス伯爵が尋ねれば、だがシウリンは黒い眉を顰め、壁際に控える金髪の美しいを男に目を遣る。
「メイローズ、認証の間の修理に、かかる日数はどれくらいだ」
言われた金髪の男が立ち上がる。
「はい、月神殿からの報せでは、魔法陣が完全に破壊されていて、現在、鋭意修理中であるとのみ」
「ああ、こいつは陰陽宮の枢機卿でメイローズ。以前、東の皇宮の宦官をしていて、私付きだったのだ」
二人に紹介されて、メイローズが深く頭を下げる。
「もう一つ気がかりなのが、西の森の状況だ」
シウリンが長い指を顎に当てて考えていると、隣室からお茶の支度の盆を掲げた若い男が入ってきた。背後からは菓子の並んだ皿を持った、侍女二人。そしてさらにお湯のポットを持った、枯草色の髪に白い布を巻いた少年が一人。
若い男が落ち着いた動作で茶を淹れる。高い位置からお湯を茶壺に注ぎ入れると、馥郁たる香りがあたりに広がる。ポットを持った少年の後ろから、白い毛玉がトテトテと走り込んで、ぴょんとシウリンの膝の上に飛び乗る。
「こら、ジブリール!ダメだよ!」
侍女を手伝って茶器を並べていた少年が慌てて子獅子を咎める。
「ああ、大丈夫だ、シリル。……ジブリール、熱いお茶を淹れている時に、そんな風に動くと火傷をするぞ?」
ごろごろと喉を鳴らして甘える子獅子を撫でてやりながらシウリンが窘める。アデライードもくすりと、少しだけ唇を緩める。
シルキオス伯爵は、シウリンから子獅子を引き剥がそうとする少年を見て、ああっと叫ぶ。
「お前、アルベラ姫の小姓の……」
「あ、アルベラに振られた色男!」
シリルもシルキオス伯爵の正体に気づき、思わず口走ってから慌てて口を手で押さえる。
「まさか皇帝……陛下と女王陛下に仕えているなんて! 変節ではないのか」
「それは……」
シリルが気まずそうに顔を俯けるのを、横で立って控えていたフエルが庇うように言う。
「それは違います。シリルはアルベラ姫の行方がわからないので、かの姫君に再会できるまで、我々のもとに身を寄せているだけです。……ついでに宦官の修行もしているんです。変節したわけじゃありません」
アデライードの前にはカフェインの含まれない薬草茶が運ばれ、シウリン自ら砂糖を入れて銀の匙で混ぜてやる。酸味の強い果物のジェリーをアデライードの前に並べ、どれが食べたいとあれこれ世話を焼いているのを見て、ほんとうに、さっき元老院にいた皇帝と同一人物なのかと、シルキオス伯爵もフェルネル侯爵も、思わず首を傾げてしまう。
「泉神殿と、そこに立てこもっているらしい、イフリート公爵の動向がわからない」
熱い緑茶を啜りながらシウリンが言えば、シルキオス伯爵とフェルネル侯爵がはっとする。
現在、王城にいる元老院の爺どもの中にも、イフリート公爵と繋がっている者がいるだろう。認証式の情報などが、そこから漏れる可能性が高い」
「……アリオス侯爵……ですか?」
シルキオス伯爵の問いに、シウリンは持っていた茶杯を茶托に置いて、ゆったりと微笑む。
「イフリート家との繋がりがどの程度か知らんが、どのみち、あの爺は隠居させろ。ウザすぎる。息子はアルベラ姫と婚約予定だったらしいが、噂によれば種無しだそうじゃないか。アリオス家は確か、始祖女王以来の八大諸侯の一つだが、継承させるに足る人材がいるのかどうか……」
「……そうですね。貴種の血はかなり薄くなっているかもしれません」
フェルネル侯爵は緑茶を受け皿に少しだけ移し、受け皿を口元に近づけながら言う。
「元老院の再編もそうだが、貴種の各家をそれぞれ見直す必要がありそうだ。ユリウスに聞いたところでは、辺境以外には聖騎士もいないと。あまりに貴種の血が薄まっているのなら、東の貴種と婚姻させて強い血を入れ、その上で聖騎士の養成を図らなければならない」
「しかしその政策は――」
ナキアを中心とする貴族層の反発を買う恐れがあった。
「貴種の血を強くする政策と並行して、従来通りの貴種の血筋に拘らない、実力主義の登用はさらに推し進める。――そういう二段構えで行くしかないだろう。言いたくはないが、八大諸侯家の流れをくむ貴種のヤツらに、あまりデキのいいのがいなさそうだから」
シウリンの言葉に、シルキオス伯爵が食いつく。
「では、実力や功績によっては、侯爵位に叙されるということも……」
シウリンは黒い瞳でシルキオス伯爵をじっと見る。と、横からシリルが耳元で何か囁いた。なるほど、とシウリンが頷き、くすっと笑みを漏らす。
「シルキオス家はもと侯爵だったのに、祖父がヘマをやらかしたのか……まあ、相当の功績をあげてくれれば、考えなくもない。ひとまずはイフリート派の残党を取っ捕まえること。そして――」
シウリンの黒い瞳がまっすぐ、シルキオス伯爵を射抜いた。
「アデライードに忠誠を誓うこと。元老院は女王をただの傀儡にしたいようだが、私はそんなことは許さない。女王の権威が確立されたならば、世俗の権力は元老院に移譲してもよいが、それには元老院の爺どもが、女王への認識を改めることが必須だ。――お前たち二人でそれを導けるのであれば」
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