【R18】陰陽の聖婚 Ⅳ:永遠への回帰

無憂

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14、薤露

イフリートの記憶

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 シメオンは片方の手をアルベラに差し出す。アルベラがその掌に手を重ねると、シメオンが言った。
 
「今日が、僕たちの最後の夜だから。イフリート家は、今日限り、この地上より消える」
「……わたしたち、死ぬの?」
「僕たちは、火蜥蜴サラマンダーの精を奉ずる魔族。陰陽に分かたれた天地のはざまでは、生きることは許されない」
「そんな……」
 
 アルベラが首を振る。

「酷いわ……」
「しょうがないんだよ。……ひっそりと辺境で生きていく分には、〈禁苑〉も目をつぶってくれていた。でも、僕たちは辺境の故郷ふるさとを捨て、ナキアに出てきた。陰陽の信仰に擬装して異端の神をまつり、あまつさえ、女王の結界を破壊して〈混沌〉の世を招来しようとした。――許されるわけがない」
「でも、お姉さまたちには何の罪もないわ?」
 
 シメオンが、窓の外に視線を外し、言った。

「魔族の血は断たれねばならない。――それが、陰陽の教えのおきてだよ」

 それから視線を戻し、ゴブレットを掲げる。

「最後に、乾杯しよう。――僕の、最愛の異母妹と」
「お兄様……」

 アルベラが慌ててゴブレットを持ち、カチンとぶつける。葡萄酒を飲み込んで、尋ねる。

「お姉さまたちは、納得していらっしゃるの?――プルミンテルンの頂に昇るのを」

 シメオンは、あくまで穏やかな微笑みを崩さない。

「世界の中心は、プルミンテルンだけじゃない。女王国のはるか西南辺境の、さらにその南に、僕たちの祖先が信奉した世界の中心の大樹があるよ。崖の上に巨大な神殿があって、その下に泉がある。天にも届くほど聳え立つ世界樹の、黄金の枝を折った者が、世界の王になる。――僕たちイフリート家の者は、たぶん、そこに帰るんじゃないのかな?」

 アルベラも、その地の名は聞いたことがあった。――へパルトス。イフリート家の発祥の地。

「アルベラ、目を閉じて。――〈王気〉が視えるお前なら、きっと視えるだろう。僕たち、イフリート家の歴史が――」

 シメオンの手に握られたアルベラの手に、強い、思念が流れ込み、アルベラは思わず息を飲む。

「目を閉じて楽にして――とても、美しいところだから」

 瞼を閉じたアルベラの脳裏に、石造りの神殿の巨大な列柱の姿が浮かび、そこから走馬燈のように膨大な記憶が流れ込んでくる。

 一族の、記憶。女王とともにあった三百年の、イフリート家の歴史――。






 崖の上の神殿と、長く続くつづら折りの階段。青く澄んだ泉。夕暮れの光に、黄金に輝く枝を大きく広げた、巨樹の森。そこから少し離れた、環状列石ストーン・サークルの中央に湧き出る泉。春分と秋分の正午には、その泉の真上を太陽がよぎる、時の泉。

 地中深くもぐり、静かに大地を潤す恵みの泉。その泉を守る、火蜥蜴サラマンダーの精。陰にも陽にも分かたれぬ彼らの神を奉じて、イフリート家の一族はその地で細々と生きた。彼らの中の一人が、時の泉で女王に出会うまでは――。

 イフリート家の当主は、金銀の龍種によって駆逐された彼らの神の最後の神体を、その身の内に護らねばならない。

火蜥蜴サラマンダーの神は両性具有の神で――我々一族も、兄妹姉弟で契れば、両性具有の身体を持つ者を生むことができた。でも、その者は生殖能力がない。一族以外の者と契って、男形と女形の者を生み出し、血を継いでいかなければならない。力が強く、望気の才のある者を当主とし、彼が神を身内に守って、彼の統制の元で生きた。その彼が、女王と恋に落ちた――」

 アルベラの脳裏にもはっきりと視える。
 燃えるような赤い髪に紫紺の瞳の逞しい男と、白金色の髪に翡翠色の瞳をした、美しい女。女の周囲には輝く銀色の〈王気〉が取り巻いている。どこか冷たい、人形めいた瞳が、ただその男に向ける時だけは、ほんのりとした色を帯びる。

 イフリートという男と、カリゲニア女王。

「カリゲニアは不幸な女王だった。強い〈王気〉と美貌、勝気で、優れた知性を持っていたが、愛されなかった。夫は別の女を愛し、廷臣は、彼女よりも妹のダニエラを愛した。彼女を愛したのは、彼女が辺境で拾った騎士、イフリートだけだった」

 それが、イフリート家の始祖。
 イフリートとカリゲニアは、互いが唯一のつがいだと認識し、もはや離れることはできないと思う。

「龍種は、つがいを作る。金龍が雄で、銀龍が雌。一度つがったら、お互いもう、他の相手は目に入らない。始祖女王ディアーヌと、太陽の龍騎士がそうだったように。そして、〈聖婚〉の夫婦がそうであるように」

 シメオンの説明に、アルベラはシウリンの様子を思い出し、納得する。――彼はいつも、アデライードのことばかり考えていた。

「時々、よく似た別種族が、つがいになることもある。偽番にせつがいって言ってね。銀の龍種であるカリゲニア女王と、火蜥蜴サラマンダーの神をその身に宿したイフリートもそれだった」

 イフリートは、全てを捨て、女王とともにナキアにあることを決める。当主のイフリートが移れば、一族もそれに従うしかない。

 愛し合う二人は当然、結婚するつもりだった。だが、元老院も〈禁苑〉も、貴種でないイフリートと女王との結婚を許さない。二人は密かに愛を育み、女王は身ごもる。

 ――生まれたのは、両性具有にして〈王気〉を持つ〈完全テレイオス〉。
 だが、〈禁苑〉はその存在を否定した。銀の龍種は、女形でなければならない。これは、妖しの子だ。

 子供は取り上げた神官によって命を絶たれる。そして我が子の死を目の当たりにしたカリゲニアも――。
 
「よく似ていても同族でない二人の交わりは、大きな〈キズ〉が、とくに女王の方にできる。カリゲニアの身体は弱っていて、出産と精神的な衝撃に堪えられなかった」

 命を懸けて生んだ子供を奪われて、カリゲニアは一気に重篤な状態に陥り、死んだ。愛する女と子を失って、イフリートは怒り狂い、誓う。

 いつの日か、彼らから神を奪った〈禁苑〉に復讐を遂げ、陰と陽に凝り固まった教えを覆し、この地に泉神の信仰を取り戻す――。

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