【R18】陰陽の聖婚 Ⅳ:永遠への回帰

無憂

文字の大きさ
198 / 236
17、致命的な過ち

当時の事情

しおりを挟む
 メイローズが女王の居間に戻った時には、アリナもアンジェリカも、そしてリリアも、主夫婦の間に何か異常事態が起きたことには気づいていて、しかし寝室を覗くこともできず、やきもきしているところだった。メイローズが口々に何か言おうとする女たちを制して控えの間に行くと、すぐにシャオトーズが立って歩み寄ってきた。

 「今、入れそうか?」
「今は静かになっています。――声をかけられるなら、今では」

 宦官にとって、主人夫婦の閨の機微を読むのは大切なことだ。女たちは到底、こんな時の寝室を覗くことなどできないけれど、メイローズは宦官特有の厚かましさで、軽くノックをしてから、扉を薄く開けた。

「メイローズか。……そこで待て。今、私がそちらに行く」

 すぐに主の声がかかり、メイローズが指示の通りにその場で待っていると、裸足の足音がして絹の夜着を羽織って衣紋を掻き合わせながら、主が出てきた。帯を結ぼうとするのをメイローズが背後に回って手伝い、控えの間の一人掛けのソファに腰を下ろす。

「シャオトーズに命じて、葡萄酒を運ばせてくれ」

 メイローズは承知して、それから不意に思い出して尋ねる。

「夕食はどうされますか?」
「――そうだな、後でこちらに頼む」
「承知いたしました」

 メイローズに命じてから、シウリンは軽く口笛を吹いてエールライヒを呼ぶ。すぐに、黒い鷹は主人の元に馳せ参じて、甘えたようにピューと鳴いた。エールライヒの動きで主が起きたことを察知したのだろう、ガリガリと扉を引っ掻く音がして、メイローズが扉を開けるとジブリールが飛び込んできた。

「ああ、二匹とも、すまなかったな。……メイローズ、こいつらの餌も用意してもらえるか」

 メイローズは頷いて、それの手配に行く。入れ替わりにシャオトーズがデキャンタの葡萄酒とゴブレットを運んできて、それを置いて下がり、シウリンが葡萄酒を一人で呷っていると、メイローズが戻ってきた。
 ゴブレットを置き、エールライヒとジブリールに餌を与える。
 
「あの女、どうしている」
「ひとまず、月神殿に預かっていただくことにしました」
 
 ミカエラら主従は現在、ガルシア伯家の縁の者の家にいるらしいが、迂闊に市井に置いておくのも不安心である。

「龍種を孕んだ場合、安定期以降に胎児の魔力が強くなってからの方が、流産の危険が増えます。神殿であれば、治癒術師も近くにおりますので……」

 メイローズは説明してから、主の方をじっと見た。

「ミカエラ嬢の胎内にいる赤子にはすでに〈王気〉が視えます。つまり、龍種です。妊娠の時期から言っても、わが主がガルシア城にいた頃と合致します。……わが主におかれましては、身に覚えは……」
 
 シウリンが気まずく視線を逸らせ、足元に座るジブリールの頭を撫でながら、言った。

「忌々しいことだが……ある」
「詳しくお伺いしても」

 シウリンはがっくりと肩を落として、溜息をついた。

「へパルトスからガルシア伯領に向かった私は、砂漠の砦でフェルディナンドの彊死ゾンビを浄化したんだ。そして、彼らの遺品をガルシア城に届けた。……十二歳のころの私ときたら、本当に純真でいい子だったからな」
  
 シウリンはジブリールの顎の下を撫でてやりながら、いかにもうんざりした風に言う。

「あの家は今、ミカエラしか後継者がおらず、また辺境過ぎて婿の来てがないのだと。奴らの前で魔物を退治したら、ミカエラの婿になって城にとどまれと言われた。もちろん、断ったが――」
「向こうは諦めなかった」

 シウリンが渋い表情で頷く。

「すでに妻がいると言っても、あちらは引こうとしない。私はアデライード以外の妻なんて必要ないし、一刻も早くソリスティアに帰りたかった。だからミカエラのことはすっぱり断って城を出るつもりで……だがあのシュテファンと彼の配下が、命を助けてもらったお礼の宴をすると言うから、断るのも悪いと思ってついて行ったら、強い酒に薬も入っていたらしく、私はぶっ倒れて……目が覚めたら隣に全裸のミカエラがいるという――」
「絵に描いたような美人局つつもたせですね」

 メイローズの言葉にシウリンが項垂れる。

「そうそれに……ミカエラはその夜に限って、いつもと違う、薔薇の香りの香油を髪につけていた。――アデライードと同じ香りで……私はアデライードの夢を見て、それで……」
 
 メイローズの紺碧の瞳が見開かれる。

「そういう、ことですか!」
 
 シウリンはひじ掛けに肘をついて額に手をあてて、しばらく俯いていた。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

隻眼の騎士王の歪な溺愛に亡国の王女は囚われる

玉響
恋愛
平和だったカヴァニス王国が、隣国イザイアの突然の侵攻により一夜にして滅亡した。 カヴァニスの王女アリーチェは、逃げ遅れたところを何者かに助けられるが、意識を失ってしまう。 目覚めたアリーチェの前に現れたのは、祖国を滅ぼしたイザイアの『隻眼の騎士王』ルドヴィクだった。 憎しみと侮蔑を感情のままにルドヴィクを罵倒するが、ルドヴィクは何も言わずにアリーチェに治療を施し、傷が癒えた後も城に留まらせる。 ルドヴィクに対して憎しみを募らせるアリーチェだが、時折彼の見せる悲しげな表情に別の感情が芽生え始めるのに気がついたアリーチェの心は揺れるが………。 ※内容の一部に残酷描写が含まれます。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...