【R18】陰陽の聖婚Ⅰ:聖なる婚姻

無憂

文字の大きさ
37 / 191
6、沈黙の理由

侍女候補

しおりを挟む
 聖地の総督府別邸にアデライード姫を迎える準備は急ピッチで、しかも秘密裡に進めねばならなかった。

 メイローズは婚約式の準備と〈禁苑三宮〉間での調整のために、食事もとらずに聖地にとんぼ返りした。別邸の人員を一気に増やすと、敵方にこちらの動きを気づかれる恐れがある。そのため、まずゾラが率いる恭親王の近衛十騎は、メイローズの護衛という名目で総督府の高速艇で先行させる。別邸周辺の警戒度を上げ、その後総督府の警備隊から二十騎を〈交代要員〉の名目で送り込み、そこに侍女を同行させる。残りの近衛二十騎は、当日に〈護衛〉として恭親王が率いていくことにした。

 エンロンが連れて来た侍女候補は二人、総督府の警備副隊長であるバランシュの妹で十八歳のリリアと、ソリスティアの商家フェラール家の娘で十七歳のアンジェリカである。どちらも保護者としてバランシュと、フェラール家の長男であるセルフィーノが付き添ってきた。

 バランシュは屈強な黒髪の大男で、リリアは兄と似ても似つかぬ蜂蜜色の髪に青い瞳の小柄で可憐な娘、一方のセルフィーノはオレンジに近い明るい茶色の髪に白い布を巻いた如才ない雰囲気の男で、妹は兄と同じ髪色に、ハシバミ色の瞳の表情のよく動く、背の高い娘だった。

「急な呼び出しで申し訳なかった。少し事態が急いているらしく、姫君を早急に総督別邸の方にお移しすることになった。ついては、姫君の身の回りをする侍女を抱えいれる必要が生じたのだ」

 リリアは目の前で長い脚を組み、肩に黒い鷹を止まらせて座る美青年の姿に頬を赤らめ、すでにぽーっとなってしまっている。対するアンジェリカは好奇心満々で、あちこち観察に余念がない。

「しかし総督閣下、わが妹には高貴な方にお仕えした経験がなく……」

 生真面目なバランシュが言うのを、恭親王は手で制して言った。

「姫君は修道院で質素に暮らしてきた人だから、贅沢はあまりしないと思うし、基本的なことは自分でするように躾けられているはずだ。そなたの妹たちに期待したいのは、姫君の周りに不審な者どもが近寄らないように目を光らすことと、姫君が寂しい暮らしをしないように、気を配ることだ」

 この言葉に、アンジェリカが好奇心の強そうな瞳を煌めかせて言った。

「命を狙われているって本当ですか?」
「本当だ」
「じゃあ、お仕えするあたしたちも結構危険な目に遭うかもしれませんよね。危険手当なんかは弾んでいただけるんですか?」

 アンジェリカの発言に恭親王が思わず目を見開くと、見かねた兄のセルフィーノが咎める。

「アンジー!お前はいきなりなんだ!」
「だって兄さん、労働には正当な代価を要求しないと」

 頬を膨らませて言うアンジェリカに、恭親王は耐えきれず笑い出した。

「なるほど、危険手当は当然の要求だな。……それと、姫君の衣裳や身の回りの物を新調する必要があるから、それは全てフェラール家に発注しよう。私は女物の服などさっぱりわからないから、適当に見繕ってくれ」
「へえ、ありがとうございます!」

 揉み手せんばかりのセルフィーノの態度に、商人というのは逞しいものだな、と恭親王は感心する。

「バランシュには別邸警護の〈交代要員〉として出す二十騎を指揮して聖地に渡ってもらう。あちらでゾラと協力して別邸の警備にあたってくれ。不審者は一切別邸に入れるな。太陰宮の者も駄目だ。〈禁苑〉への窓口は陰陽宮のメイローズ一人だけ、商家はフェラール家の、セルフィーノ以外は中に入れてはならない」
「は、誠心誠意努めさせていただきます」

 こちらの兄妹は堅物のようで、二人揃って堅苦しく頭を下げた。

「冬至の夜に婚礼が終われば即刻総督府に引き上げるから、期間は五か月強。ソリスティアに帰った後も勤務してもらってもいい。もし辛くて無理だと思ったら、ゾラに言うように。その場合はなるべく早く代わりを見つけて、交替させる」

 バランシュは警備隊の編成に取り掛からせ、アンジェリカとリリアをセルフィーノとともにフェラール家の店に遣り、アデライード姫の衣裳や日用品を見繕わせることにした。これらの代金は総督府の金庫からではなく、恭親王自身の、つまり親王府の金庫から出さねばならない。現金を自分で支払って買い物などほとんどしたことがない恭親王は、個人的な金の管理もすべて副傅ふくふのゲルに任せっぱなしであったが、副傅は帝都からソリスティアに向かう途上であった。

「ゲルがいないと金がどうなっているのかわからんな」
「殿下、昔っから現金に触ろうとしませんよね」
  
 当座の金を管理しているトルフィンが、帳面を捲りながら言う。お忍びで街に降りた時でも、支払いは護衛兼小間使いのトルフィンかゾラに任せきりだった。

「銅臭が着くと言って、高貴な方は現金に触れるのを嫌がりますよね」

 セルフィーノが苦笑いすると、恭親王は真面目な顔で言った。

「銅臭っていうか、誰が触ったかわからないし、ばい菌がついてそうで嫌だ」
「そんな理由!」

 呆れるセルフィーノに、恭親王がしれっと付け加えた。

「というわけで、ゲルがこちらに到着したら支払うから、ツケにしておいてくれ」
「いきなり最初のお買い物からツケですか!」
「私は逃げも隠れもしないから、取り立ても安心だ」
「そりゃそうですけどね!」

 そこでふっと表情を改めて、恭親王が言った。

「フェラール家は王都ナキアの方とも取引があるのだろう?」
「そりゃあありますよ。あっちには叔父が店を構えているんです」
「ナキアや西の情報を集めてくれたら、その情報の分もまとめて金を払おう……ゲルが来てからになるが」

 セルフィーノが白い布を巻いた明るい茶色の髪をちょっと振って、ハシバミ色の瞳をキラリと光らせた。

「なるほど。それはいい商売になりそうですね」
「ついでに、西の方から食糧を買い込むことになると思うから、日持ちのするものを少しずつ買い占めておけば、しかるべき時に適正価格で買い上げよう。そっちは総督府の金庫から払う」
「……それは……いざ出陣って時には、あちらの食糧はこちらが買い上げ済みってことですか?」
「まあな。こちらは食糧が確保でき、あちらの糧食も減らせる。備えあれば憂いなしで一石三鳥ってやつかな?」
「ついでに俺たちが儲かるわけですから、言うことありませんね」

 セルフィーノがニヤリと笑った。退出しようとするセルフィーノに、恭親王が釘を刺した。

「ああ、フェラール家のご令嬢には、末永く総督府で働いてもらうから。そのつもりで」

 ぎくり、と立ち止まったセルフィーノを、当の「フェラール家のご令嬢」が不思議そうに眺める。

「了解です。ご期待に添えるように努力いたします」

 セルフィーノは、白い布を巻いた茶色い頭を深く深く下げ、妹とリリアを連れて恭親王の書斎を後にした。
 エンロンやトルフィンがそれぞれの仕事にかかって一人になった書斎で、恭親王は執務机の前の肘掛椅子に座り、懐手してずっと小箱を握りしめていた。ざわめく心を感じ取っているのか、傍らのヤドリギに止まった鷹のエールライヒが、落ち着かない様子でバサバサと羽を動かしていた。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

【短編】淫紋を付けられたただのモブです~なぜか魔王に溺愛されて~

双真満月
恋愛
不憫なメイドと、彼女を溺愛する魔王の話(短編)。 なんちゃってファンタジー、タイトルに反してシリアスです。 ※小説家になろうでも掲載中。 ※一万文字ちょっとの短編、メイド視点と魔王視点両方あり。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...