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19、家出娘と最弱の騎士
超無口な男
この一件で、最も割を食ったのはゾーイかもしれない。
ある日、恭親王の手紙を持ってやってきたひょろ長い若者に、いきなり土下座される羽目になるのだから。
「ゾ、ゾ、ゾーイ、き、卿、……け、けけけ、剣の、し、しな、指南を、お、お、お、おおおお願いしましましま……す!」
しかも突然のことで、何言ってるのかさっぱりわからない。
「ちょ、なんだ、おぬし。落ち着いて最初から話せ。いや待て、その前に、殿下のお手紙を読んでからだ」
恭親王の手紙は簡単なものであった。この者はクラウス家の一族の者で年は十八、おぬしに剣の指南を願い出る許可と、別邸に入る許可を与える。なお、指南を願い出る許可を与えただけであるので、受ける受けないはおぬしの自由にせよ、と。
手紙を読んでゾーイは土下座する男を眺める。背は高い。肩の筋肉は盛り上がっているが、無駄に着きすぎて可動域を狭めている。何より下半身の鍛え方が足りず、体幹もできていない。
(これで十八というのは、ちょっと……)
「何で俺の指導を受けたいのだ」
「き、き、き、騎士、に、な、ななななり、なり、なりたいから……」
「立ってみろ」
立ち上がった男は、上背はゾーイよりも高いくらいなのに、ひょろひょろして全く頼りなかった。
「剣を構えてみろ」
男の構えは、何だか気が抜けていた。十三歳の恭親王の方が、よっぽどできていた。正直、見込みがありそうには見えない。
「……悪いが、おぬしに騎士の天分はなさそうだ。時間の無駄だ。もっと向く仕事を探したほうがいい。だいたい、クラウス家の者なら、文官になるのだろう?」
男は赤い髪をぶんぶんと必死に振った。
「き、き、きし、きし、騎士にな、な、なるなるなる……」
何だってこんな奴が、と思ったが、これをわざわざ別邸に送り込んでくるのだから、恭親王なりの考えがあるのだろう。だが、受けるかどうかはゾーイの自由にせよとある。これは、あっさり許してやってはいけないのだ。
ゾーイは、男に素っ気なく言った。
「見込みのない奴に教えるつもりはない。帰れ」
だが、男は首を振るばかりで、一向に納得しない。ゾーイとて他の仕事があるので、その場を離れれば、男はずっとゾーイの後ろをついてくる。仕方なく、弟子入りは認めないが別邸に滞在する許可は与える。遊ばせておくわけにもいかず、細々とした力仕事などを命じれば、男は骨惜しみせずに黙々とやり遂げた。
ゾーイに指南を頼んで土下座する以外は、恐ろしく無口な男であった。腐っても名門の子弟だけあって立居振舞や礼儀作法も心得ている。別邸は警護の騎士がやたら多く、小間使いのような者が少ないし、特に姫君の居間近くに寄せられる身分の者で、力のある者が極端に少ない。
姫君の部屋の暖炉にくべるための薪を運び入れるのもアンジェリカたちが行っていたが、ゾーイはそれをランパに命じた。背が高いので、高い所の魔力灯の幌を拭いたり、魔石を入れ替えたりにも重宝であった。早速、要領のいいアンジェリカは「ランパさん、ランパさん」と、いいように使い倒すが、気にするそぶりもない。
無口無表情で感情がないかのようなランパが、一度だけ感情を見せた時がある。ランパを姫君の居間に入れるときは姫君の留守を狙っていたが、たまたま、ランパが暖炉脇に薪を積んでいる時に、姫君が部屋に戻ってきた。見慣れない男を見かけ、ちょっとだけ首を傾げた姫君は、花が綻ぶように微笑むと、そのまま奥の部屋に入っていった。その時、まるで電撃に打たれたようにランパは数分、動かなかった。横で見ていたアンジェリカは、ランパが心臓発作で死んだと思ったそうだ。
仕事の無い時はゾーイの後を着いて回り、その一挙手一投足を目で追っていた。騎士たちの鍛錬を監督すれば、それを横で食い入るように見学し、自然に筋力トレーニングには参加するようになった。剣を持つことはゾーイが許さなかったが、騎士たちもこの奇妙な、無口な男を何となく受け入れていった。
ある日、恭親王の手紙を持ってやってきたひょろ長い若者に、いきなり土下座される羽目になるのだから。
「ゾ、ゾ、ゾーイ、き、卿、……け、けけけ、剣の、し、しな、指南を、お、お、お、おおおお願いしましましま……す!」
しかも突然のことで、何言ってるのかさっぱりわからない。
「ちょ、なんだ、おぬし。落ち着いて最初から話せ。いや待て、その前に、殿下のお手紙を読んでからだ」
恭親王の手紙は簡単なものであった。この者はクラウス家の一族の者で年は十八、おぬしに剣の指南を願い出る許可と、別邸に入る許可を与える。なお、指南を願い出る許可を与えただけであるので、受ける受けないはおぬしの自由にせよ、と。
手紙を読んでゾーイは土下座する男を眺める。背は高い。肩の筋肉は盛り上がっているが、無駄に着きすぎて可動域を狭めている。何より下半身の鍛え方が足りず、体幹もできていない。
(これで十八というのは、ちょっと……)
「何で俺の指導を受けたいのだ」
「き、き、き、騎士、に、な、ななななり、なり、なりたいから……」
「立ってみろ」
立ち上がった男は、上背はゾーイよりも高いくらいなのに、ひょろひょろして全く頼りなかった。
「剣を構えてみろ」
男の構えは、何だか気が抜けていた。十三歳の恭親王の方が、よっぽどできていた。正直、見込みがありそうには見えない。
「……悪いが、おぬしに騎士の天分はなさそうだ。時間の無駄だ。もっと向く仕事を探したほうがいい。だいたい、クラウス家の者なら、文官になるのだろう?」
男は赤い髪をぶんぶんと必死に振った。
「き、き、きし、きし、騎士にな、な、なるなるなる……」
何だってこんな奴が、と思ったが、これをわざわざ別邸に送り込んでくるのだから、恭親王なりの考えがあるのだろう。だが、受けるかどうかはゾーイの自由にせよとある。これは、あっさり許してやってはいけないのだ。
ゾーイは、男に素っ気なく言った。
「見込みのない奴に教えるつもりはない。帰れ」
だが、男は首を振るばかりで、一向に納得しない。ゾーイとて他の仕事があるので、その場を離れれば、男はずっとゾーイの後ろをついてくる。仕方なく、弟子入りは認めないが別邸に滞在する許可は与える。遊ばせておくわけにもいかず、細々とした力仕事などを命じれば、男は骨惜しみせずに黙々とやり遂げた。
ゾーイに指南を頼んで土下座する以外は、恐ろしく無口な男であった。腐っても名門の子弟だけあって立居振舞や礼儀作法も心得ている。別邸は警護の騎士がやたら多く、小間使いのような者が少ないし、特に姫君の居間近くに寄せられる身分の者で、力のある者が極端に少ない。
姫君の部屋の暖炉にくべるための薪を運び入れるのもアンジェリカたちが行っていたが、ゾーイはそれをランパに命じた。背が高いので、高い所の魔力灯の幌を拭いたり、魔石を入れ替えたりにも重宝であった。早速、要領のいいアンジェリカは「ランパさん、ランパさん」と、いいように使い倒すが、気にするそぶりもない。
無口無表情で感情がないかのようなランパが、一度だけ感情を見せた時がある。ランパを姫君の居間に入れるときは姫君の留守を狙っていたが、たまたま、ランパが暖炉脇に薪を積んでいる時に、姫君が部屋に戻ってきた。見慣れない男を見かけ、ちょっとだけ首を傾げた姫君は、花が綻ぶように微笑むと、そのまま奥の部屋に入っていった。その時、まるで電撃に打たれたようにランパは数分、動かなかった。横で見ていたアンジェリカは、ランパが心臓発作で死んだと思ったそうだ。
仕事の無い時はゾーイの後を着いて回り、その一挙手一投足を目で追っていた。騎士たちの鍛錬を監督すれば、それを横で食い入るように見学し、自然に筋力トレーニングには参加するようになった。剣を持つことはゾーイが許さなかったが、騎士たちもこの奇妙な、無口な男を何となく受け入れていった。
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