【R18】渾沌の七竅

無憂

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一竅

13、両親との対面

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 両親との対面は、皇宮に入って十日後の夜に果たされた。
 鴛鴦宮の皇后の元に渡った皇帝が、皇后とともにシウリンの部屋を訪問する、という形をとったが、あくまで内々のことである。普通、子供が親のご機嫌伺いに向かうのであり、親が子供の部屋を訪ねる、ということはないのだから。

 初めて見る皇帝と皇后――両親を、シウリンは緊張して待った。両親の愛を知らないシウリンは、とくに母親とは恋しいものとの知識はあるものの、実際何の感慨もわかなかった。

 皇帝の来臨が伝えられたその日は、朝から皇帝皇后に対する礼法をおさらいさせられ、何度もお辞儀の仕方をやり直させられた。親子というものは、こんなにも面倒臭いものなのか? 親がいないものとして育ってきたシウリンは、戸惑うしかない。

 先触れの宦官が来て、一気に緊張が高まる。シウリンは立ち上がって待った、
 宦官が二人、侍女頭一人、そして賢親王を連れただけの、最少の人数での対面だった。
 メイローズの指示にしたがって、ひざまずいて頭を垂れて待つシウリンの前を、皇帝と皇后、そして賢親王が通りすぎる。

「面を上げよ」

 そう言われて顔を上げると、上座に座る大柄の老人が目に入る。鋭い眼光に、きりっとした眉を持ち、何となく賢親王に似たところがある。その横には、まだ若く美しい女。煌びやかな格好をし、髪を高く結い上げている。親子どころか祖父と孫ほど年が離れて見えるこの二人が、皇帝と皇后――シウリンの両親――であるらしい。

「無事に意識が戻ったそうだな、喜ばしいことだ」

 シウリンは戸惑う。ユエリンとシウリンの入れ替わりを、皇帝と皇后は知っているのか? 自分はいったい、どう振る舞えばいいのか?不安になって賢親王を見ると、賢親王はシウリンに対し、大きく頷いた。

「いろいろ記憶に混乱があるらしいが、周囲のものがよく導いてやるように。……時に、何か困ることはないか」

 皇宮暮らしが慣れないシウリンに、皇帝の方もできる限りの協力をする、という意味なのだろう。
 シウリンは躊躇ためらったあげく、勇気を出して言った。

「あの……食事が……」
「気に入らぬか。……皇宮の厨師は、最高の腕を持つはずじゃが」
「いえ、あの、量が……多すぎるのと、肉が多すぎて……胃が痛くなるんです。残すとデュクトに怒られるし、勿体ないので、もっと量を減らして欲しいのですが」

 これには賢親王も変な顔をして聞いている。

「肉が嫌いなのか?」
「嫌いでは……いえ、どちらかと言うと嫌いです。あまり食べつけないので」

 ユエリンは肉が好きで、野菜が大嫌いだった。だから彼向きの献立は自然と肉主体になっていた。ところが、僧院育ちのシウリンは野菜と雑穀中心の食生活で、肉はほとんど食べない。脂身の多い肉を食べると胃が痛くなって腹を壊す。先日の豚バラ肉の紅焼肉かくにでシウリンは大概懲りていた。

「それは、メイローズらに言えばよかろう」
「はい、言ったのですが……デュクトが……」

 デュクトは、シウリンが痩せて体力がないのは肉を食べないせいだとして、献立から肉を減らすのを反対した。

「僕は、肉を食べ過ぎるとお腹を壊すし、夜中に吐いてしまったりして……ゲルは、無理に食べなくてもいいと言ってくれるのですが、デュクトは絶対に食べろと言って、飲み込むまで許してくれません。せめて、肉の量を減らすのをデュクトに認めてもらいたいのですが」

 トラブルの内容自体はたわいもないことだが、それは根深い問題の表象に過ぎないことに、皇帝は気づいた。

「……つまり……正傅がそなたの話を聞かぬ、と言いたいのだな?」

 皇帝がシウリンを見つめる。

「はい。僕は我儘で肉を食べないと言っているのではありません。食べ過ぎるとお腹を壊すので、量を減らして欲しいと言っているだけです。でも、デュクトは僕が痩せているのは肉を食べないためだと思い込んでいて……。肉を食べ過ぎるたびに体調を崩しているのに、何度言っても肉を減らしてくれません。彼は僕の話を聞こうとしないのです」

 正面から皇帝を見てはっきりと言うシウリンに、皇帝も眉を上げる。実子といえども、皇帝に対してここまであけすけに物を言える者はほとんどいない。

「デュクトは名門ソアレス家の出で、代々皇子の傅役を務めておる。あれ以上の傅役はそうおらぬぞ」
「前のことは何もので、血筋のことは、僕はわかりません。でも、ここのところ毎晩、胃がキリキリして夜中に吐いてしまうのに、無理に食べさせようとするのです。たぶん、彼にとっては、の体調よりも、の好物を食べてもらうことの方が、大事なんです」
「なるほど……デュクトよ。そなたの言い分を聞こう」

 皇帝は背後に控えていたデュクトに声をかける。

「は……。恐れながら、申し上げます。殿下は長い昏睡の間に、すっかり痩せてしまわれました。多少の無理は推しても、何とかたくさん食べていただいて、もっと栄養をつけていただくべきかと」
「ふむ。副傅はどう考える?」

 話を振られたゲルが膝をついて答える。

「は……。殿下はしばらく眠っておられて、胃が小さくなっておられ、今は重いものを口にされると身体の方が拒否してしまうのだと思います。幸いにも、お野菜や豆腐類は問題なく召し上がっておられますので、肉はしばし控えめにして、まずはお体の回復を優先されるべきだと思います。成長期の栄養は豆腐や魚、卵等で補うことは十分可能ではないかと」

 話を聞きながら皇帝は目の前の痩せた少年を眺める。
 容貌は死んだ皇子にうり二つだが、線が細く、繊細である。何よりも昏睡から醒めたばかり、と言っても納得できるくらい、痩せている。目の下は少し隈ができて、顔にはやつれがうかがえる。胃が悪いというのは本当だろう。

 突如、住み慣れた環境から引き離されれば、精神的にも強いストレスを受けるのは当然である。食が進まぬところに、食べつけぬ重い食事。これでは胃を痛めても仕方がない。

 さらに、衣類から覗く手の甲には白い包帯が巻いてある。ひどく荒れているため、薬を塗っているという。聖地の僧院で見習い僧侶をしていたため、寒さや労働のためにアカギレで荒れているのだ。帽子で隠された頭部は剃髪しているのであろう。自身が命じたこととはいえ、高貴なる血を引く我が子が僧院で労働に従事していた事実に、皇帝は改めて衝撃を受ける。最初からいない者として扱っていただけに、皇家の血を引くからといって、特別扱いを命じることはできなかった。聖地の僧侶の暮らしを舐めていたと言われればそれまでだが、身勝手なことは自覚しながらも、皇帝はひどい屈辱を感じていた。
 一方で、物怖じせずに真っ直ぐ皇帝を見つめ、自分の主張をぶつけてくる気の強さ、そして昏睡から醒めて記憶を失っている、という押し付けた設定をキチンと理解した上で、自己の立場をぼかして表現できる頭の良さに、皇帝は感心していた。僧院でも特別に師をつけて高いレベルの教育を受けさせていたとの報告もあり、皇子として――そして後の皇帝として――十分な資質を持つことに、皇帝は満足していた。

「わかった。しばらく、肉は控えめにせよ。ただし、好き嫌いはならぬ。身体が慣れてきたら肉も食べるのぞ。……デュクトよ、厳しくせよとは申したが、頭ごなしはならぬ。きちんと話を聞き、納得するまで説得せよ」
「は。申し訳ありません」

 皇帝から直々に命じられて、デュクトは膝をつき、頭を下げた。

「ユエリン。デュクトは口うるさいが、剣と魔法に優れ、教養豊かな傅役だ。尊重し、よく学ぶように」

 シウリンは無言で頭を下げる。皇帝は皇后へ視線を向けた。

「そなたからも一言かけてやれ」

 皇后はシウリンの前に進み出ると、その顔を上げさせ、頬に白い指を滑らせた。

 「ほんに……よく似て……」

 似ている、といいかけて皇后は口をつぐむ。そのこげ茶色の瞳には深い悲しみの色が浮かんでいた。

(そうか、この人は子供を失くしたのだ)

 その息子の後釜に入りこんだ自分を、よくは思わないかもしれない、とシウリンは思う。双子なのだから、自分もまたこの人の子のはずなのだが、そんな気は全くしなかった。

 皇后は手を下ろすと、すぐに興味を失くしたように、言った。

「周囲の者の言葉を良く聞いて、精進なさるように」

 皇后の言葉はこれだけだった。賢親王が何か言いたげに皇后を見たが、皇后はくるりと向きを変えると、無言で部屋を出て行く。皇帝もそれを潮に立ち上がった。
 
 シウリンは、やはり自分はみなしごなのだ、という実感を強くしただけだった。
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