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三竅
10、宴の後
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秋の宴を途中退席し、例によって、鴛鴦宮のシウリンの居室で四人、食事の卓を囲むことになった。
巡検の結団式のようなものが終わったところで、年少の皇子たち四人はそっと席を立ったのだ。
「食い物も酒も中途半端だぜ。こっから東宮に帰るのも面倒くさいし、おい、ユエリン、お前の宮で何か食わせろや!」
「……今日は母上がいらっしゃるから、大騒ぎはしないでよ?」
東宮は後宮から門を一つ出なければならず、遠いのである。逆に、シウリンの住む鴛鴦宮は、後宮の中でも最も前朝に近い。
「アイリンの結果も聞かないとなんねぇだろ?」
試合の後、成郡王が件の秀女に話しかけているのを、大の字に伸びてゲルフィンに文句を言いながら、グインはしっかり見ていたらしい。
回廊の途中の脇殿に置かれた宦官の詰所で待っていたルウを鴛鴦宮に走らせ、食事の用意を言いつける。グインも待っていた小宦官に命じて、東宮の自室まで着替えを取りに行かせた。
「まさか泊まるつもり?」
「帰るの面倒くせぇんだよ! どーせまた、親父にいろいろチクチク言われるだろうし」
「男と同衾とか勘弁だよ」
「いくら美少年でも俺も無理!」
四人で連れ立って皇宮の長い廊下を歩き、何度も道を間違えそうになる成郡王を窘めながら、鴛鴦宮の居室に帰りつく。
居室にはすでに四人分の食事の用意ができていた。気の利くメイローズは風呂まで沸かしており、早速四人で湯を浴びてさっぱりする。
「ユエリンと風呂に入ると、やっぱり男なのかってがっかりしちゃうよね」
肅郡王が苦笑しながら言うのに、シウリンは複雑そうに答える。
「女だからって君の叔母なんだからどうにもならないよ」
「そりゃあ、そうなんだけどさ」
そんなことを言いながら、小宦官が持ってきたそれぞれの着替えに衣服を改めて、用意された席に着く。
「で、とりあえず! アイリンの返事はどうだったのか知らんが、まずはかんぱーい!」
今日は西方渡来の赤葡萄酒が用意されていた。玻璃のグラスに注いてお互いに掲げ、煽る。
「ふい―――っ! あー、面倒くさかった!」
「全くだよね。まだ成人前だってのにさ」
「緊張したさー」
「みんな、オツカレーっ!」
卓の上には水月と胡瓜の和え物、棒棒鶏、鱸の膾、酔蟹、干した豆腐とモヤシの炒め物、羊肉の香草焼、蓴菜羹が並ぶ。あっさりした料理の好きなシウリンの好みに合わせ、かつ、羊を加えることで食べ盛りの胃袋を満たそうというラインナップである。
食べ始めたころに、部屋にデュクトがやってきた。
「お食事中に申し訳ありません」
予想もしていなかったデュクトの登場に、シウリンが箸を持ったまま固まっていると、グインがにこやかに挨拶した。
「おう、いつも邪魔して悪いな。ここは東宮よりメシがうめぇんだよ!」
「そう言っていただけると恐縮です。殿下がたがいらっしゃるとうちの殿下のお食事も進むので、たすかります」
デュクトがにこやかに(あくまで本人比)返答し、頭を下げる。そして成郡王のところにやってきて、言った。
「賢親王殿下の命により、殿下の武術と馬術の指南もこちらの宮で担当することになりました。主に剣の方はマフ家のゾーイが、馬術を俺が担当することになると思います。傅役のジーノ殿には、すでに賢親王殿下よりの御下命が下りているはずです」
成郡王が目を白黒させているのに、シウリンが尋ねる。
「どういうことなの?」
「……今日の撃鞠の様子を見て、殿下方にきちんとした指南が付いていないことを、皇上は重く見て、このまま巡検に遣ることはできないと。それで、肅郡王殿下については東宮の侍従官たちで、成郡王殿下については、こちらの殿下の侍従官により指南をすることになりました」
「来年、一緒に巡検に行くっていうこと?」
「はい。普通は同い年の皇子で組にするのですが、今年は見送って、来年一緒に行う、ということです」
四人は一斉に顔を見合わせる。
「もともと、秋の撃鞠には皇子の技量を確認する、という目的があるのです。こう言ってはなんですが、お二人への教育がおざなりであったことを、ようやく、皇上も、皇太子殿下も認識なさったようで……来年に向けて、侍従官の選定にも入ります。現在、お二人は無役ですが、あるいは何らかの職への任官もあるかもしれません」
皇子は成人すると閑職でも何かの職に任命されるものなのだが、この二人については完全に無視されて、無役であった。このことについても皇帝は反省の弁を漏らしたという。
「よかったな、マルイン。俺は一生、お前の面倒を見ないと行けないのかと、ちょっとだけ覚悟してたんだけどな」
兄が何の役職ももらえなかったことについて、グインは父の皇太子に苦言を呈したのだが、皇太子には皇帝に物を言う勇気がなかったのだ。グインは、自分には過干渉な父親が、マルインには全く興味を示さないことを、心底不愉快に感じていた。グインは見かけは横暴だが、兄マルインについては兄弟の情を強く持っているのである。
必要なことだけ告げると、デュクトは帰っていった。
はーっと肩から力を抜くシウリンを見て、成郡王が不思議そうに言う。
「ユエリンはあの正傅が苦手なの?」
「うん。大嫌い……さ、食事を続けよう。お酒もう、なくなっちゃったね。メイローズ!」
シウリンがメイローズを呼んで、酒を追加する。赤葡萄酒は飽きた、というグインの言葉により、グインには北方で取れた馬鈴薯の焼酎を、他の三人にはすっきりした辛口の白葡萄酒を持ってきた。
料理は追加で、焼き立てでジュウジュウ音のする鉄板の上に乗った鍋貼、蒸籠に入った小籠包、そして塩味の炒麺が運ばれてきた。
それらを盛大に掻き込みながら、グインが成郡王に尋ねる。
「よかったじゃねぇか、アイリン。これでその、なんだっけ石竹だっけか? 側室にしても食いっぱぐれることはないだろうよ」
「それがさ……振られたんだよね」
「「「えええええっ?!」」」
巡検の結団式のようなものが終わったところで、年少の皇子たち四人はそっと席を立ったのだ。
「食い物も酒も中途半端だぜ。こっから東宮に帰るのも面倒くさいし、おい、ユエリン、お前の宮で何か食わせろや!」
「……今日は母上がいらっしゃるから、大騒ぎはしないでよ?」
東宮は後宮から門を一つ出なければならず、遠いのである。逆に、シウリンの住む鴛鴦宮は、後宮の中でも最も前朝に近い。
「アイリンの結果も聞かないとなんねぇだろ?」
試合の後、成郡王が件の秀女に話しかけているのを、大の字に伸びてゲルフィンに文句を言いながら、グインはしっかり見ていたらしい。
回廊の途中の脇殿に置かれた宦官の詰所で待っていたルウを鴛鴦宮に走らせ、食事の用意を言いつける。グインも待っていた小宦官に命じて、東宮の自室まで着替えを取りに行かせた。
「まさか泊まるつもり?」
「帰るの面倒くせぇんだよ! どーせまた、親父にいろいろチクチク言われるだろうし」
「男と同衾とか勘弁だよ」
「いくら美少年でも俺も無理!」
四人で連れ立って皇宮の長い廊下を歩き、何度も道を間違えそうになる成郡王を窘めながら、鴛鴦宮の居室に帰りつく。
居室にはすでに四人分の食事の用意ができていた。気の利くメイローズは風呂まで沸かしており、早速四人で湯を浴びてさっぱりする。
「ユエリンと風呂に入ると、やっぱり男なのかってがっかりしちゃうよね」
肅郡王が苦笑しながら言うのに、シウリンは複雑そうに答える。
「女だからって君の叔母なんだからどうにもならないよ」
「そりゃあ、そうなんだけどさ」
そんなことを言いながら、小宦官が持ってきたそれぞれの着替えに衣服を改めて、用意された席に着く。
「で、とりあえず! アイリンの返事はどうだったのか知らんが、まずはかんぱーい!」
今日は西方渡来の赤葡萄酒が用意されていた。玻璃のグラスに注いてお互いに掲げ、煽る。
「ふい―――っ! あー、面倒くさかった!」
「全くだよね。まだ成人前だってのにさ」
「緊張したさー」
「みんな、オツカレーっ!」
卓の上には水月と胡瓜の和え物、棒棒鶏、鱸の膾、酔蟹、干した豆腐とモヤシの炒め物、羊肉の香草焼、蓴菜羹が並ぶ。あっさりした料理の好きなシウリンの好みに合わせ、かつ、羊を加えることで食べ盛りの胃袋を満たそうというラインナップである。
食べ始めたころに、部屋にデュクトがやってきた。
「お食事中に申し訳ありません」
予想もしていなかったデュクトの登場に、シウリンが箸を持ったまま固まっていると、グインがにこやかに挨拶した。
「おう、いつも邪魔して悪いな。ここは東宮よりメシがうめぇんだよ!」
「そう言っていただけると恐縮です。殿下がたがいらっしゃるとうちの殿下のお食事も進むので、たすかります」
デュクトがにこやかに(あくまで本人比)返答し、頭を下げる。そして成郡王のところにやってきて、言った。
「賢親王殿下の命により、殿下の武術と馬術の指南もこちらの宮で担当することになりました。主に剣の方はマフ家のゾーイが、馬術を俺が担当することになると思います。傅役のジーノ殿には、すでに賢親王殿下よりの御下命が下りているはずです」
成郡王が目を白黒させているのに、シウリンが尋ねる。
「どういうことなの?」
「……今日の撃鞠の様子を見て、殿下方にきちんとした指南が付いていないことを、皇上は重く見て、このまま巡検に遣ることはできないと。それで、肅郡王殿下については東宮の侍従官たちで、成郡王殿下については、こちらの殿下の侍従官により指南をすることになりました」
「来年、一緒に巡検に行くっていうこと?」
「はい。普通は同い年の皇子で組にするのですが、今年は見送って、来年一緒に行う、ということです」
四人は一斉に顔を見合わせる。
「もともと、秋の撃鞠には皇子の技量を確認する、という目的があるのです。こう言ってはなんですが、お二人への教育がおざなりであったことを、ようやく、皇上も、皇太子殿下も認識なさったようで……来年に向けて、侍従官の選定にも入ります。現在、お二人は無役ですが、あるいは何らかの職への任官もあるかもしれません」
皇子は成人すると閑職でも何かの職に任命されるものなのだが、この二人については完全に無視されて、無役であった。このことについても皇帝は反省の弁を漏らしたという。
「よかったな、マルイン。俺は一生、お前の面倒を見ないと行けないのかと、ちょっとだけ覚悟してたんだけどな」
兄が何の役職ももらえなかったことについて、グインは父の皇太子に苦言を呈したのだが、皇太子には皇帝に物を言う勇気がなかったのだ。グインは、自分には過干渉な父親が、マルインには全く興味を示さないことを、心底不愉快に感じていた。グインは見かけは横暴だが、兄マルインについては兄弟の情を強く持っているのである。
必要なことだけ告げると、デュクトは帰っていった。
はーっと肩から力を抜くシウリンを見て、成郡王が不思議そうに言う。
「ユエリンはあの正傅が苦手なの?」
「うん。大嫌い……さ、食事を続けよう。お酒もう、なくなっちゃったね。メイローズ!」
シウリンがメイローズを呼んで、酒を追加する。赤葡萄酒は飽きた、というグインの言葉により、グインには北方で取れた馬鈴薯の焼酎を、他の三人にはすっきりした辛口の白葡萄酒を持ってきた。
料理は追加で、焼き立てでジュウジュウ音のする鉄板の上に乗った鍋貼、蒸籠に入った小籠包、そして塩味の炒麺が運ばれてきた。
それらを盛大に掻き込みながら、グインが成郡王に尋ねる。
「よかったじゃねぇか、アイリン。これでその、なんだっけ石竹だっけか? 側室にしても食いっぱぐれることはないだろうよ」
「それがさ……振られたんだよね」
「「「えええええっ?!」」」
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