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四竅
26、露見*
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宿舎に戻った一行は恭親王を寝室に運び入れて、薬を飲ませ、眠らせた。
「慣れない土地で疲れが溜まり、胃が弱っていたところに、イノシシの肉を食べて一気に来たのでしょう」
メイローズの見立てに、デュクトが頷く。
「最近、廉郡王殿下らが毎晩のように獣人遊びにお誘いなさるからな。疲れが溜まっておられたのだ」
「それもそうですが……」
メイローズが上目使いにデュクトを睨む。
「正傅殿にもお控えいただきたいですが。お体の方も心配ですが……他の殿下たちの侍従も出入りするのですよ。噂にでもなっては困ります」
何を言われているのか察したデュクトが唇を引き結ぶ。
「仕方がないだろう……殿下が……その……」
「殿下からは、夜に正傅役殿を部屋に入れるなとのご命令を受けているのですよ。……結局、いつも殿下は流されておしまいになりますが、殿下はもう、この間違った関係を清算なさりたいとお考えなのですよ。なのに……。もともと成人したら終わる仲ではなかったのですか」
メイローズに咎められて、デュクトは一言もない。本来、あってはならない関係だ。デュクトは主の美しい肢体の魅力に取りつかれ、今やデュクトはすっかり溺れてしまっている。先日、主にはっきりと拒まれ、デュクトは頭に血が昇って力ずくで関係を強いてしまった。理性では主のために身を引くべきだとわかっているのに、あの蠱惑的な眼を見るともう、ダメだ。周囲に知られたら、自分はともかく、主の名誉が傷つく。それだけは避けなければならないと、わかっているのに。
掌を握りしめて、デュクトが欲望に耐えている時、寝室の主が手を打った。
「誰か……水を……水を持ってきて」
メイローズが素早く水差しの水を準備し、持って行こうとするのを強引に奪い取り、デュクトが大股で寝室に入っていく。
「あ……!いけません!」
メイローズが慌てて取りすがろうとするが、その目の前で無情にも扉は閉められたのだった。
その夜。ゾーイが馬の世話や武具の手入れを終え、恭親王の住む南棟に戻ってきたところで、月の光の射しこむ中庭の木の陰に、心配そうに佇む成郡王に会った。
「どうなさったのです? 殿下、こんなお時間に。冷えてしまいますよ」
「……ゾーイ。ユエリンのお見舞いに行ったのだけれど、メイローズが入れてくれなかったんだ」
「そんなに、具合が悪いのですか」
ゾーイが心配そうに眉を顰める。
「うん……でも、デュクトは中に入っていくのを僕、見たんだよ。なんかさ、ちょと羨ましくてさ……」
「正傅殿が?」
「うん……ユエリンは何のかんのいっても、デュクトにべったりだよね。まるで……恋人同士か何かみたい」
「まさか……」
ゾーイは、胸の中に不快な靄が沸き起こるのを感じる。
「ゾーイも覗いてみてよ。ゾーイなら、入れてくれるかも、しれないし」
そう言って、成郡王は寂しそうに自室の方に去っていった。
それを見送ってから、ゾーイは、何となくある予感を感じて、メイローズの控える恭親王の居間を訪れた。
「殿下のお加減はどうだ?」
「はい……その、お休みでいらっしゃいます」
「ご様子を拝見することはできないか?」
「それは……ちょっと……」
妙に歯切れの悪いメイローズの様子に、ゾーイは不信感を抱く。
「……正傅殿が見つからないのだが、殿下のお側ではないのか?」
「え……ええ、まあ」
ゾーイが精悍な眉を顰め、日に焼けた男らしい顔に苦みばしった表情が浮かぶ。
「正傅殿が拝謁できるのであれば、俺も少しお話したいことがあるのだが……」
珍しくメイローズが狼狽し、懇願するようにゾーイを押しとどめる。
「いえ、その、誰も通すなと言われておりまして……お話しの件は明日一番にでもお伝え致しますので、今日の所は……」
しかしその時、鋭敏なゾーイの耳は、押し殺した呻き声のようなものを聞きとっていた。
「!……お苦しみではないのか?」
顔色を変えて恭親王の寝室の扉に近づくゾーイを、メイローズが慌てて止めようとして引っ張るが、宦官としては体格のよいメイローズであっても、武人として鍛えあげたゾーイを止められるものではない。
「……あっ……ううぅ……ああっ……」
扉に耳を寄せるとはっきりと聞こえてくる主の呻き声。だがこれは――。
そうっと音を立てぬように薄く扉を開け、息を殺してゾーイが中を覗き込む。窓から月明かりが差し込み、室内を照らしていた。
ゾーイが目にしたのは、部屋の隅の寝台の上で、白く華奢な恭親王が俯せに敷布に押し付けられ、獣のような体位でデュクトに犯されている光景だった。
月明かりの中、美しい顔を愉悦に歪め、白い喉を仰け反らせて喘ぐ恭親王と、その身体を背後から抱き込んで、細い首筋に唇を這わせ、激しく腰をぶつけるデュクトの姿に、ゾーイの目の前は嫉妬とも怒りともつかぬ感情で赤く染まった。腹わたが煮えたぎるほど、どす黒い怒りで充満する。その一方で、頭は恐ろしいほどすっと冷めた。ゾーイはそっと扉を閉じる。
背後で、息を殺して成り行きを見守っていたメイローズがほっと息を吐く。その端麗な紺碧の瞳を、射殺すぐらいの凶悪な眼光で睨みつけ、ゾーイは扉の前を離れ、部屋の入口近くまで下がる。
おずおずとついてきたメイローズに向かって、これ以上ないほど低い、冷たい声で尋ねる。
「どういうことなのだ……?」
メイローズは真っ青な顔をしている。皇子の正傅が主である皇子を凌辱している。それを側仕えであるメイローズが黙認しているというのは、どう考えても異常だ。
「メイローズ、何故、デュクトを止めぬ。たとえ合意の上であっても許されることではないぞ」
さすがにメイローズは事態の異常さを理解している故に、震えているのであろう。
「……申し訳ありません。傅役殿には……もうやめるよう何度も……」
「いつからなのだ」
「私が把握しているのは、昨年の末で……でも、もしかしたら、もう少し前から……」
ゾーイは強い眩暈を感じていた。嫌悪感と、吐き気と、嫉妬と、様々なものがグルグルと回る。
「お前は、知りながら黙っていたのか?」
「その……殿下は陽の精気が不足して……ひどくお苦しみの時期があって……その時に、陽の精気を補給するためだと……、正傅殿が……」
デュクトの家は代々皇子の傅役を務める家系だ。閨房の時期の皇子に対し、独自のノウハウを持っているのはわかる。
だが、いかに皇子の苦しみを緩和するためといえ、その体を犯していいわけがない。ましてや、成人の後もその関係を継続するなど、言い訳のしようがない。
「今後、このようなことは絶対にないようにせよ。……デュクトにも殿下にも、俺からもきつく話をする。それから、この件は誰にも知られぬように心せよ」
メイローズは無言で頭を下げる。
ゾーイは煮え立った胸の内と、異様に冷めた頭を抱えて、皇子の寝室を後にした。
「慣れない土地で疲れが溜まり、胃が弱っていたところに、イノシシの肉を食べて一気に来たのでしょう」
メイローズの見立てに、デュクトが頷く。
「最近、廉郡王殿下らが毎晩のように獣人遊びにお誘いなさるからな。疲れが溜まっておられたのだ」
「それもそうですが……」
メイローズが上目使いにデュクトを睨む。
「正傅殿にもお控えいただきたいですが。お体の方も心配ですが……他の殿下たちの侍従も出入りするのですよ。噂にでもなっては困ります」
何を言われているのか察したデュクトが唇を引き結ぶ。
「仕方がないだろう……殿下が……その……」
「殿下からは、夜に正傅役殿を部屋に入れるなとのご命令を受けているのですよ。……結局、いつも殿下は流されておしまいになりますが、殿下はもう、この間違った関係を清算なさりたいとお考えなのですよ。なのに……。もともと成人したら終わる仲ではなかったのですか」
メイローズに咎められて、デュクトは一言もない。本来、あってはならない関係だ。デュクトは主の美しい肢体の魅力に取りつかれ、今やデュクトはすっかり溺れてしまっている。先日、主にはっきりと拒まれ、デュクトは頭に血が昇って力ずくで関係を強いてしまった。理性では主のために身を引くべきだとわかっているのに、あの蠱惑的な眼を見るともう、ダメだ。周囲に知られたら、自分はともかく、主の名誉が傷つく。それだけは避けなければならないと、わかっているのに。
掌を握りしめて、デュクトが欲望に耐えている時、寝室の主が手を打った。
「誰か……水を……水を持ってきて」
メイローズが素早く水差しの水を準備し、持って行こうとするのを強引に奪い取り、デュクトが大股で寝室に入っていく。
「あ……!いけません!」
メイローズが慌てて取りすがろうとするが、その目の前で無情にも扉は閉められたのだった。
その夜。ゾーイが馬の世話や武具の手入れを終え、恭親王の住む南棟に戻ってきたところで、月の光の射しこむ中庭の木の陰に、心配そうに佇む成郡王に会った。
「どうなさったのです? 殿下、こんなお時間に。冷えてしまいますよ」
「……ゾーイ。ユエリンのお見舞いに行ったのだけれど、メイローズが入れてくれなかったんだ」
「そんなに、具合が悪いのですか」
ゾーイが心配そうに眉を顰める。
「うん……でも、デュクトは中に入っていくのを僕、見たんだよ。なんかさ、ちょと羨ましくてさ……」
「正傅殿が?」
「うん……ユエリンは何のかんのいっても、デュクトにべったりだよね。まるで……恋人同士か何かみたい」
「まさか……」
ゾーイは、胸の中に不快な靄が沸き起こるのを感じる。
「ゾーイも覗いてみてよ。ゾーイなら、入れてくれるかも、しれないし」
そう言って、成郡王は寂しそうに自室の方に去っていった。
それを見送ってから、ゾーイは、何となくある予感を感じて、メイローズの控える恭親王の居間を訪れた。
「殿下のお加減はどうだ?」
「はい……その、お休みでいらっしゃいます」
「ご様子を拝見することはできないか?」
「それは……ちょっと……」
妙に歯切れの悪いメイローズの様子に、ゾーイは不信感を抱く。
「……正傅殿が見つからないのだが、殿下のお側ではないのか?」
「え……ええ、まあ」
ゾーイが精悍な眉を顰め、日に焼けた男らしい顔に苦みばしった表情が浮かぶ。
「正傅殿が拝謁できるのであれば、俺も少しお話したいことがあるのだが……」
珍しくメイローズが狼狽し、懇願するようにゾーイを押しとどめる。
「いえ、その、誰も通すなと言われておりまして……お話しの件は明日一番にでもお伝え致しますので、今日の所は……」
しかしその時、鋭敏なゾーイの耳は、押し殺した呻き声のようなものを聞きとっていた。
「!……お苦しみではないのか?」
顔色を変えて恭親王の寝室の扉に近づくゾーイを、メイローズが慌てて止めようとして引っ張るが、宦官としては体格のよいメイローズであっても、武人として鍛えあげたゾーイを止められるものではない。
「……あっ……ううぅ……ああっ……」
扉に耳を寄せるとはっきりと聞こえてくる主の呻き声。だがこれは――。
そうっと音を立てぬように薄く扉を開け、息を殺してゾーイが中を覗き込む。窓から月明かりが差し込み、室内を照らしていた。
ゾーイが目にしたのは、部屋の隅の寝台の上で、白く華奢な恭親王が俯せに敷布に押し付けられ、獣のような体位でデュクトに犯されている光景だった。
月明かりの中、美しい顔を愉悦に歪め、白い喉を仰け反らせて喘ぐ恭親王と、その身体を背後から抱き込んで、細い首筋に唇を這わせ、激しく腰をぶつけるデュクトの姿に、ゾーイの目の前は嫉妬とも怒りともつかぬ感情で赤く染まった。腹わたが煮えたぎるほど、どす黒い怒りで充満する。その一方で、頭は恐ろしいほどすっと冷めた。ゾーイはそっと扉を閉じる。
背後で、息を殺して成り行きを見守っていたメイローズがほっと息を吐く。その端麗な紺碧の瞳を、射殺すぐらいの凶悪な眼光で睨みつけ、ゾーイは扉の前を離れ、部屋の入口近くまで下がる。
おずおずとついてきたメイローズに向かって、これ以上ないほど低い、冷たい声で尋ねる。
「どういうことなのだ……?」
メイローズは真っ青な顔をしている。皇子の正傅が主である皇子を凌辱している。それを側仕えであるメイローズが黙認しているというのは、どう考えても異常だ。
「メイローズ、何故、デュクトを止めぬ。たとえ合意の上であっても許されることではないぞ」
さすがにメイローズは事態の異常さを理解している故に、震えているのであろう。
「……申し訳ありません。傅役殿には……もうやめるよう何度も……」
「いつからなのだ」
「私が把握しているのは、昨年の末で……でも、もしかしたら、もう少し前から……」
ゾーイは強い眩暈を感じていた。嫌悪感と、吐き気と、嫉妬と、様々なものがグルグルと回る。
「お前は、知りながら黙っていたのか?」
「その……殿下は陽の精気が不足して……ひどくお苦しみの時期があって……その時に、陽の精気を補給するためだと……、正傅殿が……」
デュクトの家は代々皇子の傅役を務める家系だ。閨房の時期の皇子に対し、独自のノウハウを持っているのはわかる。
だが、いかに皇子の苦しみを緩和するためといえ、その体を犯していいわけがない。ましてや、成人の後もその関係を継続するなど、言い訳のしようがない。
「今後、このようなことは絶対にないようにせよ。……デュクトにも殿下にも、俺からもきつく話をする。それから、この件は誰にも知られぬように心せよ」
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