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四竅
30、陰陽の理に違う
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しばし沈黙が部屋を襲う。ゲルはゾーイの言葉の意味が理解できずに茫然と見つめていたが、突如その顔を大きく歪ませた。
「まさか……っ!」
ゲルとて同性の間で性的関係が結ばれることがあることを知識としては知っているが、自身にそういう性癖がなく、さらに守るべき高貴な主人を犯し奉るということが全く信じられない。そもそもメイローズとてついているのだ。主の望まぬ性的関係など、どうやって強要するのだ。いや、主がそれを受け入れたとすれば……だが恭親王は傅役のデュクトをあれほど嫌っていたではないか!
「俺も嘘だと思いたい。その現場を目にして、あまりに忌まわしくて、その場から逃げてしまった」
ゲルが思わずみぞおちの辺りを押さえている。想像すると、ただただ嫌悪感が込み上げる。信じがたい、否、信じたくないが、ゾーイがこの種の嘘をつく人物でないことはわかっている。
「力ずくで……? だが、メイローズが常にお側についているのだろう?そんなことがどうやって起こりうるのだ」
ゾーイが力なく言う。
「殿下が抵抗していたなら、俺だって何はさておいても飛び込んで止めた。……最初のきっかけは……どうやら、強姦だったようなのだが、少なくとも昨夜は、殿下は明らかに自ら奴に身体を委ねていた。……だから、止めることができなかったのだ」
もはやゲルの思考は停止しているようだった。何故、あれほど嫌い、憎んでいたデュクトと。そして、傅役が皇子を強姦? もはや別世界の話にしか聞こえなかった
それからゾーイは極力淡々とした口調で、ゲルに状況を説明した。まずメイローズを詰問したこと。そして二人の関係が、おそらく一年以上続いていること。メイローズの制止にも拘わらず、成人後も関係が続いていること。
「しかし……殿下の性的志向が男との情交を好むというならば、歓迎はせぬがそれは仕方がないのかもしれぬ。俺には理解できぬが、そういう男も世の中にはいるらしいからな。だが、なぜデュクト?……殿下は本当に心底デュクトを嫌っていたはずだ。その……身体の感覚が悦すぎて屈してしまわれたのか?」
ゲルが発する淡々とした疑問に、ゾーイが苦悩で顔を顰める。あまりにも歪んだ、主の憎しみの強さと、そこまで増長させてしまった自分たちの無力さに、今さら歯噛みしてもどうにもならぬ。
「殿下は……デュクトが大嫌いだから、奴と寝るのだと……」
ゲルが驚きに目を見開き、息を呑んだ。
「なあ、ゲル殿――。殿下は……自分は贋物だと。本物のユエリン皇子は死んで、連れて来られた贋物だと。その上、お前たちの大事なユエリンそっくりの顔と身体など、もっともっと汚してやると――そう言ったのだ」
ゾーイの言葉に、ゲルは目を閉じる。脳裡に浮かぶのは、三年前に初めて見た、清冽で凛とした僧侶の姿。聖地で愛され、まっすぐに育まれた聖なる〈純陽〉。
あの時、デュクトとゲルの訪問の意を知った僧院長も副院長も、教育係のジュルチも、一度捨てた子供を取り戻さんとする暴挙を詰り、彼を手放すまいと抵抗した。彼の周囲には彼自身を愛し、守り、導く温かい環境があったのに、そこから無理矢理引き離し、名を奪い、過去を奪い、純潔を奪った。それが、どれほど彼を傷つけるか薄々知りながら、皇帝の命と帝国のためという大義名分を振りかざし、見て見ぬふりをしてきたのだ。
「わかっている。だが――どうしようもない。我々は……あの方を主君として仕えるだけだ。それ以外に、何もできることはない」
ゲルの諦めたような言葉に、ゾーイは瞬間的に脳が沸騰した。
「このまま、あの方が傷ついてボロボロになるのを、見つめて過ごすつもりか? 放っておけば、坂道を転がるように奈落の底まで堕ちるだけだ! 命がけでも食い止めるのが傅役と従者の仕事だろう!」
「どうしろと言うのだ! 本当の名も、過去も、未来も、もはや返すことはできぬ! このまま、ユエリン皇子として生きていただく他はないのだ!」
ゲルは怒りに震えるゾーイの肩を両手で押さえ、その目を見て言った。
「たとえ本当の名で呼ぶことができずとも、俺が仕えているのは、我々の目の前にいるあの方ただ一人だ。けして誰かの身代わりでなく、あの方自身を愛し、守り、仕えているのだと、誠心誠意伝え、理解していただくしかない」
ゲルは溜息をついて寝室の扉をみた。
「殿下は……あまりにも自分を抑制しすぎる。若い皇子が羽目を外すのはよくあることだ。男と寝たいならば、おかしな罪の意識などもたず、好きな男と寝ればよい。周囲の目から守るのは、我々側仕えの仕事だ」
「つまりそれは……殿下が心からデュクトが好きならば、不問に付せという意味か?」
ゲルは首を振った。
「皇子を守るべき傅役が皇子と肉体関係を持つなど、あってはならない。だから、殿下がデュクトをどう思っていようが、関係は清算させるべきだ。問題は、おぬしが言うとおり、好きでもない男に敢えて身を委ねるような、病んだ思考からどうやって殿下を立ち直らせるか、だ。性に対する罪悪感、禁忌感が強すぎるのだ。殿下が本当に愛する相手と健全な関係を結べるのであれば、相手が女だろうと男だろうと、獣人だろうと正直関係はない」
それからゲルは顎に手を置いて少し思案するようにして、ゾーイに尋ねる。
「おぬし、男と寝たことはあるか?」
「あるわけないだろう!」
「そうだろうな、俺もない。……デュクトとは十五年の付き合いだが、あの人も男に興味などないと思っていたのだがな。こういうのも突然目覚めたりするものなのかな。ふーむ」
そもそもが学者の家系であるゲルは、どうしても思考が探求方面に偏ってしまう。いやいや、今そんなことどうでもいいだろう、とゾーイはイライラと反論しようとして、次に聞こえたゲルの言葉にわが耳を疑う。
「おぬし、もし殿下に是非にと請われたら、その、お相手できるか?」
「はあぁ?」
相手の顔を穴が開くほど見つめて、ゾーイはそのまま凍り付く。
「いやなに、俺は一応傅役だから駄目だと思うが、侍従武官であればまあ、いいかな、と」
「いいわけないだろうよっ!てか、男同士なんて、考えたことも……」
顔を真っ赤にして言い募ってから、先ほどの恭親王の艶っぽい様子を思い出す。
『ふふふ……そんな目で見なくても、お前のことを誘惑したりはしないよ、こう見えてもお前のことは気に入ってるんだ、玩具にする気はないよ』
誘惑されたら俺は抗えるだろうか?デュクトのように餓えた狼よろしく襲いかかってしまうのではないか?あの美しく艶めかしい肢体を思い浮かべ、ゾーイは思わずぶるっと身震いした。
デュクトは罠にかかったと言うべきなのか?
ゾーイは、ゲルに向かって唇を歪める。
「殿下は、俺のことは気に入っている故、玩具にするつもりはない、と仰せられた」
ゲルが眉をあげる。
「ほう。……なんとも歪んでいるな」
ゾーイはゲルに言う。
「俺は、別に殿下は男が好きなわけではないと思うのだが。カリンの件があって、女に恐怖感を抱いているかもしれんが……デュクトとの件は、相手が嫌いなデュクトだからこそ、という気がするのだ」
「そうかもしれんな」
しばらく無言で何か考えていたゲルは、立ち上がるとゾーイに、このままここで待機するように頼んだ。
「貴殿はどうするのだ?」
「俺は、デュクトのところに行ってくる」
そう言い残して、ゲルは部屋を出ていった。
「まさか……っ!」
ゲルとて同性の間で性的関係が結ばれることがあることを知識としては知っているが、自身にそういう性癖がなく、さらに守るべき高貴な主人を犯し奉るということが全く信じられない。そもそもメイローズとてついているのだ。主の望まぬ性的関係など、どうやって強要するのだ。いや、主がそれを受け入れたとすれば……だが恭親王は傅役のデュクトをあれほど嫌っていたではないか!
「俺も嘘だと思いたい。その現場を目にして、あまりに忌まわしくて、その場から逃げてしまった」
ゲルが思わずみぞおちの辺りを押さえている。想像すると、ただただ嫌悪感が込み上げる。信じがたい、否、信じたくないが、ゾーイがこの種の嘘をつく人物でないことはわかっている。
「力ずくで……? だが、メイローズが常にお側についているのだろう?そんなことがどうやって起こりうるのだ」
ゾーイが力なく言う。
「殿下が抵抗していたなら、俺だって何はさておいても飛び込んで止めた。……最初のきっかけは……どうやら、強姦だったようなのだが、少なくとも昨夜は、殿下は明らかに自ら奴に身体を委ねていた。……だから、止めることができなかったのだ」
もはやゲルの思考は停止しているようだった。何故、あれほど嫌い、憎んでいたデュクトと。そして、傅役が皇子を強姦? もはや別世界の話にしか聞こえなかった
それからゾーイは極力淡々とした口調で、ゲルに状況を説明した。まずメイローズを詰問したこと。そして二人の関係が、おそらく一年以上続いていること。メイローズの制止にも拘わらず、成人後も関係が続いていること。
「しかし……殿下の性的志向が男との情交を好むというならば、歓迎はせぬがそれは仕方がないのかもしれぬ。俺には理解できぬが、そういう男も世の中にはいるらしいからな。だが、なぜデュクト?……殿下は本当に心底デュクトを嫌っていたはずだ。その……身体の感覚が悦すぎて屈してしまわれたのか?」
ゲルが発する淡々とした疑問に、ゾーイが苦悩で顔を顰める。あまりにも歪んだ、主の憎しみの強さと、そこまで増長させてしまった自分たちの無力さに、今さら歯噛みしてもどうにもならぬ。
「殿下は……デュクトが大嫌いだから、奴と寝るのだと……」
ゲルが驚きに目を見開き、息を呑んだ。
「なあ、ゲル殿――。殿下は……自分は贋物だと。本物のユエリン皇子は死んで、連れて来られた贋物だと。その上、お前たちの大事なユエリンそっくりの顔と身体など、もっともっと汚してやると――そう言ったのだ」
ゾーイの言葉に、ゲルは目を閉じる。脳裡に浮かぶのは、三年前に初めて見た、清冽で凛とした僧侶の姿。聖地で愛され、まっすぐに育まれた聖なる〈純陽〉。
あの時、デュクトとゲルの訪問の意を知った僧院長も副院長も、教育係のジュルチも、一度捨てた子供を取り戻さんとする暴挙を詰り、彼を手放すまいと抵抗した。彼の周囲には彼自身を愛し、守り、導く温かい環境があったのに、そこから無理矢理引き離し、名を奪い、過去を奪い、純潔を奪った。それが、どれほど彼を傷つけるか薄々知りながら、皇帝の命と帝国のためという大義名分を振りかざし、見て見ぬふりをしてきたのだ。
「わかっている。だが――どうしようもない。我々は……あの方を主君として仕えるだけだ。それ以外に、何もできることはない」
ゲルの諦めたような言葉に、ゾーイは瞬間的に脳が沸騰した。
「このまま、あの方が傷ついてボロボロになるのを、見つめて過ごすつもりか? 放っておけば、坂道を転がるように奈落の底まで堕ちるだけだ! 命がけでも食い止めるのが傅役と従者の仕事だろう!」
「どうしろと言うのだ! 本当の名も、過去も、未来も、もはや返すことはできぬ! このまま、ユエリン皇子として生きていただく他はないのだ!」
ゲルは怒りに震えるゾーイの肩を両手で押さえ、その目を見て言った。
「たとえ本当の名で呼ぶことができずとも、俺が仕えているのは、我々の目の前にいるあの方ただ一人だ。けして誰かの身代わりでなく、あの方自身を愛し、守り、仕えているのだと、誠心誠意伝え、理解していただくしかない」
ゲルは溜息をついて寝室の扉をみた。
「殿下は……あまりにも自分を抑制しすぎる。若い皇子が羽目を外すのはよくあることだ。男と寝たいならば、おかしな罪の意識などもたず、好きな男と寝ればよい。周囲の目から守るのは、我々側仕えの仕事だ」
「つまりそれは……殿下が心からデュクトが好きならば、不問に付せという意味か?」
ゲルは首を振った。
「皇子を守るべき傅役が皇子と肉体関係を持つなど、あってはならない。だから、殿下がデュクトをどう思っていようが、関係は清算させるべきだ。問題は、おぬしが言うとおり、好きでもない男に敢えて身を委ねるような、病んだ思考からどうやって殿下を立ち直らせるか、だ。性に対する罪悪感、禁忌感が強すぎるのだ。殿下が本当に愛する相手と健全な関係を結べるのであれば、相手が女だろうと男だろうと、獣人だろうと正直関係はない」
それからゲルは顎に手を置いて少し思案するようにして、ゾーイに尋ねる。
「おぬし、男と寝たことはあるか?」
「あるわけないだろう!」
「そうだろうな、俺もない。……デュクトとは十五年の付き合いだが、あの人も男に興味などないと思っていたのだがな。こういうのも突然目覚めたりするものなのかな。ふーむ」
そもそもが学者の家系であるゲルは、どうしても思考が探求方面に偏ってしまう。いやいや、今そんなことどうでもいいだろう、とゾーイはイライラと反論しようとして、次に聞こえたゲルの言葉にわが耳を疑う。
「おぬし、もし殿下に是非にと請われたら、その、お相手できるか?」
「はあぁ?」
相手の顔を穴が開くほど見つめて、ゾーイはそのまま凍り付く。
「いやなに、俺は一応傅役だから駄目だと思うが、侍従武官であればまあ、いいかな、と」
「いいわけないだろうよっ!てか、男同士なんて、考えたことも……」
顔を真っ赤にして言い募ってから、先ほどの恭親王の艶っぽい様子を思い出す。
『ふふふ……そんな目で見なくても、お前のことを誘惑したりはしないよ、こう見えてもお前のことは気に入ってるんだ、玩具にする気はないよ』
誘惑されたら俺は抗えるだろうか?デュクトのように餓えた狼よろしく襲いかかってしまうのではないか?あの美しく艶めかしい肢体を思い浮かべ、ゾーイは思わずぶるっと身震いした。
デュクトは罠にかかったと言うべきなのか?
ゾーイは、ゲルに向かって唇を歪める。
「殿下は、俺のことは気に入っている故、玩具にするつもりはない、と仰せられた」
ゲルが眉をあげる。
「ほう。……なんとも歪んでいるな」
ゾーイはゲルに言う。
「俺は、別に殿下は男が好きなわけではないと思うのだが。カリンの件があって、女に恐怖感を抱いているかもしれんが……デュクトとの件は、相手が嫌いなデュクトだからこそ、という気がするのだ」
「そうかもしれんな」
しばらく無言で何か考えていたゲルは、立ち上がるとゾーイに、このままここで待機するように頼んだ。
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