【R18】渾沌の七竅

無憂

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七竅

10、朱雀州

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 帝国の南の地域を大きく蛇行しながら流れる大河プーランタの南岸は、かつては厲蠻レイバンと呼ばれる異民族がいくつかの小国家を形成して暮らす領域だったが、人口増加と農業技術の発展、さらに帝国の積極的な開発促進により、三百年ほど前から帝国の民が移住して農地の開拓が進み、現在では南岸に十数個の県が置かれている。もともと蛇神を奉じる異教徒であった厲蠻も、いまや全て〈禁苑〉の教えを奉じ、ただ独自の文化は守りながら移住してきた帝国の民と混住して、天と陰陽の下に東の皇帝を戴いている。
 
 南方辺境騎士団の拠点はプーランタの南岸に巨大な城壁を築き、プーランタの両岸に睨みを利かせている。なお、南方朱雀州の州都ランヤンはプーランタの北岸、北から流れ込む支流サルーン川との合流地点、網の目のような水路クリークが走る広大な稲作地帯のただ中にある。南方の珍奇な物産と、州内各地から租税として集められた米が集積され、このまちから船でサルーン川の流れを遡って北上し、途中、昌山山地の手前のみなとで馬車に乗りかえて、帝都へと運ばれるのだ。温暖な気候に恵まれて、南方は農産物のみのりは豊かであり、「南方三州のみのりで帝国はようやく腹を満たす」と称される。それ故に、南方三州の税の収奪は過酷であった。

 プーランタ河の南岸は三年前の豪雨で堤防が決壊し、一帯は大きな被害を受けた。穀倉地帯を襲った災害を重く見た中央政府は、直ちに国庫よりかなりの金額を拠出し、家や田畑を失った民衆への救済・支援を行わせるとともに、被害を受けた地域の租税を向こう二年にわたって免除した。今年は規定の半額ながらも改めて税の課された年で、夏までは順調な気候で豊作が期待されたにも拘わらず、秋口の長雨で先年改修したばかりの堤防が再び決壊したのである。

 ――これは実は、国庫から拠出された堤防改修のための金を、この地方の官吏が不当に着服して私腹を肥やしていたからである。
 治したばかりの堤防が決壊したことで、汚職官吏たちは中央の調査が及ぶことを懼れた。――国庫金の横領は死罪にたる重罪である。それは中位貴族出身の県令はもちろん、十二貴嬪家の末流に連なる貴種の州刺史も免れることができない重法であった。

 朱雀州刺史のランダは十二貴嬪家のクラウス家の出である。当主とはかなり隔たっているので、彼の子の代にはクラウス家から抜けなければならない。末端の末端とはいえ、クラウス家の尻尾に辛うじて掴まっているランダは様々な特権を享受し、たいした才覚もないくせに辺境ではあるが州刺史まで登りつめた。南方は実入りがよく、三年勤めあげれば鉅万の富を蓄えることができると言われている。たまたま運悪く災害と不作に当たってしまったランダは、堤防改修工事の特別支出金を懐に入れ、南岸の厲蠻や貧民を無理矢理に徴発して工事に当たらせ、ろくな資材も使わせず見てくれだけの改修工事を終わらせたのである。

 当然のごとく、手抜き工事の堤防はたいした大雨でもないのにあっけなく決壊し、収穫間際の田は水に浸かって人的被害も出た。それを中央に報告すれば手抜き工事とさらに国庫金の着服を疑われる恐れがあり、だが報告しなければ中央に税の減免を訴えることができない。そうして手をこまねいているうちに、家や収穫間際の田畑を失った厲蠻の間では州県への不満が蓄積され、加えて県が辛うじて収穫できた田から容赦なく租税を取り立てたため、怒り狂った厲蠻の民は県の徴税官を袋叩きにし、官憲が出動する騒ぎになったのだ。その暴動が洪水被害を受けた地域以外にも飛び火し、プーランタ南岸の厲蠻との混住地では散発的に官民の衝突が発生している。厲蠻の暴動は今に始まったことではないので、今のところは「収束にこれ務めております」的な報告で何とかなっているのだが、争乱状態が長引けばランダの官歴はここで終了となること、間違いない。
 ランダがでっぷりと太った腹を不愉快げに撫でながら思案に暮れていると、下役が話しかけた。

「堤防のことは中央には黙っておけばわかりますまい。幸い、今年の税額は既定の半額。被害のない田から例年額を取り立てれば賄えるのではありませんかな。何、税を払えぬ家からは娘か若い息子を取り上げて、西の市場で売りに出すと脅せば、奴等は払いますよ」

 そういうのは、堤防が決壊したナンユ―の県令ゴマである。上役のランダと結託して公金横領に手を染め、かなりの私腹を肥やしている。痩せて頬がこけ、いかにもこずるそうな貧相な薄い唇、金に汚いだけでなく、残虐な性格をして、民衆を虐めるのがことのほか好きであった。

「それよりも、例の長雨を三年前と同程度の豪雨だと言い張れば、堤防が決壊しても不思議はないでしょう。それでまた中央おかみから金をせしめる方が得策でございましょう」

 もう一人の、背が低くてころころと太った目の小さい男が言う。ナンユーの隣、リンフー県の県令ソブである。決壊して溢れた濁流は県境を越えてリンフー県の二つの村を押し流したのだ。ふくよかな外見に似合わず、ケチで世知辛い男だ。この二人の県令は、災害に喘ぐ任地の復興は部下任せにして、せっせと対岸のランヤンに通い詰め、州刺史ランダに諂って利権の甘い汁を吸うことばかり考えている。

 二人の腰巾着の意見を聞きながら、刺史のランダは油ぎった顔の汗を拭く。もう秋だというのに、ランヤンの州知事の執務室はプーランタから川風が吹き込んで昼間は蒸し暑い。無駄に脂肪を蓄えたこの男は、常に滝のような汗をかいていた。

(鬱陶しいことだ。今年さえ乗り切れば、この暑くて不愉快な土地から移動できるというのに。……よりよい任地に移るためには、治績に傷をつけるわけにはいかぬわい。さて、どうしたものか……)

 そんな時に、部屋の外から伝令が声をかけた。

「州刺史閣下! 中央からの詔勅が参っております」
「何?!」

 三人は慌てて立ち上がる。まさか、もう堤防の件がばれたのかと思うが、いくら中央が早耳でもそれはないはずと思い直す。
 伝令が運んできた黒漆塗りの箱を州刺史の執務机に置く。紫色の紐がかけられ、結び目には二匹の龍が絡まる皇家の印が押された封泥がついていた。
 
 注意深く封泥を外し、箱を開ける。出て来た詔勅を一読して、ランダは眉を上げた。

「……今年の巡検についての下報じゃ。今年は恭親王殿下、廉郡王殿下、詒郡王嫡子ダヤン皇子殿下が、二百騎の聖騎士を率いて辺境騎士団の砦に入られると。十月の朔日ついたちに帝都を発たれ、七日の後に当地にご到着の予定だと」
「恭親王殿下……三年前、いや四年になりますかな、北方の異民族に囚われ、脱出して蛮族を殲滅したという……」

 ランダの言葉に、ゴマが頷く。

「……ですが、最近ではその三人の皇子で、帝都で放蕩の限りを尽くしておるようですな。三悪王とか呼ばれておりますようで」

 ソブが最近の噂を付け加える。

「お年はいくつであったかの」

 ランダが二人の下役に尋ねると、ゴマが言った。

「おそらく十八、九でございましょうな」
「つまりヤりたい盛りということか」

 ランダがニヤリと下卑た笑みを浮かべる。

「意外と我らは幸運かもしれんな。そんな女好きの贅沢皇子であれば、粉薬を嗅がせれば言いくるめるのも容易い。堤防決壊の件も、うまくごまかせるのではないか?」
「なるほど……砦に入る前にランヤンにご一泊いただいては?」
「ふむ。それもよいな。到着は十日後の予定だな。よし、女をかき集めよ。美酒と、美食もな」

 そういって三人は額を合わせ、皇子たちを誑しこむ作戦を練り始めた。
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