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2、イフリートの野望

〈混沌〉の再現

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 夜が完全に明けきっても恭親王の狂熱は冷めることはなく、唇は許しを請う言葉を綴りながら、身体はアデライードを蹂躙し続けた。完全に気を失ったアデライードをなおも弄び、幾度精を放ったか忘れるほどその肌に溺れて、彼がアデライードの寝室を出た時、太陽はゆうに中天を過ぎていた。

 アデライードの侍女二人は、寝室に突入して主の救出を試みようとしたが、メイローズに止められた。

「今日ばかりは許して差し上げてください。わが主のお心が深く傷つくような頼みごとを、我々がしたのですから」
「だからって……」

 結局被害に遭っているのは姫様じゃないの、と二人は納得できない気持ちでいっぱいだったが、無理に突入して先日のような濡れ場に遭遇すれば、やはりいたたまれないのは姫様だろうと思い、渋々引き下がる。侍従文官たちも、滅多なことでは朝の政務をサボることのない主が、姫君の寝室に籠って朝食すら摂らないのは相応の理由があるのだと、詮索もせずに膨大な書類を黙々と片付けていた。

 自身の寝室で、シャオトーズの手助けで衣服を着けていた時、カイトがひそやかな声で言った。

「――だいたいの口を割らせることに成功しました。ご報告はここで?」

 恭親王はちらりとシャオトーズを見て、言った。

「着替えが済んだら、食事をこの部屋に運ばせてくれ。メイローズに給仕させるから、そこで」
「――は」

 カイトの気配が消えると、恭親王は袖口に翡翠のついたカフスボタンを留めながら、言った。

「別にお前を信用していないわけではないが、メイローズは陰陽宮の枢機卿だからーー」

 彼の前に跪いて帯を結んでいたシャオトーズが、はっとして手を止め、主を見上げて言った。

「……そのようなことを、わが主が気にされる必要はありません。私はわが主が必要とされることだけを、知れば十分です」
「――カイトの話の内容によっては、他の者にも聞かせねばならない。その時はいずれ」

 シャオトーズは無言で主に天鵞絨ビロードの肩衣を着せ、左肩のところを黄金のピンで留めた。

 朝昼兼用の食事が来るまでの間、窓際に置いた止まり木で翼を休めるエールライヒに餌をやっていると、メイローズが食事を乗せた盆を持って部屋に入ってきた。

「アデライードの様子は?」
「……まだ、お休みでございます」
「しばらくそっとしておいてやってくれ。――かなり無理を強いたから」

 意識を失ったままのアデライードを、恭親王は一人で抱え上げて入浴させた。その間に寝台は清潔に整えられ、新しい夜着も準備されていた。引き裂いてしまった夜着はシャオトーズあたりが回収し、アンジェリカたちの目に触れぬよう、処分しておいてくれたのだろう。

 メイローズは紫檀の卓上に糊の効いた白い布を広げると、湯気の立つ白粥、薬味の葱、胡麻や漬物の小皿、軽く炙った薄切りの火腿ハム、青菜の胡桃和えなどを並べ、熱いお茶を淹れる。

 エールライヒの食事がすむと恭親王はテーブルに着く。メイローズの差し出す薔薇の花びらの浮いた盥で手を洗い、清潔なリネンで拭く。

 やや濃い目に出した紅茶に、メイローズは暖めた牛の乳と蜂蜜を加えたものを恭親王に差し出す。恭親王が甘味のあるお茶を飲んでいると、カイトがふわりと音もなく降りてきた。

「イフリート公爵の――というよりは、イフリート家の目的がようやくわかりました」
「面倒くさい。前置きはいらないから、とっとと話せ」
「〈混沌〉の再現」

 その発言に、茶杯を口元まで寄せていた恭親王の動きが止まる。食後の点心デザートの小豆餡のパイと果物を卓上に並べていたメイローズも、そのままの姿で固まって、じっとカイトを見つめた。

「――あの女が、そう言ったのか」
「そうです。龍種と貴種による支配を覆し、再び〈混沌〉の世界を取り戻す。具体的には女王の結界を破壊し、魔物を呼び込む」

 恭親王は、茶杯を受け皿に戻し、しばらくカイトを凝視する。言葉を発しない恭親王の代わりに、メイローズが口を開く。

「なぜ、そんなことを――」

 メイローズは全く理解できないとばかりに、カイトに言う。

「狂っています、そんな――世界を再び〈混沌〉の闇に落とすために、魔物を引き入れようだなんて! いったい、何を――」
「あの女が言うには――かつて、龍種と貴種がこの世界に現れ、世界を支配する前は、人も魔物も、陰も陽も、交じり合って平和に暮らしていた。龍種と貴種がこの世界を陰と陽に分かち、〈禁苑〉の教えを押し付けて世界を牛耳っている。闇や、魔は忌み嫌われ、結界の外に押し出されている。その、世界を取り戻す、――のだそうです」

 淡々と説明するカイトの言葉を聞きながら、恭親王は、昔、囲っていた女から聞いた話を思い出し、視線を窓の外に移して呟く。

「〈混沌〉は、未分化な状態だ。――陰も陽も分かたれず、男も女も、人も物も、善も悪も、光も闇も、茫洋として分かたれない状態。太陽の龍騎士と、月の精靈ディアーヌが現れ、世界は陰と陽とに分かたれた。光が生まれ、影ができる。物事の形がはっきりとし、男女の別と、身分の差ができる――」
「まさか……そんな未開の状態に戻そうと? そんな、滅茶苦茶な! いくら何でもそんな話は……」

 メイローズが悲鳴のような声を上げた。だが、恭親王はそのメイローズを無視して、カイトに尋ねる。

「イフリート家は、魔物の末裔なのか」
「イフリート家というよりは、泉神殿がもともと魔物崇拝の神殿なのです」
「なんでそんな家が、女王国の筆頭公爵家に!」
「泉を護る、火蜥蜴サラマンダー――女王家の、偽のつがいだから、か」

 恭親王の淡々とした言葉に、カイトが頷いた。
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