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11、再生の繭

目覚め

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 薄明るい繭の中で、彼は目を覚ました。


 見たこともない場所。ほんのり薄紫がかった白いドームのような天井を見上げて、彼は数度瞬きする。

(ここは――どこ――?)

 何だかふわふわした雲の中のような場所だ。だが、彼の寝ている床は随分と硬い。頭を動かしてみるが、その白い天井とも壁ともつかぬものしか見えない。前に、僧院の庭につくった雪洞カマクラみたいだな、と彼は思う。頭を起こそうとすると、ズキリと痛みが走り、眩暈もする。怠いし、気分もよくない。起き上がるのはやめて、代わりにゆっくりと寝がえりを打つ。ばさり、と黒い髪が顔にかかり、彼は思わず眉を顰めてしまう。

(……何、これ……)

 目の前に落ちてきた髪を手で掴むと、頭皮が引っ張られて痛い。

(髪……の毛……?)

 彼は混乱する。いつの間にこんなに伸びてしまったのだろうか。

(それに……この手……僕の手、こんなに大きかったかな……?)
 
 記憶にある自分の手はもっと小さいし、手荒れがひどかった。この手は大きくて、掌には何かを握り慣れたような胼胝タコがあるけれど、アカギレもしもやけもない。爪も綺麗だ。だが、両手首には擦れたような傷があった。彼は、じっと手を見つめると、頭痛を堪えてゆっくりと起き上がった。

 身体の上には、まっ黒い、艶々すべすべの綺麗な布がかけられていた。彼が今まで見たこともない上等な布。凝った金属の装飾がある留め具がついていて、ただの毛布ではないとわかる。それをのけると、痩せた、だがしっかりと鍛えられた若い男の肉体が現れた。腹筋が縦に割れ、脚も長い。

(何だこれ……やばくね?……)

 脚の間にあるものは、彼が記憶しているのとはずいぶん変わっていて、赤黒く醜悪で、毛まで生えている。どうしても自分の身体の一部とは思えず、しげしげと見てしまう。夢かと思い、太もものあたりを少し抓ってみたが、しっかり痛い。

(何でこんな……僕は……いったい……)

 胸では指輪を通した金の鎖が揺れていて、彼はその指輪に手を触れる。

(これ……あの子の……! そうだ……この指輪を返すのを忘れてて……。それから……僕はどうしたんだろう?)

 さすがに草臥くたびれ果てていて、もう一度尼僧院まで引き返す元気はなくて、明日、院長様から角灯カンテラと一緒に返してもらおうと、そのまま僧院の門番の灯りの方に歩いて――。

 そこから先の、記憶がない。あの後、自分はどうしたのだろうか。彼は片手で指輪を握りしめて考えるが、何も思い出せなかった。

 ちょっと起き上がっていただけで、頭が耐えられないほど痛い。彼は思い出すのを諦めて、再び身を横たえる。何だろう、しばらく病気でもしていたように身体が怠く、魔力が不足して淀んでいた。

(ここはどこなんだろう……何より……すごく、眠い……)

 彼は身体にかけてあったすべすべの布を肩まで引き上げると、再び目を閉じ、もう一度眠りに引き込まれていった。





 次に意識が浮上した時、最初に感じたのは額から流れ込む魔力であった。

(何だろう……暖かくて……優しい。それにすごくいい匂い……)

 彼が薄っすらと目を開けると、目の前に金色の長い睫毛があって、彼はびくりと身体を震わせる。

(何?……誰?……)

 彼の頭を抱き込んでいたらしい人が、彼を覗き込む。

「殿下!……目が覚めたのですか? ご気分は?」
 
 優しく甘い声で聞かれて彼はぱちくりと瞬きする。目の前にあるのは、見たこともないほど、美しい顔。透き通った翠色の宝石のような瞳の周囲は、長い金色の睫毛で縁どられて、少し潤んで揺れている。間近にみる唇は艶やかでみずみずしい果実のよう。彼は、どきりと心臓が締め付けられるような気がして、思わず目をギュッとつぶり、それから、恐る恐るもう一度、目を開けた。

 目の前にはやはり、同じ美しい顔。顔の周囲を白金色の長い髪が揺れて、それが彼の顔にもかかる。薔薇の花のような甘い香りがした。

(この香り……あの子と同じ……髪の色も、瞳の色も、同じ……)

 茫然と見つめていると、その人は心配そうに微笑んで、白い手で彼の黒い髪を梳きながら言った。

「まだ、魔力の循環が十分ではないから、急に動くと頭が痛いでしょう。魔法水薬ポーションをもらってきたから、飲めそうですか?」
「ぽー……しょん……」

 ここはどこなのか、この人は誰なのか。聞きたいことがたくさんあり過ぎて、彼は口に出すことができず、口をパクパクと動かす。と、彼の頭を抱え込んでいる顔が近づいてきて、彼が戸惑うのも知らずに、彼の額に唇をつける。柔らかな感触と羞恥で顔が熱くなる。全身の血が、逆流して沸騰するのではないかと思った。額から、心地のよい魔力が流れ込む。と同時に、脳を蕩かすような甘美な〈気〉が全身を巡る。心臓の鼓動が早くなり、彼の――脚の間に血が集まってくる。

(や、やばい……これって……)

 彼が、今までの見たことのない種類の人。もしかしたら、人ですらないのかもしれない。そのくらい美しい人。堕落を誘うように甘い〈気〉と、優しい手触り。心を蕩かすかぐわしい香り。――もしかして、これが〈女の人〉、なのか。

 天と陰陽に誓った生涯の不犯ふぼん。戒を破れば〈混沌〉の闇に堕ちると言われる。
 拒絶しなければと思う心とは裏腹に、彼の身体は動かなかった。魅入られたように彼女のなすがままに身を任せ、全身を巡る〈気〉の甘さに酔い痴れる。

 彼女の唇が、彼の額から離れ、甘い声が耳元をくすぐる。

「少し、熱がありますね――もう少し、お休みなさいませ。その間にもう一度魔力を流しておきますから。……目が覚めたら、うんと楽になります。それから、食事にしましょうね」

 細く繊細な指で髪をくしけずられ、彼は彼女の言うままにトロリと目を閉じる。柔かい感触が瞼に落ちるのを感じながら、彼はもう一度眠りに落ちた。

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