【R18】陰陽の聖婚Ⅱ:銀龍のめざめ

無憂

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8、封じられた心

まどろみ

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「……殿下……寝ちゃったの……?」

 アデライードは恭親王の腕の中で身じろぎすると身を起こし、夫の黒く長い睫毛が伏せられた顔を間近で見下ろす。

(綺麗な顔……シウリンも、生きていたら、こんな風だったのかしら……)

 彼の周囲は金色の光に覆われ、時に金色の龍がちろちろと躍り、自分の銀色の龍と戯れ合っている。
 あの聖地の森で、シウリンと出会った時と、同じように――。

 森で彼女を助けたあの日から、シウリンは十年間、アデライードのただ一つの隠れ場所だった。
 
 故郷への想いはあまりに大きすぎて、繰り返し思い出すには辛すぎる。一度出会っただけの、二度と会うことのないシウリンを思い続けることで、アデライードは故郷や母を思う気持ちから、目を背けていたのだ。

 結局のところアデライードは、自分自身の心を封じ込めるために、シウリンを利用していたのだと、初めて自覚する。
 声を棄て、ただシウリンとの思い出に逃げ込んだのも、彼を守るためと言いながら、実はアデライードの心を守るためだったにすぎないのだ。それなのに、自分がシウリンを守り切ったつもりになっていた。なんて、思い上がっていたのだろうか――。
 シウリンの存在がなければ、とっくの昔に心の奥に渦巻く負の感情に呑み込まれて、魔力の暴走するままの、化け物になっていたに違いないのに――。

 アデライードは、眠る恭親王の金龍の〈王気〉に甘えるように寄り添う、自分の銀色の龍を視る。

 今日も、彼が側に居なければ、きっと大変なことになっていた。

 恭親王がアデライードの荒れ狂う魔力を受け止め、その体内で還流させて純化してくれなければ、アデライードは凄まじい魔力は全て彼女自身に還り、おそらくはその苦痛に我を忘れ、滅茶苦茶に魔力を暴走させて、霊廟を吹っ飛ばすどころでは済まなかっただろう。

 彼以外、誰もアデライードの膨大な魔力を受け止めることも、それを制御することもできないのだ。

 暴走するアデライードの魔力を身体で受け止めながら、恭親王はずっと、彼女を抱きしめてくれていた。アデライード自身にとっても、あの時の負の感情に支配された魔力は、棘のように痛く、燃えるように熱く、そして凍えるように冷たかった。それでも暴走しているアデライードは、脳が麻痺したかのようになって、その苦痛をどこか遠いことのように感じていた。しかし、この人はあの凶悪な魔力をまともに浴びたのだ。

 アデライードの中に封じ込められていた、負の感情。哀しみ、恐怖、嫌悪、そして憎しみ――。
 彼女の中にも確かにある、両親と、かつての幸福な時間を奪った者に対する、明確な憎悪。
 考えないようにしながら、ずっと考えていた。
 家に帰りたい。母に会いたい。

 アデライードとて知っていた。
 自分が、なぜ、修道院ここに閉じこめられているのか。
 母が、なぜ、望みもしない玉座に座らされているのか。
 父が、なぜ、死んだのか。

 あの子に、〈王気〉がないから――。
 あの子に、〈王気〉がありさえすれば、自分は家族と暮らせたのに――。
 あの美しい霊廟で、祖先の霊の前で命名式を行い、両親に囲まれて生きていくはずだったのに――。

 あの子の、せい。
 一度だけちらりと見た、ストロベリー・ブロンドの、従姉。
 わたしの家族はあの子のおかげで滅茶苦茶になったのに、あの子は何も知らず、ナキアで家族と暮らしている。あの子が――。

 その感情を直視すれば、心が乱され、魔力が暴れ出してしまう。
 心の奥底に閉じこめ、何も感じないふりをするしかなかった。 

 霊廟は、彼女の封じられた故郷や家族への思いの、鍵だった。
 春には真っ白い花が咲き乱れる、美しい場所。レイノークス家の者だけが入ることが許された、特別な場所。先祖の血と、家族と、美しい故郷の繋がる、大切な場所。

 十年ぶりにあの場所に立って、アデライードは心にかけた鍵が開くのを止めることができなかった。
 十年封じ込めたアデライードの負の感情は、どれだけの鋭い刃となって彼を責め苛んだだろうか。

 アデライードは眠る夫の伏せられた長い睫毛と、その翳が落ちた頬骨の高い滑らかな頬をそっと、白い指で撫でた。
 
「……ごめんなさい……ありがとう……」

 アデライードはそっと、恭親王の閉じた瞼に口づけた。彼の、〈王気〉が唇からアデライードに流れ込む。清新で、強い、熱い〈気〉。生命力の塊のような、激しい〈気〉。その〈王気〉が脆弱で儚いアデライードの〈王気〉を守る。

(……番……金と、銀の……龍種……) 

 守られる。抱きしめられる。口づけられる――愛される。
 
 シウリンと、ユエリン――。アデライードの中で、二人の境界がどんどん曖昧になっていく。自分を守る、金の龍。この〈王気〉の側にいるだけで、アデライードの心は充され、不安から開放される。

 この人のことが好きだし、側にいて欲しい。でも、これが愛なのか、アデライードにはまだわからない。わかっているのは、自分はこの人がいなければ不完全だということだけ――。

 アデライードは夫の胸に頭を預ける。とくとくと規則正しく脈打つ、夫の心臓の鼓動を聞きながら、アデライードもまた、眠りに落ちた。
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