【R18】陰陽の聖婚Ⅱ:銀龍のめざめ

無憂

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9、あなただけ

クリスティナの憂鬱

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 晩餐が終わり、各自がそれぞれの客室に引き上げる中、ヴェスタ侯爵はさっそくコンスタンティナを誘い、二人で暖炉のあるサロンで親交を温めるべく連れ立っていくのを、クリスティナは溜息をついて見送る。ベルナデットはイリスにエイロニア侯爵邸の様子などを聞いており、早くも三か月後の婚礼に期待を膨らましているらしい。

 クリスティナは一人、肩を落として自室に下がろうと廊下へ出た。
 婚約者と決められた恭親王はとっくに、愛しい妻の腰を抱いて割り当てられた部屋へと下がっている。婚約を告げられた時、アデライードはわずかに眉を曇らせたが、それは夫の愛を失う不安というよりは、絶対に愛されない夫に嫁がねばならないクリスティナに対する同情のように感じられて、クリスティナはますます暗澹たる思いにとらわれたものだ。

 クリスティナとて、龍騎士の子孫たる恭親王に憧れる気持ちがなかったわけではない。初日の夜に美麗な微笑みを向けられ、熱を出すほどのぼせ上がったのも確かだ。もともと、派手な姉たちの陰に隠れ、物語や想像の世界に遊びがちだった大人しいクリスティナにとって、龍騎士と始祖女王ディアーヌの恋物語は、永遠の理想の恋だった。

 だが、その淡い思いはここ数日、妻の側を片時も離れずに溺愛を隠さない恭親王自身によって、ある意味木端みじんに砕け散った。想像の中の龍騎士そのままの美貌の恭親王と、妖精のように儚げで美しいアデライード姫は、どっからどう見ても似合いの夫婦で、地味なくすんだ金髪に榛色の瞳、頬には薄っすらそばかすまで浮いている、平凡な容姿のクリスティナが入り込む余地など、全くなかった。クリスティナはあの二人の仲に割り込む気満々の、姉コンスタンティナの自信に、内心、驚いていたくらいだ。

(たしかに総督閣下はまさに伝説の龍騎士様みたいだけど、わたしはあの二人のお邪魔虫になるのは嫌だわ……)

 別に龍騎士の子孫でなくともいいから、もっと平凡でも、自分を愛してくれる人がいい――。

 早くに母を失い、家族の中で同母姉のイリス以外に頼る人もなく、華やかで美しい姉たちに平凡な容姿を馬鹿にされてきたクリスティナは、地味でも平凡な幸せこそ、望んでいたのだ。

 それがどうだ。
 姉のコンスタンティナが「今日こそ勝負を決めるわよ」と気合いを入れて臨んだ遠乗り――に託けた秘密の見合い会――に、クリスティナも渋々つき合わされただけだったのに、蓋を開けてみれば姉はヴェスタ侯爵ヴィルジニオに嫁ぐことになり、なんと自分が恭親王の婚約者と定められたのだ。

 父親が強引に恭親王に婚約を迫る場面、恭親王はあからさまに嫌そうにして、仕方なく同意したのが見え見えだった。たぶんクリスティナがまだ成人前で、結婚は早くて二年後というのが、彼の妥協点だったのだ。今すぐ嫁ぐわけでないのはクリスティナにも有り難かったけれど、明らかに望まれない婚約は、年若いクリスティナにとっては衝撃でしかない。

 救いと言えば、嫁ぎ先のソリスティアは姉の住むレイノークス辺境伯領のすぐ隣、遊びに来るのも半日もかからない距離だということ、恭親王が溺愛しているアデライード姫が、おっとりと物静かなタイプの姫君で、クリスティナを虐めたりしなさそうなことくらいだ。

 クリスティナが廊下をとぼとぼと歩いていると、ふと、前方にアデライード姫の護衛騎士の姿が見えた。
 彼の立っている場所から、中庭へと降りることができる。今夜はわりに暖かいから、アデライード姫と恭親王は中庭を散歩しているのかも、しれない。

 クリスティナはその場に立ち止まって、そっと赤い髪の背の高い護衛騎士の横顔を盗み見た。

 騎士は驚くほど背が高く、かつ細身であった。赤味がかった髪を短く刈り込み、やはり赤味がかった釣り気味の目をしている。少し頬がこけ、鼻筋が通り、唇は薄いが意志が強そうに常に横に引き結ばれている。やや尖った顎から、男性らしく咽喉ぼとけの飛び出た長い首が伸び、鍛えられた肩と胸へと続く。東方風の立て襟に結び釦のシャツを着て、その上に武官に揃いの、臙脂色の打ち合わせ式の筒袖の上着。黒い毛織のマントを羽織り、簡易に籠手だけを嵌め、長剣を佩刀している。

 護衛の騎士は四人いて、一人は凛々しい女騎士。後は男性で、一人は彼と同じくらい背が高く、だがもっとガッシリとした体格に、上着にもマントにも精緻な刺繍が施されて身分も上であるのがわかる。もう一人は二人に比べると背が低く、少し軟派な雰囲気で、レイノークス家の侍女にも気軽に声をかけているのをよく見かけた。クリスティナの侍女も彼に話しかけられたと言って浮かれていた。間違いなく、侍女の中での人気は彼が一番だった。だがクリスティナは、誰も声を聴いたことがないらしい、無口な赤毛の騎士が最も素敵だと思っていた。

 侍女の話に依れば、皇帝の皇后腹の皇子である恭親王の護衛ともなれば、いずれも東の帝国でも超名門の子弟――西で言えば八大諸侯家のレベル――に限られるのだという。実は恭親王よりも、彼ら護衛達の方が身分的にはクリスティナには釣り合うのだ。

(わたしも、婚約するならばあんな騎士がよかった――)

 身分違いの皇子に嫁いで、肩身の狭い思いをするくらいなら、無口で誠実な騎士の方がいい。
 クリスティナはうっとりと、その赤毛の騎士を見ていた。
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