【R18】陰陽の聖婚Ⅱ:銀龍のめざめ

無憂

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14、奪われし者

アデライードの夢

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 アデライードは白い森の中を歩いている。
 日の落ちた、暗い森、氷のような白い木々が月光は弾いて、キラキラと輝いている。
 目の前にあるのは、剃り上げた、青い頭。うなじのあたりにフードが外れてわだかまり、細い首は見えない。背負われているのか、歩みのリズムにつれて心地よく揺れる。背中が、暖かい。思わず眠りに引き込まれそうになり、力が抜けて手の中の指輪が滑り落ち、地面に転がる。

 白い道に落ちたそれが、月光に煌く。

 アデライードを背負っていた少年が足を止め、そっと身体を屈めて、それを拾う。
 
(ダメ――それに触っては――)

 だが指輪は少年を弾くことなく、彼の手の中にあった。彼はそれを胸から下げた布の物入れに入れると、またアデライードをおいしょと背負いなおし、歩き始める。はるか遠い道のりを――。

(たいへん! 指輪、落としちゃった――)
(指輪でしたら、僕が拾って持っていますよ――)
(それはシウリンにあげるわ)

 だが、彼女を背負っている人物は、いつしか背の高い、艶やかな黒髪をなびかせた若い男に変わっていた。
 
(もう少し、眠っていてもいいぞ。ずっと、側についていてやるから――)

 低く甘い声で、でも少し冷たい感じのする素っ気ない言い方で、男が言う。
 
(ん―。でも、それ、シウリンの――)

 アデライードが眠い目をこすりながら言うと、男はくっと笑ったようだ。

(そうだな、指輪は、シウリンのものだ。――でも、あなたは、私のものだ)

 気づけば、アデライードは金色の光の龍にがんじがらめに巻き付かれて、身動きも取れなくなっていた。
 頭上に広がるのは、あの日、〈玄牝げんぴん〉で見上げた光苔の星空――。

(でん――)

 言いかけた声を、塞いだ唇が飲み込む。それだけでアデライードを蕩かす、甘い口づけ――。見えないかせで縛りつけられ、征服される。

(でもあなたは、シウリンじゃ、ない――)
(そうだ――シウリンがこんな淫らなことをすると思う――?)

 お互いの唇で唇を塞ぎあっているのに、言葉が通じている。――そうか、これが夢だから。

(でもあなたは、シウリンじゃ、ないから――)
(そうだ――シウリンじゃないから、私はあなたを好きにするんだ――)

 肌と肌を合わせ、奥深い場所に彼の楔を受け入れる。
 つい数か月前まで、自身の身体にそんな場所のあることすら知らなかった。
 金と銀の龍が絡みあい、交わりあい、溶けあう。聖山の真下の秘密の場所で、ひたすら互いを貪りあったあの夜、アデライードは天と陰陽の望む通り、与えられたつがいを受け入れた。

 シウリンとの約束を、反故ほごにして――。

 あの時、彼に貫かれてはじめて、アデライードは痛みとともに結婚の意味を知ったのだ。

『天と陰陽が望んだら、あなたと結婚します。あなた以外とは、結婚しません――』

 貫かれ、揺すぶられながら、アデライードは彼の鍛えられた滑らかな肩に縋りつき、ただシウリンとの約束を反芻した。

 生涯、シウリンだけを想って生きるつもりだった。
 あの初冬の森の中の、夕暮れの薄明りのもと、常盤木の下で並んで座り、約束を交わした。
 ただあの時間だけが生涯のすべてになるはずだった。

 いつかは知らない男のもとに嫁ぎ、〈王気〉を持つ可哀想な女の子を産んで、この無力で甲斐のない銀の〈王気〉を次の世に残したら。

 あとはもう、自分はプルミンテルンの麓でシウリンにまみえるのを待つだけ――それだけのはずだった。

 彼に抱きしめられ、口づけられ、愛していると囁かれ、アデライードは思い出す。
 幼い日、両親と兄弟姉妹と、故郷の人々に囲まれ、慈しまれて育った暖かい時を。愛されて守れて生きる日々の安らぎを。

 アデライードの心の中の、最も大切な場所にいたシウリンの面影が消えていく。黒髪の美しい男に変わっていく。忘却――それはシウリンへの裏切り。生きた痕跡も、存在すら消されたシウリンを、せめてこの世で自分だけでも憶えていたいのに。ただ彼だけを愛し続けたかったのに。自分の身体を蹂躙するこの男が、彼女の心まで奪っていく。

(――だめ――なの――シウリンが――)
(心はシウリンに捧げればいい。――でも身体は私のものだ)
(違う、の――わたしは――)
(愛している――この肌も髪も唇も、全部、全部私のものだ――たとえあなたが愛しているのが、シウリンだとしても)
 
 違うの――!あなたを愛しているの!シウリンを裏切ってあなたを愛してしまったの!そんな風に身体だけを求めるのはやめて――!

 アデライードのまなじりから、熱い涙が零れ落ちる。
 いつしか、肩越しの銀色の龍が光の帯に変わって――。





 目が覚めれば、そこはいつもの寝台だった。見慣れた天蓋を見上げ、アデライードはぱしぱしと長い睫毛を瞬く。薄い紗幕を透して、光が差し込む。

(朝――殿下、は――?)

 身じろぎして寝返りを打つと、紗幕の外の人影が動いて、声がかかる。

「お目覚めになりました?姫様」

 涼やかな、リリアの声。気取らない、でもアデライードを気遣う声。はい、と言おうとするも、声が出なかった。焦ってはくはくと息を吐き出すが、やはり声を出すことができない。紗幕の内側の異変を察知したのか、リリアが一声かけて紗幕を捲る。

「開けますよ、姫様。――お加減はいかがですか?」

 心配そうにリリアの青い瞳が問いかける。

「失礼しますね、お熱は――」

 そう言いながらリリアがアデライードの額に触れる。ひんやりとして気持ちがいい。

「――だいぶ下がりましたけど、まだ少し熱いですね。起き上がれますか?少し水分を取った方がいいと思うんです。でも無理なら――」

 起き上がれる、そう伝えたかったけれど、声が出ない。アデライードはリリアの手を掴んで、念話を送ってみた。だが――。

「どうなさいました? 姫様」

 基本的に、念話は魔力のある者しか受信できない。魔力がほとんどないリリアでは、アデライードの念話は受け取ることができないのだ。
 アデライードは慌てて微笑むと、自力で起き上がろうと身を捩る。リリアはその意図を察して、肩を抱いて扶け起こした。

「何か飲まれます? 白湯でよろしいですか?」

 こくんと頷けば、リリアが手早く、枕元のテーブルのポットから陶器のゴブレットに白湯を注いで差し出した。ぬるいそれを飲み干して、アデライードが溜息をつく。
 アデライードが目を覚ましたことに気づいて、隣室にいたアリナがやってきた。

「お加減はいかがですか?」

 アリナの問いかけに、アデライードは手を伸ばしてアリナの手を掴む。女にしては大きい、剣だこのあるそれを握って、アデライードは念話を発動する。

《大丈夫――でも、声が出ないの》

 アリナがはっと黒い瞳を見開く。

「そうでしたか。他に、痛い場所とか、辛いこととか――」
《魔力が――澱んでいて、頭が少し。あと、その――いろいろ気持ち悪い》

 月の障りの最もひどい数日間を寝込んでいたわけだから、アデライードの下半身はけっこうひどい状態になっているはずだ。正直、見るのが怖い。

「立てるようでしたら、お風呂のご準備をいたしましょう。眠っておられる間も、敷布などは交換させていただきましたから、そこまでひどいことにはなっていませんよ」

 アリナがリリアとアンジェリカに指示を出し、控えていたスルヤも含めてアデライードを入浴させ、着替えを準備する。月の障りはまだ完全には終わっておらず、髪は濡れないように頭上に結い上げ、ただ清潔になれば湯から上がった。入浴の間に蛇女たちによって寝台回りも綺麗に整えられ、再び寝台に戻ってアデライードはほっとする。が、平民のアンジェリカもやはり魔力はなくて、スルヤが辛うじて薄っすらと感じ取れるレベル、アリナがいなければアデライードの意思を伝えられない状態であった。

《殿下のご容態は――?》
「まだ目を覚まされなくて……魔力や怪我はだいぶ癒えたということですのに」

 アリナの答えにアデライードが眉を顰める。自分の魔力の暴発が、こんな重大な結果をもたらしたことに、アデライードが心を痛める。

「ご心配はいりません。じきに目を覚まされますよ」

 そう言って、アリナはリリアが準備したヤギの乳で米を柔らかく煮たポリッジを差し出した。
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