奇獲 ―あやとり― 【沙耶の章】

綾部 響

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5.一杯の想いを抱いて

封印槍

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 猫霊をその力で吹き飛ばし、地面へと着地したユウキに詩依良が合流する。
 近づいて来る詩依良に体を向けて迎えるユウキだが、その視線は一瞬たりとも猫霊から外さなかった。
 力は明らかにユウキの方が勝っていたが、決して警戒を解かず油断する事が無い所には彼女の性格が滲み出ていた。

「如何いたしますか、詩依良さん?」

 一時も詩依良に目を向けないユウキだが、今はその姿が頼もしい。彼女は猫霊を圧倒する力を示したのだが、それでも1人で決着を付けようとしなかった。
 あくまでも沙耶の要望通り、詩依良のサポートに徹し彼女の手伝いをすると決めており、指示を仰いだのもその為だった。

 ただし、ユウキが単独プレーを行わない理由はそれだけでは無い。

 今現在に措いて、彼女の持つ力がある方向へと非常に限定されているからに他ならない。つまり今のユウキには、相手を倒し、消滅させる力しか持ち合わせていないのだ。
 この世に存在してから、そう多くの時間を過ごした訳では無いユウキは、当然分からない事の方が多い。ましてや、霊への対処法などと言う特殊な技法を習得する時間など皆無に等しかった。
 目の前で起き上がろうとしている猫霊は先程まで、そして今も、自分の本体であり同じ目的を持つ同志だった。そんな存在をどういう経緯であれ消滅させるなど、ユウキには到底出来る事では無かった。
 そしてそう言う意味でも、多用な技を持つ詩依良に判断を委ねる事は賢明だと言えた。詩依良ならば猫霊を悪いようにはしないだろうと、ユウキはそう確信を持っていたのだ。
 もし詩依良が熟考の末にやはり猫霊の消滅を選択したのならば、その時は甘んじて受け入れようとも思っていた。

「ユウキ、お前の力があれば封印出来る。俺に手を貸してくれ」

 そして詩依良の答えはユウキの考えていた通りであり、また望んだ通りの答えだった。彼女の間髪入れない迷いのない答えで、ユウキの顔に思わず笑みが零れる。

「本当に、お優しいのですね」

 その時にユウキの見せた笑顔が余りにも穏やかなものだったので、詩依良は大いに照れ激しく狼狽える事となった。

「う、うるさいな!」

 そんな詩依良の態度が可笑しくて、ユウキはクスクスと笑った。

「そんな事よりユウキ。奴の霊気を瞬間的にでも良い、奴の体から剥ぎ取る事は出来るか?」

 詩依良が猫霊に対して行った先程までの攻撃は、猫霊を覆う強力な霊気により中和され弾かれて来た。現状ではどれほど強力な攻撃を詩依良が繰り出しても、結果は同様だろう。

「はい、可能です」

 その問いに対して、ユウキは僅かに迷う事も無く返答した。今の彼女ならば、そんな事は造作もない事だったのだ。

「よし! 準備が出来たら合図する。それまでの陽動も頼む」

 その言葉を皮切りに、2人は同時に全く別方向へと跳躍した。
 すでに起き上がり更に怒りを増幅させている猫霊のターゲットは、言うまでも無くユウキだった。
 その猫霊に対してユウキは、小さく弱い霊気の弾を無数に放つ小刻みな攻撃を加えた。だが防御を厚くしたのだろう猫霊は、ユウキの加減した攻撃に全く微動だにしない。

『ユウキッ! この裏切り者っ! 恥を知りなさいっ!』

 そして再び頭上に霊気の塊を出現させ、今度は即座にユウキ目掛けて解き放った。

「キャアッ!」

 その直撃を受けたユウキは吹き飛び、数十メートル先の地面に叩きつけられたのだった。ニヤリと満足げに口角を釣り上げる猫霊は、即座に追撃を行うべくユウキとの間合いを詰める。
 ユウキは直撃を受けたダメージで、すぐに動けない様だった。しかしそれがユウキの擬態である事を、詩依良は当然分かっていた。
 彼女は詩依良の言葉を実践し、猫霊の意識を完全に自分へ向ける為の策を弄しているのだ。そしてそのお蔭で、詩依良は術に集中する事が出来る。

 彼女は、今までにない程集中を高めていた。

 既に先程から使っている紅い〝呪紋糸〟を用い、両手を大きく使って一つの形を作り上げていた。
 彼女が作り出しているのは、大きく前に突き出した左手中指を頂点に、胸元に引いた右手親指と小指を末端とした、槍の穂先を模した形だった。
 その細長い三角の間には、更に糸が縦横に交錯している。
 そしてそれを、詩依良はまるで弓を放つ様な姿勢で構えていた。

 その姿は、月の無いこの異界に舞い降りた、月の女神アルテミスの様に美しく気高い。

 彼女の形作る槍が、その形に添って時間と共に徐々に放つ光を高めてゆく。そしてその光は、これまでにない程力強く輝いていた。
 詩依良にはその力を維持する為の、高い集中力が必要だったのだ。
 だが彼女にとってこの〝呪法〟は、強力ではあるものの然程難しいと言う事は無い。ただ彼女が全力を出してこの〝呪法〟を使用すれば、糸はアッサリと焼き切れてしまうだけなのだ。
 今彼女が手にする〝呪紋糸〟であの猫霊に効果を及ぼす程の威力を持たせるには、糸が耐え得る限界ギリギリの所を見極め、可能な限り霊力を籠める必要があったのだ。
 その微細なコントロールに、想像以上の精神力が科せられていたのだった。極限まで集中力を高め、最大限まで霊力を溜め込んだ彼女の持つ〝呪紋糸〟は、今や目も眩む程の光を彼女の胸元で発していた。

「―――ユウキッ!」

 準備が全て整った詩依良は、猫霊を引き付けてくれているユウキに声を掛けた。
 猫霊の執拗な連続攻撃を両手でガードしながら防戦一方だったユウキは、その声を耳にした瞬間、眼の色を変えた。
 猫霊の前足から繰り出された大振りな攻撃を、ユウキは認識も困難な程の速度で躱し、猫霊が自身の攻撃を躱されたと気付く前に彼女の側面へと躍り出た。
 そしてユウキはそのまま、霊気を高める。
 しかしその〝少し〟は、猫霊にとって到底〝少し〟とは成り得ず、込められた霊圧も尋常では無い程強力だったのだ。
 ユウキを完全に見失っていた猫霊だったが、流石にその霊気を気付かないと言う事は無くすかさず反応しそちらを見たのだが、ユウキを視界に収めたと同時に彼女から放たれた巨大な霊気の塊をまともに喰らう事となった。
 避ける事も防ぐ事も間に合わず、瞬間的に身を強張らせて備える猫霊だったが、彼女が想像した衝撃は来なかった。
 それもその筈、ユウキが行使した攻撃は、猫霊本体にダメージを狙うものでは無かったのだ。
 ユウキの攻撃は猫霊の外殻に沿って、彼女の纏う霊気のみを根こそぎ奪っていったのだった。
 霊気の鎧を奪われた形となった猫霊だが、自身にダメージが無い事に安堵した。
 霊体が剥き出しとなっているが、そんなものはすぐにも再生可能だからだ。
 しかし詩依良にとっては、その一瞬こそ待ちに待ったチャンスだった。

「―――封印型攻性糸操術っ! ……睦月っ!」

 詩依良の叫びに呼応して、彼女が保持していた光の槍が放たれた。
 と言ってもそれは、とても視認出来る様なスピードでは無い。詩依良の元から消えたと思った瞬間、光の槍は猫霊に突き刺さっていたのだ。
 猫霊はその槍が突き刺さった事にさえ、すぐに気付けずにいた。
 そしてそれまで詩依良の手で組まれていた糸は、まるでその役目を終えたかのようにボロボロと炭化し彼女の手から消え失せていった。
 ハッとして自分の体を見た猫霊は、いつ刺されたのかすら気付かなかった自身の体に突き刺さる槍に驚愕した。
 しかし猫霊は痛みらしい痛みを感じず、当然自覚する程のダメージも無い。
 詩依良の攻撃は自分に通じなかった……と猫霊はそう考えたのか、嫌らしく口角を釣り上げた。
 だが、詩依良の攻撃はこれで終わった訳では無い。
 この攻撃は「封印型」。元々、ダメージを目的としたものではないのだ。
 光の槍を放ったままの姿勢で微動だにしなかった詩依良は、突き出している左手をグッと握りしめる。

「―――縛っ!」

 彼女の動きと声に呼応して、猫霊の体から光糸が多数飛び出した。その光糸は触手と化し猫霊の体に絡みつき、猫霊の行動を一瞬にして封じ込めた。

『グオオオオッ!』

 最大の力でその呪縛から逃れようと足掻く猫霊だが、詩依良が放ったその光糸は猫霊を逃さなかった。
 そして詩依良は、握りしめた左拳を優しく右手で覆った。

「―――封」

 この呪法はこの言葉で締め括られる。
 詩依良の言葉と同時に、巻き付いた光糸が一斉に光の粒子を放出しだした。
 出現しては消えて行く光粒の放出は次第に激しくなり、猫霊はその光に呑まれていった。
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