続・俺勇者、39歳

綾部 響

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1.勇者の力

勇敢の紋章

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「……勇敢のフォルティス紋章シアール

 そして俺は、取って置きの手段を発動させた。これは、勇者の持つ唯一の切り札と言って良い。
 勇敢の紋章を解放した俺の身体から、熱い炎のような闘気が燃え上がる。

「……なっ!?」

「こ……これはっ!?」

「なんだっ!?」

 俺と対峙した魔神将たちは、一様に驚きの声を上げている。ハッキリと確認した訳じゃないけど、高段に居る4人の魔族からも驚きの雰囲気が発せられているのが分かった。

 ―――そりゃあ、そうだろう。

 この技は発動する事によって俺の能力……力や防御力、瞬発力から動体視力から魔力まで全ての身体能力を一時的に底上げするものだからな。
 正直に言って、この技を発動させるのはこの場では避けたかった。俺の一挙手一投足を戦いもせずに見つめている奴らが、この部屋には4人もいるんだからな。
 それでもこれ以上、この戦いを長引かせるのは得策じゃないって思ったんだ。

 1つは、思った以上に3魔神将の攻撃が強力だと言う事。
 
 これを使わなくっても、いずれは3人の魔神将を倒す事が出来るかも知れない。
 それでもそれに掛かる体力、気力、魔力の消耗は無視出来ないものとなっているだろうな。

 そして2つ目は、この戦いが終わればそのまま帰れるって保証が無いって事だ。

 何せ、体調万全の奴らが4人も控えているんだ。敵は3魔神将だけじゃない。
 目の前の敵を倒す事が出来たって、それで残っている4人の魔族と戦えないんじゃあ意味がないからな。敢えて言うが、俺はこんな所で死ぬつもりなんて更々無い。

「それじゃあ……今度はこっちが行くぞ」

 俺はそれだけを呟くと、自らを竜巻と化して奴らの中へと斬り込んでいった。

「う……うおっ!」

「ぐがっ!?」

「なん……だとっ!?」

 一様に目を見開く魔神将たちなど構いもせず、俺は大きく上がった身体能力を以て奴らに攻撃を仕掛けた。

 未だ動き出せずにいた風魔神将アネモスの巨斧を弾き飛ばし。

 驚きながらも動き出そうとした空魔神将ウラノスには、俺の雷撃魔法を喰らわせてやり。
 
 大刀を振り上げようと動き出した海魔神将ゼーにはそれをさせず、俺は足で刀の背を踏みつけて奴の首元へ剣を突きつけた。

 奴らの眼には、それらの事が一瞬で起こったと見えただろう。
 気付けば自分の得物が手から弾き飛ばされ、知らず雷撃を無防備に受けてしまい、武器を封じられて目の前に剣を突きつけられているんだ。
 圧倒的な結果と言えば、正しくこれ以上は無いだろうな。

「こ……これ程とは……」

「貴様……力を隠していたのか……?」

「これが本当の……貴様の力か……」

 3魔神将が、各々俺の動きに畏怖を抱きながら口にした。その言葉は、半分真実で半分は的外れなんだがな。

 俺は何も、この力を隠し玉にしていた訳じゃない。結果としてはそうなってしまったが、俺も出来ればこの力をガンガン使ってドンドン魔王城を攻略したかったんだ。

 では何故、そうしなかったのか?

 まぁ当然と言えば当然なんだが、強い力には代償が求められる。
 ただこの場合の代償ってのは、何も自身の命を燃やして……なんて物騒なもんじゃない。
 大体魂やら生命エネルギーを燃やして勝った処で、自分が死んじまったらどうしようもないだろう。
 もしもそんな力が使えたとしても、俺は多分絶対に使わないね。
 そしてこの場合に求められる代償だが。まぁ、それは明日になれば分かるってもんだ。




「さて……戦闘力の差は今みせた通りだ。それでも……まだ戦うのか? ハッキリ言ってお前達に勝ち目は無いと思うが」

 俺は3人の魔神将に、最後通牒を突きつけてやった。
 この〝勇敢のフォルティス紋章シアール〟は、本当なら魔王と戦う時まで取っておこうと思っていた能力だ。
 それをこの場で使わせたんだから、奴らは相応の力を持った戦士だと言う事だ。
 だからという訳じゃないけど、この戦いに終止符を打つ最後の機会を与えようと思ったんだ。
 その方が、俺としても楽でいいからな。無用な殺生をしなくて済むし。

 もっとも……奴らの返答は聞くまでもないんだけどな。

「貴様の強さ……ハッキリと身に染みて分かった」

「しかし我等に、負けを認めて生き長らえると言う道はない」

「最後まで……お相手願おう」

 奴らは各々の武器を構え直して、相談する事も無くそう言って俺に相対したんだ。
 その決意は、決して揺るぎそうもない。
 そして、これ以上奴らを説得してやる義理も、俺には無い。

「そうか……」

 俺はそれだけ答えて、剣を構えた。
 奴らがこの世から居なくなるのは、それからほんの一瞬後の事だった。




 俺の足元には、3つの紫色をした炎が立ち上っている。
 その炎も徐々に弱まり、間を置かずに消え去って残りは灰だけとなるだろう。
 それは言うまでもなく……3魔神将の残り火だった。
 
「さて……残りの3魔神将はこの通り倒した訳だが。……次はお前達が相手と言う訳か?」

 俺は剣先を向けて、高段に居て今の一部始終を見ていたナダ達に問いかけた。
 今俺が発動させている「勇敢の紋章」の効力は、まだまだ持つだろう。少なくとも、この場にいるナダ達4人の魔族を倒すだけの時間はたっぷりとある。
 ただ俺も、随分と年を取り経験を得てきた。その過程で、少なからず考えも変わってきている。
 血気盛んな若かりし頃ならともかく、今は魔族だという理由だけで襲い掛かろうとは思っていなかった。

「……いや。この場でお主と殺り合おうとは思ってはおらぬ」

 そして案の定、ナダからは不戦の答が返って来たんだ。
 そう言えば3魔神将と戦う前に、魔王の指示で戦わないって言う事を言っていたな。

「勿論それは、我が主の指示なのである。だがそれを差し置いても、今のお主と殺りおうて勝てるとは到底思えぬからなのである」

 うん、冷静な判断だな。
 今の俺と殺り合えるとすれば、それは恐らく……魔王だけだろう。
 
「そうか……。なら、俺はどうすれば良い? このまま進む俺を黙って見逃がしてくれるのか? それとも、今日は大人しく帰っても良いのか?」

 奴らが何も手を出さないって言うんなら、俺はこのまま帰る方を選択したい処だ。
 既に一戦終えた後だし、紋章の力も使っちまった。万全を期すってんなら、このまま帰って休養を取りたい処なんだ。
 
 それが許されないってんなら、このまま魔王の元へ行くというのもありだ。戦闘になればすぐに決着はつかないかも知れないが、それでも今の俺なら短期決戦も望める。
 例えナダ達が立ち塞がるとしても、こいつらを可能な限り速やかに倒しそのまま魔王の間へと向かうって選択肢も取れるというもんだ。

「……いや、どちらも否である」

 でも返って来た答えは、そのどちらにも当て嵌まらないらしかった。
 俺が疑問を浮かべて呆けていると、その答えが俺の目にも分かるように示されたんだ。

 大きな軋み音と共に奴らの背後にあった扉が開き、そこから1人の人物が出現する事によって。

「この……圧力は……!」

 そして俺はその人物から発せられる威圧感によって、思わず絶句を余儀なくされていたんだ。
 この感じられる力は、「勇敢の紋章」を発動させる前の俺よりも……強いぞ。
 そして紋章の力を発動している今の状態であっても、僅かに俺の方が上回っている程度でしかない。
 そう……ナダの答えはこういう事だったんだ。
 進む必要はない。帰る事も無い。
 何せ魔王が直々に、階下に降りて来たんだからな。
 しかし……。
 
 ―――魔王とは……これ程の力!?
 
 俺は、完全に自分の目算が甘かった事を認めていた。紋章の力があれば、魔王でさえ圧倒出来ると考えていたんだ。
 だからこその切り札。だからこその取って置きだった。

 だが、現実はどうだ?
 万全の状態で臨んでも、恐らくは互角の戦いが繰り広げられるのは想像に難くなかったんだ。
 俺が必死で奴との戦闘をシミュレートしている間に、魔王と思われる人物が俺の正面にまで進み出て来た。

「……お前が……魔王だって言うのか!?」

 そんな魔王を見て、俺は漸くそれだけを絞り出す事が出来たんだった……。
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