続・俺勇者、39歳

綾部 響

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5.説得

メニーナの将来

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 メニーナとパルネを伴って、ゆっくりと長老宅の方へと向かっていた。
 ついて来るメニーナは、どこか嬉しそうにその足取りもウキウキしている様だった。
 そしてパルネはそんなメニーナを楽しそうに見ていて、メニーナに触発されたのかやっぱり楽し気に歩いていた。
 メニーナにしてみれば、俺が長老と話すたびに村から出て冒険をするって長年の夢へと近づく事になるんだから仕方ないよな。
 パルネにしたって、メニーナが晴れて村を出れる様になれば、彼女に付いて村から出る事が出来るんだ。
 パルネが殊更にそれを望んでいたのかどうかは分からないけど、少なくとも大好きな親友のメニーナと旅が出来るのは嬉しいんだろうな。

 そんな2人を引き連れて、俺はのんびりゆっくりと歩を進めていたんだ。
 先に長老宅へと向かったエノテーカが、長老に俺が面会へと向かう事を告げている筈だ。
 その返答を持った彼と合流する前に、長老宅へと到着する訳にはいかないからな。
 でも、そんな考えは早々に必要なくなったんだ。
 俺達の前方から、ゆっくりとした足取りでエノテーカが近づいて来るのが見えたからだ。

「長老は、お前と会うそうだ……。案内しよう……」

 そう言ったエノテーカは、来た道をまた戻る様に俺達に背を向けて歩き出した。
 まぁ、彼がその答えを持って来る事に疑いは無かったんだけどな。
 昨晩の戦いで、俺と長老やエノテーカとの間にあった蟠りはある程度解消されている筈だ。
 更に言えば、魔族全体の不文律でもある「問題は戦いを以て解決する」を実践し、そしてそれは俺の勝利で決したんだ。
 本当ならば、それを笠に着てメニーナを連れ出す事だって出来る。
 だが俺がそうしなかったんだから、長老たちに不満は無い筈だからな。
 ここでの行動や結果は、きっと他の村や街でも有効の筈だ。
 そう考えれば拙速な行動なんて起こさずに、確りじっくり結末を迎えるのも間違いじゃあない。
 俺はエノテーカに付いて行きながら、そんな事を考えていたんだった。




「メニーナとパルネは此処で待ってるんだ」

 長老宅へと入る前。
 俺は、一緒に中へと入ろうとするメニーナとパルネにそう言った。

「ええぇっ! 私もおじいちゃんとエノテーカを説得する! 自分の事だもん、私もおじいちゃんに言いたいことあるし!」

 そんな俺に、メニーナはそう言って食い下がったんだが。

「話し合いは、俺に任せろ。絶対、長老とエノテーカを納得してもらうから。それとも……俺が信用できないのか?」

 そしてそんなメニーナに俺は、すこしズルい言い回しで口封じに掛かったんだ。
 ほんと……大人になるって、厭らしい手段ばかりが身に付く事なのかもしれないな。
 けど、これから行われる話し合いにメニーナ達を参加させる訳にはいかなかったんだ。
 特に話の内容如何では、昨晩の戦闘の様子を語る事になるかもしれないし、聖霊様達の告げた「第3の世界」の事さえ説明しなければならないかもしれない。

 いずれは知れ渡る事とは言え、今はまだ大っぴらに話すべき事じゃあない。
 何よりもメニーナ達には、色眼鏡無く人界や人族と接して欲しいんだ。
 そしてそれは、今後見つけ出せるかもしれない魔族の者たちにも同じ事だ。
 大体、その「第3の世界」だっていつ繋がるか分かったもんじゃあないんだ。
 そんな「未知の不安」に備えるよりは、まずは人界と魔界を友好的につなげる事が先決だろうな。

 俺にそう言われたメニーナは、やっぱりどこか不満げではあったんだろうが。

「ううぅ……。分かったあぁ……。ゆうしゃさまを信じて、私達は待ってるよおぉ」

 そう言って、無理矢理作った笑顔を向けて来たんだ。
 くぅっ! 痛いっ! 痛いぞおぉっ!
 そんな純真無垢な心根が、今の俺には何よりも効果のある攻撃なんだ。
 そんな俺の苦しみなんて知ってか知らず、メニーナはパルネの手を引いて村の広場の方へと駆けて行ったんだ。

「……良いのか?」

 2人の後姿を見ながら、エノテーカが俺にそう問いかけて来たんだが。

「ああ、今はこれで良いんだ」

 俺はそう答え、それを聞いたエノテーカは改めて長老の家の中へと案内してくれたんだ。




 昨日とは違い、俺の話を聞いた長老は黙して語らず、そのまま長考に入っていたんだ。
 沈黙が部屋を覆いつくし、誰一人として物音ひとつ立てないでいた。
 長老は昨日の明言通り、俺の話を一蹴する事無く真摯に向き合ってくれていた。
 言うべき事を言い切った俺としては、長老の口にする返答を待つしか出来なかったんだが。

「……勇者殿。わしはな……メニーナには幸せに暮らして欲しいと考えておるんじゃ……」

 漸く長老が、重く口を開いたんだ。
 彼の第一声に、俺としては否定など無い。むしろ大賛成だとも言える。
 ただそこに、異論を挟む余地はある訳だが、どうやら長老の発言はこれで終わりと言う訳では無い様だった。

「……あの娘の母は、わしの親友の娘でのぉ。早逝した奴に変わって面倒を見て来たわしにとっては、メニーナの母は実の娘……メニーナは実の孫のようなもんじゃ。もはやその娘夫妻もこの世にはおらず、わしはメニーナの幸せに責任があるのじゃ……」

 そこまで聞いて、俺は長老のメニーナに対するある意味執着染みた感情にも合点がいったんだ。
 メニーナの事になると、長老はただ単に引き取った孤児を案じている以上に感情的になっていた。
 それは、情が移って大事にしている……と言うには過剰なものだった。

「それにのぉ……この村の〝しきたり〟にしても、何もこの村から人を出さない様に設けられている訳じゃあないんじゃ……。この世界の魔物は……強すぎる。そんな魔物が闊歩する世界を、安易に旅をする事など出来ないじゃろう……。故に厳しく制限し、少しでも犠牲が出ない様にしておるのじゃ。それは他の村も同じ事じゃろうて……」

 それもまた、長老の言う通りだった。
 この世界の魔物は強い……いや、強すぎると言って良いだろう。
 いくら戦闘に特化した種族である魔族であっても、ある程度の強さを身に着けていなければ少人数で旅をするなんて無理だと言って良い。
 ましてやメニーナのように心身的に未熟な者であれば、それは火を見るよりも明らかだ。
 そしてそれは、実際に俺がメニーナと出会った時に目の当たりにしている事だ。
 こっそりと村を抜け出したメニーナだったが、この村の周囲を徘徊している魔物「死狼族ヘルハウンド」に見つかり襲われていたんだ。
 それを俺が助けた事でこの村との交流を持つきっかけとなった訳だが、やはり未熟な若者が村の外に出ると言う事は、高い確率で死に至る事になる……正しく自殺行為に他ならなかった。
 でもその事について、俺には1つの考えがあったんだ。

「それについては、俺に考えがある。俺はメニーナを、まずは人界へと連れて行こうと思ってるんだ」

 俺の口にした提案に、長老とエノテーカは目を丸くして驚いていたんだ。

 魔界に比べて、人界の魔物は弱いと言えるだろう。
 魔界には、今のメニーナが戦って勝てる魔物は殆ど居ない。
 それ程に、魔界の魔物は強靭で凶悪なんだ。
 今の彼女の強さは、クリーク達よりもわずかに上回っていると考えられる。
 それならば経験の無さを加味したとしても、メニーナとパルネが2人だけで戦って勝てる魔物は多く存在しているんだ。
 そしてメニーナの才能を考えれば、順を追って確りと経験を積ませれば、いずれはこの魔界の魔物とでさえ渡り合う事が出来るだろう。

「魔族が人界にだと!? そんな事は不可能だろう? 魔族の姿を見られただけで、迫害を受けるだけでは無いのか? それだけの遺恨が、人族にはあると思うのだが?」

 そう疑問を呈してきたのはエノテーカだった。
 確かに、如何にも魔族然としているメニーナとパルネの姿は何処に行っても目立ってしまうし、その姿を見た人族は恐怖する事に疑いはない。

「それについては、色々と思案中だ。姿を変える方法やアイテムがいくつかあるからな。それらを加味して、有効的な方法を思案するつもりだ」

 そしてそれについても、俺はある程度アイデアを持っていたんだ。
 それを相談する為の、魔王城登城なんだがな。

「それに、メニーナの幸せは、本当にこの村で一生を送る処にあると考えているのか?」

 俺が次に発した言葉には、流石のエノテーカも押黙り、長老もくぐもった声を洩らすしか出来なかったんだ。
 今、メニーナを連れ出す事を俺が諦めたとして、果たしてメニーナは大人しくこの村に居続けるのだろうか?
 答えは……否だ。
 いずれは成長するだろう彼女は、そう遠くない将来にこの村を旅立つ事を決意するのは容易に想像出来る。
 そしてその時、初めて村の外へと赴いた彼女は、果たしてそこで生き残り続ける事が出来るのだろうか?

「今の俺なら、メニーナに様々な事を教える事が出来る。この魔界よりも遥かに安全な人界で、冒険の様々な事を伝授しながら強くなるように指導できるんだ」

 冒険や旅には、ただ単なる強さだけがあれば良いと言う訳では無い。
 安全な野営や野宿の方法、周囲の怪物に対する警戒の仕方もそうだし建物やら迷宮ダンジョンに設置されている罠の存在を察知する術など、様々な事柄に関する視点や考え方を教える事が出来るだろう。
 これはメニーナ達にとって、出来るだけ早く且つ絶対に身に着けなければならない技能の筈だった。

 そこまで俺が話すと、また長老とエノテーカは熟考に入ったんだ。
 そして俺は、今日は此処までだと言う考えに至っていた。
 元々、拙速な回答を期待している訳じゃあない。
 それに長老たちにしても、メニーナと話をする時間も必要だろう。
 唸り声を上げる長老が声を発する前に、俺はその場を立ち上がった。

「長老……エノテーカ。今日はここで失礼させてもらうよ。また近いうちにここへと来るから、その時にまた話し合いをしよう」

 俺の言葉にエノテーカは頷き返して来たものの、長老は考えに耽ったまま微動だにしなかったんだ。
 俺はそんな彼等に背を向けて、そのまま長老宅を出たんだった。
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