死霊術士むーたんのしあわせごはん~カーバンクル妻は不器用夫に「むぐぐ」と言わせたい

マロンちゃん

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第2話 サンドキラーホエールの蒸し肉饅①

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第2話 サンドキラーホエールの蒸し肉饅①

 朝食の席で、私はチココが作った完璧な目玉焼きを見つめていた。黄身の位置、白身の焼き加減、すべてが計算されている。

「ムウナ、食べないの?」

 チココの声に我に返る。小さなカーバンクルの体では、普通サイズの目玉焼きも大きく見える。

「食べるわ。でも私も料理したい」

「君の料理は......まあまあだけど、朝から冒険する必要はないよ」

 また『まあまあ』。魔法ギルド連合のグランドマスターで、大企業の取締役なのに、夫の前では永遠に『弱いムウナ』扱い。

 扉を叩く音がして、商人ギルドの使者が慌てた様子で入ってきた。

「チココ様! 商人ギルドマスターのカラメル様より緊急の要請です!」

「ああ、あの腹黒狸がまた何か企んでるのかな?」

「『おい小僧、儂の可愛い羊ちゃんたちが食われておるのじゃ。さっさと何とかせんか』とのことです」

 チココが苦笑いを浮かべる。

「小僧、ねぇ。僕より2000歳以上年上だからって好き勝手言ってくれるよね」

 使者が続ける。

「『150年前にお主が酔っ払って儂の尻尾を引っ張った借り、返してもらうのじゃ』とも」

「その前にカラメルが僕の耳を噛んだことは都合よく忘れてるんだね。まだ根に持ってるなんてボケ老害め」

「『どうせムウナちゃんに頭が上がらない恐妻家は、奥さんの許可なしには外出もできんのじゃろ?』だそうです」

 チココの笑顔が少し引きつった。

「......ほう、そう来るんだ。地図を見せてもらえる?」

 広げられた地図には、詳細な情報が記されていた。

【討伐対象:サンドキラーホエール】
【ランク:SS(群体)/ A~S(単体)】
【体長:15~20メートル】
【特殊能力:砂中高速移動、振動感知、群体連携狩猟】
【推定個体数:5~8頭】
【脅威度:★★★★☆】

「へぇ、カラメルったらまた『雪花羊』なんて高級ブランド作ったんだ。一頭で金貨500枚? 相変わらず商売上手だねぇ」

 使者が困った顔をする。

「すでに300頭以上が被害に......カラメル様は『チョコ坊やが1週間で解決せんかったら、騎士団への物資供給の価格を3倍にするのじゃ』と」

「3倍? さすがにそれは困るなあ。あの狸、本当に容赦ないよね」

 私は立ち上がった。

「私も行くわ」

「ムウナ、SSランクは危険だよ?」

「280年前、あなたがまだ駆け出しの頃、誰が初めてのSSランク討伐を手伝ったか覚えてる?」

「それは......カラメルと僕だけど」

「そう。で、その時カラメルは何て言ってた?」

 チココが遠い目をする。

「『チビは足手まといじゃから、荷物持ちでもしておれ』......だったかな」

「今の私も同じ気持ちよ。それに、サンドキラーホエールの肉は砂漠の魔力を含んでて、適切に処理すれば極上の食材になるのよ」

【食材:サンドキラーホエールの赤身肉】
【ランク:A+】
【効果:砂属性耐性+10%(1時間)】
【調理難度:★★★★☆】

 チココはしばらく考え込んでから、小さくため息をついた。

「......分かったよ。でも条件があるんだ」

「なんでも聞くわ」

「カラメルが現地にいたら、絶対に挑発に乗らないこと。見た目は可愛い少女だけど、中身は千年物の化け狸だからね」

「知ってるわよ。この前の晩餐会で『チョコちゃんの奥さん、ペットみたいで可愛いのじゃ~』って頭撫でてきた人でしょ」

「ああ、君が噛みついたから、一週間は僕のこと『狂犬病持ちの飼い主』って呼んでたっけ」

 使者が咳払いをする。

「あの、カラメル様からもう一つ。『どうせ来るなら、200年前に貸した幻酒・月下美人を返すのじゃ。利子つけて樽3つ分じゃぞ』と」

「はは、それは面白い冗談だね。あれは賭けに負けたカラメルが自分からくれたものだよ?」

「『記憶改竄すな。お主が泣き上戸になって、もっと飲みたいと駄々をこねたのじゃろうが』だそうです」

 チココの顔が少し赤くなった。

「......まあ、細かいことは置いといてさ。とりあえず片付けに行こうか」

 私はクルーシブとエリアナに振り返る。

「というわけで、サンドキラーホエール狩りよ。準備して」

 エリアナが目を輝かせた。

「SSランク討伐なんて燃えるわ! きっとクルーシブが華麗に倒してくれる!」

「......俺は暗殺職でスナイパーだぞ。過度に期待せず、いつも通り前衛をやってくれ」

 チココが使者に向き直る。

「カラメルに伝えて。『相変わらず人使いが荒いね。でも僕も暇じゃないから、きっちり対価は払ってもらうよ』って」

「はい。あと最後に、カラメル様は『可愛い嫁に捨てられんよう、せいぜい甲斐性を見せるのじゃぞ、マザコン騎士団長』とのことです」

 チココは苦笑いした。

 準備をしながら、私は考えた。チココとカラメルは憎まれ口を叩き合いながらも、200年以上の腐れ縁で結ばれている。お互いに相手の実力を認め合っているからこそ、こんなやり取りができるのだろう。

 そして私も、今回こそチココに実力を認めさせる。SSランクの食材で作る料理で、『まあまあ』以上の評価を勝ち取ってみせる。

「ムウナ」

 チココが近づいてきて、いくつかのアイテムを手渡した。

【アイテム:時空停滞保存器(伝説級)】
【アイテム:砂塵除けのお守り(上級)】
【アイテム:カラメル特製転移石(消耗品)】

「最後のは......まあ、あの狸も心配してるんだろうね。口では『チョコの嫁が死んだら、面白い玩具がなくなるのじゃ』とか言いそうだけど」

「ありがとう。必ず最高の肉まんを作ってみせるから」

「期待してるよ。君の料理、実はいつも楽しみにしてるんだ」

 そう言いながらも、評価は『まあまあ』止まり。この矛盾した態度が、私をさらに燃え上がらせる。

 商人ギルドの馬車に乗り込みながら、私は決意を新たにした。

 200年来の腐れ縁が用意した舞台で、私の料理の腕前を証明してみせる。
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