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第27話 家族のフルコース③
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# 第27話 家族のフルコース③
翌朝、私は光の檻から解放された。メリルが現実改変で作った檻は、一晩で自然消滅するように設定されていたらしい。
「さあ、チビ嫁ちゃんの番よ~」
メリルは余裕たっぷりの笑みを浮かべて、審査員席に座る息子を撫でている。息子は昨日の料理の影響か、まだ勇者としての威厳を纏ったままだった。
私は深呼吸をして、魔法を発動させた。
「死霊術・記憶召喚」
黒い靄が床を這い、52体のスケルトンが次々と立ち上がる。それぞれが私の52回の挑戦の記憶を宿した、いわば私の分身たち。
「あら~、ムウナちゃんも私とチョコちゃんの猿真似するの~?」
メリルが鼻で笑う。
「そんなことしても美味しい料理は作れないわよ~。数を増やしたところで、蟻が集まって象に挑むようなものね~」
彼女の言葉は正しかった。元から天と地ほどの実力差がある。人手を増やしたところで、階段を2~3段上がる程度。バベルの塔のように積み上げたとしても、天には届かない。
52体のスケルトンから、敗北の記憶が流れ込んでくる。
1回目、圧倒的な魔力差に打ちのめされた記憶。
15回目、完璧な技術で作っても「まあまあね」と一蹴された記憶。
23回目、泣きながら作っても「感情で料理は作れない」と切り捨てられた記憶。
31回目、最高級食材を使っても「使いこなせてない」と酷評された記憶。
45回目、新技術を駆使しても「基本ができてない」と...
どんな環境でも、どんな食材でも、どんな追加の知識を持っていっても負けた。それぐらい圧倒的な差がある。
「ふん、後で食材のせいで負けたとか言わせないために~、どんな食材でも用意してあげるわよ~。何がいいの~?」
メリルが指をパチンと鳴らすと、空中に無数の食材が浮かび上がる。世界中のありとあらゆる希少食材が、まるでカタログのように並んでいた。
でも、私はそれらを見向きもしなかった。
私が知ってる全ての食材は、メリルのものに遠く及ばない。もし同じものを用意してもらったとしても、私には調理するだけの知識も技術もない。
その時、扉が開いた。
「ムウナ、届け物だよ」
チココが大きな籠を抱えて入ってきた。中には、どこにでもある普通の食材が詰まっている。スーパーで買えるような、ごく普通の野菜、肉、魚。
「これ...」
「君が作るものは分かってたから」
チココが優しく微笑む。その目には、52回分の記憶を共有した者だけが持つ、深い理解が宿っていた。
「最高級食材じゃなくても、君なら最高の料理が作れる。そう信じてる」
籠の中を確認すると、懐かしいものも入っていた。小麦粉、卵、牛乳...300年前、私が初めて作ったパンケーキの材料。
「君が最初に作ってくれた時から、ずっと美味しかったよ」
涙が溢れそうになった。
息子がこちらを見つめている。勇者の威厳を纏いながらも、その瞳の奥には別の何かを求める光があった。
そうだ、負けた52回と今回の一番大きな違いがここにある。
52回は食べる人間がメリル自身だったり、マロンだったり、チココ、カラメル、研究員だったりした。彼らは皆、単純に技術の差、味で判断していた。
でも今回は違う。息子に、これからの人生へのメッセージを伝える料理を作るのだ。
味はもちろん最高のものが必要だが、それ以上に大切なものがある。
「始めるわ」
---
## 前菜 ~家族のおにぎり~
まず、炊飯器でご飯を炊き始める。といっても、ただの白米ではない。
「1番から17番のスケルトンは、お米を研いで」
17体のスケルトンが、丁寧にお米を研ぎ始める。それぞれが異なる記憶を持っているため、研ぎ方も微妙に違う。ある者は優しく、ある者は力強く。
「これは私たちの個性を表してるの」
息子に向かって説明する。彼は興味深そうに、小さく首を傾げた。
「みんな違って、みんないい。それが家族よ」
炊き上がったご飯を、3つのボウルに分ける。
1つ目には梅干しを刻んで混ぜる。
「これは私の分。すっぱくて、最初は受け入れがたいかもしれない。でも、慣れると癖になる。死霊術士の母親なんて、きっとそんな存在ね」
2つ目にはサーモンといくらを混ぜる。
「これはパパの分。豪華で、優しくて、でもちょっと子供っぽい。ロリコンだし」
チココが苦笑いを浮かべた。
3つ目は真っ白なままにしておく。
「これは、あなたの分」
息子の前に、白いご飯のボウルを置いた。
「何を混ぜるかは、あなたが決めて。梅干しでも、サーモンでも、何も混ぜなくてもいい。あなたの人生は、あなたが選ぶものだから」
息子は真剣な表情でボウルを見つめた。そして、少し迷ってから、梅干しとサーモンを少しずつ取って混ぜ始めた。
そして、赤飯も用意する。
「これはお祝いの気持ち。300年待った家族の再会を祝って」
息子の手を取る。初めて触れる、我が子の手。大きくて、温かくて、少し震えている。
「一緒に握ろう」
私の小さな前足と、息子の大きな手で、一緒におにぎりを握る。不格好だけど、愛情がたっぷり詰まった形。
息子の表情が、少しずつ柔らかくなっていく。勇者の威厳が薄れ、普通の青年の顔が覗き始めた。握る手つきも、最初はぎこちなかったが、だんだんと楽しそうになっていく。
「18番から25番は、海苔を用意して」
スケルトンたちが、それぞれ異なる形に海苔を切る。私の顔、チココの顔、そして...
息子が不思議そうに海苔を指差す。
「あなたよ。想像で描いたけど、どう?」
息子は初めて、小さく口角を上げた。照れくさそうに俯いて、でも嬉しそうな表情。
---
## サラダ ~自由の花畑~
「次はサラダ。26番から35番、準備して」
10体のスケルトンが、色とりどりの野菜を並べ始める。レタス、トマト、きゅうり、パプリカ、紫キャベツ。どれも普通の野菜だが、切り方と並べ方で芸術品に変わっていく。
「これは、あなたが自由に駆け回れる世界を表現したの」
皿の上に、まるで花畑のような世界が広がっていく。緑の草原、赤と黄色の花々、紫の蝶が舞うような配置。
「勇者として世界を統一するのもいい。でも、ただの青年として、花畑で昼寝するのもいい。どちらを選んでも、私たちはあなたを愛してる」
息子の瞳が輝いた。皿の上の花畑を見つめながら、まるで本当にそこを駆け回っているような、自由な表情を浮かべている。
ドレッシングは3種類用意した。
「和風、洋風、中華風。好きなものを選んで。混ぜてもいい。人生に正解はないから」
息子は興味深そうに3つのドレッシングを順番に見て、匂いを嗅いで、そして迷った後、3つ全部を少しずつかけた。一口食べて、目を丸くして、また少し微笑んだ。
---
## スープ ~可能性のポタージュ~
「基本はコーンポタージュ。36番から40番、手伝って」
とうもろこしの甘みを最大限に引き出したポタージュ。でも、それだけじゃない。
「ここに、2つの追加ソースを用意したわ」
1つは真っ赤なトマトソース。もう1つは緑のバジルソース。
「混ぜ方で味が変わる。人生も同じ。出会いや選択で、無限に変化していく」
息子は好奇心に満ちた表情で、少しずつソースを加えながら味の変化を楽しんでいた。時に驚き、時に満足そうに頷き、まるで実験を楽しむ子供のよう。
「正解はないの。あなたが美味しいと思う味が、あなたの答え」
---
## 魚料理 ~選択の自由~
「41番から45番、鯛を用意して」
同じ鯛を、3つの方法で調理する。
刺身は、そのままの姿を活かして。透明感のある白身が、皿の上で輝いている。
「これは、ありのままのあなた。何も飾らない、素のあなたも美しい」
塩焼きは、シンプルに塩だけで味付け。皮はパリッと、身はふっくら。
「これは、少し成長したあなた。試練(火)を経て、より魅力的になった」
煮付けは、甘辛いタレでじっくりと。味が芯まで染み込んでいる。
「これは、経験を重ねたあなた。人生の酸いも甘いも知った大人の味」
3つの皿を息子の前に並べる。
「どれを選んでもいい。全部食べてもいい。どの道を選んでも、あなたはあなた」
息子は真剣な表情で3つの料理を見比べ、それぞれを少しずつ食べた。刺身を食べた時は新鮮さに目を輝かせ、塩焼きでは香ばしさに頬を緩め、煮付けでは深い味わいに満足そうに頷いた。
---
## 肉料理 ~絆のハンバーグ~
「これが一番大切な料理よ」
46番から50番のスケルトンと一緒に、ハンバーグの準備を始める。
でも、普通のハンバーグじゃない。
「見て」
ボウルの中に、様々な具材を入れていく。
「これはエリアナが選んでくれた勇気のニンジン」
「クルーシブが用意した信頼のタマネギ」
「ヴォルフガングが送ってくれた忠誠のニンニク」
「カラメルが商売したがった友情のマッシュルーム」
「グラハザードが研究した知識のハーブ」
さらに、意外な材料も。
「マロンが治療に使った愛情のパン粉」
「そして...」
最後に、ライスペーパーを取り出す。
「騎士団のみんなからの、応援メッセージ」
ライスペーパーには、騎士団員たちからの温かい言葉が書かれていた。それを細かく刻んで、肉に練り込む。
「言葉も栄養になるのよ」
息子は目を見開いて、その様子を見守っている。たくさんの人の想いが込められていることに、驚いているようだった。
全ての材料を混ぜ合わせ、愛情を込めて捏ねる。51番と52番のスケルトンが、52回分の想いを込めて形を整えていく。
「あなたは一人じゃない。こんなにたくさんの人が、あなたを支えている」
鉄板で焼く音が、まるで拍手のように響く。ひっくり返すと、美しい焼き色がついていた。
特製ソースは、デミグラスソースに少しだけ涙を混ぜた。52回分の悔し涙と、今日の嬉し涙のブレンド。
「これが私たちの答え。どんな道を選んでも、みんなで支える」
息子がハンバーグを切ると、中から肉汁と共に、温かい想いが溢れ出した。
一口食べた瞬間、息子の目が潤んだ。涙はこぼれなかったが、その瞳は感動で震えていた。初めて感じる、これほど多くの人からの愛情に、戸惑いながらも嬉しそうな表情を浮かべている。
---
## デザート ~みんなのパフェ~
「最後は、一緒に作りましょう」
大きなパフェグラスを5つ用意する。
「メリル、マロン、一緒に食べない?」
メリルが驚いたように目を見開く。
「チビ嫁ちゃんが...私を誘うの~?」
「だって、家族でしょう?」
私は52体のスケルトンを消しながら続ける。
「52回も付き合ってくれてありがとう。おかげで、本当に大切なものが分かった」
アイスクリームを用意する。バニラ、チョコレート、ストロベリー、抹茶、マンゴー。
「好きなものを好きなだけ入れて」
5人でアイスを盛り始める。メリルは最初渋っていたが、息子が楽しそうにしているのを見て、少しずつ表情が緩んでいく。
息子は初めて触るアイスクリームのスクープに戸惑いながらも、嬉しそうにバニラとチョコレートを交互に重ねていく。時々手元がおぼつかなくて、アイスがグラスの外に落ちそうになると、慌てた表情を見せる。
マロンも珍しく笑顔で、科学的に最適な配置を考えながらアイスを重ねている。
トッピングも豊富に用意した。生クリーム、チョコソース、カラメルソース、フルーツ、ナッツ、クッキー。
息子は目を輝かせながら、イチゴをたっぷりと乗せた。まるで宝物を扱うように、一つ一つ丁寧に配置していく。
5人で同時にスプーンを入れる。それぞれ違う層から食べ始めるから、感想も様々。
「甘い!」
「冷たい~」
「この組み合わせは科学的に最適」
「チョコが美味しい」
息子も嬉しそうに頬を膨らませながら食べている。冷たさに少し驚いたような表情を見せたり、甘さに目を細めたり、表情がころころと変わる。
そして、みんなでパフェを食べ終わった時。
息子がゆっくりと顔を上げた。
メリルと私を交互に見て、そして深呼吸をする。
長い沈黙の後、震える唇から、小さな声が漏れた。
「美味しかったよ...ママ」
たどたどしいけれど、はっきりとした言葉。
300年待った、息子の最初の言葉。
---
無菌室が静まり返った。
メリルの目から、一粒の涙がこぼれた。
「負けたわ~」
彼女は苦笑いを浮かべながら、涙を拭う。
「完敗よ~。技術でも、魔法でも、食材でもない~。愛情で負けたわ~」
メリルは立ち上がり、私に向かって深く頭を下げた。
「300年間、本当にごめんなさい~。あなたは...あなたは本物の母親よ~」
そして、息子に向き直る。
「孫ちゃん、ばあばの料理は勇者を作るための料理だった~。でも、ママの料理は...あなたを幸せにするための料理~」
息子は小さく頷いた。理解している、という風に。
「勇者になってもならなくても~、それはあなたが決めること~。ばあばは、もう強制しない~」
メリルが私の小さな前足を取った。
「ムウナ、本当の家族になってくれる~?」
私は涙を拭いながら頷いた。
「もちろんよ」
チココも、マロンも、みんなが涙ぐんでいる。
息子は幸せそうな表情で、私たちを見回した。
言葉はまだ一言しか話せない。でも、その瞳には全てが込められていた。
ありがとう、と。
こんな温かい家族の一員になれて、幸せだ、と。
300年の時を超えて、やっと本当の家族になれた瞬間だった。
翌朝、私は光の檻から解放された。メリルが現実改変で作った檻は、一晩で自然消滅するように設定されていたらしい。
「さあ、チビ嫁ちゃんの番よ~」
メリルは余裕たっぷりの笑みを浮かべて、審査員席に座る息子を撫でている。息子は昨日の料理の影響か、まだ勇者としての威厳を纏ったままだった。
私は深呼吸をして、魔法を発動させた。
「死霊術・記憶召喚」
黒い靄が床を這い、52体のスケルトンが次々と立ち上がる。それぞれが私の52回の挑戦の記憶を宿した、いわば私の分身たち。
「あら~、ムウナちゃんも私とチョコちゃんの猿真似するの~?」
メリルが鼻で笑う。
「そんなことしても美味しい料理は作れないわよ~。数を増やしたところで、蟻が集まって象に挑むようなものね~」
彼女の言葉は正しかった。元から天と地ほどの実力差がある。人手を増やしたところで、階段を2~3段上がる程度。バベルの塔のように積み上げたとしても、天には届かない。
52体のスケルトンから、敗北の記憶が流れ込んでくる。
1回目、圧倒的な魔力差に打ちのめされた記憶。
15回目、完璧な技術で作っても「まあまあね」と一蹴された記憶。
23回目、泣きながら作っても「感情で料理は作れない」と切り捨てられた記憶。
31回目、最高級食材を使っても「使いこなせてない」と酷評された記憶。
45回目、新技術を駆使しても「基本ができてない」と...
どんな環境でも、どんな食材でも、どんな追加の知識を持っていっても負けた。それぐらい圧倒的な差がある。
「ふん、後で食材のせいで負けたとか言わせないために~、どんな食材でも用意してあげるわよ~。何がいいの~?」
メリルが指をパチンと鳴らすと、空中に無数の食材が浮かび上がる。世界中のありとあらゆる希少食材が、まるでカタログのように並んでいた。
でも、私はそれらを見向きもしなかった。
私が知ってる全ての食材は、メリルのものに遠く及ばない。もし同じものを用意してもらったとしても、私には調理するだけの知識も技術もない。
その時、扉が開いた。
「ムウナ、届け物だよ」
チココが大きな籠を抱えて入ってきた。中には、どこにでもある普通の食材が詰まっている。スーパーで買えるような、ごく普通の野菜、肉、魚。
「これ...」
「君が作るものは分かってたから」
チココが優しく微笑む。その目には、52回分の記憶を共有した者だけが持つ、深い理解が宿っていた。
「最高級食材じゃなくても、君なら最高の料理が作れる。そう信じてる」
籠の中を確認すると、懐かしいものも入っていた。小麦粉、卵、牛乳...300年前、私が初めて作ったパンケーキの材料。
「君が最初に作ってくれた時から、ずっと美味しかったよ」
涙が溢れそうになった。
息子がこちらを見つめている。勇者の威厳を纏いながらも、その瞳の奥には別の何かを求める光があった。
そうだ、負けた52回と今回の一番大きな違いがここにある。
52回は食べる人間がメリル自身だったり、マロンだったり、チココ、カラメル、研究員だったりした。彼らは皆、単純に技術の差、味で判断していた。
でも今回は違う。息子に、これからの人生へのメッセージを伝える料理を作るのだ。
味はもちろん最高のものが必要だが、それ以上に大切なものがある。
「始めるわ」
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## 前菜 ~家族のおにぎり~
まず、炊飯器でご飯を炊き始める。といっても、ただの白米ではない。
「1番から17番のスケルトンは、お米を研いで」
17体のスケルトンが、丁寧にお米を研ぎ始める。それぞれが異なる記憶を持っているため、研ぎ方も微妙に違う。ある者は優しく、ある者は力強く。
「これは私たちの個性を表してるの」
息子に向かって説明する。彼は興味深そうに、小さく首を傾げた。
「みんな違って、みんないい。それが家族よ」
炊き上がったご飯を、3つのボウルに分ける。
1つ目には梅干しを刻んで混ぜる。
「これは私の分。すっぱくて、最初は受け入れがたいかもしれない。でも、慣れると癖になる。死霊術士の母親なんて、きっとそんな存在ね」
2つ目にはサーモンといくらを混ぜる。
「これはパパの分。豪華で、優しくて、でもちょっと子供っぽい。ロリコンだし」
チココが苦笑いを浮かべた。
3つ目は真っ白なままにしておく。
「これは、あなたの分」
息子の前に、白いご飯のボウルを置いた。
「何を混ぜるかは、あなたが決めて。梅干しでも、サーモンでも、何も混ぜなくてもいい。あなたの人生は、あなたが選ぶものだから」
息子は真剣な表情でボウルを見つめた。そして、少し迷ってから、梅干しとサーモンを少しずつ取って混ぜ始めた。
そして、赤飯も用意する。
「これはお祝いの気持ち。300年待った家族の再会を祝って」
息子の手を取る。初めて触れる、我が子の手。大きくて、温かくて、少し震えている。
「一緒に握ろう」
私の小さな前足と、息子の大きな手で、一緒におにぎりを握る。不格好だけど、愛情がたっぷり詰まった形。
息子の表情が、少しずつ柔らかくなっていく。勇者の威厳が薄れ、普通の青年の顔が覗き始めた。握る手つきも、最初はぎこちなかったが、だんだんと楽しそうになっていく。
「18番から25番は、海苔を用意して」
スケルトンたちが、それぞれ異なる形に海苔を切る。私の顔、チココの顔、そして...
息子が不思議そうに海苔を指差す。
「あなたよ。想像で描いたけど、どう?」
息子は初めて、小さく口角を上げた。照れくさそうに俯いて、でも嬉しそうな表情。
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## サラダ ~自由の花畑~
「次はサラダ。26番から35番、準備して」
10体のスケルトンが、色とりどりの野菜を並べ始める。レタス、トマト、きゅうり、パプリカ、紫キャベツ。どれも普通の野菜だが、切り方と並べ方で芸術品に変わっていく。
「これは、あなたが自由に駆け回れる世界を表現したの」
皿の上に、まるで花畑のような世界が広がっていく。緑の草原、赤と黄色の花々、紫の蝶が舞うような配置。
「勇者として世界を統一するのもいい。でも、ただの青年として、花畑で昼寝するのもいい。どちらを選んでも、私たちはあなたを愛してる」
息子の瞳が輝いた。皿の上の花畑を見つめながら、まるで本当にそこを駆け回っているような、自由な表情を浮かべている。
ドレッシングは3種類用意した。
「和風、洋風、中華風。好きなものを選んで。混ぜてもいい。人生に正解はないから」
息子は興味深そうに3つのドレッシングを順番に見て、匂いを嗅いで、そして迷った後、3つ全部を少しずつかけた。一口食べて、目を丸くして、また少し微笑んだ。
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## スープ ~可能性のポタージュ~
「基本はコーンポタージュ。36番から40番、手伝って」
とうもろこしの甘みを最大限に引き出したポタージュ。でも、それだけじゃない。
「ここに、2つの追加ソースを用意したわ」
1つは真っ赤なトマトソース。もう1つは緑のバジルソース。
「混ぜ方で味が変わる。人生も同じ。出会いや選択で、無限に変化していく」
息子は好奇心に満ちた表情で、少しずつソースを加えながら味の変化を楽しんでいた。時に驚き、時に満足そうに頷き、まるで実験を楽しむ子供のよう。
「正解はないの。あなたが美味しいと思う味が、あなたの答え」
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## 魚料理 ~選択の自由~
「41番から45番、鯛を用意して」
同じ鯛を、3つの方法で調理する。
刺身は、そのままの姿を活かして。透明感のある白身が、皿の上で輝いている。
「これは、ありのままのあなた。何も飾らない、素のあなたも美しい」
塩焼きは、シンプルに塩だけで味付け。皮はパリッと、身はふっくら。
「これは、少し成長したあなた。試練(火)を経て、より魅力的になった」
煮付けは、甘辛いタレでじっくりと。味が芯まで染み込んでいる。
「これは、経験を重ねたあなた。人生の酸いも甘いも知った大人の味」
3つの皿を息子の前に並べる。
「どれを選んでもいい。全部食べてもいい。どの道を選んでも、あなたはあなた」
息子は真剣な表情で3つの料理を見比べ、それぞれを少しずつ食べた。刺身を食べた時は新鮮さに目を輝かせ、塩焼きでは香ばしさに頬を緩め、煮付けでは深い味わいに満足そうに頷いた。
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## 肉料理 ~絆のハンバーグ~
「これが一番大切な料理よ」
46番から50番のスケルトンと一緒に、ハンバーグの準備を始める。
でも、普通のハンバーグじゃない。
「見て」
ボウルの中に、様々な具材を入れていく。
「これはエリアナが選んでくれた勇気のニンジン」
「クルーシブが用意した信頼のタマネギ」
「ヴォルフガングが送ってくれた忠誠のニンニク」
「カラメルが商売したがった友情のマッシュルーム」
「グラハザードが研究した知識のハーブ」
さらに、意外な材料も。
「マロンが治療に使った愛情のパン粉」
「そして...」
最後に、ライスペーパーを取り出す。
「騎士団のみんなからの、応援メッセージ」
ライスペーパーには、騎士団員たちからの温かい言葉が書かれていた。それを細かく刻んで、肉に練り込む。
「言葉も栄養になるのよ」
息子は目を見開いて、その様子を見守っている。たくさんの人の想いが込められていることに、驚いているようだった。
全ての材料を混ぜ合わせ、愛情を込めて捏ねる。51番と52番のスケルトンが、52回分の想いを込めて形を整えていく。
「あなたは一人じゃない。こんなにたくさんの人が、あなたを支えている」
鉄板で焼く音が、まるで拍手のように響く。ひっくり返すと、美しい焼き色がついていた。
特製ソースは、デミグラスソースに少しだけ涙を混ぜた。52回分の悔し涙と、今日の嬉し涙のブレンド。
「これが私たちの答え。どんな道を選んでも、みんなで支える」
息子がハンバーグを切ると、中から肉汁と共に、温かい想いが溢れ出した。
一口食べた瞬間、息子の目が潤んだ。涙はこぼれなかったが、その瞳は感動で震えていた。初めて感じる、これほど多くの人からの愛情に、戸惑いながらも嬉しそうな表情を浮かべている。
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## デザート ~みんなのパフェ~
「最後は、一緒に作りましょう」
大きなパフェグラスを5つ用意する。
「メリル、マロン、一緒に食べない?」
メリルが驚いたように目を見開く。
「チビ嫁ちゃんが...私を誘うの~?」
「だって、家族でしょう?」
私は52体のスケルトンを消しながら続ける。
「52回も付き合ってくれてありがとう。おかげで、本当に大切なものが分かった」
アイスクリームを用意する。バニラ、チョコレート、ストロベリー、抹茶、マンゴー。
「好きなものを好きなだけ入れて」
5人でアイスを盛り始める。メリルは最初渋っていたが、息子が楽しそうにしているのを見て、少しずつ表情が緩んでいく。
息子は初めて触るアイスクリームのスクープに戸惑いながらも、嬉しそうにバニラとチョコレートを交互に重ねていく。時々手元がおぼつかなくて、アイスがグラスの外に落ちそうになると、慌てた表情を見せる。
マロンも珍しく笑顔で、科学的に最適な配置を考えながらアイスを重ねている。
トッピングも豊富に用意した。生クリーム、チョコソース、カラメルソース、フルーツ、ナッツ、クッキー。
息子は目を輝かせながら、イチゴをたっぷりと乗せた。まるで宝物を扱うように、一つ一つ丁寧に配置していく。
5人で同時にスプーンを入れる。それぞれ違う層から食べ始めるから、感想も様々。
「甘い!」
「冷たい~」
「この組み合わせは科学的に最適」
「チョコが美味しい」
息子も嬉しそうに頬を膨らませながら食べている。冷たさに少し驚いたような表情を見せたり、甘さに目を細めたり、表情がころころと変わる。
そして、みんなでパフェを食べ終わった時。
息子がゆっくりと顔を上げた。
メリルと私を交互に見て、そして深呼吸をする。
長い沈黙の後、震える唇から、小さな声が漏れた。
「美味しかったよ...ママ」
たどたどしいけれど、はっきりとした言葉。
300年待った、息子の最初の言葉。
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無菌室が静まり返った。
メリルの目から、一粒の涙がこぼれた。
「負けたわ~」
彼女は苦笑いを浮かべながら、涙を拭う。
「完敗よ~。技術でも、魔法でも、食材でもない~。愛情で負けたわ~」
メリルは立ち上がり、私に向かって深く頭を下げた。
「300年間、本当にごめんなさい~。あなたは...あなたは本物の母親よ~」
そして、息子に向き直る。
「孫ちゃん、ばあばの料理は勇者を作るための料理だった~。でも、ママの料理は...あなたを幸せにするための料理~」
息子は小さく頷いた。理解している、という風に。
「勇者になってもならなくても~、それはあなたが決めること~。ばあばは、もう強制しない~」
メリルが私の小さな前足を取った。
「ムウナ、本当の家族になってくれる~?」
私は涙を拭いながら頷いた。
「もちろんよ」
チココも、マロンも、みんなが涙ぐんでいる。
息子は幸せそうな表情で、私たちを見回した。
言葉はまだ一言しか話せない。でも、その瞳には全てが込められていた。
ありがとう、と。
こんな温かい家族の一員になれて、幸せだ、と。
300年の時を超えて、やっと本当の家族になれた瞬間だった。
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