死霊術士むーたんのしあわせごはん~カーバンクル妻は不器用夫に「むぐぐ」と言わせたい

マロンちゃん

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第27話 家族のフルコース③

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# 第27話 家族のフルコース③

 翌朝、私は光の檻から解放された。メリルが現実改変で作った檻は、一晩で自然消滅するように設定されていたらしい。

「さあ、チビ嫁ちゃんの番よ~」

 メリルは余裕たっぷりの笑みを浮かべて、審査員席に座る息子を撫でている。息子は昨日の料理の影響か、まだ勇者としての威厳を纏ったままだった。

 私は深呼吸をして、魔法を発動させた。

「死霊術・記憶召喚」

 黒い靄が床を這い、52体のスケルトンが次々と立ち上がる。それぞれが私の52回の挑戦の記憶を宿した、いわば私の分身たち。

「あら~、ムウナちゃんも私とチョコちゃんの猿真似するの~?」

 メリルが鼻で笑う。

「そんなことしても美味しい料理は作れないわよ~。数を増やしたところで、蟻が集まって象に挑むようなものね~」

 彼女の言葉は正しかった。元から天と地ほどの実力差がある。人手を増やしたところで、階段を2~3段上がる程度。バベルの塔のように積み上げたとしても、天には届かない。

 52体のスケルトンから、敗北の記憶が流れ込んでくる。

 1回目、圧倒的な魔力差に打ちのめされた記憶。
 15回目、完璧な技術で作っても「まあまあね」と一蹴された記憶。
 23回目、泣きながら作っても「感情で料理は作れない」と切り捨てられた記憶。
 31回目、最高級食材を使っても「使いこなせてない」と酷評された記憶。
 45回目、新技術を駆使しても「基本ができてない」と...

 どんな環境でも、どんな食材でも、どんな追加の知識を持っていっても負けた。それぐらい圧倒的な差がある。

「ふん、後で食材のせいで負けたとか言わせないために~、どんな食材でも用意してあげるわよ~。何がいいの~?」

 メリルが指をパチンと鳴らすと、空中に無数の食材が浮かび上がる。世界中のありとあらゆる希少食材が、まるでカタログのように並んでいた。

 でも、私はそれらを見向きもしなかった。

 私が知ってる全ての食材は、メリルのものに遠く及ばない。もし同じものを用意してもらったとしても、私には調理するだけの知識も技術もない。

 その時、扉が開いた。

「ムウナ、届け物だよ」

 チココが大きな籠を抱えて入ってきた。中には、どこにでもある普通の食材が詰まっている。スーパーで買えるような、ごく普通の野菜、肉、魚。

「これ...」

「君が作るものは分かってたから」

 チココが優しく微笑む。その目には、52回分の記憶を共有した者だけが持つ、深い理解が宿っていた。

「最高級食材じゃなくても、君なら最高の料理が作れる。そう信じてる」

 籠の中を確認すると、懐かしいものも入っていた。小麦粉、卵、牛乳...300年前、私が初めて作ったパンケーキの材料。

「君が最初に作ってくれた時から、ずっと美味しかったよ」

 涙が溢れそうになった。

 息子がこちらを見つめている。勇者の威厳を纏いながらも、その瞳の奥には別の何かを求める光があった。

 そうだ、負けた52回と今回の一番大きな違いがここにある。

 52回は食べる人間がメリル自身だったり、マロンだったり、チココ、カラメル、研究員だったりした。彼らは皆、単純に技術の差、味で判断していた。

 でも今回は違う。息子に、これからの人生へのメッセージを伝える料理を作るのだ。

 味はもちろん最高のものが必要だが、それ以上に大切なものがある。

「始めるわ」

---

## 前菜 ~家族のおにぎり~

 まず、炊飯器でご飯を炊き始める。といっても、ただの白米ではない。

「1番から17番のスケルトンは、お米を研いで」

 17体のスケルトンが、丁寧にお米を研ぎ始める。それぞれが異なる記憶を持っているため、研ぎ方も微妙に違う。ある者は優しく、ある者は力強く。

「これは私たちの個性を表してるの」

 息子に向かって説明する。彼は興味深そうに、小さく首を傾げた。

「みんな違って、みんないい。それが家族よ」

 炊き上がったご飯を、3つのボウルに分ける。

 1つ目には梅干しを刻んで混ぜる。

「これは私の分。すっぱくて、最初は受け入れがたいかもしれない。でも、慣れると癖になる。死霊術士の母親なんて、きっとそんな存在ね」

 2つ目にはサーモンといくらを混ぜる。

「これはパパの分。豪華で、優しくて、でもちょっと子供っぽい。ロリコンだし」

 チココが苦笑いを浮かべた。

 3つ目は真っ白なままにしておく。

「これは、あなたの分」

 息子の前に、白いご飯のボウルを置いた。

「何を混ぜるかは、あなたが決めて。梅干しでも、サーモンでも、何も混ぜなくてもいい。あなたの人生は、あなたが選ぶものだから」

 息子は真剣な表情でボウルを見つめた。そして、少し迷ってから、梅干しとサーモンを少しずつ取って混ぜ始めた。

 そして、赤飯も用意する。

「これはお祝いの気持ち。300年待った家族の再会を祝って」

 息子の手を取る。初めて触れる、我が子の手。大きくて、温かくて、少し震えている。

「一緒に握ろう」

 私の小さな前足と、息子の大きな手で、一緒におにぎりを握る。不格好だけど、愛情がたっぷり詰まった形。

 息子の表情が、少しずつ柔らかくなっていく。勇者の威厳が薄れ、普通の青年の顔が覗き始めた。握る手つきも、最初はぎこちなかったが、だんだんと楽しそうになっていく。

「18番から25番は、海苔を用意して」

 スケルトンたちが、それぞれ異なる形に海苔を切る。私の顔、チココの顔、そして...

 息子が不思議そうに海苔を指差す。

「あなたよ。想像で描いたけど、どう?」

 息子は初めて、小さく口角を上げた。照れくさそうに俯いて、でも嬉しそうな表情。

---

## サラダ ~自由の花畑~

「次はサラダ。26番から35番、準備して」

 10体のスケルトンが、色とりどりの野菜を並べ始める。レタス、トマト、きゅうり、パプリカ、紫キャベツ。どれも普通の野菜だが、切り方と並べ方で芸術品に変わっていく。

「これは、あなたが自由に駆け回れる世界を表現したの」

 皿の上に、まるで花畑のような世界が広がっていく。緑の草原、赤と黄色の花々、紫の蝶が舞うような配置。

「勇者として世界を統一するのもいい。でも、ただの青年として、花畑で昼寝するのもいい。どちらを選んでも、私たちはあなたを愛してる」

 息子の瞳が輝いた。皿の上の花畑を見つめながら、まるで本当にそこを駆け回っているような、自由な表情を浮かべている。

 ドレッシングは3種類用意した。

「和風、洋風、中華風。好きなものを選んで。混ぜてもいい。人生に正解はないから」

 息子は興味深そうに3つのドレッシングを順番に見て、匂いを嗅いで、そして迷った後、3つ全部を少しずつかけた。一口食べて、目を丸くして、また少し微笑んだ。

---

## スープ ~可能性のポタージュ~

「基本はコーンポタージュ。36番から40番、手伝って」

 とうもろこしの甘みを最大限に引き出したポタージュ。でも、それだけじゃない。

「ここに、2つの追加ソースを用意したわ」

 1つは真っ赤なトマトソース。もう1つは緑のバジルソース。

「混ぜ方で味が変わる。人生も同じ。出会いや選択で、無限に変化していく」

 息子は好奇心に満ちた表情で、少しずつソースを加えながら味の変化を楽しんでいた。時に驚き、時に満足そうに頷き、まるで実験を楽しむ子供のよう。

「正解はないの。あなたが美味しいと思う味が、あなたの答え」

---

## 魚料理 ~選択の自由~

「41番から45番、鯛を用意して」

 同じ鯛を、3つの方法で調理する。

 刺身は、そのままの姿を活かして。透明感のある白身が、皿の上で輝いている。

「これは、ありのままのあなた。何も飾らない、素のあなたも美しい」

 塩焼きは、シンプルに塩だけで味付け。皮はパリッと、身はふっくら。

「これは、少し成長したあなた。試練(火)を経て、より魅力的になった」

 煮付けは、甘辛いタレでじっくりと。味が芯まで染み込んでいる。

「これは、経験を重ねたあなた。人生の酸いも甘いも知った大人の味」

 3つの皿を息子の前に並べる。

「どれを選んでもいい。全部食べてもいい。どの道を選んでも、あなたはあなた」

 息子は真剣な表情で3つの料理を見比べ、それぞれを少しずつ食べた。刺身を食べた時は新鮮さに目を輝かせ、塩焼きでは香ばしさに頬を緩め、煮付けでは深い味わいに満足そうに頷いた。

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## 肉料理 ~絆のハンバーグ~

「これが一番大切な料理よ」

 46番から50番のスケルトンと一緒に、ハンバーグの準備を始める。

 でも、普通のハンバーグじゃない。

「見て」

 ボウルの中に、様々な具材を入れていく。

「これはエリアナが選んでくれた勇気のニンジン」
「クルーシブが用意した信頼のタマネギ」  
「ヴォルフガングが送ってくれた忠誠のニンニク」
「カラメルが商売したがった友情のマッシュルーム」
「グラハザードが研究した知識のハーブ」

 さらに、意外な材料も。

「マロンが治療に使った愛情のパン粉」
「そして...」

 最後に、ライスペーパーを取り出す。

「騎士団のみんなからの、応援メッセージ」

 ライスペーパーには、騎士団員たちからの温かい言葉が書かれていた。それを細かく刻んで、肉に練り込む。

「言葉も栄養になるのよ」

 息子は目を見開いて、その様子を見守っている。たくさんの人の想いが込められていることに、驚いているようだった。

 全ての材料を混ぜ合わせ、愛情を込めて捏ねる。51番と52番のスケルトンが、52回分の想いを込めて形を整えていく。

「あなたは一人じゃない。こんなにたくさんの人が、あなたを支えている」

 鉄板で焼く音が、まるで拍手のように響く。ひっくり返すと、美しい焼き色がついていた。

 特製ソースは、デミグラスソースに少しだけ涙を混ぜた。52回分の悔し涙と、今日の嬉し涙のブレンド。

「これが私たちの答え。どんな道を選んでも、みんなで支える」

 息子がハンバーグを切ると、中から肉汁と共に、温かい想いが溢れ出した。

 一口食べた瞬間、息子の目が潤んだ。涙はこぼれなかったが、その瞳は感動で震えていた。初めて感じる、これほど多くの人からの愛情に、戸惑いながらも嬉しそうな表情を浮かべている。

---

## デザート ~みんなのパフェ~

「最後は、一緒に作りましょう」

 大きなパフェグラスを5つ用意する。

「メリル、マロン、一緒に食べない?」

 メリルが驚いたように目を見開く。

「チビ嫁ちゃんが...私を誘うの~?」

「だって、家族でしょう?」

 私は52体のスケルトンを消しながら続ける。

「52回も付き合ってくれてありがとう。おかげで、本当に大切なものが分かった」

 アイスクリームを用意する。バニラ、チョコレート、ストロベリー、抹茶、マンゴー。

「好きなものを好きなだけ入れて」

 5人でアイスを盛り始める。メリルは最初渋っていたが、息子が楽しそうにしているのを見て、少しずつ表情が緩んでいく。

 息子は初めて触るアイスクリームのスクープに戸惑いながらも、嬉しそうにバニラとチョコレートを交互に重ねていく。時々手元がおぼつかなくて、アイスがグラスの外に落ちそうになると、慌てた表情を見せる。

 マロンも珍しく笑顔で、科学的に最適な配置を考えながらアイスを重ねている。

 トッピングも豊富に用意した。生クリーム、チョコソース、カラメルソース、フルーツ、ナッツ、クッキー。

 息子は目を輝かせながら、イチゴをたっぷりと乗せた。まるで宝物を扱うように、一つ一つ丁寧に配置していく。

 5人で同時にスプーンを入れる。それぞれ違う層から食べ始めるから、感想も様々。

「甘い!」
「冷たい~」
「この組み合わせは科学的に最適」
「チョコが美味しい」

 息子も嬉しそうに頬を膨らませながら食べている。冷たさに少し驚いたような表情を見せたり、甘さに目を細めたり、表情がころころと変わる。

 そして、みんなでパフェを食べ終わった時。

 息子がゆっくりと顔を上げた。

 メリルと私を交互に見て、そして深呼吸をする。

 長い沈黙の後、震える唇から、小さな声が漏れた。

「美味しかったよ...ママ」

 たどたどしいけれど、はっきりとした言葉。

 300年待った、息子の最初の言葉。

---

 無菌室が静まり返った。

 メリルの目から、一粒の涙がこぼれた。

「負けたわ~」

 彼女は苦笑いを浮かべながら、涙を拭う。

「完敗よ~。技術でも、魔法でも、食材でもない~。愛情で負けたわ~」

 メリルは立ち上がり、私に向かって深く頭を下げた。

「300年間、本当にごめんなさい~。あなたは...あなたは本物の母親よ~」

 そして、息子に向き直る。

「孫ちゃん、ばあばの料理は勇者を作るための料理だった~。でも、ママの料理は...あなたを幸せにするための料理~」

 息子は小さく頷いた。理解している、という風に。

「勇者になってもならなくても~、それはあなたが決めること~。ばあばは、もう強制しない~」

 メリルが私の小さな前足を取った。

「ムウナ、本当の家族になってくれる~?」

 私は涙を拭いながら頷いた。

「もちろんよ」

 チココも、マロンも、みんなが涙ぐんでいる。

 息子は幸せそうな表情で、私たちを見回した。

 言葉はまだ一言しか話せない。でも、その瞳には全てが込められていた。

 ありがとう、と。

 こんな温かい家族の一員になれて、幸せだ、と。

 300年の時を超えて、やっと本当の家族になれた瞬間だった。
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