棺桶少女

海月大和

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テントの中で/ナイフ投げの娘

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 あるとき、少女はサーカスの一団とともにいました。

 団員用テントの隅っこで、椅子代わりの丸太に腰掛け、少女はジャガイモの皮を剥いています。

 少女の前には、山盛りの皮付きジャガイモ、綺麗に皮の剥かれたジャガイモ、重なったジャガイモの皮、そして棺桶が置いてありました。

 小さな手のひらで小振りのナイフを持ち、少女はするするとジャガイモの皮を剥いていきます。

 その手際を見て、感心した声を上げる者がいました。

「へぇ~、上手いもんだね~」

 少女が置いたジャガイモをひょいっと持ち上げ、サーカス団員の娘は言います。

「あたしじゃこうはいかないな~。ま、投げる練習しかしてないんだから、当たり前なんだけど。それにしても、惚れ惚れするナイフさばきだね~」
「……ありがとう」

 独り言のように呟くナイフ投げの娘に短い返事を返し、少女はジャガイモにナイフを入れました。

「ね、ちょっと聞いていい?」

 そっけない態度を持て余すように、しばらくジャガイモを手のひらで転がした娘は少女の横に腰を下ろしました。

「それ」

 ナイフ投げの娘は、少女の前に置かれた棺桶を指差します。

「いつも連れて歩いてるよね。そんなに大事?」
「うん」

 皮を剥く手を止めず、手元から目を離さず、少女は頷きました。

「棺桶が大事なの?」

 少女は首を振ります。

「ううん。それはただの入れ物だもの」
「ふぅん。……ね、ちょっと開けてみていい?」

 言いながら、娘は横たわる棺桶にそろそろと手を伸ばしました。

「やめた方がいいわ」

 少女はナイフを動かすのをやめ、ナイフ投げの娘に忠告します。思いのほか冷たい少女の声に驚き、動きを止めた娘へ、

「血を吸われたくないのなら」

 と、少女は落ち着いた声音でそっと付け足しました。

「……コウモリでも入ってるの?」

 嫌そうに眉をひそめて手を引っ込め、ナイフ投げの娘は尋ねます。

「――むかしむかし、あるところに少女がいました」

 手元に目を落とし、再びジャガイモの皮を剥き初めた少女は、おもむろに語り出しました。

「どこにでもいる、ごく普通の少女でした。両親に愛され、幸せな日々を過ごしていました」

 少女は淡々とナイフを動かします。

「しかし、少女が両親とともに暮らすことが出来たのは、とてもとても短い時間でした。少女の住む村を流行り病が襲ったのです」

 少女は剥き終わったジャガイモを脇に置いて、新しいジャガイモを掴みました。

「少女の両親は流行り病にかかって死んでしまいました。少女も死にかけていましたが、貴重な薬を飲んでいたので、かろうじて生きていました」

 少女は機械のように正確に手を動かして、薄い皮を重ねていきます。

「けれど、それも時間の問題。まもなく少女も両親の後を追うでしょう。そんなときです」

 少女は淡々と語ります。

「死にかけた村に、一人の吸血鬼が立ち寄りました。彼は両親を失い、今まさに死のうとする少女に言いました」

 ――僕が血を吸えば君を助けられる。

 ――もし、一人ぼっちで死ぬのが怖いと言うのなら、僕は君の血を吸おう。

「けれど、そうすれば君は僕とともにしか生きられなくなってしまう。それでもいいかい、と」

 少女は静かに語り終えました。

「ふぅん。じゃあ、この棺桶には吸血鬼が入ってるってこと? 夜な夜な若い女の子の血を吸うんだ? きゃー怖ぁい」

 太ももに頬杖をつき、少女の話を聞いていたナイフ投げの娘は、茶化すように言いました。

「それはないわ。だって大きな力を使って、深く眠っているもの。特製の血を飲ませればすぐにでも目を覚ますけど」

 気分を悪くした様子もなく、少女は素っ気なく言いました。

「さっき、血を吸われたくないならって言ったじゃない。あれは?」

 話が合わないと言いたげに、でも妹を見るように微笑ましい顔で、ナイフ投げの娘は指摘します。

「ただの冗談よ」

 気のない答えを返し、皮なしジャガイモの積まれた器を持って、少女は立ち上がります。

「あのお話も?」
「さぁ、どうかしら」

 棺桶を連れて天幕を出て行く少女を見送った娘は、複雑な表情で呟きました。

「変わった子ねぇ」

 数日後、公演のために立ち寄った街で、少女はサーカスの一団と別れました。

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