冷血青年

海月大和

文字の大きさ
9 / 23

絶望は死角より現れる

しおりを挟む
 ダレンはリチャードに寝室に隠れるように言うと、すぐに玄関に向かった。待たせるとドアを壊して入ってきかねない。ドア一つで済めばいいが、そうならない可能性もある。

「お待たせして申し訳ありません。何の御用でしょうか?」

 ダレンがドアを開けた先には男と女が一人ずつ立っていた。きらびやかな刺繍がされたコートにウエストコート、ブリーチズを身に付けた男は線が細く、やや背が高い。黒い髪をオールバックに整え、異様に白い肌をしていた。目は自信に溢れてギラギラしている。この男こそが村を支配しているヴァンパイア、ケネス・オルブルームだ。

 一歩引いて側に控えている美女はケネスのお気に入りの眷属で、村にやってきた時から彼に付き従っている。名前を聞いたことはなかった。

「珍しい客が来ていると聞いてな。私も会ってみようと思ったのだよ」

 ダレンは背筋が凍える思いがした。まさかバレているのか? 教会の狩人ハンターがいることに。

「さて、何のことか分かりませんな。今日は特別な客など来ておりませんよ?」

 ケネスがどこまで知っているか分からないため、ダレンは白を切ることにした。動揺を必死に押し隠して怪訝そうな表情を作る。

「無駄な芝居をするな。どれ、顔を拝ませてもらおう」

 ケネスはダレンを押しのけて家の中に入ってきた。逆らうことも咎めることも出来ないダレンは内心ひやひやしながらその後を付いていく。ケネスが客間を覗くとサイラスとアントニーが緊張の面持ちで佇んでいた。

「アントニーが来たので一緒にお茶を飲んでいたんですよ」

 ケネスはテーブルに近付いてカップを手に取った。リチャードが使っていたカップだ。

「4人分あるようだが?」

 ダレンを除く二人の顔が引き攣った。ケネスはいたぶるように皮肉げな瞳をダレンに向けてくる。

「それは妻の分です。あいにく今は外しておりますが」

 ダレンはなんとか平静を装って答える。ケネスがふっと失笑した。

「随分と言い訳が上手いな、村長。その肝の太さは褒めてやろう」

 ケネスはダレンの目の前に来て彼を見下ろし、冷たい笑みを浮かべる。

「だが……」

 そして拳の裏でダレンの横っ面をぶん殴った。強烈な殴打でダレンは吹き飛び、壁にぶつかって膝をつく。

「親父!」

 サイラスがダレンに駆け寄り、彼を助け起こす。

「私に嘘をつくことは許さん。少し調べさせてもらうぞ」

 ケネスが客間を出ていこうとしたとき、

「その必要はありませんよ」

 そう言ってリチャードが姿を表した。ダレンが呻くように呟く。

「討滅者殿……」

 ダレンは覚悟しなければならなかった。怪物と狩人ハンターの殺し合いに巻き込まれること、そしてもしケネスが負けて死んだとき、諸共に自分と村の皆が死ぬことを。

「討滅者? 教会の狩人ハンターだと? 彼がか?」

 ケネスはダレンたちに意味深な目線を送ると何故か突然声を上げて笑い出した。大声で笑う彼に戸惑うダレン、サイラス、アントニーの三人。リチャードだけは真顔で静かにそれを聞いていた。

「こいつはお笑い草だ! 何も知らないというのは実に滑稽で哀れだな。……そうは思わないか? 我が同・胞・よ」

 ダレンは一瞬ケネスが何を言ったのか分からなかった。サイラスもアントニーもそうだったろう。

「同胞……?」

 ケネスが言った言葉を震える声で繰り返す。同胞? 同胞とはどういうことだ? まさかそれは……。ダレンが信じ難い事実を認識しようとしたとき、リチャードが先んじて言葉を発した。

「隠していて申し訳ありません、ダレンさん。そうです。私・も・吸・血・鬼・で・す・」
「なっ……!?」

 ダレンは今度こそ絶句した。頭を金槌で殴られたような衝撃を感じて、膝の力が抜ける。他の二人も同様の衝撃を受けたようで、目を瞠って言葉を失っていた。

「同族と合うのは久しぶりだ。実に喜ばしい。名を聞かせていただけるか?」
「リチャードといいます」
「リチャード殿。良ければ私の屋敷に案内しようと思うのだが、いかがかな?」
「お伺いしましょう。よろしくお願いします」

 放心するダレンたちを捨て置いて友好的な握手を交わすリチャードとケネス。

「そういうことですので、私はこれで失礼いたします。お招きいただきありがとうございました」

 リチャードはダレンに向けて一礼し、ケネスと一緒にダレン家の玄関に向かう。ダレンたちは彼らが家を出ていってもしばらくは動くことすら出来なかった。予想も出来なかった最悪の現実に打ちのめされていたのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...