16 / 23
化け物は悪か?
しおりを挟む
ダレンが目を瞬かせた。
「なんですと?」
いましがた聞いた言葉が信じられないといった唖然とした表情をしている。リチャードは落ち着き払った様子で再度告げた。
「私がケネス・オルブルームを殺しましょうかと、そう言ったのです」
「なぜ、あなたがそんなことを」
ダレンの瞳が困惑に揺れる。多少なり親しくなった同胞を殺すだなどと、なぜ冷静に言い放てるのか分からないといった風だ。
「彼があなた方に行う所業や彼が行わせた悪事に、私にも思うところがあったのです」
リチャードは卓上で指を組む。
「いかに同族とはいえ、許しがたい行いです。私にけじめを付けさせていただきたい」
ダレンの目をひたと見つめ、リチャードは訴えかけた。
「残念ながら、私にはあなた方の命は守れません。しかし尊厳を守ることは出来ます。吸血鬼に協力した眷属ではなく、吸血鬼に殺された哀れな被害者として死ぬことで、あなた方に汚名が着せられるのは防げるでしょう」
「……私達に高潔な死を選べと言うのですか」
苦々しく吐き出すダレンを見て、リチャードの顔が悲しみに染まる。リチャードとて分かっていた。自分がとても選び難く、残酷な提案をしていることを。しかし、彼が村人達にしてやれるのはそれが精一杯なのだ。自分が教会の助けを得られない立場であることが心苦しかった。
「お話は分かりました。しかし私の独断で決めるわけにはいきません。村の者たちと話し合わなければ」
まとめ役としての責任感か、ダレンは取り乱さず粛々と事態を受け止めている。強く反発され、追い出される可能性も考えていたリチャードはダレンの冷静さに感謝しながら答えた。
「もちろん分かっています。3日後、またお宅に伺いますのでどうかそれまでに答えを用意していただきたい」
ダレンは瞑目して力なく頷く。彼に掛けられる言葉が思いつかず、では失礼します、と言ってリチャードは席を立った。重苦しい空気に包まれた客間を出て、ダレンの妻にお茶の礼を言う。そうして玄関の扉をくぐると
「あ、リチャードさん」
すぐ隣から声を掛けられた。
「エルシーさん」
村長宅の玄関脇の壁に背を預けて、エルシーが立っていたのだ。てっきり仕事に戻ったものだと思っていたので珍しく不意を突かれた。
「仕事に行こうと思ったんだけど、やっぱり気になっちゃって」
エルシーはバツが悪そうに足で地面を弄びながら言う。
「ね、リチャードさん。少しお話できないかな?」
村長宅から少し歩いた、人気のない林道に二人はいた。
「ここでいいかな」
そう言ってエルシーは手近にあった切り株に腰を下ろす。リチャードも斜め向かいにある切り株に座った。
「あなたは私が怖くないのですか?」
エルシーに問いかける。ケネス・オルブルームによって吸血鬼に対する村人の印象はかなり悪い。リチャードがケネスと同族と知れてからは、気さくに話しかけてきた以前とはまったく違う、恐れの感情を向けられている。けれど、エルシーからはそれが感じられなかった。
「う~ん、そうだなぁ。なんでかな? 私、リチャードさんを怖いとは思わないんだぁ」
命の恩人だからかな、とエルシーは小首を傾げる。実際、リチャードが彼女の命を救ったことは確かだ。盗賊に攫われていたら、弄ばれて殺されるか、人買いに売られていただろう。ろくな目に合わないことは容易に推測される。
「昔ね、私がちっちゃいころ」
揃えた膝頭に肘をのせ、顎に手を付いてエルシーは話し始めた。
「人狼の親子がこの村に来たことがあったの」
人狼。ウェアウルフとも呼ばれる狼に変身することが可能な種族だ。昔はモアナ教と敵対していたが、数十年前に和解し討伐対象から除外されている。とはいえ、人の社会で見かけることは依然として少ない。
「最初は怖かったけど、人狼の男の子は遊んでみたら思ったよりも普通で、だからなんていうか」
言葉を探すように地面に視線を落とし、
「人間じゃないからって悪い人、人じゃないけど、とにかく悪い奴? とは限らないんじゃないかって思うの」
そのときのリチャードの心境をどう表すべきか。感動と呼ぶには小さく、静かで、しかしとても胸に迫る感情を彼は覚えた。悪意と理不尽を多く知るリチャードは、エルシーのその考え方にほんの少し癒やされている自分を感じた。
「あなたは、とても優しいですね」
穏やかなリチャードの言葉に、しかしエルシーは頭を振る。
「そんなことないよ」
思い出を懐かしむような表情が暗く沈む。自分の罪を懺悔する信徒にも似た、思いつめた顔をしていた。
「ねぇ、リチャードさん。お願いがあるの」
リチャードと目を合わせて、エルシーは言う。
「あの男を、ケネス・オルブルームを殺して」
「なんですと?」
いましがた聞いた言葉が信じられないといった唖然とした表情をしている。リチャードは落ち着き払った様子で再度告げた。
「私がケネス・オルブルームを殺しましょうかと、そう言ったのです」
「なぜ、あなたがそんなことを」
ダレンの瞳が困惑に揺れる。多少なり親しくなった同胞を殺すだなどと、なぜ冷静に言い放てるのか分からないといった風だ。
「彼があなた方に行う所業や彼が行わせた悪事に、私にも思うところがあったのです」
リチャードは卓上で指を組む。
「いかに同族とはいえ、許しがたい行いです。私にけじめを付けさせていただきたい」
ダレンの目をひたと見つめ、リチャードは訴えかけた。
「残念ながら、私にはあなた方の命は守れません。しかし尊厳を守ることは出来ます。吸血鬼に協力した眷属ではなく、吸血鬼に殺された哀れな被害者として死ぬことで、あなた方に汚名が着せられるのは防げるでしょう」
「……私達に高潔な死を選べと言うのですか」
苦々しく吐き出すダレンを見て、リチャードの顔が悲しみに染まる。リチャードとて分かっていた。自分がとても選び難く、残酷な提案をしていることを。しかし、彼が村人達にしてやれるのはそれが精一杯なのだ。自分が教会の助けを得られない立場であることが心苦しかった。
「お話は分かりました。しかし私の独断で決めるわけにはいきません。村の者たちと話し合わなければ」
まとめ役としての責任感か、ダレンは取り乱さず粛々と事態を受け止めている。強く反発され、追い出される可能性も考えていたリチャードはダレンの冷静さに感謝しながら答えた。
「もちろん分かっています。3日後、またお宅に伺いますのでどうかそれまでに答えを用意していただきたい」
ダレンは瞑目して力なく頷く。彼に掛けられる言葉が思いつかず、では失礼します、と言ってリチャードは席を立った。重苦しい空気に包まれた客間を出て、ダレンの妻にお茶の礼を言う。そうして玄関の扉をくぐると
「あ、リチャードさん」
すぐ隣から声を掛けられた。
「エルシーさん」
村長宅の玄関脇の壁に背を預けて、エルシーが立っていたのだ。てっきり仕事に戻ったものだと思っていたので珍しく不意を突かれた。
「仕事に行こうと思ったんだけど、やっぱり気になっちゃって」
エルシーはバツが悪そうに足で地面を弄びながら言う。
「ね、リチャードさん。少しお話できないかな?」
村長宅から少し歩いた、人気のない林道に二人はいた。
「ここでいいかな」
そう言ってエルシーは手近にあった切り株に腰を下ろす。リチャードも斜め向かいにある切り株に座った。
「あなたは私が怖くないのですか?」
エルシーに問いかける。ケネス・オルブルームによって吸血鬼に対する村人の印象はかなり悪い。リチャードがケネスと同族と知れてからは、気さくに話しかけてきた以前とはまったく違う、恐れの感情を向けられている。けれど、エルシーからはそれが感じられなかった。
「う~ん、そうだなぁ。なんでかな? 私、リチャードさんを怖いとは思わないんだぁ」
命の恩人だからかな、とエルシーは小首を傾げる。実際、リチャードが彼女の命を救ったことは確かだ。盗賊に攫われていたら、弄ばれて殺されるか、人買いに売られていただろう。ろくな目に合わないことは容易に推測される。
「昔ね、私がちっちゃいころ」
揃えた膝頭に肘をのせ、顎に手を付いてエルシーは話し始めた。
「人狼の親子がこの村に来たことがあったの」
人狼。ウェアウルフとも呼ばれる狼に変身することが可能な種族だ。昔はモアナ教と敵対していたが、数十年前に和解し討伐対象から除外されている。とはいえ、人の社会で見かけることは依然として少ない。
「最初は怖かったけど、人狼の男の子は遊んでみたら思ったよりも普通で、だからなんていうか」
言葉を探すように地面に視線を落とし、
「人間じゃないからって悪い人、人じゃないけど、とにかく悪い奴? とは限らないんじゃないかって思うの」
そのときのリチャードの心境をどう表すべきか。感動と呼ぶには小さく、静かで、しかしとても胸に迫る感情を彼は覚えた。悪意と理不尽を多く知るリチャードは、エルシーのその考え方にほんの少し癒やされている自分を感じた。
「あなたは、とても優しいですね」
穏やかなリチャードの言葉に、しかしエルシーは頭を振る。
「そんなことないよ」
思い出を懐かしむような表情が暗く沈む。自分の罪を懺悔する信徒にも似た、思いつめた顔をしていた。
「ねぇ、リチャードさん。お願いがあるの」
リチャードと目を合わせて、エルシーは言う。
「あの男を、ケネス・オルブルームを殺して」
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ
シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる