冷血青年

海月大和

文字の大きさ
18 / 23

口惜しき現実

しおりを挟む
 リチャードから大人二人分ほど距離を取って止まったデリックは、刺すような鋭い怒りのこもった視線を注いでくる。矢を持って弓の弦に手をかけ、いつでも引き絞れるように肩にもやや力が入っていた。鏃を下に向けてはいるが、射ようと思えばすぐにでも矢を放てる体勢だ。

「エルシーが泣いてた。何をした? 何かひどいことを言ったんだろう」

 どうやら涙を拭いながら走っているエルシーを見かけたようだ。ケネスの仲間とみられるリチャードが非道を働いたと思っても無理はない。

「誤解です。彼女とは少し話をして、頼み事をされただけです」

 リチャードは首を振り、デリックの目をしっかりと見て言った。

「頼み事?」

 デリックの顔に疑問の色が浮かぶ。変わらず弓に手を掛けているが、ほんの少しだけ肩から力が抜けた。

「ええ、彼女にケネスを殺してくれと言われました」
「なんだって!?」

 デリックの眉が跳ね上がる。驚きに目を大きくし、困惑に顔をしかめる。

「あいつ、どうしてそんなこと……。お前はあの吸血鬼の仲間だろう?」
「そうでもありませんよ」

 リチャードは肩をすくめてみせた。デリックは猜疑心を刺激されたのか、むすっとした表情を作り口をへの字に曲げる。

「信用できないね。あんた、俺たちを騙してたじゃないか」

 教会の狩人(ハンター)だと言ったことを指しているのだろう。それについてはリチャードも言い訳できないので

「そうですね。それは否定しません」

 と正直に告げた。それから

「ですが、ケネスのやり方を不快に思っているのは事実です」

 と付け加えた。二人の間に沈黙の帳が降りる。嘘でないかリチャードの様子を伺っていたデリックは躊躇うように視線を外したあと、背負っていた矢筒に矢を戻してリチャードに近づいた。

「……本当にあいつを殺せるのか?」

 声のトーンを落としてデリックが尋ねる。

「可能です。しかしそうすると村の人たちも犠牲になりますが」

 リチャードが答えるとデリックは毅然として言った。

「俺は死んでもいい」

 だが一転して表情を曇らせ、

「家族が巻き添えになるのは嫌だけど。でも奴隷みたいに扱われて踏みにじられ続けるくらいなら、相打ちでもいいからあいつを殺してやりたいよ」

 と忸怩たる思いを吐き出した。

「そう考えるならなぜ無抵抗でいるのですか?」

 意地の悪い質問をしているな、とリチャードは言ってから思った。だが村人の諦念の原因を知りたいという気持ちからそんなことを聞いてしまった。

 デリックは再び怒りを露わにして声を荒げる。

「俺だってやれるならとっくにやってる!」

 しかしすぐに暗い顔になり、俯いてしまう。

「昔、村があいつに支配されたとき、大人たちが結束してあいつを殺そうとしたんだ。でもダメだった。悔しいけど手も足も出なかったって暗殺しようとした大人たちが言ってた」
「その大人たちはどうなったんです?」

 デリックはちらとリチャードに視線をくれて

「リーダー格の男は見せしめに殺された。そして次に逆らったらお前たちの家族を殺すって脅されて」

 沈んだ声で悔しそうに絞り出した。

「逃げても必ず見つけ出して殺すって。あいつは俺たちはどうにもできないんだ」

 拳を握りしめて無念さに肩を震わせるデリック。

「教会に助けを求めようとは思わなかったんですか?」
「もちろん考えたさ。でも、この村から離れた所で事情を話そうとするとひどい痛みが体に走るんだ。それで死んだ奴もいる。八方塞がりだよ」

 リチャードの問いに投げやりに近い口調でデリックは返してくる。リチャードは彼の話したことから、おそらくケネスと一定の距離がある時に助けを求めると罰が与えられる縛りが課されているのだと推測した。確かにそれならば村に来るまでエルシーが事情を話さなかった理由が納得できる。

「そういえば、あんたはなんで教会の狩人の証を持ってるんだ?」

 教会の話が出てきてふと疑問が浮かんだのか、デリックが話の矛先を変えた。

「これは形見のようなものです」

 リチャードはシャツの上から黒十字を擦る。

「形見?」
「そうです。私の育ての親の」

 記憶を掘り返して懐かしむリチャードに、デリックが訝しげに尋ねた。

「教会の狩人が育ての親なのか? 人間が吸血鬼を育てたって?」

 にわかには信じ難いとその顔が言っている。そうだろうなと思いながらリチャードはちょっと口端を上げてみせた。

「ええ、だから人間に親しみを持っているんです」

 デリックは複雑な気持ちになったのか、毒気を抜かれたように敵意を消して呟く。

「……あんた、変わってるな。エルシーはそういうところに気付いてたのかな」
「そうかもしれませんね」

 再び沈黙に包まれる二人。気まずげに視線を泳がせていたデリックが苦虫を噛み潰したような顔で下を向いて言う。

「その、あれだ。勘違いして悪かったよ」

「私こそ誤解させるようなことをしてすみませんでした」

 リチャードが軽く頭を下げるとデリックは歯に物が詰まったように「いや、こっちこそ……」ともごもごと呟いていたが、やにわに顔を上げて声のトーンを上げ

「とにかく! 今度エルシーを泣かせたら許さないからな!」

 とリチャードを指差しながら去っていった。

「肝に命じておきますよ」

 リチャードは彼の照れ隠しに苦笑しつつ、聞こえないであろう言葉を背に投げた。太陽がようやく中天に昇る頃のことだった。

 そして次の日、事件は起こる。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処刑された勇者は二度目の人生で復讐を選ぶ

シロタカズキ
ファンタジー
──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。  だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。 かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。 だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。 「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。 国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。 そして、勇者は 死んだ。 ──はずだった。 十年後。 王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。 しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。 「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」 これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。 彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...