追放された宮廷錬丹術士、山奥で仙人ライフ始めます 〜薬草を煎じてるだけなのに、王女や弟子が次々やってくる件〜

甘夏蜜柑

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雨の日の来訪者

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 雨が降り始めたのは、朝の仕込みを終えた頃だった。

 しとしとと静かに降る山の雨は、雲渓村を包み込むように柔らかく、竹の葉を濡らして音を立てる。
 シュウランは、霧雲堂の軒先から外を見上げ、火鉢に手をかざした。炉では、ジャスミンやと陳皮を煮出した茶が湯気を立てている。雨の日の憂鬱が解消するようにと考案した「巡気茶」だ。

「雨の日は客足が鈍るかもしれませんね」
 シャオケイが、蒸し器の中の菓子団子を覗き込みながらつぶやいた。

「そうかもしれないけど、こういう時に来る客ほど、深い縁があるものですよ」
 シュウランは微笑み、団子の蒸し加減を確認する。

 と、入り口の戸がそっと開いた。

「……こちらが、霧雲堂、でしょうか?」
 現れたのは、見慣れぬ旅装の少女だった。深紅の外套は濡れて重たげで、腰には小刀、背には布包み。村の者ではない。
「いらっしゃい。こんな雨の中、よく来てくれましたね」
「……一服、いただけますか? 体が、冷えきってしまって」

 シュウランは少女を席へ案内し、湯気の立つ巡気茶と、温かい菓子団子を盆に載せて差し出した。
 少女は戸惑いながらも茶を口に含み――そのまま目を見開いた。

「……体の中が、すっと通ったような」
「気の巡りが滞ると、雨の日は特につらいものです。ジャスミンや陳皮を煮出しています。リラックス効果が高い」
「……まるで、都の名医の処方みたい」
「都をご存じで?」
「ええ……私は、霊真王国の北の果ての村から来ました。でも都には、半年ほどいたことがあるんです」

 少女は名を「カエン」と名乗った。
 旅をしている理由は語らなかったが、どこか切羽詰まった気配があった。

「その腕……傷では?」
 袖から覗いた赤く腫れた傷跡に、シュウランが気づく。
「……山道で滑っただけ。大したことありません」
「見せてください。放っておけば膿んでしまいます」

 カエンは一瞬ためらったが、やがて観念したように腕を差し出した。
 シュウランは手際よく包帯を解き、患部を洗い流すと、自ら調合した膏薬を塗ってやる。
 その手の動きに、カエンの目が静かに見開かれる。
「……あなた、本当にただの茶屋の人ですか?」
「ふふ、さて、どうでしょうね」
 シュウランはいたずらっぽく笑った。

 やがて、雨が少しずつ弱まり始めた。

「……ごちそうさまでした。こんなに心も体も温かくなる場所、初めてです」
「いつでも、またおいでなさい。雨でも晴れでも、霧雲堂は開いています」
 カエンは頭を深く下げてから、再び旅装を整え、静かに霧の中へと歩き出していった。

 その背を見送りながら、シュウランは小さくつぶやいた。
「風の匂いが、変わったな。嵐の前触れか――それとも、何かの兆しか」

 静かに立ちのぼる茶の湯気が、雨上がりの空気に溶けていった。
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