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霧雲堂、看板を新調する
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霧の濃い朝だった。
雲渓村の里道を、ギシギシと音を立てながら進む小さな荷車。その後ろには、無精ひげをたくわえた大柄の男が、重そうな荷物を引きながら歩いていた。
「ふう……これで最後の峠も越えたな。さて、ここが噂の“薬茶の村”か」
彼の名はトウファ。
かつて都で名を馳せた木工職人だったが、ある理由から仕事をたたみ、この村へと移住してきたのだった。
「看板を……新しく?」
昼下がり、霧雲堂の店先で、シュウが少しだけ驚いたように繰り返す。
対するのは、腕を組みながら自信満々な顔をした弟子、シャオケイだった。
「はい! だって今の看板って、師匠が適当に書いた板に筆で『霧雲堂』って……正直、味はあってもオシャレじゃないです!」
「ふむ、否定はしませんが……あれはあれで味というものがありませんか?」
「でも、最近旅人や王都からの客も増えてきたじゃないですか? どうせなら、もっと素敵な看板にして、皆に喜んでもらえるようにしたいなって」
「……ふむ、それも一理ありますかね。で、腕の立つ木工職人でも見つけたのですか?」
「へへん。実は、今朝村に越してきたトウファさんって人が、すごく木工に詳しいんです! 本人は無口だけど、彫刻の腕は本物っぽいです!」
その日の夕方。
霧雲堂の縁側にて、トウファが彫刻用のノミを片手に、新しい看板の設計を眺めていた。
「……この“霧”の字、霧が流れているような形にしてほしい。こっちは、薬壺の意匠を添えてもらえるかしら」
隣でスケッチを見せながら、シャオケイが真剣に説明している。
一方のシュウは、湯を注ぎながらその様子を眺めていた。
「……しかしシャオケイ、あなた、いつの間にあんなに絵が描けるようになったのですか?」
「えへへ、最近夜にこっそり練習してたんです。霧雲堂のことも、もっと自分でできるようになりたくて」
「ほう……それは頼もしいですね」
トウファは黙って頷くと、スケッチを丁寧に木板へ写し取り始めた。
ノミが木を削る音が、カン、カンと規則正しく響く。
数日後。
新しい看板が完成した。
重厚なクスノキの板に、美しい曲線で彫られた「霧雲堂」の三文字。
文字の周囲には、薬草を模した唐草模様と、蒸気が立ち上る湯呑の意匠が繊細に刻まれていた。
「すごい……!」
村人たちが集まり、完成した看板を囲んで歓声を上げる。
「なんだか、立派なお店になった気がしますね」
「これなら、王都の店にも負けないね」
シャオケイは誇らしげに胸を張り、トウファは照れくさそうに帽子をかぶり直す。
「……感謝する、トウファ。これは本当に見事だ」
「……仕事をしただけだ。礼はいらねぇ」
彼の低い声に、村人たちは思わず笑い出す。
気づけばすっかりこの村の空気に溶け込んでいた。
その夜、霧雲堂の軒先に新しい看板が掲げられた。
月の光に照らされ、金色に塗られた文字が柔らかく光る。
「……きれいですね、師匠」
「ええ。確かに、これなら“霧雲堂”の名にふさわしい」
湯気の立つ茶を片手に、シュウとシャオケイは看板を見上げた。
「これから、もっとお客さんが来ますかね?」
「来るかもしれないし、来ないかもしれません。ですが――来た者が心からくつろげる場所を、私たちは作っていきましょう」
薬草と湯気、木の香りと笑顔が溶け合う夜だった。
雲渓村の里道を、ギシギシと音を立てながら進む小さな荷車。その後ろには、無精ひげをたくわえた大柄の男が、重そうな荷物を引きながら歩いていた。
「ふう……これで最後の峠も越えたな。さて、ここが噂の“薬茶の村”か」
彼の名はトウファ。
かつて都で名を馳せた木工職人だったが、ある理由から仕事をたたみ、この村へと移住してきたのだった。
「看板を……新しく?」
昼下がり、霧雲堂の店先で、シュウが少しだけ驚いたように繰り返す。
対するのは、腕を組みながら自信満々な顔をした弟子、シャオケイだった。
「はい! だって今の看板って、師匠が適当に書いた板に筆で『霧雲堂』って……正直、味はあってもオシャレじゃないです!」
「ふむ、否定はしませんが……あれはあれで味というものがありませんか?」
「でも、最近旅人や王都からの客も増えてきたじゃないですか? どうせなら、もっと素敵な看板にして、皆に喜んでもらえるようにしたいなって」
「……ふむ、それも一理ありますかね。で、腕の立つ木工職人でも見つけたのですか?」
「へへん。実は、今朝村に越してきたトウファさんって人が、すごく木工に詳しいんです! 本人は無口だけど、彫刻の腕は本物っぽいです!」
その日の夕方。
霧雲堂の縁側にて、トウファが彫刻用のノミを片手に、新しい看板の設計を眺めていた。
「……この“霧”の字、霧が流れているような形にしてほしい。こっちは、薬壺の意匠を添えてもらえるかしら」
隣でスケッチを見せながら、シャオケイが真剣に説明している。
一方のシュウは、湯を注ぎながらその様子を眺めていた。
「……しかしシャオケイ、あなた、いつの間にあんなに絵が描けるようになったのですか?」
「えへへ、最近夜にこっそり練習してたんです。霧雲堂のことも、もっと自分でできるようになりたくて」
「ほう……それは頼もしいですね」
トウファは黙って頷くと、スケッチを丁寧に木板へ写し取り始めた。
ノミが木を削る音が、カン、カンと規則正しく響く。
数日後。
新しい看板が完成した。
重厚なクスノキの板に、美しい曲線で彫られた「霧雲堂」の三文字。
文字の周囲には、薬草を模した唐草模様と、蒸気が立ち上る湯呑の意匠が繊細に刻まれていた。
「すごい……!」
村人たちが集まり、完成した看板を囲んで歓声を上げる。
「なんだか、立派なお店になった気がしますね」
「これなら、王都の店にも負けないね」
シャオケイは誇らしげに胸を張り、トウファは照れくさそうに帽子をかぶり直す。
「……感謝する、トウファ。これは本当に見事だ」
「……仕事をしただけだ。礼はいらねぇ」
彼の低い声に、村人たちは思わず笑い出す。
気づけばすっかりこの村の空気に溶け込んでいた。
その夜、霧雲堂の軒先に新しい看板が掲げられた。
月の光に照らされ、金色に塗られた文字が柔らかく光る。
「……きれいですね、師匠」
「ええ。確かに、これなら“霧雲堂”の名にふさわしい」
湯気の立つ茶を片手に、シュウとシャオケイは看板を見上げた。
「これから、もっとお客さんが来ますかね?」
「来るかもしれないし、来ないかもしれません。ですが――来た者が心からくつろげる場所を、私たちは作っていきましょう」
薬草と湯気、木の香りと笑顔が溶け合う夜だった。
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